二年くらいでぽっくり逝くTS少女   作:am56x

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第四話:ルチア

 

 

 レイドと遊ぶようになったのにたいした理由はなかった。引きこもりがちな同い年の子供がいると知って遊びに誘おうと家に突撃したのがきっかけだった。

 

 嫌がる素振りを見せながらも連れ出したら楽しそうに遊ぶレイドを見ていると、私はその態度が愛らしくてレイドへよく構うようになっていた。

 

 その日は雨が降っていて外で遊ぶには不都合で、だからといって遊ばないなんて選択肢が私の中にはなくて、だから新しく買ってもらった雨玉模様の傘を手に意気揚々とレイドの家に駆けこんだ。

 

 毎日のように顔を合わせていたレイドのお母さんは私が来るといつも嬉しそうに歓迎してくれて、その日も私を温かく出迎えてくれた。

 

「よくきたわねルチアちゃん」

「ん! レイドはなにしてる!?」

「今は本を読んでたかしら? 二階の自分の部屋にいたと思うわ」

「わかったー!」

 

 何をして遊ぼうかワクワクしながら階段を勢いよく駆け上がり、扉が開きかけのレイドの部屋にスッと隙間に体を潜り込ませて侵入を果たす。私にかかればこの程度の隙間すらも進入路と化すのだ。

 

 さあ、遊ぼうとか声を張り上げようとした私は、目を輝かせて本にかぶりついているレイドを見て大声を上げるのをやめてゆっくりとレイドの後ろへと回り込む。一体、何を読んでいるのだろう?

 

「レイドはなにしてるの?」

「お勉強」

 

 まだ初等学校に通う年齢じゃないのにレイドは大人の人が読みそうな分厚い装丁の本を前にページをめくっていた。当の私はまだ文字をようやく全部学び終えたかどうかといった有様で、後ろから覗いても何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。

 

「楽しい?」

 

 私に目線を向けることもしないで、レイドはコクコクと首を動かす。

 

「何が書いてるの?」

「魔術についてだよ。教えてあげる?」

「欲しい!」

 

 正直なところ、最初の私はレイドが嬉々と話していること自体を好ましく思っていて、内容はてんで理解していなかった。けれど、段々とレイドの話で色んな世界を知っていって、私も出来るようになりたいと欲を持って、少しずつ勉強へと身を乗り出すようになっていったのだった。

 

 

 

 レイドに勉強を教わるようになったおかげで私は学校では常にトップクラスの成績を誇っていた。中等学校に入ってからもレイドの部屋に押し入っては勉強を教わったり雑談に興じたりしていた。

 

 そんな日常が続くと思っていた。

 

 その日も私はレイドの家に行って、戻ってきたところだった。夕飯間際にはお父さんも帰ってきて、久しぶりに三人で夕食が取れそうだねとお母さんは嬉しそうにしていた。

 

 突拍子もなく、キッチンから馬に鞭を入れるような擦過音が何度か鳴り響いた。私は事情を全く理解出来なくて、お母さんが何かやらかしたかなくらいにしか思っていなかった。ちょっと顔を見てこようと身を沈めこませていたリビングのソファからのん気に身を起こそうとしていた時、血相を変えたお父さんがリビングに駆けこんで来た。

 

「逃げるんだ!」

 

 慌てた様子のお父さんがそう言ったのとほぼ同時に、お父さんの背後からキッチンで鳴った音が響いて、お父さんが倒れる。倒れた先には顔を隠した筋骨隆々の男二人組が立っていて、拳銃を握っていた。倒れたお父さんに向けて拳銃が撃ち込まれ、それでようやく先ほどから鳴り響いていた音が発砲音なのだと私は知った。

 

 二人組は私には手を出さずに家から消えた。

 

 数年前に世界全体で流行した“リリシーの風邪”のせいで、私には両親のほかに近しい親類がいなかった。財産だけは奪い取っていった遠縁の親戚は私を引き取ることに難色を見せ、結果私はレイドの家に養子として迎えられることになった。

 

 延々と続くかに見えた虚無の日々の中で、レイドとその両親は私に尽くしてくれた。荒み切り、地獄に堕ちたかのように無感動で唐突に怒り狂うようになった当時の私を三人は見捨てずに傷が癒えるのをじっと待ってくれた。

 

 夕食の席で三人に当たり散らして、それが結局自分の傷心を誤魔化すために三人を傷付けたに過ぎないのを自覚して一人自分勝手に泣いていたのを慰めてくれたレイド。幼児退行を起こし夜尿症に悩まされた私のマットレスを文句ひとつ言わずに換えてくれたレイドのお母さん。殺人犯が大人の男の人のせいでトラウマになり、近づくだけで罵倒を浴びせられても耐え続けたレイドのお父さん。

