貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「ぁ、あ……」
ーー鋭い激痛で、目を覚ます。
瞼の隙間から流れ込んでくる夕陽が眩しい。
頭痛はもはや例えようの無い次元にまで達していた。強いて言うのならば……右脳と左脳をミキサーでかき混ぜられてるみたい。それでも足りないかもしれない。
俺は、ヨルムンガンドとやり合って、逃げられて、そして……ああ駄目だ。頭が働いてくれない。
「がぁ……」
倦怠感に苛まれる体に鞭を打ち、近場の木に寄り掛かりながらふらふらと立ち上がった。
と、鼻の下を生ぬるい液体が伝っている事に気が付く。……鼻血だ。べったり手に張り付いた鮮血が、月明かりで艶やかに輝いている。
……どこかの血管でも、切れーー
「っ……!」
ーー左腕に激痛を覚え、再び地面に崩れ落ちた。嫌な予感を覚えながらも痛みの根元へ目をやる。
そこにはあらぬ方向に曲がった俺の腕があった。肉が露出し、骨が突き出ていないだけ奇跡といったぐらいには重傷だ。
……ヨルムンガンドに粉砕されたのが、微妙に再生して止まっている。恐らく完治する前に『時間切れ』になったせいだろう。
右腕は相変わらずノンシェイプナイト時のままだ。こちらはほぼ無傷なのが救いか。
今度はしっかり呼吸を整えてから、左腕に力を入れないようにして立ち上がった。
おい魔王、起きてるんだろ。黙ってないでなんか話して欲しい。痛みが紛れるから。
『……あぁ、すまない。力を使い過ぎたせいで、コアの"消化"が速まったようでね。少しボーッとしていた』
「がぁ……」
足を引きずりながら都の方へと進んでいく。
歩く振動だけでも、神経を直接抉られてるみたいに痛い。気が遠くなるが歯を噛み締めて堪えた。
緩慢な足取りで歩むこと二十分。俺はやっと砦の前にまでたどり着いた。俺が朝に着ていたパーカーとズボンがそこらに落ちていたので、それを適当に着て都の門をくぐる。
中では、大勢の男たちによって宴が行われていた。戦いに勝った祝いなのだろう。包帯まみれで酒を煽っている馬鹿な奴も居た。
『……完全に戦勝ムードだな。たった一度退けただけだと言うのに呆けた連中だ。まぁ、あの気の張り詰めようからして、こうなっても仕方が無いのかもしれんが』
「がぁ……」
折れた腕が出来るだけ目立たないようにしながら、俺は街を進んでいく。
幸い、皆が皆騒いでるお陰で誰も俺に構おうとはしなかった。
……あそこのベンチで、少しだけ休もう。流石に限界だ。
「はぁっ、はぁ……、おい! お前……っ! どこ行ってたんだ!?」
だがそんな街でただ一人、切羽詰まった様子で俺に声が掛ける人間が居た。
肩を掴まれ無理やり振り向かされる。激痛が走るが、そこに居た少年の顔でそれも吹き飛んだ。
息を切らしたジニアが、心配そうな顔で立っていたから。
「がう」
「砦の方に行ったって聞いて、本当に心配っ……! してないけど!? 馬鹿な事やって死なれたらお前と関わってた俺の評判が下がるんだからな! ったく、帰るぞ! なんでこんな騒がしい時に外に出なくちゃ……」
ジニアは俺の左手を引いて歩き出そうとした。出そうになる悲鳴を抑える。
しかし何か違和感に気が付いたのか、数歩で立ち止まってこちらへ振り返った。
「……見せてみろ」
「がぁっ……!?」
俺の手を持ち上げて、訝しげ気な顔になる。
パーカーの袖を捲って傷を見ると、ジニアは『ひっ』と短く悲鳴を上げた。
「おっ、お前!? なんでっ、腕が、折れてるじゃないか!? 血もこんなに出て……」
「がぁ」
「『見ればわかるだろ』みたいな顔すんな! っ、あぁもう……! 頭おかしいよコイツ……っ!」
着いてこい! と言ってから、ジニアは歩み出した。
早足で進んでいるが、頻繁にチラチラ後方を確認してくる。心配してくれているのだろう。
それに少し嬉しくなりながら歩いていると、すぐに大きな建物の前で立ち止まった。でっかい十字のマークが壁に書かれている。病院だろうか。
ジニアに促されるまま中へ入ると、そこは傷を負った兵士たちでごった返していた。人手は行き届いているのか悲惨な印象は受けない。むしろ外の祝勝ムードが中にまで入り込んできてるせいか明るい雰囲気だ。
「す、すいません、こいつ、怪我っ、してて……」
ジニアは白衣を纏った看護婦らしき女性に吃りながら何かを説明している。元来、人見知りなのだろう。
看護婦が俺の方へ駆け寄ってきた。鼻をつく臭いの消毒液と、腕を固定するための包帯を持っている。
