貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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今日2話目です。この前にもう1つ新しい話があるので、43話はそちらを見てからどうぞ。


43."這いずる絶望"

『……どうやら、事態は思った以上に切迫しているらしい』

 

誰もが寝静まった深夜、ジニアの机にある設計図を見ながら魔王がそう呟いた。

……ドミネーターの損傷による、制圧地域の文明の衰退。ここにきて新たな情報が手に入った。

先の戦場で火器が見られなかったのには、そのような背景があったのか。

 

制圧者(ドミネーター)は、制圧地帯の『国力』と密接に繋がっていると前に言ったな。逆に言えば、ドミネーターが再生不可なまでの傷を負って力を弱めると、制する国も力を弱めると云う事だ』

 

それの意味する所は、つまり。

 

『あぁ……薄々察してはいたが、"雷神"に戦力を期待するのは難しいだろう。恐らく、眷属一体を維持するだけで手いっぱいな筈だ……』

 

落胆した様子で魔王は嘯いた。

……"壁"を破るのには、恐らく雷神の協力が必須だ。しかしそこまで困窮した状態じゃ向こうにそんな余裕は無いだろう。

ならどうするか。アメリカの時間軸が狂ってる以上モタつくのは得策じゃない。『外に出たら何十年も経ってて日本が滅んでました』なんて事になったらどうしようも無い。

 

「がぁうぅ……」

『まぁ、君の足りない頭で考えたって埒が開かない……こういう時は焦らず状況に身を委ね、運否天賦(うんぷてんぷ)で物事を進める事も悪くはない。そう、例えばーーこれだ。これは使える』

 

騎士腕が勝手に動き、設計図の表面をなぞらえた。ザラついた感触とインクの香りが心地よい。

……これを使う? ジニアの様子からして未完成の筈だ。

 

『ここまで精巧な銃の分解図、今のアメリカじゃまずお目にかかれない……それに、これは機構としては既に完成に近い。"新しい文明"が混じっているから鍛冶で作っても灰になって終わりだろうがーー君は不定形の騎士(ノンシェイプナイト)だ』

 

魔王の声に呼応するようにして、騎士腕の表面が不安定に波打った。

……なるほど、ドミネーターの力によって再現された機構ならばアメリカでも使えるかもしれない。

だが、一つだけ問題がある。

 

『なんだ、まさかジニアの努力を踏みにじれないとでも? はっ何を今さら。私たちは十数の国家を食い潰した怪物だぞ。今更、下らない道徳などーー』

 

俺の頭じゃ、複雑な武器は再現できない。

日本で比較的構造が単純なマスケット銃のコピーを試みたがそれさえ不可能だった。

こんなの無理だ。パーツを三つぐらい見ただけでも脳が沸騰しそうになる。

 

『……なんか、すまない』

「……がぁう(……こっちこそ)」

 

しばしの間、気まずい空気が流れる。魔王が『私はこんな奴に負けたのか……』と悲壮な声で呟いていたが、聞こえないフリをした。

 

「ぐおっ」

 

俺は、煮詰まった頭を冷やすために外へ出る事にした。ソファで寝息を立てるジニアにそっと毛布を掛け直しドアを開ける。流れ込んできた冷たい夜風に目を細めた。

頬を撫でる秋の香りが心に染みるような気がする。

ふと耳を澄ませば、遠くの方から何かの音が聞こえてきた。

硬質な物体で何かを叩くような音だ。

 

『天使どもを迎え撃つために砦を増設しているのだろう……明日は騒がしくなるぞ』

 

遠目から見ても、かなり堅牢そうな砦だった。

……だが、それは人間基準だ。あの数万を越える天使の猛攻を耐えきれるかは分からない。

俺を除いた最高戦力であろうシフだって万全じゃない。

砦を突破されれば、ここの住民は全員成すすべ無く殺されるだろう。……ジニアも、死んでしまう。

 

『おい、どこへ行くつもりだ』

 

俺は、気が付けばふらふらと砦の方向に歩み始めていた。

数十分歩いて、建設現場に辿り着く。

逞しい男達がせっせと角材を運んでいる。砦の高さは一番高い部分で十メートル程だ。

 

「ん……? あれ、どしたのシェノンちゃん。危ないよここ」

 

ぼーっと建設風景を見ていると、背後から聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。

振り向くと、そこには木材を肩に担いだアザレアが立っている。

 

「……ぐぉ」

「なに、不安なのかい? 大丈夫! 僕たちは必ず勝つさ……ヒトが、天使などに負けるものかよ」

 

建設作業に勤しむ男たちを見ながら、アザレアはそう呟いた。

その誰もが傷付き、疲弊しているのが見てとれる。しかしそれ以上の活気に満ち溢れていた。みなギラギラと闘志の宿った瞳で明日に備えている。

 

『……苦境にこそ輝く、人の強さだな。正に"背水の陣"というやつだ』

 

魔王の言葉に無言で同意する。

前に、アザレアがこの砦を"最終防衛ライン"と表現していた。その言葉の通り、ここを突破されればジョージア州は完全に奴らの手に堕ちるのだろう。

それを避けるため、皆が力を合わせているのだ。シフも、アザレア達も……ジニアも。皆が皆、別々の方法でこのレギオンを守ろうとしている。

それを俺は何故か、"美しい"と感じた。

 

