貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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33.目覚めの獅子

「……ぐぉー?(……タイサー?)」

 

すっかり引き籠ってしまったタイサに夕飯を渡すため、部屋の扉をノックする。

……数秒待つも返事がない。ドアノブに手を掛けると、鍵がかかっていなくてあっさり開いた。

 

「ぐぉ……」

 

僅かに開いた扉の隙間から、火薬やら鉄やらが混じった香りが吹き出してきた。

……タイサの匂いだ。明日以降、二度と嗅ぐ事は無いだろう。

 

「がぅっ」【ご飯持ってきました】

 

タイサは、部屋の隅で何か作業をしていた。

ドアが開いた事でようやく俺に気が付いたのか、驚いた顔で振り向く。

目元に深い隈が出来ていて、寝不足なのだろうと思った。

 

「……アルメリア」

 

俺はベッドに腰掛け、作業机の上に晩飯の乗った盆を置いた。

タイサは、俺の顔を見ないまま言葉を続ける。

 

「俺が、憎いだろ……」

「がぁっ……?」

「お前のこと、家族だって……守ってやるって誓ったのに、アイツの前じゃ足が震えて動けなかった……!」

 

拳を握り締め、俯いた頭を震えさせながらタイサが言った。

……いや、そもそも眷族にバレたのだって俺のせいみたいなもんだし。恨むも何も無いだろ。

 

【憎くないです】

「っ……、お前、賢いんだから自分がどうなるか分かるだろ!? あのクソヤロウに……!」

 

多分、『アルメリア』と同じような事をされるんだろう。

でも不思議と怖くはなかった。『最果ての魔王』の闘気を見た後じゃあんなのミジンコみたいなものだ。

それに、前に村人に殴られた時みたいな『純粋な殺意』でも無い。

感じるのはジメジメした嫌らしい情欲だけだ。不快なだけで、怖くはない。

 

「……俺に、何か言ってやりたい事とか無いのか? 『腰抜け』、とか……っくずやろー、とか……!」

 

言いたい事……そうだな。多分これで最後になるんだから、一回ぐらい気持ちを伝えておくか。

俺はスケッチブックを取りだし、そこにペンを走らせた。

……アセビの母の姿を思い出しながら、一文字ずつ丁寧に紡いでいくーー

 

「おれは、娘を踏みにじられても動けない腰抜けのチキン野郎で……!」

 

泣きそうな顔のタイサに、俺は笑顔で純粋な気持ちを伝えた。

 

【愛してます】

「……は?」

 

まるで信じられない物を見るような目で、タイサはその一文に何度も目を()わせる、

……この、感情を。これ意外の言葉で表す語彙を俺は持ち合わせていなかった。

願わくば、ずっと一緒に居たい。

初めて俺を『人として』愛してくれた。

アセビや山吹も、俺を『ドミネーター』としか呼ばなかった。

……でも、タイサは。娘の代わりとは言え名前を与えてくれたんだ。

 

「ぉ、俺、はお前を、ーー!」

【俺がここから居なくなっても、健康に気を付けて】

 

ーータイサが、『もうやめてくれ』と目で訴えてくる。

でも、最後なんだ。これだけは言わなきゃいけない。

 

【しあわせに、暮らしてください】

「……ちがう」

 

ボロボロと、タイサの頬に(しずく)が伝い出す。

 

「ーーちがう……っ! ちがうんだよ……! 俺は! お前を! 救えなかった自分の娘と重ねて! 罪を(あがな)ったつもりになってただけのゴミなんだよ!」

 

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、叫んだ。

 

「お前につけた『アルメリア』って名前だって! 娘と重ねやすくするためだ! 俺がお前と家族になろうとしたのは……っ! 俺自身を救うためなんだよっ……!」

 

その姿は、自らを傷付ける事で許されようとしている咎人(とがびと)のように見えた。

 

【知ってます】

 

懐から古びたアルメリアの写真を取りだし、タイサに見せる。

 

