貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
『天使の聖骸布』と『最果ての魔王』は完成したので、機会があれば公開します。
ーー腹部を焼くような激痛と、
「がぁっ……!?」
覚醒したはずの頭が、
じんじんと続く痛みに顔をしかめながら、手探りで発生源である下腹部へと手を伸ばした。
ねっとりと指にこびりつく赤い液体。
ーーなにが、起こった?
なんとか上体を起こすと、真っ赤に染まったベッドシーツが視界へ飛び込んでくる。
腰の当たっていた辺りだけペンキでも塗りたくったみたいに赤かった。
痛い、痛い、痛いーー異常な出血も相まって気が遠くなりそうだ。
もがく内に、ベッドから落ちて床に叩きつけられた。
その音に気が付いたのか、ドアを開けてタイサが入ってくる。
俺の様子に異様なものを感じたのか、血相を変えて駆け寄ってきた。
「アルリメリア……? おいアルメリア!?」
「が、ぅぅ……(ごめん俺死ぬわ……)」
タイサは傷を確認するため服の裾を捲って俺の腹を見る。そしてその下へ目をやった時、急に真顔になった。
「が、がぁっ?(ど、どうしたの?)」
「……あぁ、これは俺には……カーラ呼ぶか」
苦しむ俺を差し置いて、タイサはいそいそと外へ出ていった。
み、見捨てられた? しょ、しょせん娘の代わりってわけか!? ひどすぎるよ!
……あぁ、俺はこんな意味不明な状況で死ぬのかーー
◆
「これは生理ね。健康な女の子の証よ」
「がぁっ!?」
「やっぱりか」
カーラから告げられた衝撃の事実に、俺は開いた口が塞がらなかった。
え、俺ってドミネーターだよね……? なんでそんな事になってんの? いやほんとに。おかしいってば。
頭の中で何度も現実逃避するが、事実として自分の体に起こっている変化に向き合うしか無い事は分かっていた。
「アルメリアちゃんは生理が重たいタイプみたい。お薬出しとくから、食後に飲めば楽になるわ」
「ぐぉ……」
俺にいくつかの錠剤を渡して、カーラは帰っていった。
あぁ……なんか食べてからじゃないと飲めないのか。朝ごはん作ろう。
腹痛いし腕折れてるしコンディションは最悪だけど、仕方が無い。
「俺が作るか?」
「がぅう……(いや大丈夫……)」
タイサに任せたら黒焦げの肉塊しか出てこないからな……
俺は食料庫に歩いていって、中から『赤い鱗の着いた巨大な腕』を引っ張り出す。
……この大陸に来てすぐの時に見た、巨大なトカゲの物だ。
タイサが狩ってきた時には思わず悲鳴が出た。
本人いわく、『大した相手じゃない』らしい。……いや、人間だよね? タイサ強すぎないだろうか。
「何を作るんだ?」
「がぅっ」【塩分控えめ、ドラゴンステーキです】
「おぉ……昨日狩ったやつか。そいつは楽しみだ」
赤い鱗に包まれた巨腕を、火を通すため一口サイズに刻んでいく。
……森にいたこのドラゴンは、『リンドヴルム』という種類の"魔獣"らしい。
魔獣、というのは現在のアメリカに生息する怪物を指すものだ。
ドミネーターの出現と同時に発生したらしく、その多くが既存の神話に登場する生物に酷似する特徴を持つ事から、それになぞらえて名前をつけると聞いた。だから『リンドヴルム』なのか。
そんな危なそうなもの食べれるのかと思ったが、特に健康被害は無いらしい。しかも以外と美味い。
「……」
エプロンを着けて竜肉を捌く俺の背中を、タイサはボーッと見詰めている。穏やかな目だ。
……その視線の先に居るのは、きっと別の『アルメリア』なんだろうけど。
「……そういえば、お前って年は幾つなんだ?」
ふと、といった感じでタイサが問いかけてきた。
年齢……分からないけど俺は『アルメリア』なんだ。設定を
調理へ目線を向けたまま、自作のメッセージボードに字を書き込む。
【14歳です】
「……っ、そ、そうか。随分と大人びてるな」
俺の返答に、タイサは僅かな狼狽を見せた。
……そりゃそうだ。偶然拾った俺が娘と同じ年齢なんだ。何かの因果を感じたのだろう。
実際は単なる自演なのだが、タイサにそれを知るよしは無い。
『アルメリア』の写真はまだ俺が持っているし、それを伝えてもいない。
「……なあ。アルメリア」
「がぅっ?」
数秒の間を置いた後、またタイサが俺を呼んだ。
俺はそれに応えるためにメッセージボードへ手を伸ばしーー
「お前、アザレアって男を知ってるか?」
ーー絶句、した。
冷えた両手で心臓を鷲掴みにされるような感覚。
この大陸で絶対に聞くことは無いと確信していた名前。
震える手を抑えながら、紙へ文字を刻んでゆく。
【しりま せん】
「……そうか。そうだよな。変なこと聞いてすまん】
そう言ったっきり、タイサは黙ってしまった。
……なぜ、そう思ったんだ?
どうしてアザレアという名前を知っている?
【アザレアって、なんですか?】
「ん……? あぁ……まぁ、妖怪みたいなもんだ。気にしなくて良い」
妖怪……? アセビの母と親しいらしかったが、妖怪ってどういう事だ。
本人が気にしなくて良いと言った以上、深入りするのも変だから聞けないけど……謎だ。
それから十分後、竜肉のステーキが完成した。本当はレアにしたかったが、流石に少し抵抗があったからミディアムにした。
未知の寄生虫とか居そうで恐い。いや、村の人たちが健康な以上その可能性は低いんだろうけど。気持ちの問題だ。
「がぅっ!(じょうずに焼けましたー!)」
「おぉ、旨そうだな……!」
皿へ色とりどりの野菜を盛り付け、タイサの前に置く。
俺はそれからその正面の椅子に着いて肉に手を会わせた。
この体が少食だからタイサのものよりかなり小さい。
俺がチビチビ食べている内に、向こうの皿からはあっという間にステーキが消え去る。
「……お前、本当に料理を始めて一週間経ってないのか? 片手だけでこんなの作るとかカーラでも無理だぞ」
皿をまじまじと見つめながら、タイサが俺に聞いてきた。
……この一週間で分かった事だが、俺の体は筋力が弱い代わり相当に運動神経が良いらしい。具体的に言えばドミネーターの時と同じぐらい。
それに加えて『ノンシェイプ・ナイト』としての
要するに……人間の体にノンシェイプナイトの能力が外付けされたみたいな物だ。戦闘こそ出来ないが、中々に小回りが利く。
【練習、しました】
「……そうか」
俺の答えにタイサは納得のいかない表情で言ってから、空っぽの皿をキッチンに下げた。
……その目線は、俺の胸元に揺れる深紅の宝石へ向いているように見えた。