二年くらいでぽっくり逝くTS少女   作:am56x

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第五話:新天地にて

 ロ・ムーに移住してから二週間ほどが経過していた。

 

ローリーから結界整備の仕事を受け継いだレイドは毎日のように結界を生成する塔に通っていた。レイドほどの魔術師ならばいくらでも改善の余地は思いつくのだが、それをすれば警察から結界の認可が取り消されると脅されては手を加えようもない。

 

 レイドは大人しく塔まで毎日歩き、数時間かけて仕事をこなしていた。日常にはある程度のルーチンがあった方が怠惰にならずに済む。ひんやりとした薄暗い塔の中は思索の場として案外悪くなかった。

 

 しかし折角良好な思索の場を見つけてもレイドが精力的に動いていた研究とは切り離されてしまっていた。まさか研究所に戻る訳にもいかず、実験設備もない。迫る死の恐怖を忘れさせてくれるかつての研究への思索は行き詰まりを見せていた。よりにもよって実験が中途の段階で自らの研究から切り離されてしまったレイドは、その実験の推移をああだこうだと考えてみるも、考えれば考える程実際の結果が垂涎の的として浮かび上がってくる。

 

 

 次第に思考はもし研究設備を保有できたならと、どんどんと夢想的な代物へと変貌していってしまっていた。思考の行き詰まりが死を想起させる環境下で、予算の下りなかった機器設備のカタログスペックを思い出しては自らが使う様を想像するのは楽しかった。

 

段々と我慢ならなくなっていたレイドは日課となりつつあったバー通いの中で、酒飲み仲間となりつつあり、家にもちょくちょく顔を見せてきては世話を焼いてくれるローリーと酒を嗜みながらバーのマスターのその辺の質問を重ねてみる。するとなんと隣町に国内有数の魔術大学があるというではないか。

 

 行ってどうにかなるわけでもないと分かってはいたが、レイドはせめて見るだけでもと汽車へと飛び乗っていた。黒煙と白い蒸気を盛大に吹かしながら進む汽車に揺られること、僅かに数分。到着したロ・ムーの隣町であるパレーは海に面した避暑地でもあり、よほどロ・ムーより賑わいを見せていた。ロ・ムーに到着した時など駅のホームに降り立ったのはレイド一人だったが、パレーにはレイドと一緒に十数人ほどが降車する。その際、かつて海外留学で嗅いだ潮の匂いが微かに鼻をくすぐる。ふと辺りを見渡すと、建物の隙間から海が垣間見えた。澄んだ青空とそっくりな紺碧の海は波が穏やかだ。かつて留学していた時に見た荒々しく波打つ海とは全く性格を異にする姿にレイドは目を丸くする。場所が変われば、海がこうも優しい顔を見せるものなのか。

 

レイドの目線に釣られてか、あるいは元より知っていたのか。旅装に身を包み、これからのバカンスに浮かれている降車した人々も海を目にして嬉し気にはしゃぎだす。彼らの陽気に当てられてしまったのか、研究設備への憧憬によって焦りが先立ち、ささくれ立っていたレイドの心持ちも少しばかり角が取れる。穏やかで美しい海と陽気な人々に囲まれ、レイドが思わず浮かべた微笑が周りの人々の目を惹きつけるが、レイド当人は気付いた様子もなくパステルカラーが眩しい煉瓦造りの駅舎から去っていった。

 

 二週間ほど滞在しロ・ムーに愛着を抱きつつあったレイドだが大学へと向かう道中、誰しもが明るく行き交う程ほど活気ある人気と見るだけで目を楽しませるカラフルな歴史ある家屋群、白で統一された美しい舗装路、洒落た数々のカフェに噴水などを見せつけられると移住したくなってきてしまった。こちらの方が余程、余生を送るには優雅に暮らせそうだった。

 

 午前中に早々と仕事をこなし今日のレイドはフリーだった。大学を目指しつつ、ふと喉の渇きを覚えカフェでコーヒーを嗜んだりおまけに貰ったアイスクリームに舌鼓を打ったりおまけに貰った炭酸ジュースでお腹がいっぱいになりかけたりおまけに貰った野菜でまさかの荷物が生まれたり荷物にへばっているレイドを女学生が取り囲んできて荷物を持ってもらったり大人だと言っても信じてもらえず頭を頻繁に撫でられたり抱きしめられたり運んでもらったりしているとようやく大学の学び舎が見えて来る。

 

