貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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41.獅子の血統

「おぉぉぉい! 皆! シフさんが帰ってきたぞぉぉぉ!」

 

明かりの近くまで来ると、大勢の武装した男達がこちらへ殺到してきた。

何事かと思って身構えたが、どうやらシフの仲間なようで涙を流しながらシフと包容していた。

男達の多くが真新しい傷を負っており、昼間の戦いが如何に苛烈であったかが分かる。

 

「シフさんが居ないってなったからトール様がめちゃくちゃに錯乱してて大変だったんですよ!早く会いに行ってあげて下さい! 奴らを迎え撃つ準備もしなきゃなんないのに落ち着かなくて……!」

「おぉ、モテる男は辛いねぇ……じゃアザレア、嬢ちゃん。俺はちょっとカミ様に会ってくるぜ」

 

『早く寝ろよー』と言いながらシフは去っていく。

 

「ふぅ……僕らも、帰ろっか」

「がぅっ」

 

アザレアと二人で大きな門をくぐる。

抜けた先には、夜に色づく街が広がっていた。

天使たちの襲撃を受けているとは思え無いほどに活気があり、がやがやと人々の喧騒に満ちている。

 

「シェノンちゃん、家どこ? 送ってあげようか?」

「がぁ……(いや、大丈夫……)」

「分かった、じゃあ気を付けて帰りなよ! 良い人ばっかりだから大丈夫だと思うけど万が一ってあるからね! 僕は砦建設の手伝いをしてくるから!」

 

アザレアは、俺に手を振りながら人混みへと消えていった。

俺も小さく手を振り続け、見えなくなった頃に溜め息を吐く。

とりあえず顔に着いた血を服でくしくし拭いた。ナイフを鏡代わりにして見ると、先程よりは血まみれじゃなくなっていた。

人里を歩いてもギリギリ大丈夫なぐらい。

……しかし、根本的な問題は未だ健在だ。

 

「がぁう……」

『……さて、どうする? 家も金も無いぞ。体でも売るか? ロリコンには需要があると思うぞ』

「がぁっ!(うるさい!)」

 

魔王の言葉は正論だった。

家に住ませてくれとアザレアに頼めば性格からしてオーケーしてくれるだろうが、流石に図々しい。

仕事を探しても良いが……俺としては雨風さえ凌げれば構わないから、最悪どっかの空き小屋にでも住み着くか。食べ物は野良猫みたいにゴミとかを漁れば良い。

宿を探すため、街を歩き出す。

 

『おいまて、私は生ゴミなんて食べたくないぞ……!』

「嬢ちゃん、串焼き要るかい?」

「がぅっ」

「あら、どこの娘さんかしら。はいおやつあげる。食べた後はちゃんと歯磨きするのよ!」

「が、がぁっ!」

 

大通りらしき場所を歩いていると、出店の人たちから色々な食べ物を恵んでもらえた。下町気質ってやつなのかもしれない。優しいおじさんおばさんが多い……血まみれなせいで変な同情を抱かれてる可能性もあるけど。

立ち食いするのもあれなので、そこらのベンチに座ってから串焼きを口に突っ込んだ……しょっぱい。

 

「がぁ……」

『チープだが悪くない味だ。あの親父は腕が良いからマークしておけ』

 

魔王は焼き鳥が気に入ったようだ。どうやら味覚も共有しているらしい。魔王はしょっぱめが好みなのか。

世界で一番どうでもいい情報が手に入った。

 

『……おい、あそこに立ってる男がこっちを見てるぞ』

 

貰い物をもぐもぐ食べていると、魔王が前方へ意識を向けながらそう伝えてきた。その方向を見ると、眼鏡を掛けた小柄な金髪の少年か訝しげな顔で俺を凝視している。

年の頃は今の俺の体と同じぐらいで……何故か、少しだけ懐かしい感じがした。

食べ物を狙われてるのか……? 身なりは悪くないから俺みたいな浮浪児には見えないが。

あげないぞ、と睨んでみる。

 

「おい、そこの血まみれ女」

 

俺の視線に気が付いたのか、金髪の少年は恐る恐るといった感じで近寄ってきた。一応身構えておく。

ベンチに座った俺の目の前で仁王立ちし、キッと睨み返してきた。

 

「そのナイフ見せてみろ……!」

「がぁっ……!?」

 

素早い動きで、少年は俺の腰からタイサのナイフを奪い取った。

咄嗟に取り返そうとするが、少なくない身長差に阻まれ失敗に終わる。

少年の方はと言うと、ナイフを見ながら怒りの形相でワナワナ震えていた。

なんのつもりだ、こいつ……!

