貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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35.開放、九番目の制圧者

「う、ぁ……」

 

『それ』を目にした瞬間、俺は世界から急速に(いろ)

が失われていくのを感じた。

 

『それ』は初めて自分を愛してくれた人だったモノで。

『それ』は今や血みどろの肉塊と化していて。

『それ』は男に踏み潰され、どんどんと元の形を喪っていって。

 

「ぁ、あ、ぁぁ、あ……!」

「アルメリアちゃん! 行っちゃ駄目!」

 

絡み付いてきた誰かの腕を振り払い、走り出す。

走って、走ってーー今もタイサを蹴り続けている眷族に、思い切り拳を叩き込んだ。

激痛が走るのと同時に、手から骨の砕ける音が聞こえる。

 

「ぅ、ぁぁああぁぁぁあぁああああ!」

「おぉ、良いところに来たぁ……」

 

眷族の手が俺の頭を掴み、持ち上げる。

そして無理矢理タイサの前に持ってきた。

近くで見ると、まだタイサは息がある様だった。血に濡れた虚ろな瞳が、俺を写している。

良かっーー

 

「はいドーン!」

「が」

 

ーー安心した途端、全身に馬鹿げた衝撃が走った。

思い切り地面に叩き付けられたのだろう、肺胞から空気が吐き出され、体の芯がへし折れたような激痛を感じた。

 

「があ、ぅ、っ」

 

下半身の感覚が、消えた。

脊髄が壊れてしまったのかーーしかし、そんなのはどうでもよかった。

俺は両手で這いずって、タイサの方に寄ろうとする。

 

「アル、メリ、ア……」

「がぅ……」

 

タイサが、震える手を伸ばしてくる。俺は、それを取ろうとーー

 

「残念でしたァ……?」

 

ーー踏み潰された。

タイサの顔が苦悶に満たされ、その手はぐちゃぐちゃに折れ曲がる。

頭が、真っ白になるのが分かった。

 

「ぅ、ぁ」

 

グリグリと、擂り潰すように眷族の足が動く。

 

「ほらぁ! 昨日みたく睨み返してみろよぉ! そしたらこの腰抜けを殺しちゃうけどねぇ!? ファハハハァッ!」

 

ーー足りない頭で、考える。

どうしたらタイサは助かる?

戦闘なんて勝てっこない。ならーー

 

「ぁ、け、、んぞ、く、さま」

 

ーー上手く動いてくれない舌で、(つたな)い言葉を紡ぐ。

……やはり、字が書けない縛りが消えた時点で察してはいたが。

今の俺は、多少無理すれば話すことが出来る。

涙に濡れた視界の先にある眷族の足にすがりながら、舌っ足らずの言葉を紡ぎ続ける。

 

「けんぞ、く、さま。その、ひとの、こと、ころさないでください」

 

地面に額を擦り付け、懇願する。

眷族の冷たい目が俺を見下ろしていた。

 

「おねがい、ですから」

「へぇ」

 

端正な唇が、優越感に歪む。

 

「おれの、こと。すきなだけ、ふみにじっていいですから……っ」

「ふぅん、じゃあさぁ……裸になって『あなたのモノになります!』って言ってよ。そしたら考えてあげる」

 

ニタニタ笑いながら眷族がそう言った。

その言葉で、心に希望が差し込むのを感じる。

タイサが助かるーーそれは、俺の中の全てよりも優先される事だった。

無論、命よりも。

ちっぽけな尊厳なんて、塵にさえ劣る。

 

「ま"、て……」

「なぁにぃ……?」

 

服の裾に手を掛けてめくり上げようとした時。しゃがれた声が聞こえた。それは、血塊混じりにタイサの口から吐き出されたもの。

折れた腕を制止するように上げながら、眷族を睨んでいる。

 

「そんなヤツに……お前がそれをする必要は、無い……! いつか、心から愛せる優しい人と出会えた時に、とっておけ……」

「おいおい……?」

 

