貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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42.『ジニア.レオンハート』

もし本物の『神』とやらが実在するのならば、それはきっと目玉だけの怪物の姿をしている事だろう。

 

戦場へ向かう直前、父はまだ幼い自分に対してそう言った。

 

奴は善を救わない。

奴は悪を裁かない。

ただ、見ているだけ。

だから、手も足も無いのだと。

 

言葉の意味は分からなかったが、その時の父が恐ろしい顔をしていた事は未だに覚えている。いつも優しかった父はその時だけ、まるで世界を呪う悪鬼のごとき形相だった。

たぶん、実際に呪っていたのだろう。

 

その一ヶ月後に、父が死んだと知らされた。『天使』の手斧に頭をカチ割られて即死だったらしい。遺品など勿論無い。

しかしジニアは涙を流さなかった。否ーーそれ以上の、激流の如き感情の波に苛まれ、流すことが出来なかったと言うべきか。

様々な情動が入り交じる。絶望、悲しみ、諦め……そしてーーこの世の不条理に対する、煮えたぎる怒りが。

ふと鏡を見ると、醜く歪んだ表情の自分が写っていた。

確か、いつぞやの父もこんな顔をしていた。

 

 

その日、ジニア・レオンハートは鼻腔を(くすぐ)る食べ物の匂いで目を覚ました。酷く食欲を刺激される。起き抜けの腹がぐー、と鳴き喚いた。

何事かーーと一瞬思ったが、昨日の出来事を思い出し納得する。あの女が朝飯を作っているのだろう。

咄嗟に『馬車馬のように働かせる』と言ったが、実際にやるとは。寝巻きを着替え、自室の扉を開けてリビングに足を踏み入れた。

キッチンの方から、トントントンと包丁がまな板(クックプレート)を叩く軽快な音が聞こえる。

 

「がぁうっ」

「……ああ、おはよう」

 

料理は既に完成が近いようだった。貯蔵庫に入っていた食材を適当に使ったのだろう、塩漬肉や野菜が色鮮やかに盛り付けられている。ぐつぐつ湯気を立ち登らせるスープもあった。

笑顔で『おはよう』と伝えてくる少女に、ジニアは凍り付く。

こびり着いた血と泥を拭き取った少女は、予想外の風貌だったから。

 

自分の(よど)んだものとは異なる、まるでサファイアを嵌め込んだみたいに煌めく空色の瞳。陶器の如く滑らかで白い肌。

服装がジニアのパーカーとズボンであるゆえに色気の欠片も無い、しかしそれもボーイッシュな魅力に繋がっていた。

傾国の美女ーーというには幼な過ぎるが、絶世の美貌には変わり無い。

ジニアは内心で舌打ちをした。

彼は美人と色男が大の苦手だ。理由はなんだか自分が生物として下のような気分になるから。

不思議そうにこちらを見てくる少女に、居心地が悪くなる。

 

「ぐおっ!」

 

『できた!』とでも言わんばかりに少女は手に持ったおたまを掲げた。

出来上がった料理が食卓に配膳される。いつぶりかの二人分の食事だった。ジニアの胸の奥がジクリと膿んだように痛む。

促されるままに席に着いた。少女は召し上がれと微笑んだ。

ジニアはまず、スープに口を付ける。匙で掬ったこがね色の液体にふーっと息を吹き掛けてから、口許に運んだ。

 

「……美味い」

 

舌先が触れた途端、塩気に脳髄が打ち震える感覚を覚える。

二度、三度とスプーンで唇に運ぶ。四度めはもどかしくなって、皿ごと持ち上げて直接口に流し込んだ。

絶妙な塩加減と風味。少しだけ薄味な気もするがそれは些末な問題だった。

 

「……お前、料理上手いんだな」

「がぁっ」

 