 道中で無駄に疲れ、肩で息をしながらレイドは網に包まれた野菜片手に大学構内へと足を踏み入れる。高等魔術学校に入ってから背が伸びる以前と同じような扱いを受け、せっかく背が伸びて大人扱いされるようになったというのにまた逆戻りだとレイドは小さくため息を吐いた。

 

 女学生たちは講義で行ってしまったが、しっかり図書館の場所は尋ねている。身分証があれば何冊か借りることも叶うだろう。後は、あわよくば研究設備を目に収め……出来たら触るくらいは……或いは、何かの奇跡で手伝いを申しつけられて実力を見出されて自由に触れるような立場に……あまりにも自らに有利な夢想にレイドは悲しくなり、もう一度ため息を吐いた。

 

 

 

「おや?」

 

 何処か懐かしい大学の雰囲気を味わいつつ、レイドはふらふらとあちこちを巡りながら図書館を目指していると思いもしない男の姿が目に入った。

 

 ソレス・ヴェルリ。レイドの大学時代の同期で、禁術を奇抜な方法で平和利用する術を提唱して総スカンを喰らった人物だ。確か、死者蘇生術と魂と肉体の交換術を組み合わせた永久の命の生成を目指していたのだったか。目標が目標故に研究室ではとんでもない危険人物扱いされていた奴だが、レイドが話しかけてみればそう悪い奴でもなかったのを覚えていた。ただ、ちょっとばかし思想が危険でおかしいのを除けばだが。

 

 噂では秘密の研究所に引き抜かれただの、軍の最強兵士生成計画にマッドサイエンティスト枠としてかかわってるだの言われているがレイドは彼が資産家の令嬢に入れ込まれて半ば強引に結婚させられたのを知っていた。

 

 そうか、この大学の名前に聞き覚えがあると思ったがソレスの新しい姓であるヴェルリの名を冠した私立大学だったからか。そう納得したレイドはソレスを目で追い続ける。

 

 最早自分そのものとして話しかけることなど叶わないが、それでも旧友が近くを歩いているとなるとどうにも落ち着かなかった。レイドはどうすることも出来ないというのに、ソレスの後を追いかけてしまっていた。

 

 初めはこそこそと身を隠して追いかけようなどと考えたが、小さくなった体躯ではとてもソレスの歩調についていけなかった。荒くなっていく息が漏れるのを両手で抑え、必死に押し殺しながら早足でついていく羽目になってしまった。

 

 大学有数の変人を追いかける見目麗しい小さな美少女の図は、意図せずして周囲の目を惹く事となった。

 

「君、僕に何か用かね」

 

 当然の如くソレスに気取られるも、レイドは努めて自然な調子を保って目を背けて見せた。イケるか? 流石に無理か? レイドは意外とイケるのではと期待をこめつつ他人の振りをする。

 

「それで誤魔化したつもりか、お馬鹿さん」

 

 おや、ソレスにしては口調が柔らかいとレイドは目を丸くする。さしもの彼もはた目には十二歳程度の見た目をした美少女に大人と同じような毒舌を向けはしないようだった。

 

 しかしカツカツと近付いてきて上から目線で狐のように細い目で睨みつけられると、さてはてどうしたものかとレイドは困ってしまった。何も考えず衝動に任せて追いかけた結果がこれだ。やはり感情とは厄介な代物だ。

 

「その癖、変わらないなレイド」

「なっ!?」

 

 どうすればこの肉体のレイドを看破できるというのか。自身の名を呟いたソレスを前にレイドは驚愕で体が硬直してしまった。

 

「思案の時にこめかみへ手を当てようとして、結局触れなかったろう? 君が良く見せた動作だよ。姿かたちは変われども、指揮中枢である魂の指揮の癖までは変わりようがない。足の運び方、望まない状況に相対しての誤魔化し方、元の君の特徴をしっかり捉えていた。現在の肉体に最適化しようと行動様式の変遷は見受けられたがね。それに……精神作用魔法の大家であり、僕が唯一友人と認めた君がむざむざ大昔の遺物如きに殺されるとは思えなかったのだよ」

 

 してやったりといった顔つきのソレスへ一矢報いたくなったレイドはすぐさま口を開いた。

 

「これもまた運命哉、私は偶然にここを訪れたのだがね。君がいて、そしてよもや正体が露呈してしまうとは……そうだ、私の正体を知ると殺されかねないから君は正体を暴くべきではなかったんだよ、ソレス」

「はあ……レイドよ、どうせその肉体が魔王のものだからといった理由なのだろう? それがどうしたというのだね。君の才能を失うよりは、そしてただ一人の友を失い会えなくなるよりは些事だと言えるね」