 

「っ、やっぱり……! お、お前、これをどこから盗んだ……!? あぐっ、がっ!?」

「ガア"ァ"ァ"!!!」

 

激昂してくる少年の首根っこを掴み、騎士腕で締め上げる。

酸素と血流を遮られ、その顔面は真っ赤に染まった。苦しそうに足をバタバタさせ拘束を解こうとしてくるが、この程度じゃビクともしない。

だがそれでもナイフを放さないので、更に力を込めた。

 

『おい……やめておけ。それ以上は殺してしまうぞ』

 

魔王の声にハッとして少年の首から手を離した。

まるで首吊りしたみたいにくっきりと、手形の赤い跡が出来ている。

少年は地に膝を着き、首を抑えながらゲホゲホと咳き込んだ。

俺はその隙にナイフを拾う。

 

「はぁ……っ! げほっ、けほっ……! おい、ナイフ、返せよ……!」

 

こちらの台詞だーーの意を籠めて少年を見下した。

やはり盗人だったか。アザレアは治安が良いみたいな事を言っていたが実際はそうでもないらしい。

牽制として冷たい目で一瞥してから、俺はこの場から去ろうと少年に背を向けた。

 

「……っ、ダンデ叔父さんの、ナイフだろ、それ……!」

 

ーーその名に、心臓が大きく跳ねたような気がした。思わず振り返る。

……ダンデ・レオンハート。タイサの本名だった筈だ。

なぜこいつが、それを知っている……嫌な予感がした。

 

「きみ、なまえ、は」

 

必死に舌を動かして、金髪の少年にそう問いかけた。

少年は、俺に射殺さんばかりの視線を注ぎ込みながら口を開く。

 

「あぁ!? ……ジニア、ジニア・レオンハートだこのクソ女! お前が盗んだナイフの持ち主の甥だよクソッタレ!」

 

ーー先程、こいつに感じた『懐かしさ』は間違いではなかった。

こいつはタイサの血縁者だ。考えてもみれば壁一枚隔てたとは言え同じアメリカ大陸、居たって不思議じゃない。

……なら俺は、あの人の甥っ子の首を締め上げて殺しかけたという事になるのか。

顔から物凄い勢いで血の気が引いていくのを感じる。大急ぎで駆け寄って、抱き起こした。

 

「な、なんだよ急に」

「がぁぅぅ……!」

 

石を拾い上げ、それで地面に何度も【ごめんなさい】と書く。

土に頭を擦り付け、謝罪の意を示す。

 

「お、おいやめろ! 皆見てるから! なんか俺がいじめてるみたいじゃないか! ……あぁ、なんだってんだよ……! おい、ちょっと着いてこい!」

「がぁ……?」

 

ジニアは、俺の手を引っ張って人混みを掻き分けていく。

そして少し歩いた先にある民家の扉を開けた。

 

「……入れ」

 

俺を室内に引きずり込み、ガチャンとドアを閉める。

ジニアは椅子に腰掛け、もう一つの椅子に目伏せしながら『あー、座れ』と命令してきた。ここはジニアの家らしい。

俺は気まずさと申し訳なさに苛まれながら、俯いて席に着く。

 

「……お前、ダンデ叔父さんとどういう関係なんだ。さっきは頭に血が登ってたけど、叔父さんは十年以上前から別のレギオンに居るから、冷静に考えたらお前の年齢じゃ盗むなんて不可能だ。それにそもそもあの人がナイフを盗まれるなんてヘマするとは思えない……!」

 

物凄い早口で、捲し立てるようにしてジニアが言ってきた。

……十年前? ドミネーターが世界に現れてからまだ一月ぐらいしか経ってない筈だ。頭が疑問符で埋め尽くされる。

 

『気付いていなかったのか……? たった一月でここまでアメリカの文明社会が崩壊するなどあり得ないだろう。アメリカの時間軸は外とは大きく異なる。それも州ごとにな』

 

少し呆れたような声色で、魔王が俺の疑問に答えてくれた。

確かに、あのアメリカが中世程度まで文明レベルを落とすなんて不思議だとは思ってはいたが……そういう事だったのか。

そりゃあんな怪物どもに長期間攻められてたら現代社会が崩壊したっておかしくない。

 

……にしても、このナイフについてジニアに何と説明すれば良いか。

口ぶりからしてこいつはタイサに心酔しているように思える、死んでしまったなんて言えない。そもそもレギオンの壁をどうやって越えたかなんてどう()いたって面倒な事にしかならないだろう。