『命を燃やし生きる人間とは、かくも美しいものだ。……その逆もまた然りだが』

 

俺に『見てるのは良いけど、あまり近付き過ぎないようにね』と釘を刺してからアザレアは現場に戻っていった。

……でも、ここに居る皆、明日には死んでしまっているかもしれない。

そう思うと、胸がチクリと痛んだ。

 

……魔王に、『今の俺がもし敵方のドミネーターと戦う事になったら、どれぐらいやれると思う』と念を送る。

 

『……正気か? 敵は恐らく、最低でもフランスの"英雄人形"クラスの力は持っているぞ。今の君では到底……いや方法は無くはないが……しかし……』

 

ごにょごにょ独り言を呟きだした魔王に、俺は溜め息を吐いた。

そうだ……戦うなんて馬鹿な事を考えてはいけない。俺の目的はあくまでアメリカ脱出だ。他の犠牲なんか気にするな。

 

『……その通りだ』

 

少しだけ暗い声で、魔王は俺に同調した。

……こいつだって、元は貧しい国民のために命をかけて戦った存在だ。

ここの住民の犠牲に見て見ぬフリをする事には、少なからず負い目があるのだろう。

 

それから俺は、煮え切らない気持ちのまま建設風景を眺めていた。

重機も無い原始的な方法にしては劇的なスピードで組上がっていく砦は、やはり人員の凄まじい熱量によるものだろうか。

 

やがて夜空が白み始め、地獄(あさ)の訪れを俺たちに報せた。

天使は日が上るにつれ活性化する。その情報が確かならば、もうじき侵攻を再開してくるだろう。

砦はもう完成しており、男たちは各々の武器を磨いたりしていた。

眠っていないからか落ち着きがなく、戦闘への昂りを抑え切れていない者が多い。

 

『さて、どうなるか……』

青い空には雲一つ無い。

そして、天を直視できないまでに日光が強まった頃に、()()()()()()

 

「おいっ、やつらが来たぞ!」

 

高台で遠くを見ていた男がそう叫ぶ。

空気が一気に張り詰めた。緊張でぎくしゃくし、足が震えている者も居た。

 

「中距離まで引き付けてから(いしゆみ)で潰すぞ。撃ち漏らしは俺が殺す」

 

その時、どこからか聞こえた声に皆が振り向いた。

声の方には、青白く輝く大剣を携えた中年が立っている。シフだ。

 

「し、シフさん! 良かった、怪我の調子は!?」

「本調子じゃねぇが、やれる。お前らもよく一晩でここまで仕上げたな。これならかなり持ちそうだ」

 

やはりシフは戦闘員の中でリーダー的な存在なのか、シフが来てから士気が大きく上がった。

天使達が地面を踏み鳴らす轟音がだんだんと近付いてくる。

 

「撃てえぇぇぇッ!!!」

 

シフの一声で、砦上部に設置された軽く三十を越える投石機が唸りを上げながら巨岩を発射した。

重たい着弾音と共に、ぐちゃりと不快な音が聞こえてくる。天使を何体か仕留められたのだろう。

 

「第二射の準備が出来るまで俺が時間を稼ぐ! 死にてぇ奴は着いてこい!」

 

砦から飛び出していったシフに、武装した何人もの男たちが続いた。

防壁の隙間から見える天使たちを、シフの剣から発せられる蒼雷が焼き焦がす。それで怯んだ所に男たちが全力で武器を叩き込む。その戦法で天使たちを効率よく倒していた。

先日と比べてかなり優勢だーーしかし、後には更に万を越える天使が迫ってきている。

我慢比べになりそうだ。

 

『……待て、何か、おかしい……? てっきり一気に沈めにくるものだと思っていたが……それにこの雰囲気は……まるで……』

 

しばらく黙りこくっていた魔王が、焦った様子で何かを考察している。

なんだ、"おかしい"ってーー? そう聞こうとして、俺はとある事に気が付いてしまった。

天使たちの足音とは性質の違う、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「*****!」

 

ーーその咆哮に、誰もが耳を塞いだ。

内蔵の全てが振動するような、音の暴力。

 

「っ、おい! お前ら一旦下がれ! くそ、クソが……! 十年ぶりかよ……!」

 

遠くに、うねる巨大な何かが見えた。

天使たちはまるで波が割れたかのように道を空け、動きを止める。

さながら生きた山脈の如きソレの姿が、少しずつ鮮明になってくる。

 

『生きていたのか……? いやそもそも、なぜヤツが、向こうについている……!?』

 

ーーソレは、天使の皮を被った蛇竜のような姿をしていた。

頭部の上には煌々と輝くオレンジ色の光輪が浮かんでおり、背には三対の白く巨大な翼が生えている。

なんだ、あの怪物は……!?

 

『アメリカに侵略してきたドミネーターは寄生型か……!? しかし、ヤツのあの姿は……』

「がぁ!? (おい、なんだあれ!?)」

『……ノンシェイプナイト。このレギオンは"詰み"だ。早く離れた方が良い』

 

魔王にしては珍しい、震えた声だった。

 

「ヤツは"ヨルムンガンド"。……だったモノだろう。完全に敵の手に堕ちてしまっている」

 

ーーヨルムンガンド。北欧神話に登場する怪物。恐らくアメリカのドミネーターの一体だろう。

なぜそいつが、北欧神話に存在しない天使に侵食されたような姿になってしまっているのだ。

 


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