貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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39.前途多難

「はぁっ、はぁ……! 大丈夫だからねお嬢ちゃん! お兄さんが絶対に守ってあげるからっ!」

 

アザレアは、天使たちがひしめく戦場を俺を抱えて走る。

息を切らしながらも、俺を安心させるためか『大丈夫、大丈夫』と繰り返し呟いてた。

 

「……かなり近くまで、来てるねぇ……!」

 

チラリと後ろを向き、アザレアが顔をしかめる。

背後には天使たちが何体も迫ってきており、かなりまずい状況。

……どうする、戦うか? あの程度なら多分一撃で()れるが、力を見られるのは面倒だ。

使うならもう少し切羽詰まってからにしよう。

 

「都近くの砦まで逃げるのは無理だ、追い付かれる……」

 

目を伏せながらぼそぼそと呟くアザレア。

だがふと、何かを見つけたように右を見て目線が止まった。

その視線を追うと、遠くには森らしき緑の塊がポツンと小さく見える。

 

「はっは……! お嬢ちゃん、僕たちは運が良いみたいだ!」

 

アザレアは、急にカーブして森の方向へ走る。

天使たちは混乱したように一瞬立ち止まった。

……鰐みたいに、直進は得意でも急には曲がれないのかもしれない。

天使に追い付かれる事無く、俺たちは森の近くまでやってこれた。

それからアザレアは覚悟を決めたような顔になって森へ入っていく。

 

「……がぅ(……魔王、こいつの事どう思う?)」

『どうも何も……ただの人間だ。ドミネーターのドの字も無い。単なるお人好しだ』

 

……アザレアって名前に警戒したが、ただの人間か?

俺の目線に気がついたのか、こちらに振り向いてにへらと笑うその姿からは微塵も悪意を感じない。

 

「ふぅ……ここら辺まで来れば大丈夫かな。奴らはあまり目が良くない」

 

しばらく森の奥へ進むとアザレアは俺を地面に下ろして、自分はそこらの岩に腰掛けた。

背負っていた鞄から水筒らしき物を取り出し、笑顔で『飲むかい? 喉乾いたでしょ』と聞いてくる。

 

「……がぁっ(……お前は良いのか?)」

「んん? あぁ、僕はそういうの大丈夫なんだ。気遣ってくれてありがとね」

「がぅっ……?」

 

その返答に若干の違和感を覚えながらも水筒を受け取り、俺は喉に水を流し込んだ。

温いが若干の酸味があり、ごくごく飲めた。

 

「ぐぉっ!」

「美味しいかい? 蜂蜜とレモンを搾ってあるから疲れに効くんだ」

 

俺の頭をくしゃくしゃ撫でてから、アザレアは立ち上がる。

真剣な顔で戦場の方を見ていた。向こうから吹いてくる生温い風に、アザレアの灰髪が揺れる。

 

「がぁ……?」

「君はここで待っててくれ。僕は生きてる人を探してくるよ」

 

そう言い残して、止める間も無くアザレアが戦場の方面へと走っていった。

ポツンと残された俺はその方面を見続ける。

……人助けであんな所に戻ろうとするとか、どんなお人好しだよ。

そう、呆れに似た感情が込み上げてきた。

 

『ああいう人種は嫌いでは無いが……早死にするな。善人は長生きしないというヤツだ。これは一時間ほど待って帰って来なければ諦めた方がいい』

 

……確かに、その方が合理的だ。見捨てるしかない。

俺の目的は日本に帰る事。そのためには非情にならなければいけないのだ。

……でも、ついちらちらと戦場の方へ目が行ってしまう。

今も遠くに蒼い雷が頻繁に鳴り響いており、戦闘が激しいことを察した。

 

「……がぅ」

『……助けに行こうなどとは考えるなよ。この程度の戦況なら覆せるだろうが、貴様が暴れて敵方のドミネーターが出てきたらどうする? やぶ蛇どころの騒ぎではないぞ』

 

魔王の正論に俺は黙った。

"雷神"なんて大層な名前を持ったドミネーターの支配するレギオンを壊滅させられる連中の親玉なんて、現在の右腕しかノンシェイプナイトではない俺じゃ太刀打ち出来ない。

……月並みで当たり前な事だが、力が無ければ何も救えないんだ。

 

