貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
(14) 『失墜せし黒龍』編
(10) 『天使の聖骸布』編
(23) 『アザレア』編
(89) 現在の日本
です。現在の日本編は制作中ですのでしばしお待ちを。
「がぅ~、がぅあっ!」
鼻唄を歌いながら、湿らした雑巾で棚の上の埃を拭き取る。
そして部屋のそこらに散乱していた酒瓶を一纏めにし、処分用の袋へ入れて部屋の隅に置いた。
「がぁっ!(よし!)」
勢い良くカーテンを開けて日光を取り入れる。照らされた部屋にはチリ一つ無い。
散らかり切っていたタイサの家は俺の手によって完全に掃除され、まるでリフォームしたての如く清潔さを醸し出していた。
正にビフォーアフターだ。
「がぅぅ!(なんということでしょう!)」
大きな仕事を終えた達成感に酔しれ、ソファに座り込んだ。
タイサは狩りに出ていて今はいないが、帰ってきたらきっと驚くだろう。そう考えると口が勝手ににまにましてしまう。
この村に来てから一週間が経った。
俺はカーラから料理や掃除などの家事スキルを教え込まれ、立派な家政婦と化していた。
料理に関しては完全にカーラを越えたと言っても過言ではない。
……いや、仮にもドミネーターが何やってんだって話だけど。
だが今の俺には戦う力も、力を取り戻す手段も無い。
試しに『最果ての魔王』のコアを取り込もうとしたが喉を詰まらせて死にかけた。
ならば、自分のできる事をやっていくのが最善だろう。
断じてこの生活を気に入っているわけでも、家事が楽しくなっちゃってるわけでもない。
……本当だよ?
と、とにかく。今はこの達成感に浸ろう。
俺は貯蔵庫へ歩いていき、中から果実のジュースを取り出した。
いい感じに冷えてて美味しそうだ。
「がうっ……?」
ふと、掃除した棚の隙間に何かが挟まっている事に気が付く。まだゴミが残っていたか。
細い隙間に手を入れ、それを取る。
だが出てきたのはゴミではなかった。
古びて黄ばんだ、一枚の写真だ。
「……がぁっ?」
フィルムに張り付いたホコリを払ってみると、その写真には親子らしき二人の人物が写っている。
親の方は、今より少し若いがタイサだった。
子供を抱えながら不器用な笑顔でピースサインをしている。
そしてもう一人は、俺と同じぐらいの年齢に見える少女だった。
写真のフレームにはマジックでこう書かれている。
【
「ぐぉっ……?」
アル、メリア?
……俺じゃないよな。恐らく、この写真に写ってる少女を指した物だ。
どうしてか、心がざわざわした。
「アルメリアちゃーん、タイサいるー? ……あれ、何見てるの?」
「がぁっ!?」
反射的に、訪ねてきたカーラから写真を背中に隠す。
冷や汗をだらだら流す俺を見て、カーラは怪訝な
「……なに隠してるの?」
「ぐ、ぐぉっ!(かくしてないよっ!)」
「……目が泳いでるわよ」
「ぐおっ!(泳いでないよっ!)」
背中を覗きこもうとするカーラ。それに応じ体の向きを変える俺。
しばらくいたちごっこが続いた。
「隙やりっ!」
「がぁぁぁっ!?」
が、身長差によるリーチを活かした素早い動きで写真を奪い取られる。
『どれどれ』といった様子で写真に目を向けたカーラの顔は、そのまま固まった。
瞳孔が開き切り、震える唇は動揺を抑えられていない。
な、なんだ……? もしかして、まずい物だったのか?
「……アルメリア、ちゃん。これどこで見つけたの」
抑揚の無い、機械みたいな声でカーラが問い掛けてくる。
豹変したその様子にビビりがらも、棚の隙間を指差した。
「……なんで、今見つかるのよ……!? タイサだって今はこの子のお陰で少しずつ……っ」
うわ言のようにぼそぼそ何かを呟いているカーラ。
……やっぱり、この写真に写っている少女に何か問題があるのか?