「なん、で……」

【誰かの代わりでも、寂しさを慰めるだけの玩具でも良かったです】

 

スケッチブックの紙に、水滴が落ちた。もしかしたら俺も泣いてるのかもしれない。

 

【あなたの事が大好きだから】

「ぁ、ぅ、ぐ、……っ!」

 

咽び泣くタイサの背中を優しくさすり続ける。

やがて咽びが寝息になった頃ーー俺は、部屋から出た。

外は明るくなり始め、眷族の指定した時刻も近い。

 

【タイサと出合えて、幸せだった】

 

……決別(さよなら)の、書き置きを残して。

俺は、肌寒い外へ踏み出した。

 

 

淀んだ空気が吹いている。

曇り空からごろごろと雷が鳴り響き、もうじき大雨になるだろう。

周囲では多くの村人が遠巻きに俺を見ている。

……その中に、タイサの姿は無かった。

 

「おお、居た居た」

 

そんな悪天候の中、ヤツは悠然と姿を表した。

白のタキシードに身を包み、ニタニタ笑いで赤い薔薇の花束を抱えている。

ーー結婚式、気取りか。

気持ち悪さに反吐が出そうになる

 

「んー、やっぱり良いねぇ……腕が折れちゃってるのは残念だけど」

 

うっとりした顔で俺の目を覗き込みながら眷族は言った。

そのまま口づけしようとする眷族を睨み付ける。

するとやつは、加虐心に満ちた笑顔で俺の腕を握りつぶした。

 

「ぐ、がぁァッ!?」

「ははは……イイ顔で哭くなぁ……!」

 

ーー神経を直接抉られる感覚。

人外の握力で、折れた骨を圧迫される。

鋭い激痛に思わず涙が滲んだ。

 

「が、グ、ぅ……ッ!」

「じゃあ、行こっか」

 

腕を掴まれたまま、俺は半ば引きずられるように眷族に着いていく。

痛みに滲んだ視界。まともに前が見えない中少し歩いた頃に、眷族の足がピタッと止まった。

……なんだ?

 

「おぉ! コシヌケ君! 君も祝ってくれるのぉ?」

 

ーーそこには、眷族の道を塞ぐようにして立っているタイサの姿があった。

いつもの服装ではなく、胸に徽章(きしょう)のような物が付いた迷彩柄の軍服の姿。

軽く笑いながら、まっすぐに眷族を見つめている。

 

「いいや? お前もアルメリアも、この村から出させるつもりは無い」

「はぁ?」

 

よく見えないが、タイサの両手には亀の甲羅のような何かが握られていた。

眷族はそれに気付かない様子で、俺の手を離してタイサヘと歩み寄っていく。

 

「コシヌケくん、お前さぁ……娘を見捨ててまで拾った命をわざわざ捨てに来たの?」

「はっはっは……俺は死なないし、もう大切な人を見殺しにする事は出来ない。そしてもう一つ、言わせて貰おう」

 

タイサの手に持たれていた"ナニカ"からピンのような物が抜けた。

俺は咄嗟にそれが何かを察し、出来るだけ距離をとる。

あれはーー

 

「俺の名は……! アメリカ陸軍大佐っ! ダンデ・レオンハートだぁぁぁっ!!!」

 

ーー二つの手榴弾(グレネード)が、眷族を巻き込んで大爆発を起こした。

砂埃が巻き上がり、凄まじい熱風が俺を襲う。

十メートル以上距離があってこれだ。爆心地の衝撃は計り知れない。

 

「ァ"ぁ"あ ぁァッ!?」

「畳み掛ける……!」

 

爆発の後、若い男の悲鳴と幾度かの銃声が響いた。

ーーどういう、事だ。

なんでタイサが。

ただの人間が勝てるわけ無いのに。

……俺は、ただの"代替品"なのに。

 

「逃げるわよアルメリアちゃん!」

「がぅっ!?」

 

後ろから走ってきたカーラに抱き起こされる。

そして、混乱したまま村の外へ向かった。

 


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