貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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34.獅子奮迅

ーー踏み出す。あの日動かせなかった足を。

 

「はぁぁぁ……!」

 

ーー睨み返す。あの日逸らしてしまった眷族の瞳を。

 

「ぁ"あぁ"あ"ァっ!? なん、でぇ……? このレギオンにそんなモンがぁ……ッ!」

 

爆風の先に揺らめく男の影へ、ありったけの弾丸をブチ込む。

……そしてーー

 

「俺は、もう逃げない……」

 

ーー絶対に、取り戻す。こんな自分を慈しんでくれた、あの少女を。

全弾打ち込んでもまだ動き続ける眷族を確認し、タイサは舌打ちした。

 

「……これで死んでくれりゃ、苦労しないか」

 

弾切れになった銃を捨て、右手に三つ目のグレネード。そして利き手の左には現役時代に特注した軍用ナイフ(コンバット)を握り締めた。

中東の名工によって仕上げられた銀の刃は、かつてと変わらぬ煌めきを放っている。

 

「雑魚がぁ……ころす……! コろッす!」

「……っ」

 

砂煙の向こう側から恐ろしい速度で突進してきた眷族の首筋へカウンター気味に刃を当てがい、切りつけた。

だがーー通せたのは、薄皮一枚。

生物の皮膚の感触ではなかった。鉱石の層へ斬り込んだかの如き硬質さ。

 

「痛ぇな……! クソクソクソがぁっ! 死ねよ!」

「ハッ、随分と、遅いな……?」

 

目で追うのがやっとの拳を紙一重で回避しながら挑発し、攻撃から理性を削ぎ落としていく。

その結果、振り下ろされる拳の軌道はタイサの狙い通りに単調となっていった。

 

「どうした? ドミネーター様に選ばれし"眷族"とやらは腰抜けのおっさん一人殺せないのかぁ!?」

「雑魚の人間風情がぁ……! あの方を馬鹿にすんなぁぁぁッ!」

 

ーー勝てる。タイサはそう確信した。

猛獣を遥かに越えるであろう膂力(りょりょく)だが、動きはズブの素人。

それに、眷族の体は先程の手榴弾によってかなり損傷している。

右目は潰れ、片腕は歪な方向へと捻じ曲がり。

致命傷とは言えないまでも、重症だった。

 

隙を見てもう一度手榴弾(グレネード)を食らわせてやる。

そう作戦を立て、機会を伺う。

 

……だがーー

 

「ラぁ"ぁ"アッ!」

「なっ……!?」

 

ーーこいつは"ドミネーターの"眷族。

その由縁を、タイサは理解していなかった。

 

「っ……!?」

 

突如、()()()()()()()()()()()

咄嗟に回避したが、熱気に身を焼かれ顔をしかめる。

その紅炎は眷族を中心に紅蓮の螺旋を描き、天を()かんばかりにうねった。

その様はまるで烈火の竜巻が如く。

ーー化け物染みた筋力や驚異的な防御力とは違う。さながら"魔法"とでも形容されるような、あからさまな超常の力。

 

「はぁ……ダサいなぁ今日のオレ。ムカつくから村ごと焼き払うか」

 

獄炎の中心で前髪をかき上げ、うんざりしたように眷族は言う。

後ろを確認するーーカーラに頼んで逃がしたはずのアルメリアは、村を囲む烈火の防壁にせいでまだ近くにいた。

ーーまずい、このままでは全員焼け死ぬ。

状況を打開するため、タイサは眷族へ狙いを澄ませて手榴弾を投擲した。

 

「来るって分かってりゃそんなの食らわねェっての」

 

が、眷族の前に移動してきた蓮獄の竜巻に呑まれて手榴弾は焼失する。

マグマのようにポコポコと泡立つ巨大な炎の螺旋は、手榴弾を食らい尽くした後、蛇に似たとぐろを巻きながら地面を這いずってタイサへと近付いていく。

 

その全長は、十メートル以上か。

のたうつマグマの蛇は歪な咆哮を上げながら村を焦土に(かえ)していく。

 

「は、はは……聞いてないぞ、こんなの……!?」

 

迫りくる炎蛇(えんだ)に背を向け、タイサは走り出した。

その目線の先に居るのは頭の上で腕を組む眷族。

ーー接近戦(インファイト)に持ち込む

戦闘の規模を狭め、周囲への被害を抑えるための苦肉の策であった。

 

「フゥゥゥ……!」

 

移動方向へフェイントを掛けて炎蛇を躱しながら、懐から取り出した幾本かのナイフを投擲する。

しかし眷族はそれを防ごうともせず、皮膚に弾かれた。

 

「そんなのじゃオレの肌さえ貫けねぇよ!」

「……ふっ」

 

やはりーー反応しようと思えば出来るだろうにそれをしない。

力の差を歴然とさせるためか。痛くも痒くも無い攻撃は防がないつもりなのだろう。

 

ならば、そこに付け入る。

胸ポケットの中から四本目のナイフを取り出した。

その柄には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それを、何本かのナイフに混ぜて投げた。

 

一投目ーー命中、弾かれる。

二投目ーー命中、弾かれる。

そして、三投目ーー

 

「グがァぁァァッ!?!?」

 

ーー頭部にぶつかったナイフが、爆発を伴って眷族を吹き飛ばした。

制御を失った炎蛇が苦しむように悶え、一瞬だけ動きが止まる。

 

「ぉおぉおお!」

 

その一瞬こそーータイサに訪れた、唯一の勝機。

狙いは『目』。皮膚でなく粘膜ならば、ただのナイフでも貫けるはずだ。

全力で走り、距離を詰める。そして繰り出すのはコンバットによる刺突。

助走の付いたそれは、人の振るう刃物が出しうる最高火力ーー

 

「ふーっ……ふーっ……! マジで、危ねェ、なぁ……!」

 

ーーその『最高火力』とやらは、眷族の右手に持たれた蒼き短剣により防がれていた。

先程の爆発によって瞑れた目を片手で抑えながら、憎しみの籠った目でタイサを見下している。

見つかりにくくするため、爆弾を小型化したのが災いしたのだろう。想定よりもダメージか小さい。

 

「っ……」

 

数秒の鍔迫(つばぜ)り合いの末、力負けしたタイサは体勢を崩す。

立て直すのにかかる時間はコンマ一秒程度。しかしこの怪物との接近状態においては、絶死の隙となる。

眷族から放たれた粗雑な前蹴りがタイサの腹を抉った。

 

「ご、ぼっ」

 

蹴り飛ばされ体をくの字に折り曲げながら、タイサはゴム(まり)のように地面を跳ねる。

ーーあらゆる内臓が、()ぜながら腹を暴れ狂う感覚。

……足の筋力は、腕の三倍。

それは人体の常識であるが、眷族が人型な以上ある程度適応されるようであった。

そして、以前の腕による攻撃でさえ瀕死は免れなかったのだ。

……ゆえに。

 

「ぁ……」

 

ーー蹴りをまともに食らったタイサに訪れたのは、当たり前な『死』。

世界が白み、思考が遠退き、不思議な寒気に体が包まれる。

典型的な、死にゆく者の感覚だった。

 

「手こずらせ、やがってっ!」

 

悶えながら地に伏せるタイサを眷族が足蹴にする。

何度も、執拗に、すり潰すが如く。

全身の骨がガラガラに崩れるような音が村に響き渡った。




ありがたい事にポイントが5000行ったので、記念になんかやりたいと思います。(無計画マン)
リクエストとかありますかね?今の所ドミネーター図鑑とか考えてるんですが……

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