貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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38.レギオン・ジョージア

「っ……!」

 

ーー野太い雄叫びと、鋭い金属音が鳴り響く戦場。

銃を持っている人間が居ない事から文明レベルがそう高くない事が分かった。

だが問題点はそこではないーー

 

『なんだコイツらは……!?』

 

ーー人間たちと交戦しているのが、『天使』だと云うこと。

俺が以前倒した赤布の天使ではない、背中から三対の翼が生え、それぞれが太陽のようにオレンジ色の光を放っている。

そんな天使たちが、剣や槍を持った人間の軍と戦闘していた。

顔に張り付けられている鉄板のせいで天使たちの表情は伺えない。

 

「■■■■!!!」

「がぅあっ!?」

 

形容しがたい叫び声を挙げながら、一体の天使が襲い掛かってきた。

振り上げられた手斧が太陽の光を浴びて煌めいている。

まずいな……こいつらの強さがどれぐらいか分からない以上交戦は避けたかったが……仕方ない。

俺は左手でタイサのナイフを取り出し、騎士の右手には雷撃を装填した。

そして掌を天使に向ける。さぁ、雷でどのぐらい削れるか……

 

「おい! あぶねぇぞ黒髪の嬢ちゃん!」

「がぅっ……?」

 

ーーその声と共に、天使の体が胴を中心に真っ二つになった。

青い血液を撒き散らしながら倒れる天使の向こう側には蒼い長剣を振り下ろした体勢で金髪の男が息を切らしながら立っている。

全身が天使の血液であろう青に濡れており、体に刻まれた新しい傷の数々がこれまでの激戦を物語っていた。

なんだこいつ、人間か? それにしては強過ぎる気がするけど……ドミネーターって程じゃない。パッと見この前の眷族とトントンぐらいだ。

 

「はぁ、はぁっ……クソが、なんでこんな所に一般人が居んだ……! おい嬢ちゃん、安全な場所まで案内してやっから着いてきな!」

「がぁっ?」

 

金髪の男は俺の手を取って走り出した。

状況が分からず、引っ張られるままに俺も走る。

 

「■■■■■!」

「ちぃっ……! 後ろに隠れてろ!」

 

こちらに気付いた天使が三体で襲ってきた。

男は俺を庇うように前へ出て天使たちと向き合う。

天使の武器は三者三様で、槍や剣を持っている者も居れば機械弓(ボウガン)らしき武器を構えている者の姿もあった。

そいつらに向けて剣を構え、男は叫ぶ。

 

「おらあぁぁぁ!」

 

ーー男の持つ剣が、青い雷を放った。

剣から放出され枝分かれしたそれは天使たちを焼き払い、地面を僅かに焦がして消える。

その光景に唖然としている内に男はまた走り出した。今度は俺を背中におぶって。

車と同じぐらいのスピードで流れる景色は、全て血みどろの戦いに染まっていた。

 

明らかに天使側が優勢のようで、人間の死体が目立つ。

しばらく進んだ先には、貧相な砦らしき建物があった。

俺をおぶった男はそこに近づいていく。

門の所には武装した白髪の青年が立っていて、驚愕した表情でこちらを見ている。

 

「シ、シフさん!? どうしたんですか! 戦線は!?」

「ぜえ、はぁっ……! 民間人が迷い混んでた! 戦線には今すぐ復帰する!」

 

シフと呼ばれた男は、すぐさま戦場の方へ走り去ってしまった。

だ、大丈夫か……? 相当疲弊してるっぽいけど。あんな状態で戦えるのか?

 

「ええっと……お嬢ちゃん。お名前はなんて云うのかな?」

 

門番の青年は、はにかんだ表情でそう尋ねてきた。

 

「あるーー」

 

ーーアルメリア、と名乗りかけてハッとする。

今の俺にその名を名乗る資格は無いのだ。

あの人が命を賭けて守ろうとした娘の名前を、汚す事になるのだから。

だからと言ってノンシェイプナイトと名乗るわけにも行かず、狼狽する。

 

「……がぅ」

「ど、どうしたのさ? ……ぅうんと、じゃあ僕が先に名乗ろうかな」

 

青年はコホンと咳払いをしてから、優しげな笑顔で言葉を紡ぐ。

膝を曲げてちゃんと俺に目線を合わせてくれるのが、この青年の性根の良さを如実に表していた。

 

「僕はね……」

 

青年は、その黄金色の目を眩しそうに細めながら口を開く。

 

「ーー僕は、"アザレア"! 今は門番だけど、普段はパン屋さんをやってるよ!」

 

ーー心臓が、跳ねた気がした。

アザレア、アザレアーーなんで、またこの名前が。それもこんなアメリカの地で。

 

「……ん、どしたの? あ、ちなみにアザレアってのは花の名前で……まぁそれは良いか。それじゃあここは危ないからさ。奥の方で隠れてなよ」

 

