貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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44.変貌する多面騎士

「っ……」

 

ーー格が、違う。そう一目で分かった。

流石は"ヨルムンガンド"……魔王の言っていた『ドミネーターの力は元になった概念や物品、そして国力に由来する』と言うのが本当なら、アメリカの制圧者であり神殺しの怪物の名を冠したこいつはきっと最強クラスだ。いつぞやの魔王以上かもしれない。

 

『おい、何ぼーっとしてるノンシェイプナイト……! 捕捉されたら終わりだ! 一旦カロライナ州の方にでも逃げるぞ! 』

「が、ぁ……」

 

逃げるーー逃げる。そうだ、逃げなければ。

絶対に勝てっこ無いんだ。この地に命をかけるまでの理由だって無いはずだ。

あんな怪物とやりあってる暇なんて無い。

俺の義務は日本を守ること。それ以外に命をかける権利など無い。

タイサを失い、『アルメリア』じゃなくなった俺にはそれしか残されていないーー俺は、一歩後ずさった。

 

【はっ……応援してんのか? お前】

 

「が、ぐ、ぅ……っ!」

 

ーーその時、ジニアの顔が脳裏を掠めた。

不器用で、優しくて……どことなくタイサに似た、あの少年の顔が。

照れ臭そうに頭を掻く姿も、どこか内罰的な口調も、その全部が自分を愛してくれたあの人と被って網膜に焼き付いている。

見捨てる、見捨てるのか、見捨てるのか? 俺は。

タイサは俺なんかを助けるためにその身を(なげう)った。勝てない戦いに、挑んだのだ。

それなのに、タイサに救われた俺はこの苦境に背を向け、必死に生きようともがく人々を唾棄(だき)しようとしている。

 

「ぅ、が、ぁ……」

『……チィ、これだから……!』

 

……そんなの、駄目だ。

だからもう一度、もう一度だけ、私利私欲のために命をかけたい。

右手に雷を装填する。……ここに居る全員、逃がすぐらいの時間は稼げるか? 雷神トールの近くまで引き付けて、俺のサポートに回ってもらってーーいや、そもそも雷神の場所が分からない。下手に都付近まで通したらそのまま押し込まれる。

どうすればーー

 

『……奴と渡り合う方法は、無いわけじゃない。』

「がぁ……?」

「だがそれには大きな代償が伴うだろう。しかも確実じゃない……それでも、やるか?」

 

呆れた、しかし少しだけ温かい声で魔王が俺に問い掛けてきた。

俺はそれに頷く。そんな夢のような方法があるのならば、代償なんて怖くない。

一体どうするというのだ。

 

『今の君は、君のコアから溢れるドミネーターとしての力を私が調整する事で能力を制御できている。その右腕はそれによる物だ。しかし出力は大幅に下がってしまっている。分かりやすく言えばリミッターだな』

 

魔王は溜め息を吐いてから、さらに続ける。

 

『つまり、この"リミッター"を緩めれば、君は全盛期……いや、私のコアを取り込んだ分、以前を遥かに凌駕する力を発揮できる筈だ』

 

……しかし、それには代償がある、と。

 

『……あぁ。本来この力は君の手に余るものだ。恐らく、すぐ本能に飲まれて理性を喪うだろう。全開で力を行使出来るのは……おおよそ、三分と二十秒。それが臨界値だ。それ以上は戻ってこれなくなる』

 

ーー三分間だけ、俺は全盛期の力を振るえる。そういう事か。

今一度ヨルムンガンドの方を睨んだ。……押し返せるか? 魔王の核を取り込んだ事による力の増強がどれ程かにもよるが……恐らく、厳しい戦いになるだろう。

……経験上、全てのドミネーターはその膂力とは別に強力な特殊能力を備えている。『天使の布』の寄生、『黒龍』の空間透過、魔王の肉体支配など。

あの『ヨルムンガンド』も、恐らく何かしらの異能を備えているだろう。

 

「ガァァァ……」

 