俺と同じ名前の少女……何か、不穏なものを感じた。
自分の胸中に渦巻く疑問をぶつけるため、文字を書くための紙とペンを手に取った。
「ぐぉっ」
【その女の子は誰ですか? アルメリアって、書いてます】
「……ぁあ、ええと、アルメリアちゃん。あのね……違うのよこれは」
まるで見せてはいけない物を見られたかのように、カーラはおどおどしている。
だが俺がしばらくじーっと見詰めていると、『うぅ……そんな目で見ないでちょうだい……』と観念したようにうつむいた。
そしてぽつりぽつりと語りだす。
「……この写真の女の子……『アルメリア』は、タイサの娘よ」
「がぁっ……?」
タイサの娘? 初めて聞いたぞ。それらしき人物を見かけた事も無い。
どこかへ嫁いだのかもしれない。
【どこに、居るんですか?】
「……"神殿"よ。あの忌まわしき男に連れていかれたわ」
「ぐぉっ……?」
しんでん……? なんだそれ。それに忌まわしき男って誰だ。
「……この村に限らず全ての集落には一体ずつドミネーターの"眷属"が居て、それらは魔獣から村人を守る役目を負わされてるの」
これは前にも聞いたな。一番上は州ごとにいる十三体のドミネーター、次にその部下である眷属。そして最下層に村人だ。
だが、その眷属がどうしたんだ?
「この村を担当する"眷属"はね。最低のゴミ野郎なのよ。年に一度『守り神への貢ぎ物』と称して村から女の子を無理やり連れていくの。……村を守った事なんて、まともに無いくせに」
カーラの語り口に、少しずつ熱が篭っていく。
「そして五年前、タイサの娘の『アルメリア』は連れて行かれてしまったわ。その日タイサ狩りに出ててね……森から帰ったら、既に娘は居なくなっていたわ」
……その眷属に、タイサの娘は連れていかれてしまったのか。
酷い話だ。ふつふつと怒りが沸いてくる。
俺に以前の力があれば、そんなやつ探し出して半殺しにしてやるのに。
「……悔しかったんでしょうね。タイサはお酒に溺れて体を壊したわ。あなたにアルメリアという名前を授けたのも、きっと少なからず娘と重ねていたからよ」
「が、ぁ……」
泣きそうな顔のカーラを見て、俺は以前に言われた言葉を思い出す。『あなたは居なくならないであげてね』と、そう言っていた。
あの時は首をかしげたが、これなら合点がいく。
「でもっ、アルメリアちゃんが来てから、タイサはずっと元気になったわ! 前までみたいに寂しそうじゃないしっ!」
『アルメリア』は、俺のための名前ではなかった。
俺を自分の娘と同一視しやすくするための、ちょっとした小細工に過ぎないのだ。
……それを知って、俺はーー
ーー幾ばくかの悲しさと共に、淡い喜びを感じた。
ただの怪物が、タイサの最も愛した人間の"代役"に収まれた。
ノンシェイプ・ナイトでは絶対に成し得なかった"家族"。
……その関係が
ーー"本物"なんて帰って来なければ良い。
「がぅっ……!?」
なに考えてんだ……俺。
一瞬だけ自分の心に渦巻いた黒い感情を振り払う。
……化け物が。ちょっと優しくされたからって調子乗るな。
『アルメリア』が帰ってこなくたって、俺が本物を越える事は無いんだ。
……例えるならば。
死んだ子供の代わりに仕方なく拾ってきた薄汚い化け猫が、子供と同じ愛を受ける事は無い。
ただ寂しさを慰めるだけだ。
だが、それでも構わなかった。
一番じゃなくて良い、誰かの代わりでも良い。
……自分を大事にしてくれた、タイサと一緒に居たかった。
一度覚えてしまった甘美な『人として与えられた愛』を失うのが恐かった。……だから。
ーー俺は無垢で愛らしい少女、『アルメリア』を演じ続けよう。