よろめきながら、タイサが立ち上がった。

砕けた間接にぶら下がる右手が、不安定に揺れている。

呼吸は荒く、息を吐く度に咳と血が吹き出る。

明らかに、限界を越えていた。

このままでは本当に死んでしまう。

 

「ね、ぇ……」

 

ーーもう、やめてくれ。

俺にとっての『心から愛せる優しい人』なんて、タイサしか居ない。後にも先にも、きっとこの人しか居ない。

大切な人を傷付けられるのは死ぬより痛くて怖いのだと。たった今知った。

 

「おらぁ! ハハハ! 死ぬまでサンドバッグかぁっ?」

「ぐ、ぼっ……」

 

眷族の拳を何度も打ち込まれ、タイサは後ずさるーーが、倒れない。

……まるで、大切な物でも守っているみたいに。

倒れたままその背中をを見ていると、ペンダントにぶら下がる魔王のコアが熱を放っている気がした。

 

「お、ぉ"ぉおぉおぉ!」

「……流石にしつこいな」

 

拳を振り上げるタイサに舌打ちをして、眷族は手刀を形作る。

そして、それをタイサの心臓部に突き付けた。

 

「はい、おしまい」

 

タイサの背中を、紅蓮の渦が貫通する。

拳大もの傷口から一滴も血液が出ない程の、壮絶な熱傷。

 

「ぁ、るめ」

 

『娘』の名前を呼びかけて、それで。

大切な人は、大切な人の形をした肉塊に変わってしまった。

 

もう、うごかない、もうしゃべらない、もうなでてくれない、もうあいしてくれない、

ーーもう、わらってくれない。

 

『そういうのを死体と云うんだよ。ノンシェイプナイト』

 

ーー死んだはずの魔王の声が聞こえる。

 

「たい、さ」

 

やだ

 

「たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ

たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ。たいさ」

 

おいてかないで

 

『これはもうすぐ死体になる。助からない。私も似たような経験をしたから分かる』

 

うるさい。

お前はもう死んだだろ。話しかけてくるな

 

「死ね」

「あぐっ」

 

眷族の蹴りが俺の腹をえぐった。

浮遊感と共に視界と体が回転し、何かにぶつかって止まった。

 

ころす

 

ねぇ、たいさ

 

ころす

 

ころす

 

「があ」

 

体が、動いてくれない

腹から、いっぱい、赤い、赤いのがでてる

 

『……私のコアを取り込め。今の君なら出来る筈だ。さもなくばその肉体は出血過多によって新陳代謝を停止……つまり、死ぬ』

 

寒い。

 

殺してやる

 

でも勝てない

 

"アルメリア"じゃこいつを殺せない

 

「君の娘ちゃん死んじゃったよぉ!?」

 

物言わぬ(むくろ)になったタイサを眷族が雑に蹴り飛ばした。

やめろ

やめて

 

「……その、ひとを……」

「あれ、まだ生きてたの! 生き汚いねぇ……?」

 

ペンダントにくくりつけられた魔王のコアを、無理矢理口に押し込む。

噛み砕こうとした歯が砕け散る。それでも、噛み締め続ける。

 

「そのひとを、踏みにじるなぁぁぁぁっっっ!!!」

 

ーーパキンと。コアが砕けて喉を通る。

その刹那、村全体を光輝く何かが満たした。

 

『……力を貸すぞ、ノンシェイプナイト。あの馬鹿には、灸を据えてやらねばならない』

 

ーーそれは、規格外の(いかづち)

地面をのたくっていたマグマの蛇を全て散らし、幾つものクレーターを作り上げる。

折れていた右腕がギチギチと金属音を立てながら再生し、ノンシェイプナイトのものとなった。

 

「ふぅぅぅっ……」

 

大切な人は、もう居ない。

……なら、俺はーー

 

「ガァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"ッ"!」

 

名も無き怪物(ノンシェイプ・ナイト)で、いい。


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