貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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26.この星でただ一人だけ

怪我を手当てしてもらった俺は、男に連れられて村を歩いていた。

周りの人間たちの、奇異な存在を見るような視線が痛い。

こちらが目線を合わせようとしても、向こうは焦った様子で顔をそらす。

 

『タイサは気でも狂ったのか……?』

『あんな魔獣を集落で連れ回すなんて信じられない!』

『娘さんの件もあるし、仕方ないわよ……』

 

言葉は分からないが、ひそひそした無数の耳打ちが波のように聞こえてきた。

腹の奥がきゅっと縮むような感覚に襲われる。

 

「ぐぉ……」

「気にするな」

 

手を引く男の歩みが速くなる。

そして暫く進んだ後、一軒の家の前で足を止めた。

 

「ちょっと待ってろ」

 

俺にそう言って、男は扉へと入っていく。

中からはガチャガチャと、瓶を整理しているような音が聞こえてくる。掃除しているのかもしれない。

 

「よし、良いぞ」

 

許可を出され、俺は家の中に入った。

酒と煙草の入り混じった、独特な香りが鼻をつく。

この男の匂いに似ていて何故だか安心した。

 

「ここが今日からお前の家だ」

「がぁっ……!?」

 

驚いて顔を見返すと、男は『不満だろうが、我慢しろ』と言った。

い、良いのか? ここに住んで。自分で言うのもアレだけど、怪しさの塊みたいな人間だぞ俺。

日本語を話せるのはこいつしか居ないし、願ったり叶ったりなんだけども……

 

「……別の奴に頼むか?」

「ぐ、がぅがぁっ!(嫌だ! ここが良い!)」

「わ、分かった。分かったからすがってくるな……」

 

男は俺をなだめながら、ソファに座った。

様子を伺いながら、その横に座る。

しばらく沈黙していたが、男が傍らにあったバッグをゴソゴソと漁りだした。

 

「……お前、なんていう名前なんだ? 分からなきゃ不便だからこれに書いてくれ。日本語でオーケーだ」

「がぁ?」

 

バッグから取り出されたのは、紙とペン。

書け、って言われても……俺は言語の関わる意思疏通に制限がある。

……そもそも、名前なんて無いし。

あるのはドミネーターとしての式別名『ノンシェイプ・ナイト』だけだ。

 

「……がぅ」

「どうした? 日本の識字率的に書けないはずが……まさか、脳の障害がそこまで……」

 

紙面とにらめっこする俺を、男は深刻そうな顔で見ている。

……仕方ない。いつもの顔文字でなんとかするかーー

 

「……がぁ(……あれ)」

 

ーーペンを走らせていると、俺はとある違和感を覚える。

ノンシェイプ・ナイト時に感じた、何かに抑圧される感覚が無いのだ。

……まさか。

 

【こんにちは】

 

「っーー!?」

「おお、良かった。文字は書けるみたいだな……」

 

ーー字を書けない制限が、消えてる。

なんでだ……? ドミネーターの力を失ったからか!?

 

「お前の、名前は?」

「ぐ、ぉ……」

 

……意思疏通ができる。としても、答えなんて無かった。

俺は所詮、『(かお)の無い誰か』でしかないんだ。ノンシェイプ・ナイトの力を持っていただけの。

……その唯一の存在証明さえ、剥奪されたのだけども。

 

「……がぅあ」

【なまえ、ないです】

 

ーー価値の無い、誰にも愛されぬ無名の存在。

寄辺(よるべ)を持たない、孤独な落伍者。

そんな境遇を嘆く権利なんて俺には無いのに。

寂しさに打ちひしがれ勝手に震える少女の体が、酷く惨めだった。

 

「……は? 親は、何やってたんだ?」

「がぅ」

【いないです】

 

男の顔が苦々しく歪む。

 

「それでも、あだ名ぐらいあるだろ……!? その年まで誰にも名前を呼ばれた事の無い人間なんて、存在して良い筈が無い……!」

 

男は、俺の両肩を掴んで顔を覗き込んでくる。

その表情からはある種の必死さが感ぜられ、俺の言葉を信じたくないように見えた。

 

【おまえ、でいいです】

「……っ、なんで、そんな……」

 

……今思えば、アセビや山吹は俺の機嫌を取っていただけなのだろう。俺にしか日本を守れないから。

じゃなきゃ、こんな化物になんか優しくしてくれない。

……俺とあいつらの間にあったのも、きっと友情関係なんかじゃなかった。

ただ冷たい、利害関係だけなんだ。だから名前も必要無かった。

そうだ……俺は初めから最後まで、ただの暴力装置でーー

 

「辛かった、だろう……」

「がぁっ……!?」

 

ーー太い腕に引き寄せられ、抱き締められた。

もじゃもじゃした髭が顔に当たって痛い。

しかし、心臓の裏側にある『魂』とでも云うべき部位が、温かい物に満たされるのを感じる。

 

「俺達は、今日から家族だ……」

「が、ぁ……」

 

かぞく、かぞくーー家族? なんで。

本当の俺は、同情なんかされちゃいけないのに。

こいつは『ノンシェイプ・ナイト』を知らないからそんな事を言えるんだ。

俺がもう何億人も殺してるって知ったら、きっと誰も愛してなんかくれない。

今は同情を誘う少女の姿をしているが、その本質は唾棄(だき)されるべき災厄の化身なのだから。

 

……でも。

 

「……がぅ」

 

ーー分厚くて、温かい背中に腕を回した。

……ちょっと、だけ。今だけは。

この人に優しくしてもらいたい、って。そう思ってしまった。

 

 

「……アルメリア」

「がぅがぅ……がぁっ?」

 

長らく机に向かって古そうな本を読んでいた男は、ぼそりとそう呟いた。

ソファの上で硬いパンに苦戦していた俺は、その声の方を向く。

 

「お前の名前だ」

 

俺の頭をわしゃわしゃしながら、優しい目で男は言う。

 

「これからは、そう名乗るんだ。」

 

そのあとに『……嫌なら別のでも、良いが』と恥ずかしそうに予防線を張る姿が、幼い少年のようで。

ーーコアでもない。心臓でもない。物質的には存在しないはずの『心』が。

とくん、と。小さく跳ねた気がした。

 

「がぅぁ……」

 

この温かい感情をなんと呼ぶのかはわからない。

でもきっとーーこの男は、自分にそれを教えてくれる人なんだろうと。思った。

今後、スピンオフとして見たいエピソードありますか?

  • 『失墜せし黒龍』編
  • 『天使の聖骸布』編
  • 『アザレア』編
  • 現在の日本
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