 

 はったりを噛まして主導権を握ろうとしていたレイドは、ソレスが感傷の念を表に見せていることに衝撃を受ける。皮肉屋でほとんど感情を見せなかった大学時代の彼を知るレイドは、ここまではっきりと感情を見せられ驚きで何も言えなくなり、口をパクパクと動かすばかりとなってしまった。

 

「ついて来たまえ、何か目的があってここへ来たのだろう?」

 

 ローブを颯爽と翻し真っ直ぐ歩き始めるソレス。慌てて追いかけようと我に帰ったレイドはもつれそうになる足をどうにか動かしその背を追いかける。

 

「待ってくれ。もう少しゆっくり歩いてくれないか、追いつけない」

「ふふ、いいだろう」

 

 せめてもと出したレイドの要望は、レイド自身の予想とは裏腹に叶えられた。その際、ソレスが一瞬振り返って見せた優し気な表情もまたレイドを驚かせる。この男、こんな顔も出来たのか……。

 

二人はゆっくりとした歩調で大学構内を歩いていき、やがて研究室の一角に到着する。広々とした研究室の片隅に設けられた部屋で、事務仕事や論文の執筆活動に使われているようだった。事務机が中央に設えられ、左右には本棚が並び、事務机の前には四人掛けのソファが置かれている。昼下がりの強烈な太陽光が事務机の背後にある窓から差し込み、薄いカーテンを貫くことで柔らかな光に減衰されて室内を照らしだす。

 

「ま、コーヒーくらいは入れてあげよう」

「すまないな」

 

 来客用……というより、普段は睡眠を取るために使われているであろう毛布が隅に畳まれたソファにレイドは小さな身をちょこんと収め、隣の給湯室からマグカップを持ってきたソレスから受け取った。

 

「それで? 随分と愛らしい見た目になったものだね」

 

 事務机越しにソレスは机に肘をついて両手を組みながらこちらを興味深げに見つめて来る。

 

「そういうな。これでも王都を破壊した魔王の肉体だぞ?」

「ふふ、だが君が中身なら間違いは起こるまい?」

「当然だ」

「なら、いいだろう」

 

 ソレスならば、無用に秘密を明かすような真似はしない。もう既に正体はばれたのだ。レイドは正直にこれまでの経緯を明かした。

 

「魂と肉体の交換術を使ったと聞いたが、あれを実地で使うとは流石と言ったところだね」

 

 本来、魂と肉体の交換術は巨大な魔法陣を形成してかつ長い時間をかけてゆっくりと二者間の魂を交換する術式だ。だが魔王相手に悠長な真似はしていられない。レイドは削れる工程を出来るだけ削り、実践で使用可能なアレンジをその場で施した。それは一種の賭けではあったのだが、発動自体にミスが起きるとは微塵もレイドは考えなかった。

 

「だが、適合係数を無視した交換だ。お察しの通り、私の寿命は長くはない」

「……そうか」

「順当に見て、一年。長くとも二年が精々だと結論付けている」

「それで、君はその寿命の問題を解決しようとここに来たのかい? なら、おあつらえ向きの設備が整っているよ。何せ私は学長の娘婿だからね、最新の設備を導入してもらえた」

 

 マグカップを持ったままソレスは鷹揚に両手を広げて見せ、かつてよく見せた皮肉気な笑みをレイドに披露する。

 

「そういう、訳じゃないんだ」

 

レイドは陰鬱な表情を隠すことなく、無機質に自らが生きてはいられないと話す。この身に宿った魔力が国家の危険を招くのだ、と。自らが認めた才能が諦めていることに、何より数少ない友人が死を受容していることにソレスは眉を顰める。

 

「それがどうしたというのだ?」

「国防上、被害者感情の二つから見て私の生存は望ましくない、という訳だ」

「馬鹿らしい! 君の才能をそんなことで捨て去るのかい? あり得ないね! 君は生きるべきだ!」

「そう、言ってくれるのは嬉しいがね。この変化はそう簡単にどうこう出来るやわな代物ではないよ」

 

 レイド程の天才が簡単にあきらめることにソレスは我慢ならなかった。生涯生きてきて同等の才能を持つものなどいないと周囲を半ば見下していた自分の長い鼻をへし折ったライバルであり、ようやく持てた友人が死ぬなど許されない暴挙だと怒りを覚えた。

 

「……だったら、どうしてここに来たんだ? 何かを期待していてここに来たんだろう!?」

 