 

 傷の癒えた私が当時のことを謝罪しても三人は大したことをしていないといい、立ち直った私のことを喜ぶばかりだった。

 

 半年ほども経ち、ある程度私の精神が持ち直してきた頃に朗報が舞い込んできた。時々お父さんと一緒に帰ってきては夕食を共にしたお父さんの同僚の人が私に会いに来たのだ。

 

 彼のおかげでお父さんを殺した真犯人が牢獄に送られ、数年間に及ぶ裁判の末に極刑が言い渡された。私服を肥やしでっぷりと肥えていた体も牢獄生活が堪えたのか、裁判の席ではやせ細り巨万の富を以てしても覆らない死刑を前に窪み落ちた眼窩が黒ずんで見えた。

 

 ざまあみろと思う反面、死刑の確定を前にそこまで私は喜びを抱けなかった。ただ、終わったなと思うばかりだった。

 

 

 

 どうにか立ち直った私は立ち遅れた勉強を再びレイドから猛指導してもらい、ぎりぎり最難関の王立第一高等魔術学校に進学することが叶った。内申点は正直絶望的だったけれど、そこは入学試験でレイドほどでないにしろ他の受験者へ圧倒的な差を付けることで進学に持ち込むことが出来た。

 

 レイドと一緒に再び学生生活を送る中で深刻な問題といえば、この頃からレイドの身長が急速に伸び始めたことだ。

 

 あの、女の子みたいに可愛らしかったレイドの背がどんどん伸びていく。女の子みたいな声がどんどん低くなっていく。それが無性に私は嫌だった。まるでレイドがトラウマとなった大人の男の人へ変貌していく様が見せられているようで、ありえないと分かっていても成長した先のレイドがどうなるのか不吉な予感を抱いてしまっていた。

 

 そして、私は自身のどうしようもない性癖に気が付いてしまう。ちっさくて女の子みたいなレイドをネタに自慰行為を密かに敢行していた私は、性癖がすっかり小さい女の子みたいな存在じゃないとイケないようになってしまっていることに遅まきながら気が付いた。やばいと思った時にはもう遅く、気が付けば十二歳ほどの少女の中で目を惹く美貌の持ち主がいると股の間が疼くようになってしまっていた。

 

 けれど、それはレイドが急激に変貌していくことに耐えきれない故の逃避なのだと私は考えていた。レイドの成長に伴う自身の変化に心の整理が出来なくなった私は心を乱すのを恐れレイドから少し距離を置くようになっていた。

 

 そんな私の態度はレイドにも察せられてしまったみたいで、ある時レイドは自分に何か問題がないか言って欲しいと単刀直入に切り出してきた。レイド自身には何も罪はない。私は不吉な妄想が現実になるはずがないと思い込みたかった。だから、レイドには何も問題なんてないと告げたのだけれど、あまりレイドは納得していないように見えた。

 

 私の馬鹿らしい妄想はレイドの成長が止まったことで終わりを告げた。成長仕切ったレイドは男らしさをそう身に付けてはいなかった。確かに学年の男子で一二を争うほどに身長は伸びたのだけれど、体躯は依然としてほっそりとしていて顔も結局女らしい。ホッとしたのと同時に高等学校の三年間ずっと悩んでいた自分があまりに滑稽で笑ってしまった。

 

 大学へ進学すると二人とも忙しい毎日を送るようになった。実家通いとあって毎日何かしらの形で顔を合わせるけれど、長々と話をする機会がめっきりと減ってしまった。高等学校時代から大学に顔を出していたレイドは大学生となってなおさら教授の研究室に入り浸るようになり、そのくせ他の講義も卒なくこなしていく。国内最高峰の大学に入り、同程度の才覚を持つ者に囲まれるようになって周りに埋もれていく私とは大違いだった。

 

 この頃のレイドは似合ってもいない口髭を生やすようになっていた。周りからも似合っていないと何度言われてもレイドは髭を剃ろうとはしなかった。そうでもしないと未だ女性に間違われるのが億劫になったらしかった。声も男性的というより中性的で、身長も高いこともありカッコいい女の人にしか見えないのはレイドを知る人なら一致した彼の外見的な特徴だった。

 

 私が大人になってから、時折レイドと結婚しないのかという問いを友人たちから聞かれるようになっていた。誰しもが私がレイドのことばかり話すので、だったらもう結婚しろと言い出すのだった。

 

 正直、レイドとは子供の頃からずっと一緒だったから生涯を共にするのは当然だと私は常識的に考えていた。ただそれは夫婦という関係かと自問するとどうにもしっくりと来なかったのだ。あと、その……私は自分で自分を調教して小っちゃかった頃のレイドのような存在にしか性的に興奮できなくなっていた。今のレイドと体を重ねると考えると億劫だった。

