貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「……汚い、街だねぇ……」
高層建築物のひしめく新宿、その中でも一際巨大なタワーマンションの屋上で、一人の騎士が両切り煙草を吸いながらその街並みを
ノンシェイプナイトをアメリカへ飛ばした張本人ーーアザレアは、つまらなそうな顔で短くなった煙草を握り潰す。
「よっ……と」
アザレアは立ち上がり、気だるげにパチンと指を鳴らす。
すると先程まで騎士の物だった外見が、コートを纏った赤目の青年に塗り代わった。
チラリと窓ガラスを見て変形が上手くいった事を確認してから屋上の出口に向けて歩き出した。
「……おい」
「おぉ、山吹」
その時、ドアが勢い良く開いて山吹 大河が顔を出した。
後ろには緊迫した様子の機動部隊が控えており、アザレアとの『交渉役』として来た山吹も苦々しげな表情を浮かべている。
「なぜ、脱走した」
「外の空気を吸いたかったから」
「駐屯地の敷地内で充分だろう……!」
「いやほら、ボクって高い場所好きじゃん」
どこまでも身勝手な言動に、山吹はあからさまな怒りを露にする。
こいつがーー自称アザレアが民間人に被害を及ぼさない保証はどこにも無い。だからこうしてご大層な特殊部隊まで連れてここまで来た。
ドミネーターであるこいつに対して武力行使以上に無駄な事は存在しないが、それ以外の手段を彼らは持ち合わせていない。
だが不幸中の幸いと言える事があるとすれば自称アザレアは意外と聞き分けが良い事だった。こうして連れ戻しに来れば、大体の場合は溜め息を吐きながら従う。
「ったく……このぐらい良いじゃんか。ボクに人権は無いんですかーっ」
口を尖らせ、幼い子供のようにアザレアは文句を言う。
そして山吹の方を向いて口を開いた。
「……あのガラクタを殺したの、まだ怒ってるの?」
「……っ」
ーー山吹の目に宿った感情が、敵意から剥き出しの殺意へと切り替わった。
ガラクタ、その単語が何を指すのかは分かりきっている。ノンシェイプナイトだ。
山吹にとって命の恩人、そして向こうがどう思っていたかは不明だがーー友人。
人臭く、しかしどこか不思議な儚さを持っていた優しい騎士。
……自分達が、名前すら与えてやれなかった存在。
「あのねぇ……ボクもあいつも『アザレア』だ。始めから、死ぬも生きるも無いんだよ」
「それは、どういう……」
「ハハハ! 教えてあげなーい!」
山吹に背を向け、アザレアは歩き出す。
「……なら、もう一つだけ聞かせてくれ」
「ん、なんだい?」
細々とした山吹の声を聞き、足を止めた。
「……なんであいつに、ノンシェイプナイトにあんな事をした。お前の目的が日本とアセビの防衛なら、協力すれば良かったんじゃないのか?」
その質問に、アザレアの表情から笑みが消える。口を憎々し気に歪めて拳を握り締めている。
明らかに殺気立っていたーー機動部隊が前に出てアザレアに照準を合わせる。
「……山吹。もし君が、一人の男を殺すためだけに造られた存在だったとしよう」
「ひっ……!」
機動部隊の一人に詰め寄ったアザレアが、突き付けられたライフルの銃身を掴みながら山吹へ語りかける。機動隊員は悲鳴を上げた。
冷たい声だった。その場に居た全員が、死神の鎌を首にかけられているかのような感覚に囚われた。
「だけど、その男が既に他の奴によって殺されてしまっていたとしよう」
掴まれた銃身が、ミシミシと音を立てながら五指の形へと歪んでいく。
「その相手を、許せるわけが無い。自分の存在意義を、そして生まれた理由を奪われたんだから」
言い終えた後、奪い取ったライフルを厚紙のごとくグシャグシャに丸めて地面に捨てる。
それで溜飲が下がったのか場を支配していたプレッシャーはなりを潜めた。
山吹と機動隊員たちは、呼吸が楽になるのを感じた。
「じゃあ皆、お勤めご苦労さま。ボクはちょっと散歩してからちゃんと檻に戻るから安心すると良いさ」
ヒラヒラと手を振りながら、アザレアはビルから飛び降りた。
……だが、それを追うことは出来なかった。
ーー足が、動かない。
山吹を除く全員が、奴の放った殺気にすっかりやられてしまっていた。
「……ああ、クソ」
煙草の吸い殻を拾い、山吹が悪態をつく。
空を見上げれば、彼の心境と反して澄んだ空に満天の星々が煌めいていた。
■
「ほらほらぁ! そんなの当たんないよぉ!」
「くっ……!」
次の日、アザレアの希望によって人間形態の彼と自衛隊員たちとの組み手が行われていた。無論アザレアからは攻撃しないルール付きで。