されるがままに、俺は砦の奥の方へと追いやられた。

そこら中に負傷兵が苦しげな顔で横たわっており、戦況がいかに苦しいかが分かる。

……状況が、全く分からないな。誰かから情報を得なければ。

俺は、比較的に怪我がマシな兵士の前に歩いていった。

 

「がぅっ」

「……お、なんでこんなむさ苦しい場所にべっぴんな嬢ちゃんが居るんだ?」

 

負傷兵は俺に気がつき、疲れきった笑みを顔に張り付ける。

俺はそこらに落ちてた木の棒を手に取り、地面に文字を書いていく。

 

【ここはどこですか?】

「何言ってんだ、ここはジョージア州……レギオンオブジョージアだろ。そして目の前にあるのはクソッタレな軍勢だ」

 

へらへら笑って、負傷兵はそう告げた。

 

【あの天使たちはなんですか?】

「……はっは。馬鹿言うんじゃねぇ、やつらは『悪魔』だよ。力も防御力もまるでバケモン。俺達みたいな凡人じゃ五人掛かりでも一体さえ殺れねぇ、それに無限に沸いて来やがる。ありゃあ神話の世界に閉じ籠っとくべきだと思うね、俺は」

 

その後兵士は『疲れてんだ、休ませてくんねぇか』と言って俺を追い払った。

……無限に、沸いてくる? どういう事だ。

 

「ぐぉ(おい)」

『何故こうなった……先程の男はトールの眷族だろうが、あの天使たちはなんだ……? ヨルムンガンドにあんな能力は無かった筈だ……!』

 

魔王は、先程からずっと頭の端っこでブツブツ独り言を言ってる。

……考察するなら、俺にも聞こえるように喋ってくれないかな。

どうせなら二人で考えた方が答えに近づくだろ。

 

『……すまない』

 

謝らなくて良いからお前の見解を教えてくれ、そう念を送った。

こいつは何故かアメリカについて異様に詳しい。壁の存在についても知ってたし。

 

『まず……この領域(レギオン)を支配するドミネーターは"雷神トール"だ。さっきの男が青い雷を放った時点でそれは間違い無い』

 

ポツリポツリと、魔王が話し始める。

 

『かつてのジョージアでは雷神トールと、ヨルムンガンドと呼ばれる蛇の怪物が覇権争いをしていたんだ。だがアイツらは、あんな天使たちは居なかった』

 

……本当に詳しいなこいつ。

と言うか雷神トールって、神の名を冠したドミネーターなんて存在するのか。出来れば戦いたくないな。勝てる気がしない。

 

『……しかも、だ。アメリカ大陸をこんな状況にしたドミネーターである"ユグドラシル"の能力は、北欧神話そのものをこの世界に受肉させて実現させる事だ……だが』

数秒の沈黙の末、魔王は口を開く。

 

()()()()()()使()()()()()()()()()。ワルキューレは居ない事も無いが、あんな怪物じゃないしそもそもジョージアには来てない』

 

……それで、何が言いたいんだ?

神話の背景なんて説明されてもピンと来ない。

 

『つまり、あの天使たちは"侵略者"だ。イスラム教圏かキリスト教圏か……はたまたどこかの神話出身か。どこからかは分からないが、雷神トール率いるレギオンをここまで追い込めるドミネーターが侵略を仕掛けてきている。ヨルムンガンドはそいつらに討伐されたのだろう』

 

……事態は想定以上に複雑って事か。

でも、見も蓋も無い事を言ってしまえば俺には関係無い話だ。

"壁"の位置が分かるならそれを突破するだけでいい。

魔王ならそれが出来る筈だ。

前のレギオンからはそうやって出たからな。

 

『すまないが、私があんな芸当を出来たのはあそこが私にとって多少無理が効くフィールドだったからだ。このレギオンでは壁の場所なんて知らないし、知ってても突破できない』

 

魔王は淡々とそう告げた。

面倒だな……早い所日本に戻らなきゃまずいのに。

 

「がうぅ……」

『……とにかく、今は行動を起こすには相応しくない。とりあえず様子をーー』

「っ、撤退! てったぁぁぁい! バケモノ共に戦線を崩された! シフさんが食い止めてくれてるから、一人でも多く都に逃げ延びろぉぉぉ!」

 

ーーその時、砦に倒れ込むような格好でボロボロの兵士が入ってきてそう叫んだ。

負傷兵たちが立ち上がり、ズルズルと這うように必死の形相で逃げ出す。

戦線が崩壊した……?

 

「君……っ! 行くよ!」

「がぁっ!?」

 

後ろから抱え上げられた。

振り向くとそこに居たのは『アザレア』を名乗った男。

俺を抱き抱え、走り出した。

 


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