貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
その日は、朝から嫌な予感がした。
村の人々がざわめき立ち、朝になったのにタイサが部屋から出てこない。
大気が底冷えするほどに寒々しく、腹の奥を優しくかき混ぜられるような不快感を感じる。
とにかく、空気が重たかった。
「ぐぉ……」
……タイサはいくら呼んでも出てこないし、俺も二度寝するか。
そう思い、ソファに横になって目をつむろうとした時ーー
「大変よタイサ……!"眷族"が来たわ!」
ーーこの異様な空気の『答え合わせ』は、ドアを突き破るように入ってきたカーラによって意外と速く成された。
◆
村を支配する"眷族の男"。
このレギオンオブ・カロライナを統べるドミネーターが使わした部下。
……眷族という存在に対する俺の知識は、ボナパルトから教えられた『ドミネーターが他国に侵略する時、自国の防衛に用いる人間』という物しか無い。
だがそれの意味する所は、最低でも侵攻してきた他国のドミネーターを迎え撃てるぐらいに強いという事だ。
カーラが言うに"クソヤロウ"らしいが、無闇に歯向かわない方が身のためだろう。
前ならともかく、今の俺がそんな奴に勝てるとは思えない。
「……あいつが、来たのか」
この日四本目の煙草を
顔をしかめてどこか遠くを見るような目をしている。
……タイサは、"眷族"に娘を拐われたんだよな。
絶対に会いたくない相手だろう。
「……アルメリアちゃん。私たちはあいつの対応をしてくるから、あなたは
僅かに血走った目で、カーラは俺に言った。
まぁ俺だけ明らかに人種違うし、変に目を付けられても面倒だろう。
静かにしてるのが正解だ。
「わかった?」
「ぐぉっ」
心配そうに出ていく二人を見送ってから、俺は部屋の隅で体育座りした。
そして天井を見上げてぼーっとする。
「ぐぉ……」
……しかし、何十分待ってもタイサは帰ってこない。
『最悪のケース』を想定して、額に嫌な汗が浮かんでくる。
その思考を掻き消そうとするが、どんどん不安は大きくなっていく。
ーー"眷族"に殺されたんじゃ。
「っ……!」
居ても立ってもいられなかった。
ドアをほんの少しだけ開き、"眷族"とやらを見付けようとする。
……居た。意外と若い。
色素の薄い金髪の、キザな優男だ。
腰には青く煌めく短剣が携えられており、それが冷たい輝きを放っている。
その近くにタイサもいた。
ーー良かった、良かった!
安心し過ぎて、思わずへたりこみそうになる。
それを抑えてドアを閉めようとしーー
「あぁ……変な匂いがすると思ったら道理で」
ーー"眷族"と目が合った。
「おいっ……!? アルメリア!?」
「コシヌケくぅん……? こんなお宝隠しちゃってさァ……何のつもり?」
突風が吹いたと思った次の瞬間、"眷族"はニタニタとキザったらしい笑みを浮かべて俺の前に立っていた。
ーー目で追えない。
「ほぉ……! 良いねェ……」
唖然とする俺の顎を指でクイっと持ち上げ、"眷族"が顔を覗き込んでくる。
ヤツの長い金の睫毛に縁取られた目が、品定めするように見てきた。
……だがその行程で、俺も一つ分かった。
ーーこいつは、弱い。
単体の『天使』はおろか平常時のボナパルトよりも遥かに。
怖くない、を通り越して哀れみさえ感じる。
「おい! アルメ……そいつから手を離せ!」
十秒ほど、視線が交差していただろうか。
震えた声でタイサが叫んだ。
"眷族"は俺に微笑んだ後、タイサヘと振り返る。
「今回の『貢ぎ物』はこの子にするよ。なんで東洋系の人種がここに居るのか知らないけど……そんなのどうでも良いぐらいに気に入った!顔の造形が素晴らしいし、何よりこの"目"が良い!」
「ーーーっ!」
タイサに視線を向けたまま、"眷族"は右手を俺の胸元へ入り込ませようとしてきた。
寒気を感じて振り払うと、恍惚したような表情になる。
「がァ……!」
「あぁァあァあァァ!ッッ! 教育のしがいがありそうだ! お兄さん今から
顔に手を当て天を仰ぎ、"眷族"は高笑いした。
寒々とした村に、延々と男の喜声が響き渡る。
そして数秒後、笑い終えた"眷族"が悪意に満ちた声で言う。
「君の『アルメリア』は簡単に壊れちゃってつまんなかったんだよねぇ……?」
ーータイサの顔色が変わった。
目が見開かれ、拳は固く握られ、怒りのあまり顔が赤くなっている。
しかし……足は震えたまま、動いていなかった。
……その時俺はーーこの大陸に来てから初めて自分が怒っている事に気が付く。
「っ、お、前……っ!」
「ハハハ! 怒ってる怒ってる! でも挑めない! 情けないねぇ!? オレの事が怖いんだろぉ! 娘を無惨に犯されても! キミは結局自分の身がかわいいんだよ! それにーー」
「……がぁ」
「ん? ごめんね。お兄さん今は惨めなオッサンをいじめるのに忙しいんだぁ……」
眷族の腕を掴む。やつは振り向いた。
……息を吸い込んで心の"スイッチ"を入れる。
『アルメリア』から、『ノンシェイプ・ナイト』へと。
ドミネーターに威嚇するつもりで、ドスの効いた声で脅す。
「ガァ"ァ"ァ"……!」
ーー雑魚が。図に乗るなよ。
「ぁ、あ……っ?」
弱者であろう俺から放たれた『ノンシェイプナイト』の殺気に、"眷族"はたじろぎ後ずさった。
その開いた距離を詰め、再度睨み付ける。
「ガァ"ァ"ァ"ッ"……!」
「は、ははは……っ。活きが良すぎるのもっ、困り物、だね」
その後、『明日迎えにくるから逃げないようにしておけ』と命令してそそくさと"眷族"は村から立ち去った。
……やっぱり、あいつは弱い。
『天使』にも『黒龍』にも『ボナパルト』にも……そして『最果ての魔王』にも、こんな見かけ倒しの威嚇は通用しなかった。
でかいのは、口先だけ。
そんな雑魚にタイサを……俺を愛してくれた人を馬鹿にされたのが悔しかった。
「……アル、メリア」
細々しい、消え入りそうな声でタイサに名前を呼ばれた。
心配してくれたのか、俺がそう思って声の方へ向くが、"違った"。
「ごめん、アルメ、リア、俺が、あの日っ……なんで……ぇ、動けなかった……!? ごめん、ごめんごめん……アルメリア、俺のせいで、お前は……! 腰抜けが……クソ! 何が大佐だ……!? 娘一人守り通せなくて、なにが……っ!」
その懺悔は、俺ではなく『アルメリア』に対してのものだった。
厳めしい顔を涙に濡らし、何度も地面に叩きつけた拳から赤い血が溢れている。
……それを、見て、俺は
「ぐ、ぉ」
『こんなに心配してもらえる"本物のアルメリア"が羨ましい』なんて考えてしまう愚かな自分を、心から蔑んだ。