『あの時』も。俺に全盛期の実力があればタイサは死ななかった。

そもそも、俺がもし魔王と同じぐらい強ければアメリカに飛ばされる事も無かったんだ。

もし、もし、もしもーー無数の『もしかしたら』が頭の中を満たす。

……あれもこれも、ぜんぶ、俺が弱いから。

 

『自己嫌悪の螺旋に囚われても状況は何も変わらない。今は、無事にこの戦場から離脱する事を考えるんだ』

 

魔王は、いつもより少し柔らかい声で俺に言った。

……そうだ。無力を嘆いたって仕方がない。

確か、さっきの兵士は『都まで逃げろ』と言っていた。

恐らくその都とやらにはあの天使たちを迎え撃てるだけの戦力があるのだろう、まずはそこを目指すか。

 

「ぐぉっ……(よっし……)」

 

俺は立ち上がり、血に濡れた白いスカートに付着した土をパンパン払う。

……人里に着いたら、どうにかして服も新調しなければ。カーラから貰ったヒラヒラな服は嫌いじゃないけど、あまり戦闘には向かない。血みどろだから警戒されてしまうし。

それにもっと袖が長い方が騎士腕を隠しやすい。

 

「がぅっ!」

 

都への道は分からないけど……うん、頑張ろう。

自分に気合いを入れ、ゆっくりと歩きだすーー

 

「おーいっ! 待っててくれてるかーい!?」

「っ……!?」

 

ーー遠くの方から、聞き覚えのある間抜けな声が聞こえた。

ぎょっとしてその方向を向くと、そこにはぐったりした男に肩を貸しながら歩いてくるアザレアの姿があった。その背中には蒼い大剣が担がれている。

あの男は確かシフといったか。雷神トールの眷族。ほぼ意識は無さそうだが死んではいないらしい。

……まさか、生きて帰ってくるとは思わなかった。しかもこんな速く。

 

「ぐっ、ぅ……」

「シフさん、今手当てするのでちょっと待って下さいね……ごめん、悪いけど僕のかばん持ってきてくれ!」

 

アザレアは柔らかそうな草の上にシフを寝かせた後、俺に自分の鞄を持ってくるよう頼んだ。

俺はかなり重たい鞄を騎士腕で持ち上げ、向こうに駆け寄る。

そこから包帯やアルコール臭を放つ液体を取り出し、シフを手当てしていく。

 

「よし……これで大丈夫っと」

 

やけに慣れた様子でテキパキと応急処置を終えたアザレアが、安心したようにため息を吐いた。

 

「……シフさんの意識が戻るまで、少しお話しないかい?」

 

岩に座ったアザレアが、自分の横をぽんぽん叩いて俺に座ることを促した。

それに従い岩にちょこんと腰掛けると、アザレアの頬が嬉しそうに綻んだ。子供が好きなのかもしれない。中身が殺戮に酔うバケモノだと知ったらどんな顔をするのだろうか。

 

「さっき聞きそびれちゃったけど、君のお名前を教えて貰っても良いかな」

 

……名前。無いのも不便だし考えよう。

何か良い具合のは無いか……

 

『ノンシェイプナイトから取って、シェノンとかはどうだ。安直だが偽名としては十分だろう? この女児の外見にも見合う』

 

俺が悩んでいると、頭の中にそう声が響いた。

なんだよ魔王……結構役に立つな。まあまあなネーミングセンスだ。

でもまぁタイサには劣るけど。

あの人が『アルメリア』と呼んでくれた記憶を思い出すだけで、にまにまとだらしなく頬が綻んだ。

 

『それは思い出補正というやつではないか……?』

「ぐぉ(うるさいやい)」

 

地面の土に、そこらの枝で字を書いていく。

アザレアはその様子を見守っていた。

 

【シェノン】

「おぉ、シェノンちゃんだね……よし、記憶した」

「がぅ」

 

ニコニコ顔で、アザレアは何回か『シェノン』と口ずさむ。

 

「シェノンちゃんは、どうしてこんな所に居たの?」

【迷い込みました】

 

地面にそう書いてから、流石にデタラメな理由過ぎたと気が付く。

あんな最前線、行こうとしたって行ける場所じゃない。

しかも今の俺の外見はなまっちろい少女だ。

 

「うわぁ……大変だったねぇ!」

「が、がぁ……?」

 

だがアザレアは、明らかに怪しい俺の言葉を疑う様子も無く、心から同情した顔でそう言ってきた。

流石にお人好し過ぎないだろうか。

 

「ぐ、ぐぉ……」

『……大丈夫なのかコイツは?』

 