……どうせ変身すれば治るだろうから、医療器具を無駄に使わせるのは忍び無いのだけれど。
横に座るジニアが今にも泣きそうな顔をしているから、それも言い出せなかった。
「治りますか……?」
「えぇ、見た感じ綺麗に折れてるから、しばらく安静にしてればちゃんとくっつくわよ……うわ、酷いわねぇ……」
「ぅあっ……」
看護婦が、容赦なく消毒液をかけてくる。傷口に塩を塗りたくられるような激痛。思わず顔をしかめてしまう。
それからクルクル包帯を巻き、俺の腕を固定していく……タイサと出会った時もこんな具合だったな。思うと俺は腕を折られてばっかりだ。
痛みに耐えながら遠くを見つめていると、不意に見覚えのある金の瞳と目があった。
猫のような灰色の癖っ毛の青年、アザレアだ。手を振りながら笑顔でスタスタ近付いてくる。それに気が付いたジニアは何故か、ビクンと肩を跳ねさせてよそを向いた。どうしたんだ。
「おぉ、シェノンちゃん! 姿が見えないから心配したよ! 良かった良かった……って腕ケガしたのかい……あれ、そっちの子は? お友達かな」
「う、えっ!? お、俺、えと、ジニア、です、はい。たぶん」
アザレアに話し掛けられたジニアは凄まじく狼狽し、目を反らしながら答えた。なんだよ『たぶん』って……俺の言えた事じゃないが、自分の名前にぐらい自信を持って欲しい。
俺が呆れた視線を送っていると、ジニアがアザレアの隙を見て耳打ちをしてくる。
「お、おい、誰だこいつ……? お前の知り合いか……!?」
「がぁう……」
「な、なんでビビってるのかって……べべ別にビビってないけど? 知らない人とか怖くないし!? ちょっと顔が良いから劣等感が……」
「聞こえてるよー」
「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさい!」
「……がう」
縮こまったジニアに、アザレアは困った顔で俺へ助けを求めてきた。
『……何かしらのパーソナリティ障害でも抱えてるんじゃないかこいつ? 思春期の対人不足は成長後の社会性を著しく損なうぞ。哀れだから君がたくさん話し掛けてやれ』
「ぐおぉ……」
無事な方の手でジニアの背中を優しくさすりながら溜め息を吐く……さっきの口振りからして、こいつ基本的に引き籠りなんだろうな。それでもこの反応は無いけど。人見知りって次元じゃないぞ。
まあ……ジニアの為にも今日は早いとこ家に帰るか。
俺は、脈打つように痛む頭を押さえながら立ち上がった。
「あ……家まで送ってくよ。流石にその怪我じゃ心配だし」
「がぁ」
俺はアザレアに支えられながら建物から出た。ジニアはいそいそと一人で前の方を歩いて行ってしまう。人見知りだからアザレアと話したくないのだろう……と思ったが、頻繁にこちらへ振り向いて、何か言いたげな顔をしている。『どうした』と視線を送ると、何故か拗ねたように目を逸らされた。
めんどくさい性格してるなジニアは……
「さぁ! 雷鳴の如く現れた龍腕の大英雄! 神に等しき
俺達の進路の先には、大きな人だかりが出来ていた。
吟遊詩人らしき、帽子を被った男が良く通る声で何かを語っている。
……救いの龍騎士? さっきの戦場には龍に乗った騎士なんか……いや、まさか。
「あ、耳も早けりゃ仕事も速いなぁ……
「が、がぅ……?」
「いやぁ……戦場に"変なの"が出てね? まぁアレのお陰でこのレギオンは首の皮一枚繋がったんだけど……いやはや、どうなってんだか。事実は小説より寄なりとは良く言ったものだよ……ねぇ?」
細まった瞼の向こう側にある金色の瞳が、ジロリと俺を見た。
……俺とヨルムンガンドの戦闘が、脚色されて英雄譚になったのか? 何が『最新にして最強の英雄』なんだか。中の人の腕へし折れてるんですけど。
少しだけ不本意な気持ちになりながら、詩人の語りに耳を傾ける。
「風の噂によれば……彼の龍騎士の正体は、かつて"天蛇"に滅ぼされた亡国の王子!」
「ぐお(おい)」
「その素顔は正に細身の麗人! 二メートルにも及ぶ長身にして鋼の肉体は、男として正に美の極致にあり!」
「ぐおぉぉ!?(おぉぉい!?)」
「ど、どしたのシェノンちゃん」
前方を陣取っている女性陣から黄色い歓声が挙がる。こ、こいつ、女性人気の為にイケメン設定にしやがった。都市伝説というのはこうして生まれていくのか。
足元に散らばる投げ銭を満足そうに集める吟遊詩人を睨みながら俺は大きな溜め息を吐いた。余計に頭が痛くなる。
横目でジニアを見れば、じぃっと詩人の語りに聞き入っていた。完璧に騙されてやがる……まあこの年頃の男の子はこういう話好きだろうけども。
