貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
ーー
その子を、俺の娘を連れていかないでくれ。
「なにぃ? ■■■くぅん、オレになんか文句あるわけ?」
「お父さん……! お父さん!」
"眷族"の男が、ニタニタした粘っこい笑顔で振り返る。
その
ここで取り返せなければ、二度とこの子の笑顔を見る事は出来ないだろう。
それは分かっていた。……分かって、いたのに。
「……っ」
ーー足が震えて動かない。
"眷族"は強力だ。仮に戦車が有ったって絶対に敵わない。そう分かっていた。だから腰抜けな俺は挑む事が出来ない。
煮えたぎるマグマに飛び込むような、
"眷族"の背中が遠のいていく。
そして、そのまま姿が見えなくなりーー
◆
「っ……!」
毛布を蹴飛ばし、タイサは飛び起きた。
額には玉のような冷や汗が浮かんでいて呼吸は荒い。まるで怪物から逃げてきたが如く様相だった。
「は、ぁ……酷い夢を見た」
前髪をかき上げながら何度か深呼吸をし、寝台から降りる。
頭を冷やすために外へ出て、ポケットから取り出したしなしなの煙草を口にくわえる。
そこから立ち上る紫煙を眺めながら、タイサは大きなため息を吐いた。
「……なんで、今になって思い出すんだか」
浅く笑いながら、自嘲する。
ーーあの日本人の少女と出会ったせいか。
迷った挙げ句、自分の娘と同じ『アルメリア』という名を付けてしまった哀れな少女。
……暴力を振るわれ、言葉を失ってなお自分を信じてくれている。
異常なまでの学習能力を持ち、英語を僅か三日で完全に習得した。料理だって、カーラの物を一目見ただけで完全に再現した。
ーー奇妙な、少女だ。
捨て子ではあるまい。見た目も良く、あんな化け物染みた才能を持つ子供を捨てる親など居ないだろう。
それに、本人が言うには『気が付けばアメリカにいた』らしい。
……アメリカ大陸、
そこに入るには、それこそ同等の力を持つドミネーターの力が必要だ。
「……」
タイサの胸中には、一つの疑念があった。
あの少女が大事そうに抱えていた深紅の宝玉、あそこから娘を拐った"眷族の男"と同じ雰囲気を感じるのだ。……感じる力の大きさは、比べるのもおこがましい程に宝玉の方が強いのだが。
……考えにくいが、あの少女……アルメリアは、"眷族の男"と同類なのではないか。
そのような疑念がタイサの心を揺さぶっていた。
「がぅぁぁあああっ!?」
「……なんだ!?」
アルメリアに与えた部屋から、切羽詰まった悲鳴が聞こえてきた。
煙草を握り潰してからそちらへ向かう。
軽くノックしてからドアを開けると、そこには下腹部から大量の血を流しているアルメリアの姿があった。
「っ……!? おい大丈夫か!?」
顔から一気に血の気が引くのを感じながら、タイサはアルメリアヘ駆け寄る。
「がっ、がぅぁぁあっ!」
『死んじゃうよ!』といった表情で、アルメリアは助けを求めてくる。
タイサはどうにかしようと傷口の服をめくりーー
「……あぁ、これは」
見えかけた『出血口』から、タイサは目を背けた。
ーー生理だ。しかも反応からして初めての。
そこまで幼くは見えないが、遅い体質だったのだろう。
娘で似たような事態を経験していたタイサは、男の自分ではなく医者で女性であるカーラに任せた方が良い事を知っていた。
「……カーラ、呼ぶか」
「が、がぅっ!?」
部屋から出ていこうとするタイサを、アルメリアは『見捨てるの!?』と言いたげな顔で見上げてきた。
僅かに潤んだ青い瞳が、助けを求めて揺らめいている。
ーーその顔は、あの日の『アルメリア』と重なって見えた。
「っ……!」
逃げ出すようにタイサは部屋を後にする。
……外へ出て、冷たい風を浴びても。脳が見せつけてくる『アルメリア』の幻覚から逃れる事は出来なかったーー
◆
薬を渡してカーラが帰った後、料理をするアルメリアをタイサは見詰めていた。
その包丁さばきは超人ーー否、人外の域に片足を踏み込んでおり、目で追う事すら出来ない。肉塊が数秒で細切れになる。
凄まじい精度で、機械的ですらあった。
「……」
……その光景に、タイサはとある
ーー黒髪。
ーー青目。
ーー日本人。
ーーそして、この異様な身体機能。
かつて自分が戦場で出会った、『バケモノ』の持つ特徴と一致している。
気が付けば、タイサの口は勝手にその質問を投げ掛けていた。
「お前、"アザレア"って男を知ってるか?」
ぴたり、と。まな板を叩いていた包丁の音が止まる。
不審に思いアルメリアの顔を見ると、虚空を見つめたまま震えていた。
「……どうした?」
【しら ないです】
スケッチブックに記された綺麗な文字がそう伝えてくる。
その答えにタイサは、安心すると共に馬鹿らしいと思った。
あの男の血族ではないかと一瞬思ったが、そんな筈は無い。
"アザレア"に子供はいない。思わず、ほっと息が出た。
数分後、完成した料理がタイサの前に置かれた。
高級レストランのメニューから飛び出てきたような、凄まじい完成度のステーキ。
口に入れれば柔らかく、焼き加減が絶妙。かつてのアメリカでも食った事が無い程に美味い。
間違っても、こんな
「がぁぅっ?」
アルメリアが『おいしい?』と聞いてくる。
深々と頷くと、花が咲いたような笑顔になった。
……その笑顔も、在りし日の娘とそっくりだった。
「……ある、めりあ」
「がぁっ?」
ーーたとえ自分が腰抜けでも、この子だけは守り抜いてみせる。
……そんなのが、
きっと、それは正しい事だから。
次回から話が大きく動きます。ほのぼのは今回で終わりですかもしれません