だが、それでも彼らの攻撃は一度たりとも掠りさえしない。
当たり前と言えば当たり前、ノンシェイプナイトを体術で葬った相手に人間が対抗できる筈が無かった。
「山吹も随分と鈍ったんじゃない? 昔はもっと強かったって記録してるけどなぁ……まぁ他の奴らはもっと酷いけど。こんなんじゃドミネーターどころか眷族にさえ掠り傷一つ負わせられないよね」
「はぁ、はぁ……黙れ……!」
よろよろと立ち上がって拳を振りかぶるが、背後に回り込まれてかわされた。
足を掛けられ、床に叩き付けられる。
「はー、今日はこのぐらいにしとこうか。まぁまぁ良い運動になったよ。あ、スポドリ要る?」
汗一つどころか呼吸の乱れさえ無いアザレアを睨みながら、山吹は差し出されたペットボトルを乱暴に奪い取って喉に流し込む。
座り込む山吹の横に、アザレアはゆっくり腰を降ろした。
「……学生時代、ボクと君はこうやって一緒に運動したらしいねえ……」
「……『らしい』? お前はアザレアなんじゃないのか」
「あ、しまった。今のはオフレコで頼むよー」
へらへらしながら言ったアザレアを
……昨日の時とは違い、心から楽しそうに笑っていた。
「……あのさ、山吹。もしもボクがーー」
ふとしたように、アザレアが何かを言おうとした。
山吹は、それに振り向きーー
「っ……!?」
ーー建物が、大きく揺れた。
アザレアも驚いた顔をしている、こいつの仕業ではない。
ならば、答えはひとつ。
「……来ちゃったみたいだねぇ、
アザレアは静かに立ち上がり、外へと歩いていく。
「っ、おい! どこに行く!?」
「どこにって……迎え撃ちに行くのさ。ボクの守る国に攻め込んだ愚行を後悔させてあげよう」
指を鳴らすと黒い霧のような物がアザレアに纏わり付き、騎士の姿になった。
扉をくぐって外へ出ると、中天に浮遊する人型の何かが見える。
「おや……貴方が、この国の制圧者ですか」
人型のそいつは、右手に巨大な戦斧を握った赤髪の男だった。
年の頃は20の半ば程か、黒縁の眼鏡が武器に反して知的な印象を与えてくる。
アザレアは、不機嫌そうな顔で睨み返した。
「……そういう君は、どこ出身だい?」
「おっと失礼。名乗りがまだでしたね」
戦斧の男は地面に降りてから優美な一礼をする。
「私は『軍神アレス』。
ーー軍神アレス。
その名を聞いてアザレアは眉をしかめる。
「……山吹、ボクの武器持ってきて。あいつはちょっとマズイ」
「軍神アレス……ギリシャ神話の神だったか。名前の割にはそんな強そうに見えないが……」
「……ドミネーターの力は、ベースとなった伝承や存在と制圧する国の力に大きく依存する。なら奴はーー」
目を伏せて若干の間言い淀む。
数秒後、ぼそりと口を開いた。
「ーー恐らく、最強クラスだ」
「……っ、分かった。持ってくるまで持ちこたえてくれ」
走っていく山吹を尻目に、アザレアはアレスへと向き直った。
アレスは腕に着けた時計を見ていたが、顔を上げた。
「ご友人との最後の会話は終えましたか? この国に掛けられる時間は二十分程度なので、早くして欲しいのですが」
「ハッ、舐めた事言っちゃってぇ……すぐ後悔させてやるよ」
ドスの効いた声で脅すアザレアにアレスが冷めた視線を送る。
「では、尋常にーー」
瞬間、コンクリートの地面にクレーターを残しアレスが消えた。
「ーー勝負を」
「っ……はっや」
眼前まで迫った巨斧が、凄まじい風切り音を上げながら振り下ろされる。
頭をかち割らんばかりのそれに腕を挟み込んで防いだ。
前腕の鎧が僅かに裂ける。
アザレアはバックステップで距離を取った。
「ほぅ……今のを防ぎますか。流石は先進国。やりますねぇ」
「……あーあ、嫌だ嫌だ。これだから自分より強い奴とはやりたくないんだよ」
余裕綽々といった様子のアレスに、アザレアはうんざりした顔で肩を竦める。
そして腕を前に突き出し、目を閉じた。
「ーー奥の手を、使わなきゃいけなくなる」
「なに……を……っ!?」
騎士鎧が駆動音を立てながら大きく変形し、赤く発光する。
内部に搭載されているであろう歯車同士が噛み合い、ギチギチと機械的に鳴き喚いた。
「……インストール」
閉じられていた目が開かれる。
その右目は先程までの赤ではなく、冬の曇り空のように澄んだ銀色になっていた。
「『荒ぶる剣神』」
「なに……!?」
ーー歪な金属音と共に、アザレアの腕鎧がロングソードに変形する。
それに本能的な恐怖を覚え、アレスはその時初めて戦闘体制とりーー
「腕、貰うよ」
ーー鮮血を撒き散らしながら宙を舞う、自らの腕を見た。