貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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32.愚かな君は、哭いていた

その日は、朝から嫌な予感がした。

 

村の人々がざわめき立ち、朝になったのにタイサが部屋から出てこない。

大気が底冷えするほどに寒々しく、腹の奥を優しくかき混ぜられるような不快感を感じる。

とにかく、空気が重たかった。

 

「ぐぉ……」

 

……タイサはいくら呼んでも出てこないし、俺も二度寝するか。

そう思い、ソファに横になって目をつむろうとした時ーー

 

「大変よタイサ……!"眷族"が来たわ!」

 

ーーこの異様な空気の『答え合わせ』は、ドアを突き破るように入ってきたカーラによって意外と速く成された。

 

 

村を支配する"眷族の男"。

このレギオンオブ・カロライナを統べるドミネーターが使わした部下。

……眷族という存在に対する俺の知識は、ボナパルトから教えられた『ドミネーターが他国に侵略する時、自国の防衛に用いる人間』という物しか無い。

だがそれの意味する所は、最低でも侵攻してきた他国のドミネーターを迎え撃てるぐらいに強いという事だ。

 

カーラが言うに"クソヤロウ"らしいが、無闇に歯向かわない方が身のためだろう。

前ならともかく、今の俺がそんな奴に勝てるとは思えない。

 

「……あいつが、来たのか」

 

この日四本目の煙草を()かしながら、タイサがそう呟いた。

顔をしかめてどこか遠くを見るような目をしている。

……タイサは、"眷族"に娘を拐われたんだよな。

絶対に会いたくない相手だろう。

 

「……アルメリアちゃん。私たちはあいつの対応をしてくるから、あなたは()()()()()()()()()()

 

僅かに血走った目で、カーラは俺に言った。

まぁ俺だけ明らかに人種違うし、変に目を付けられても面倒だろう。

静かにしてるのが正解だ。

 

「わかった?」

「ぐぉっ」

 

心配そうに出ていく二人を見送ってから、俺は部屋の隅で体育座りした。

そして天井を見上げてぼーっとする。

 

「ぐぉ……」

 

……しかし、何十分待ってもタイサは帰ってこない。

『最悪のケース』を想定して、額に嫌な汗が浮かんでくる。

その思考を掻き消そうとするが、どんどん不安は大きくなっていく。

 

ーー"眷族"に殺されたんじゃ。

 

「っ……!」

 

居ても立ってもいられなかった。

ドアをほんの少しだけ開き、"眷族"とやらを見付けようとする。

……居た。意外と若い。

色素の薄い金髪の、キザな優男だ。

腰には青く煌めく短剣が携えられており、それが冷たい輝きを放っている。

その近くにタイサもいた。

 

ーー良かった、良かった!

安心し過ぎて、思わずへたりこみそうになる。

それを抑えてドアを閉めようとしーー

 

「あぁ……変な匂いがすると思ったら道理で」

 

ーー"眷族"と目が合った。

 

「おいっ……!? アルメリア!?」

「コシヌケくぅん……? こんなお宝隠しちゃってさァ……何のつもり?」

 

突風が吹いたと思った次の瞬間、"眷族"はニタニタとキザったらしい笑みを浮かべて俺の前に立っていた。

ーー目で追えない。()()()()()速すぎる。

 

「ほぉ……! 良いねェ……」

 

唖然とする俺の顎を指でクイっと持ち上げ、"眷族"が顔を覗き込んでくる。

ヤツの長い金の睫毛に縁取られた目が、品定めするように見てきた。

……だがその行程で、俺も一つ分かった。

 

ーーこいつは、弱い。

単体の『天使』はおろか平常時のボナパルトよりも遥かに。

怖くない、を通り越して哀れみさえ感じる。

 

「おい! アルメ……そいつから手を離せ!」

 

十秒ほど、視線が交差していただろうか。

震えた声でタイサが叫んだ。

"眷族"は俺に微笑んだ後、タイサヘと振り返る。

 

「今回の『貢ぎ物』はこの子にするよ。なんで東洋系の人種がここに居るのか知らないけど……そんなのどうでも良いぐらいに気に入った!顔の造形が素晴らしいし、何よりこの"目"が良い!」

「ーーーっ!」

 

タイサに視線を向けたまま、"眷族"は右手を俺の胸元へ入り込ませようとしてきた。

寒気を感じて振り払うと、恍惚したような表情になる。

 

「がァ……!」

「あぁァあァあァァ!ッッ! 教育のしがいがありそうだ! お兄さん今から(たぎ)ってきちゃったよ!? ファハハハァッ!」

 

顔に手を当て天を仰ぎ、"眷族"は高笑いした。

寒々とした村に、延々と男の喜声が響き渡る。

そして数秒後、笑い終えた"眷族"が悪意に満ちた声で言う。

 

「君の『アルメリア』は簡単に壊れちゃってつまんなかったんだよねぇ……?」

 

ーータイサの顔色が変わった。

目が見開かれ、拳は固く握られ、怒りのあまり顔が赤くなっている。

しかし……足は震えたまま、動いていなかった。

……その時俺はーーこの大陸に来てから初めて自分が怒っている事に気が付く。

 

「っ、お、前……っ!」

「ハハハ! 怒ってる怒ってる! でも挑めない! 情けないねぇ!? オレの事が怖いんだろぉ! 娘を無惨に犯されても! キミは結局自分の身がかわいいんだよ! それにーー」

「……がぁ」

「ん? ごめんね。お兄さん今は惨めなオッサンをいじめるのに忙しいんだぁ……」

 

眷族の腕を掴む。やつは振り向いた。

……息を吸い込んで心の"スイッチ"を入れる。

『アルメリア』から、『ノンシェイプ・ナイト』へと。

ドミネーターに威嚇するつもりで、ドスの効いた声で脅す。

 

「ガァ"ァ"ァ"……!」

 

ーー雑魚が。図に乗るなよ。

 

「ぁ、あ……っ?」

 

弱者であろう俺から放たれた『ノンシェイプナイト』の殺気に、"眷族"はたじろぎ後ずさった。

その開いた距離を詰め、再度睨み付ける。

 

「ガァ"ァ"ァ"ッ"……!」

「は、ははは……っ。活きが良すぎるのもっ、困り物、だね」

 

その後、『明日迎えにくるから逃げないようにしておけ』と命令してそそくさと"眷族"は村から立ち去った。

……やっぱり、あいつは弱い。

『天使』にも『黒龍』にも『ボナパルト』にも……そして『最果ての魔王』にも、こんな見かけ倒しの威嚇は通用しなかった。

でかいのは、口先だけ。

そんな雑魚にタイサを……俺を愛してくれた人を馬鹿にされたのが悔しかった。

 

「……アル、メリア」

 

細々しい、消え入りそうな声でタイサに名前を呼ばれた。

心配してくれたのか、俺がそう思って声の方へ向くが、"違った"。

 

「ごめん、アルメ、リア、俺が、あの日っ……なんで……ぇ、動けなかった……!? ごめん、ごめんごめん……アルメリア、俺のせいで、お前は……! 腰抜けが……クソ! 何が大佐だ……!? 娘一人守り通せなくて、なにが……っ!」

 

その懺悔は、俺ではなく『アルメリア』に対してのものだった。

厳めしい顔を涙に濡らし、何度も地面に叩きつけた拳から赤い血が溢れている。

……それを、見て、俺は

 

「ぐ、ぉ」

 

『こんなに心配してもらえる"本物のアルメリア"が羨ましい』なんて考えてしまう愚かな自分を、心から蔑んだ。

 

 


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