貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「……ヤツに、勝てるか?」
考え込む俺に、不安そうな顔で自衛官が問いかける。
……向こうが空にいる以上、飛び道具が無いこちらは圧倒的に不利だ。
ひとまず足元にあった手頃な石を持ち上げ、全力で投擲する。
「キ“ェ“ア“ア“ア“!?」
空気の弾ける音を残し、とんでもない速度で飛んでいった石は、天使に着弾する寸前で『溶けた』。
……ダメージが通った様子はない。自衛隊の銃を食らった時もあんな感じだった。
恐らく奴が自分の意思で防いだのではないだろう。
まるで『システム上』“鉄の銃弾“や“石“が通用しないために、命中したという事実が捻じ曲げられた様な……そんな気がした
「っ、おいドミネーター!あのビームがまた来るぞ!どうするんだ!?」
唖然としていた俺に自衛官が叫ぶ。
急いで空を見上げると、ヤツの右手にはまたあの『雷の槍』が握られていた。
まずいな……このままじゃジリ貧だ。
今一度、ヤツの姿を確認する。
鳥のような白い翼、土色の皮膚、頭の上に浮かぶリング状の肉塊、目と右腕に巻かれた赤い布。
まるで、天使の皮を被った悪魔みたいな風貌。
身体は貧相だ。何となく、当たりさえすれば一撃で倒せる様な気がする。
だがこの距離を埋める手段は無い。
……そうだ。俺に翼でもあればーー
「ガア"ァ"ァ"ァ"……!」
ーーメキメキと。自分の背から何かの成長する様な音が聞こえる。
頭の底から涌き出る『飛翔』の概念の中で、この状況における最適なフォルムを導き出す。
背部へウィングやエンジンを形成・展開し、そこで発生したエネルギーを打ち出すブラスターを創造する。
「ドミネーター……?」
アルミホイルをぐしゃぐしゃに丸めた時のような、奇妙な金属音が世界に鳴り響く。
ーー本能が、書き変えられていく感覚。
「……」
ーー俺は、『飛べる』
「グ、ォ“ォ“ォ“!」
後ろを見ると、背中部分の鎧が変形してそこから鉄の翼が発生していた。
ギギギと機械の軋むような嫌な音が響き渡り、鉄の翼は駆動する。
全開となったブラスターからアスファルトを熔解させる程の青い炎が吹き出した。
「なんだあれは……、ジェット機構か……!?」
次の瞬間俺は中天に浮遊していた筈の、天使の目前まで飛んできていた。
咄嗟に天使の頭をひっ掴み、ジェットを逆方向へ稼動させ、更に地面に落ちるスピードを利用して道路に思い切り叩きつける。
「ギジィィィ!?」
ーーが、アスファルトに叩きつけられた天使の顔面は、全くの無傷だった。
しかし俺に握られている部分の頭蓋骨は、指の形に陥没している。
……俺の攻撃でしか、こいつは損傷しないのか?
「キェ“ェ“ェ“ェ“……!」
拳を二発叩き込むと、天使は呻き声を上げながら動かなくなる。
口端から青色の血泡が吹き出すのが確認できた。
……終わり、か?意外と、あっけなーー
「っ、おい! 後ろだ!」
ーーしゅるしゅると、天使の目に巻かれていた赤い布がほどけていく。
それは、腕に巻かれていた方も同様であった。
「ぐ、が、ァッ!?」
凄まじい力で、首が何か細長い物体に締め上げられる。
なんとか下を見るとそれは、表面に血管みたいな物が浮き出ている赤い布だった。
ーーこちらが、本体か。
しまった。
天使の身体が異様に脆かったのは、あれが分体だったからか。
ピキリピキリと。少しずつ首部分の鎧が砕けていく。
痛みは無いが、得も言われない焦りを感じる
「グォ“ォ“ォ“!!!」
首に巻き付く赤い布を掴み、引き離そうとした。
力ではこちらに分があるのか、以外と簡単に首から布は外れていく。
だが外れたと思った途端、ひるがえった布の先端が鋭利な刃物に変化して俺に襲いかかってきた。
「×××××××!!!」
金切音を放ちながらうねる赤布に右肩を抉られる。
俺の肩から青い血が勢い良く吹き出し、遅れて鈍い痛みを感じる。
だが、これならまだ掠り傷だ。
戦闘には問題無ーーー
「ガ、ァァ……っ!?」
ーーー右腕が動かない。
焦れったく思いながら腕を確認すると、俺の鎧は傷口を中心に天使と同じ土色に染まり始めていた。
僅かだが静電気のような小さい閃光が絶え間無く確認でき、それは少しずつ強くなっているように見える。
……攻撃を当てられた箇所は、ヤツの支配下に置かれるのか?