なら……上手い事、言いくるめるしか無いか。

ジェスチャーで『紙とペンをくれ』と伝える。

 

「あぁ……? 口を利くのが苦手なのか。紙は高級品なんだ。ほらこれに書け」

 

ジニアは俺に、薄い木の板と細い万年筆のようなペンを渡してきた。

俺の身分をどう伝えるか……タイサの知り合いの娘、って事にでもしとくか。明らかに人種は違うけど……黒髪ではあるが俺は青目だ。ハーフって設定にしよう。

 

【俺はダンデさんの知り合いの娘で、父に譲られたのを貰ったんだ】

「叔父さんがこのナイフを……? そういや叔父さんの前妻は日本人だって言ってたし別におかしくないのか? いや、でも……」

 

顎に手を当て、ぼそぼそと独り言を溢すジニア。目の前で手を振ってみるが反応が無い。どうやらこいつは考えるとき自分の世界に入ってしまう癖があるらい。

 

「……分かった。信じるよ。そのナイフはお前に持たせといてやる」

 

頭を掻きながらジニアが言った。俺はそれに胸を撫で下ろす。

……良かった。血縁者であるこいつに渡せと言われたら断ることが出来なかった。

 

「がう」

「じゃあ、もう帰れよ首締め女……あ、ちょっと待ってろ」

 

ジニアは俺を制止してから部屋の奥へと走っていった。

そして数分後、何枚かの布らしき物を持って帰ってくる。

それを俺に投げつけた。慌てて両手で受けとる。

 

「俺の家から血だらけの女が出てきたって噂が立っても困るからな。ほら、服を貸してやる」

 

広げてみると、それはフードの着いたパーカーとラフなズボンだった。男物だ、恐らくジニアの服だろう。

良いのか、と目線で聞くとバツが悪そうに顔を反らした。

……刺々しい態度だが、優しい。俺はこいつを傷付けたっていうのに。

だが、洗って返せる見込みは無い。気持ちだけ受け取っておこう。

俺は、服を机の上にそっと置いてからペンを取った。

 

【家も金も無いから、きっと返せない】

「あ……?」

 

ジニアは、眉を寄せながらその一文に目を這わせた。

 

「……孤児なのか、お前。どうりで……」

 

何かを考え込むように、ジニアは顎に手を当ててぶつぶつと呟く。

俺の服を見て、顔にしかめる。俺の体についた傷痕を見て、更

に険しい面持ちとなる。

そして、最後に俺の目を覗き込んできた。ジニアの瞳はタイサとそっくりのコバルトブルーで、見つめられると胸が痛くなる。変な緊張で、体がぎくしゃくしてしまった。

 

「……行く宛も、無いのか?」

「……ぐお」

 

自らが浮浪者同然の身の上だと云う事を、こいつに知られるのは何故かとても恥ずかしかった。

居心地が悪い。つい顔を下に向けてしまう。

 

「……住むか」

「がぁ?」

「だ、ダンテ叔父さんのよしみだ! お前をどうとか、まっったく! まぁったく思ってないけど……っ! どうしてもって言うなら、ここに住ませてやっても良い!」

 

吃りながら放たれたその言葉に、俺は思わず顔を上げてジニアを見る。

驚いて目をぱちくりさせていると、ジニアは「べ、べつに、嫌なら、無理にとは言わないが……」とごにょごにょ言葉を続ける。

 

『……どいつもこいつも、お人好しだらけだ。この時世で、どうかしている』

 

今回ばかりは魔王の言葉に同意する。

……俺としては願ったり叶ったりだが、本当に良いのだろうか。

その気持ちが向こうにも伝わったのか、『どうせ一人で住むには広すぎる家だし、ちょうど小間使いの一人や二人欲しいと思ってたんだ』と言ってくれた。

 

幸い、家事は慣れっこだ。ここは甘えさせて貰おう。

俺はジニアの手を取り、『これからよろしく』の意を籠めて微笑んだ。

ジニアの体が強ばり、少しだけ頬が赤くなる。

 

「っ、あ、ああ! だが、覚えておけよ! 俺は穀潰しを住ませるつもりなんて無い! それこそ馬車馬のように働いてもらうぞ!」

 

ふんっ、と吐き捨ててジニアはソファに寝転んでしまった。

……その不器用な優しさが、どことなくタイサに似ていて。

つい、笑ってしまった。


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