少女は薄い胸を張って得意気な顔をする。

……ますます、どうして孤児なんかやってたのか謎だ。こいつなら口が聞けなくたっていくらでも働き口はあるだろうに。

自分と同じ……行き場の無い戦争孤児だと思って住む事を提案したが、失敗だったかもしれない。

……でも昨日、こいつの顔を覗き込んだ時、確かに自分と似たような目をしていた。

あれはーーそう。大切な人を奪われた人間の瞳だ。青空の向こう側に深い暗闇がある。

その闇にこそ、ジニアは惹かれたのかもしれない。

 

朝食を食べ終え、ジニアは席を立った。

普段は硬いパンばかり食べていただけに、久し振りに食事で満足感を覚えた。自然と口が弧を描く。

食べ物を詰め込みすぎてリスの頬袋みたいになった少女の顔を見ながら、ジニアは口を開いた。

 

「お前、名前は?」

 

昨日は聞けなかったが、曲がりなりにも一つ屋根の下で暮らすのだ。分からなければ不便だろう。

ジニアの問いに、少女は少しだけ迷った素振りをしてから木板へ手を伸ばした。

 

【シェノン】

「……変な名前だな」

「がぅ……っ!?」

 

不服そうな顔をするシェノンを無視し、ジニアは部屋の隅にある作業机の前に腰掛けた。

そこに広げられたのは、何枚かの黄ばんだ紙。

何かの設計図だろうか、紙面には緻密な図柄が所狭しと敷き詰められている。

ジニアは、険しい顔をしながらそれにペンを走らせていく。彼にとってそれはいつもの日常だった。

 

「ぐぉ……?」

「なんだ、気になるのか?」

 

背後に気配を感じて振り向くと、ジニアの肩越しにシェノンが興味深そうな表情で設計図を覗き込んでいた。

『それはなんだ』と視線で聞いてくるシェノンに、ジニアは少し得意気な顔になる。

 

「これはな、『銃』っていうんだ。昔に使われていた武器らしい」

「……がぁ」

 

アメリカの文明は、自分に物心がつく前に起こった"大攻勢"によってかなり衰退したと父に聞いている。なんでも、その地を支配する"ドミネーター"とやらが傷を負って弱れば、それと連動して文明レベルも下がるのだとか。

 

具体的には、中世以降に確立された技術によって作られた建造物や構造物ーーつまり、"人工物"が新しい物から風化して使い物にならなくなる。

そのせいで過去に使えていた兵器の運用が不可になり、あの『天使』どもに更なる苦戦を強いられてしまう事になった。

 

だから父は、従来とは全く異なる機構の重火器を開発しようとした。この設計図は父が遺した物だ。

ジニアは父の無念を晴らすためこの設計図を完成させようと日々努力しているが、ほとんど進捗は無い。

幾千を越える斜線の跡と、本棚に立ち並ぶ工学の本を見てシェノンもそれを感じ取ったのか、ガッツポーズをしてきた。

 

「はっ、応援してんのか?」

「がうっ」

 

自嘲気味に笑ったジニアに、シェノンは二つ返事で首を縦に振る。ジニアは思わぬ反応に面食らった。……他人に肯定して貰う事など、久しく無かったから。

この近辺でジニアは悪い意味で有名である。戦いの訓練もせず家に引き籠り父親の遺産を食い潰す臆病者として。

しまいに同年代の少年達から付けられたあだ名は"描き屋ジニア"。無論、蔑称だ。

彼らからすれば、ジニアは妄想の中身を一日中紙に書き殴っている狂人にしか見えなかったのだろう。

……そして、それは事実だ。

込み入った事情を知らないとは言え、こんな自分を肯定するこの女がおかしいのだ。

 

「……バーカ」

「がぁっ……!?」

 

照れ臭くなり、自分の頭をわしゃわしゃしながら設計図に集中する。彼が抱くのは自身への呆れ。他人に少し認められただけで舞い上がってしまう自分がとても愚かしかった。

 

「ふんっ……」

 

ーーでも、不快では、ない。

付箋だらけの専門書に顔を隠しながら、ジニアは自分の口角が吊り上げるのを必死に抑えた。

 

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