体から血の気が引いていく。まるで寄生虫だ。と思った。
このまま放置すれば腕以外にも拡がって最終的には全身の制御を奪われるかもしれない。
……なら、やれる事は一つしか無いだろう。
覚悟を決めろ……俺。
「ガァァァ……!」
ーーー深呼吸をし、思い切り肩口から右腕を捻り切った。
噴水の如く血液が吹き出て、痛みを通り越す程のマグマ染みた熱で意識がトびかける。
傷口を無理やり握り潰し、止血した。
「×××××××!」
再度襲い来る布を、残った左腕を反射的に刃へ変形して迎え撃つ。
幾度か剣裁が鳴り響き、赤布の体表に僅かずつ刀傷が刻まれていく。
大丈夫だ……勝てない相手じゃない……!
「××××××!?」
怯んだ隙を見て、俺は赤布を踏み潰した。
それにより厄介だった動きが止まる。
足でがっちり固定した赤布を引き千切ろうと、左腕で思い切り引っ張った。
繊維が崩れる時にするような、ブチブチという音が聞こえる。
「ガァァァァッ!!!」
最後の一押しのため、俺は布に噛み付いた。
布も抵抗し、蛇の如くのたうち回る。
がむしゃらに振るわれたであろう布端が俺の腹を貫く。
自分の血か相手の血かは分からないが、口内が鉄の香りに包まれた。
「×、××……××……」
何分、いや何秒経った時だろうか。
布が、小さく痙攣した後にその動きを止めた。
ぐったりと地面に横たえており、先程までの力強さは感じない。
「が、ぁ……(やったか……?)」
腹に突き刺さった布を引き抜き、念のため踏み潰す。
反応は無い。
「ドミネーター、お前……!」
自衛隊が数人、こちらへ走ってくる。
俺が力を振り絞りガッツポーズをすると、みんな手を取り合って喜んだ。
「傷は大丈夫か……?」
自分の右肩を触ってみる。
傷口からは青い血管らしき物が絡み合いながら伸びており、早くも再生が始まっているのだと分かった。
……つくづく、人外だ
「ぐおっ(多分、大丈夫だ)」
「……鎧の変形に加え、再生能力も有しているのか。ドミネーターの力の基準は分からないが……かなり強力だな」
なにやらメモをしながら、隊長と呼ばれていた自衛官は言った。
「……遅れたが、私は山吹 大河だ。これからよろしく頼む。……ドミネー、ター」
隊長……山吹大河は手を差し出し、握手を要求してきた。
俺はそれに何となく嬉しくなり、手を取る。
そうすると、山吹の顔が少しだけ緊張から解放された様に感じた。
「あ、あの。ドミネーター、さん? あなたは本当に、人間ではないのですか? ……なんだか、全然そんな気がしなくて……」
その時、横からおずおずとアセビが言った。
そりゃそうだよ。だって人間だもの。
と言うか、ずっとドミネーターって呼ばれるの違和感あるな。
俺にはちゃんとした名前が……
……名前、が。
あれーー
ーー俺は、誰だ?
□
【DMT―009JP『
【非常に高い運動能力、再生能力、変態能力を保持した極めて強力なドミネーター。外見は灰銀の鎧に身を包んだ身長1.9メートル程のヒトガタであり、その精神構造は通常の人間に限り無く近い。だが、言語の発音は不可能。そして特筆すべきは、全体を見てもほぼ類を見ない、人類に協力的なドミネーターであるという事である。接触した自衛隊員の証言曰く、『優しいお兄さん』的な雰囲気に近いとの事。】
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【DMT―009JP