ーーだが、戦う。あの人に報いるために。

……勝てないとしても、せめて……せめて、ここに居る人間の半分が逃げるまでは押し留める。

負けるにしろ、俺がヨルムンガンドをギリギリまで削れれば、シフがなんとかしてくれるかもしれないからだ。

希望的観測に過ぎない……が、希望が無いよりは遥かにマシだ。

 

『……どうなっても知らないぞ』

「がぁう」

『はぁ……全く、何故こんなお人好しに私は負けてしまったんだか……まあ分かった。あくまで私は敗北者だ。君の決定には従うさ……では、いくぞ』

 

魔王の言葉を境に、胸を中心として全身が異常なまでに熱くなる。まるで心臓から出た血液がマグマになって血管を巡っているみたいだ。

 

「ガァ"ァァ……!」

 

ギチギチという金属質な音と共に、体が組み変わっていくのを感じる。

肌は硬質に、筋繊維は強靭に、骨は密度を増しーー生物としてのランク、あるいは階段を一足飛びに駆け上がる感覚。

一気に目線が高くなった。力が恐いぐらいに(たぎ)る。

 

「ガアァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァァ"ァ"ァ"ァァッッッ!!!」

 

ーー脳が、体が、闘争を求めている。心臓が馬鹿みたいに速く動いて熱い血潮を全身へ駆け巡らせる。

視界が真っ赤に染まって、脳髄が何か小さい虫にでもに食い荒らされてるみたいだ。

それに耐えるため咆哮する。俺が震えているのか、世界が震えているのかーービリビリと、空が揺れた。

 

「なんだ、ありゃあ……!?」

 

シフが、俺の方を向いて目を見開いていた。あいつの様子から見て、今の俺の姿はノンシェイプナイトのものに変化出来ていると思って良いだろう。ふと手を見ると、魔王の影響なのか指先が狼の爪の如く鋭くなっている。

これなら簡単に奴の(はらわた)を抉り出せそうだーー俺の中に住み着いた怪物が、口が裂けそうなぐらいに笑った。

 

「*******!」

「グラァァァッッ!」

 

ヨルムンガンドと目が合った。奴の這いずる速度が早まる。

ーー時間が無い。早期決着は願ったり叶ったりだ。

俺はクラウチングスタートの体勢を取り、全力で地面を蹴り飛ばす。それは爆発的な推進力をもって、俺の体をヨルムンガンドの付近まで運んだ。

近くで見ると、本当に迫力が凄まじい。しかし恐怖は感じない。

むしろ強大な敵との対峙に、自分の体が絶大な歓喜に打ち震える事が分かった。

ーーぶち殺してやる。右手に雷の槍を形成して、全力で奴の体表に突き立てた。

 

「ガァァアァアアァアア!!!」

「*****!?」

 

俺の放った雷槍は、ヨルムンガンドの鱗を二、三数焼き焦がして内部の肉を露出させた。

ーー勝てる、殺せる、今の俺なら。

自分の攻撃がこの怪物に通用している事に軽い感動を覚えながら、二発目を用意ーー

 

「ぐ、が、ァっ……!?」

『*****……』

 

ーーヨルムンガンドの巨体が、高速で()()()()()()

その場で回転した事により恐ろしく加速の効いた尻尾が、大剣の斬撃の如く鋭く重たい一撃となって正確に俺を凪ぎ払った。

 

『っ、鞭の原理か……! おい、奴は思ったより知性が残っているようだ、ただの獣だと思ったら足元を掬われるぞ!』

 

浮遊感を覚えた後、高速で何かに叩きつけられるのが分かった。軋む肉体を動かし状況を確認すると、背後には俺の形に抉れた砦の防壁があった。どうやら吹き飛ばされたらしい。

鉄色の腹部が大きく抉れていて、そこからバチバチと雷が漏れだしている。

 

ーーこんなの、掠り傷だ。

 

「ヴ、ラァ"ァァァ"ァァッッッ!!!」

 

傷を負う度、自分を縛っていた鎖が砕けていくような感覚を覚える。タガが外れてヒトから遠退くーーそれも、心地よい。

どうすればヤツを狩れるか。戦いの悦に支配された思考が回転して、体をどんどん戦闘に適した形状へ変化させていく。

そう、たとえばーー

 

『っ……おい、それ以上は……!』

 