『ほ、細身の麗人だと、ぷっ……ま、まぁ、嘘はついてない。そこに女児と低身長を付け足せば完璧だな』
「があぅぅ……」
それから十数分程して、俺達はジニアの家の前まで辿り着いた。
二人で同じ場所に住んでると知ってアザレアが『……兄弟なのかい?』と聞いてきたから、似たようなものだと返した。
「うーん……でも、本当に何なんなんだろうねぇ……アレ。亡国の皇子にして伝説の戦闘民族の末裔で悪の組織に改造された正義ヒーローらしいけど」
「がぁぁ!(設定ごちゃごちゃじゃねぇか!)」
「じゃ、僕は用事あるから帰るよ。シェノンちゃんも……
アザレアに別れを告げ、俺とジニアは家の中に入った。
ランタンの灯によって照らされた暗い室内で、二人分の影が壁に揺らめいている。
「はぁ……疲れた。買い出し以外で外に出たのなんて久しぶりだ……」
「ぐお」
「あぁ、お前は座ってろよ怪我してんだから。ご飯は俺が用意するよ」
大きく欠伸をしてから、ジニアはキッチンの方へ歩いていった。調理をするその背中をぼんやり見ていると、『……なあ』とジニアが呟いた。
「お前……あの、あれの事、どう思う」
「ぐぉ……?」
「……"救いの龍騎士"の事だよ」
トンっ、と小気味良い音で野菜をぶつ切りにしながら、ジニアはぼそりと言った。
僅かに見える横顔は、その心中に渦巻く複雑な感情を俺に伝えてくる。
……どう思うも何も、あれ俺なんだけど。
微妙な顔をしている俺に、ジニアは更に続ける。
「………凄い嫌な予感がするんだ。良い側面しか無い物なんて世界に存在しないんだよ。あの騎士はこの都を救ったかもしれない。でもきっと、更にマズイ何かを引き寄せる」
「がぁう……?」
「嘘じゃない! 父さんがいつも言ってたんだ……人にも物にも必ず二面性があって、例えば俺から見た『良い人』も、他人から見れば『嫌な奴』なんだって。だから良い奴も悪い奴も信じるなって! あとなんか良く分かんないけどイケメンと美女は皆性格が悪いって」
「ぐぉ……(多分それお前の父さんが一番性格歪んでるよ……?)」
「と、とにかく! お前は、あれの事どう思うんだ」
くわっ! という感じで迫ってくるジニアを呆れた目で見ながら、俺は机の上に転がっていたペンに手を伸ばした。
……そうだな。俺は、良い存在なんかじゃない。
【俺も、あれは、ただの化け物だと思う】
「そ、そうだよな……あ、煮えた。ほら出来たぞ」
ジニアは俺の前に、お盆に乗った汁物を出してきた。
……タイサと違って料理出来るんだな。俺は木のスプーンで具の野菜を口に運んだ。……しょっぱいし、野菜は煮えすぎてグズグズのベチャベチャだ。お世辞にも美味しいとは言えない。
「どうだ……?」
【美味しいよ】
「そ、そうかっ! ふ、ふふふ……っ、これ、父さんも美味いって言ってくれたんだ」
ジニアは食べる俺をにまにましながら見ている。他人に自分の作った物を食べて貰うのは嬉しいものだ。気持ちは良くわかる……でもちょっとばかし量が多い。残したいが、ジニアがきらきらした目で見てくるから頑張って飲み干した。
「……ぷはっ」
「おかわりするかっ?」
「がぁう……」
「そ、そうか」
しゅんっ、として食器をかたずける背中に罪悪感を感じた。
……明日からは、どうにかして俺が作ろう。傷付けないようにそう伝えなければ。
が、下腹部に圧迫感を覚え俺は席を立った。スープを飲み過ぎたせいだろう。
「んっ……」
「どこ行くんだ?」
「ぐお……(トイレ……)」
急いでトイレに入り、バタンと扉を閉める。
腰を下げながら、俺はほっと溜め息を吐いた。
『……ジニアの話も、あながち間違いではない』
「ぐお(お前もイケメン嫌いなのか魔王)」
『違うわバカ。……先程の戦闘が新たな脅威を引き寄せるという事だ。ヨルムンガンドを退けられる存在が居ると分かれば、次は向こうも本気で潰しに来るだろう。何かしらの対策を練らねばまずい』
悩まし気な声色で魔王が言う。
……対策と言っても、具体的にどうすれば良いんだ。
『例えば兵器への変形だが……まず、君は頭が悪すぎる』
「ぐおおっ……!?」
『変形能力持ちの癖に現代兵器の再現程度やってのけられないとは……全くの出来損ないだ。私が狩ったドミネーターの中にも何体か不定形タイプは居たが、体を組み換えてホーミングミサイルぶっぱなしてきた事もあったぞ。勉強して銃の一丁や二丁出して見せろ』
確かに……雷は目立つし、何より燃費が悪い。銃の機構を再現する事が出来ればかなり小回りが効くようになるだろう。
現代兵器の構造を頭に叩き込む事を、当面の目標にするか。