 

 いつか子供が欲しくなる時が来たら、改めてレイドに話を持ち掛ければそれでいいだろうと私は思っていた。男女の営みを私は意図的に避けていた。中等学校時代に生まれた大人の男性へのトラウマが、大人の象徴的な行為たる男女の営みへも及んでいたのだった。

 

けれど、レイドはあまり男らしくはない。レイドとなら、抵抗感はあまり抱かずに出来そうな気はしていた。あまりそういう行為には乗り気ではないのだけれど、レイドのお母さんにあまり心配をかけるのも良くない。

 

 私ももう二十五歳になった。流石に子を産むのにこれ以上遅れるのも母体への負担が大きくなるかもしれないとも思っていた。折を見てレイドに話をしようと思っていたのだ。レイドと身を重ねる想像をしても嫌悪感を抱くことはなかった。だとしても、する時には絶対に髭を剃らせようと思いながら。

 

 まさかあのような想定外の大災厄が起きるとは私は思ってもみなかった。

 

 

 魔王の災厄と名付けられた当日、私は体調が思わしくなくて家で寝込んでいた。レイドも両親も職場に出勤していってしまい、静かになった自室でただじっと横になっていた。突如として、家全体が揺れると共に窓から閃光がほとばしり爆音が鳴り響いた。

 

 一体何事かと思ったけれど、子供のころと違い私は勇敢ではなかった。見に行こうなどとは考えられず、しばらくベッドの中で事態の様子を窺おうと思った。

 

 爆音は一回では収まらなかった。間隔を置かずに連続で響き、その度に家が振動し軋む。それから銃声が連なり響き出し、砲撃音までもが屋外から聞こえだす。

 

 戦争でも起きたのだろうか。けれど、列強であるトロワ王国の中心たる王都にいきなり直接攻撃など出来るものとは到底思えなくて、けれど現実として恐ろしい物音が私の耳元まで届いていた。

 

 誰でもいいから早く帰ってきてほしい。そう思いながら私はただベッドの中で震えるばかりだった。

 

 夜になり、ようやくレイドの両親が帰ってきた。彼らから外の様子を聞かされ、ようやく家の外に出た私は王都の状況を目の当たりにして心が冷たく凍り付いていった。

 

 幸運にも私のいた周辺は全くと言っていいほどに無傷だった。けれど、王都の西区と南区は壊滅し私の目の前で凄まじい火勢を見せつけていた。そして私とレイドの職場である王立研究所も南区にあったのだ。

 

 居ても立っても居られなくなった私が無我夢中に駆けだそうとするのをレイドの両親は止めた。取り乱す私は抑えつけられ、何も出来ない自身の無力さを呪った。

 

 翌日、無事だった鉄道駅から続々と軍人さんがやってきて王都に展開し治安は維持された。そして正午、元々あったものに加え人の集まる場所に増設されたスピーカーから政府公式の発表が放送された。

 

 レイドが帰ってきてくれることを念じ続けていた私はその放送を聞いてついに気を失ってしまった。放送によれば王都を襲った大災厄である魔王を屠ったのがレイドで、その身を犠牲に王国を救った英雄だと報じた。

 

 レイドが死んだ? あり得ない。だって、私は昔からレイドが遠くにいても方向が分かったんだ。今でもレイドのことを感じてるんだ。嘘だ。私を騙そうとしている。

 

 けれど、誰しもが私の言葉は最愛の人物を失った英雄レイドの悲劇的な幼馴染としてしか受け取ってくれなかった。

 

 確かに信じがたいかもしれないけれど、でも……私には分かるんだ。だから、だから……私は虚勢を張り続ける。もし、レイドの死を認めたらもう私は生きる気力を失ってしまうから。

 

 一回でも最愛の人を失うのは御免だと思ったのに、また私に同じ目に遭わせるというの? そんなことは認められなかった。

 

 私はレイドの気配を辿り汽車に飛び乗った。どうせ誰も信じてくれないのだ。同僚たちにも、友人達にも、そしてレイドの両親にも私の今回の旅行は傷心旅行だと説明していた。けど違うんだ。絶対に絶対にレイドは生きているんだ。だから、私が見つけてあげるね、レイド。今度はもう遠くに行かせない。もう二度と私の傍から離したりなんかしないんだ。目の届く範囲、手の届く範囲からレイドを離さない。私は今回の事件で思い知らされた。レイド、あなたが私の全てだ。逃がさない。

 

 

 

 




夫婦同然な両想いカップル→レイドTS化→ルチア覚醒

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