二重変貌(ダブルデザイン)。『天使の聖骸布』×『失墜せし黒龍』。

 

「ぐ、ガァ……!」

 

ーーあまりの負荷に、脳が焼ける。体が更に組み変わる。イメージするのは雷鳴を纏う黒き龍。

ボコボコと全身が波打ち、四肢が漆黒の鱗を纏う巨駆へ変貌する。龍腕で拳を形作った。

今一度、爆発的な速度でヨルムンガンドへと突進する。

 

「ガァァァァッッッ!!!」

 

奴の振るう高速の尾と、俺の龍腕がカチ合った。

一瞬だけ拮抗するーーが、明らかに力負けしている。メキャメキャとこちらの腕から嫌な音が聞こえた。

だめだ、だメだ、こんなんじゃ、こいつを殺せない。

ヨルムンガンドの口元になにか光の粒子みたいなモノが集結している。なにか、大技を出すつもりだ。

赤く焼け爛れた思考を必死に回すーー……あぁ、そうだ。忘れていた。俺の知る『最強』をまだ使っていなかった。

 

「でザ、いン……!」

 

ーー変貌(デザイン)、『最果ての魔王』。

半ば砕けた腕を無理やり、魔王の使っていた十字槍へ変形させる。それは容易くヨルムンガンドの鱗に突き刺さり、存分にその肉を穿った。霞む視界の先で苦し気に唸る蛇に、俺の口元が歪む。

脳が、バチンバチンとゴム管が千切れるように嫌な悲鳴を上げているのが分かる。

 

「ヴ、ァアァァァ……!」

「*********!?」

 

もう、一押しだ……! これを逃したら次は無い。

俺に脅威を感じたのか、ヨルムンガンドはこちらに背を向け逃走を計っている様子だった。

 

「に、がスっ、ガァァァァァァァッ!!!」

 

ーー三重変貌(トリプルデザイン)

魔王と黒龍と天使ーーぜんブ、ぶつけてやるーー

 

『……時間切れだ』

「が」

 

体に力が入らなくなり、ガクンと膝から崩れ落ちた。両手足が鉄になってしまったみたいに重たく、動いてくれない。

ペリペリと、俺の身を包んでいた鎧が剥がれ落ちては霧散していく。

 

「ま、だ……!」

 

頭蓋の中で地震が起こってるみたいに痛む頭をおさえ、逃げていくヨルムンガンドへ手を伸ばす。しかし待ってくれるはずも無く。

俺の意識は、深い闇の中へ呑まれた。

 

 

レギオン・ジョージアの兵士たちは呆然としていた。

かつて彼らの前に現れ雷神トールを負傷させた"天蛇"。十年ぶりに出現したそれは、眷属であるシフを含めその場の全員を絶望へ突き落とした。全盛の雷神が辛うじて撃退したこいつを、今の自分達がどうにか出来る筈が無い。そう確信して。

 

ーーだがそれは、突如として降って沸いた特大の奇跡によって掻き消される。

獣の如き咆哮と共に現れたるは、たった一人の騎士。ヨルムンガンドに対し体長二メートルにも満たぬであろう()の騎士は、その体格差に見会わなぬ奮迅でヨルムンガンドを撤退させた。

まるで、おとぎ話から飛び出てきたようなその姿に、彼らは大いに沸いた。

 

「……救いの、龍騎士」

 

誰かが、ポツリとそう呟いた。救いの龍騎士ーーそんな、あまりにも稚拙で陳腐な呼びな。だがそんなものでも、いや、単純だからこそ、その場の全員の心に強く響いた。

 

「おい……! やるぞお前ら! クソ蛇はもう居ねぇんだ! あの騎士に続けぇぇぇっ!」

 

シフの扇動に、兵士たちは地鳴りとも間違えそうな激しい叫びで返した。

かつてないまでに膨れ上がった士気。心無しかあの天使どもも腰が引けているように見えた。

 

 

その日、ジョージア陣営は久方ぶりの大勝利を納める事となる。

荒野の戦場に、ボロボロの男達の喜声が響き渡った。

ヨルムンガンドを打倒した『救いの龍騎士』の名と共に、


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