 激高し立ち上がったソレスはつかつかとこちらに歩み寄り、レイドの華奢で細い肩を掴みぎりぎりと手の力を強める。

 

「何を躊躇っている!? お前には守るものがあるんじゃないのか! ルチアや家族に恩師、友人たちを悲しませたまま果てる気だというのか? 孤独で寂しいのだろう? 死が怖いのだろう? こういう時くらい本音を曝け出したまえ! 寂しい時に寂しいと言えないと、本当に魔王になってしまうぞ!」

 

 皮肉屋で、ほとんど取り乱したことのなかったソレスがここまで感情を露わにしている。これまでにない……いや、無理やり婚約が決められたことを知らせにきた時以来久しぶりに見たソレスの切羽詰まった表情にレイドは心が揺さぶられる。

 

 そうだとしても、魔王の犯した数々の暴虐を見たレイド自身がこの体へ憎しみを抱いていた。自分の肉体を失う羽目になった運命を背負わせた憎悪を日々ぶつけていた。さっさと死んでしまえと鏡を見る度に頭の片隅をよぎっていた。レイドはこの体を受け入れてはいなかった。

 

 だから、真っ直ぐに向けられるソレスの純粋な感情からレイドは目をそらしてしまった。口をつぐみ、床へ目線を降ろしてしまった。

 

「帰りたまえ、レイド」

 

 ソレスはレイドの肩から手を離し、背を向ける。体を震わせながら、底冷えのする冷たい声で出口を指さし退出を求める。

 

「すまないな、ソレス」

 

 レイドは謝罪を残しながら、素直に立ち上がり出口へと向かう。どのような形であれ、旧友と話せたことにレイドは満足した。これで心残りが一つ減った。

 

「翻意した時、僕は協力を惜しまないよ」

 

 出口の戸を閉じようとした時、聞き逃しかねない小さな声がレイドの耳に届いた。ぶっきらぼうだが、レイドを想いやった言葉にレイドの胸の奥が温かくなっていく。

 

「……考えておく」

「是非、考えを翻したまえ」

 

 レイドは背後のソレスへ振り返ることなく手を振って別れた。遅れて肩が痛むことに気が付いたが、その痛みをレイドは悪いものと思えなかった。

 

 

 

 ソレスに出会った帰り、レイドは何処か浮かれ調子で帰路に着いていた。クーリュリア陛下には悪いが、ソレスなら秘密を漏らすようなこともあるまい。かつての自身を知る者と隠し事なく話が出来た内心の喜びが、歩調を弾んだものにさせた。

 

 二週間も経ち、ロ・ムーの町に顔見知りも増えて来た。挨拶を交わしたり、何でもないような雑談をこなしつつゆっくりと歩いているとローリーの姿が目に入る。

 

「やあ、帰りかい」

「そーよー。あー! 疲れたー!」

 

 足をふら付かせたかと思うと、ローリーはレイドの背後にわざわざ回り込んできて腕を回し抱き付いて来る。

 

「んっふっふー、今日もリイナは良い匂いですなあ」

「やめてくれ、恥ずかしい」

 

 スンスンと頭髪に鼻を埋めてローリーが揶揄ってくる。レイドの方が年上だというのに、あまりに小さな体躯のせいで子供のように扱われてしまう。最初の頃は遠慮があったのに、仲が深まった代償にローリーはやたら身体的スキンシップを図るようになってしまった。

 

「そんなこと言うなよー、リィイナァー……今日もマスターのトコ行こうぜー」

「そうだな、どうせ私たちは共に料理も出来ないしな」

「ちょっとー、リイナと違って簡単な料理くらいは私作れるわ。一緒にすなー」

 

 長い事実家暮らしだったレイドに家事スキルなどあるはずもなく、専ら外食で食事を済ませていた。家庭料理の暖かみに恋しさを覚えるが、マスターの料理の腕は確かでこれはこれでと自分自身を納得させていた。

 

「マスター。今日も来たわよー」

 

 扉に付いた鈴の音を鳴らしながら店内に入ると、夕刻とあってそれなりに席は埋まっていた。二週間近く通っていればほぼ知り合いのようなもので、周りの酔っ払いたちとも気楽に会話を弾ませながらレイドとローリーの二人はいつも座っているカウンター席に腰を落ち着けた。

 

「すまないね。いつものスープを頂けるかな」

 