引いている俺を見て、ガッツポーズで『無事に都に帰ろうねっ!』などと的外れな励ましを飛ばしてくるアザレア。

……どうしよう。こいつに着いていって大丈夫なのだろうか。なんか不安になってきた。ドジ踏んで野垂れ死にそうだぞ。

 

『こちらの戦力は、そこのアザレアとか言う男と瀕死の眷族。そしてノンシェイプナイト……の、右腕だけ。正に前途多難だな……』

 

溜め息混じりに魔王が状況を確認する。

……お人好しと瀕死のおじさんと、全盛期の二割も力を出せない俺って事だよな。

レギオン脱出どころか、明日生きてるかどうかすら怪しいぞ。

 

「よぉし! 今晩はお兄さんが美味しいご飯を振る舞ってあげよう! まずは食材を集めようか! お腹が空いてちゃ明日以降の行動に響くからね!」

 

パン、と手を叩きながら笑顔でアザレアが言った。

あぁ、野宿するのか。まぁ雷神トールの眷族……シフが目覚めるまでは移動できないだろうし仕方ないか。

アザレアは、『危ないから僕の見えない場所まで行っちゃ駄目だよ!』と言いながら歩いていった。

よし……俺も何か食べられる物を探すか。

 

 

『おい! その果物は毒があるから食べられないぞ!』

「ぐ、ぐぉっ!(ご、ごめん!)」

『そのキノコもだ! 逆にどうしてそんなカラフルでねるねるねるねみたいな色をした物を食えると思った!?』

「がぅ……(ごめんってば……)」

 

俺は今、魔王に指示されながら食べ物を採取していた。

森には色々な植物があったが、一時間ほど歩いていても食べられる物は草しか無い。ほとんどは魔王のサバイバル知識に引っ掛かって捨てろと言われた。

 

「ブモ"ォ"ォ"ォ"!」

「ぁぁあぁあ!? 助けてぇぇぇ!」

「がぁぁぁっ!(アザレァァァ!)」

 

遠くの方で悲鳴が聞こえたと思って振り向くと、アザレアが泣き叫びながら巨大なイノシシに追いかけ回されていた。

俺も急いで助けに向かう。

 

『おい、走っては間に合わない! 雷を使え!』

「がぁっ!(言われなくても……!)」

 

右腕に装填した雷をイノシシに放った。

道中の木々を大小問わず焼き払いながらイノシシへ向かった雷が、その巨体を黒焦げにする。

 

「ブモォォォ!?」

 

雷の轟音とともに原型を失った猛獣に気が付き、アザレアがポカンとした顔で立ち止まった。

……咄嗟に雷を出したせいで、俺の力を見られてしまった。

どう言いくるめるかーー

 

「は、はははっ! まさかこんな晴れの日に雷が落ちるなんてっ! トール様のご加護だ……!」

「ぐ、ぐぉっ?」

へたりこんでいたアザレアは立ち上がり、空に向かって『ありがとうございます!』と叫んだ。

……あの雷を俺が使ったって、バレてない?

 

『……こればかりは、コイツの頭がポンコツで良かったな』

「……がう」

 

それから、俺とアザレアは食料を集めてからシフが眠っている仮拠点へ向かう。

ちなみにイノシシは、雷の火力が強すぎたせいで消し炭になって食べられなかった。

 

「いやー、美味しそうな食べ物がたくさん採れたね。ほら、このキノコとか絶対美味しいよ!」

 

アザレアが、とても良い笑顔で両腕に抱えた沢山の食べ物を見せてくる。

紫色のデコボコした果実、ねるねるねるねみたいな色をしたキノコ、青白い棒状の何か。錚々(そうそう)たるラインナップだった。

 

『……なぜどいつもこいつも、こんなインスタ映えしそうな食い物しか持ってこないんだ』

 

頭の中で嘆く魔王の声を聞きながら、棒で地面に字を書く。

 

【それ全部食べられないよ……】

「えぇっ……でもでも、トール様は『口に入る、つまり食える』って行ってたよ?」

「がぁぁ……(トールェ……)」

『奴なら不思議じゃない』

 

それから俺は、採取した草をパクっと口に入れた。

……苦い。とてもドレッシングが欲しい。

しかも中々噛みきれない。

 

「がぅがぅがぅ……」

「美味しいかい?」

「がぅっ!(おいしくない!)」

「だろうね……」

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