 マスターの料理はどれも美味しいが、レイドは素朴ながら暖かみのあるジャガイモのスープを好んで食していた。マスター曰く、ジャガイモでなくソーセージの方が主役だと言うがレイドは肉のうま味を吸ったジャガイモの方を主役と見なしていた。そう主張し続けていたおかげか、レイドの注文するスープは気持ち多めにジャガイモが入っている。マスター、大好きだとレイドは顔をにやけさせる。愛くるしい見た目で見せる満面の笑みは周囲の空気を何処かほんわかとしたものへと変えているのに本人は気付いていなかった。

 

「構わないとも。先にワインでも飲むかい?」

「飲む飲むー!」

 

 レイドよりもよほど子供らしいローリーの無邪気な物言いに、レイドはマスターと顔を見合わせクスリと微笑む。

 

「はーい、リイナ。乾杯よ!」

「はいはい、乾杯」

 

 陽気にグラスを持つローリーは乾杯を済ませると早々にグラスの中身を飲み干してしまう。これは、今日も帰りに自分が介抱する羽目になるのだろうかとレイドは訝しむ。もうレイドは慣れてきてどうとも思わなくなりつつあるが、レイドの家の方が近いのでローリーはよく家に泊まりこんで来る。段々と私物も増えてきてこのままだと同棲生活になりそうで、レイドは冷や冷やしていた。あまり関係を深めるべきではないと思っていても、孤独でいるのは恐ろしくてレイドはローリーの人懐っこさを邪険にできなかった。

 

 トロワ王国の夏は日が沈むのが遅い。まだ明るいからいいだろうとぐだぐだと過ごしていると、いつの間にか夜の九時を過ぎてしまっていた。それでもいまだ空は薄暗くも日は沈んでいなかった。これで冬は四時前には真っ暗になるのだからバランスというものを考えて欲しいものだと酔いの回った頭でぼんやりとレイドは文句を脳内に浮かべる。

 

「うえあー……んへー……。リイナはかあいいねえ。うえっへっへっへぇ!」

「はいはい、ありがとうローリー」

 

 すっかり出来上がったローリーはえへえへと笑いながらレイドを抱きしめてすりすりと頬を寄せて来る。妙齢の女性であるローリーは可愛らしく、衣服越しにも柔らかな感触がふにょりと感じられる。だが今のレイドは女で、もはや同性なのだ。慌てる要素などなかった。そう脳内で呟きながらも体は嘘を吐けない。慌てるレイドの様がおかしくて、そして一縷の希望を脳の片隅に浮かべながらローリーはますます体を密着させていくのだった。

 

 何時間も席を埋めるばかりでお金を落さないのもマスターに悪い。レイドはここで明日の朝食も買い込み、そろそろお暇することにした。

 

「自分の家まで帰れるかい?」

「えー、無理だよー! 泊めてってー!」

「しょうがないな」

 

 案の定こうなったとため息を吐いて見せる。だが、レイドも一人寂しく夜を迎えるよりはローリーが居てくれた方が嬉しかった。喜んでいるのを気取られると調子に乗りそうだから教える気はないが。

 

「んー! リイナ優しいー! 好きだぞー!」

「こらこら、夜なんだからあんまり大声を出すな」

「はーい、リイナのゆーとーりにしまーす……」

 

 頭をふらつかせるローリーの手を取りながら、レイドは今の新しい家まで帰ってきた。防衛術式がレイドの帰宅を認識して薄らと緑色に輝く。町を覆う結界がある手前、控えめにしてはいるが警報くらいにはなるとレイドは自制していたが実のところ王都の大豪邸でも見られない厳戒な魔術的防衛機構が備え付けられていた。

 

 べたべたとしてくるローリーの邪魔を捌きながらレイドはどうにかポケットから鍵を取り出して扉を開け、室内へ入った。指を鳴らし魔力灯が灯ると一気に室内が明るく照らされる。暗がりを歩いていたレイドは少しほっとした気分になった。

 

「酔い覚めに何か飲むかい」

「んー、水で!」

「はいはい、ちょっと待っててくれ」

 

 リビングのソファに倒れ込んで気持ちよさそうに身を横にしたローリーを置いてレイドはキッチンにある魔力駆動式の冷蔵庫から水を取り出しピッチャーからコップに中身を移し替える。

 

「ほら、どうぞ」

「ありがとー、リイナーずっと私のお世話してくれー」

「はは、それは困るな」

 

 ローリーの他愛のない言葉にレイドはずきりと心を痛ませる。だがそれを見せる訳にはいかないのだ。内心を押し隠すためにレイドは背を向けて軽く返答を残した。

 

 

 




ソレス君、短時間で正体見破るなんて洞察力がすごいなあ(小並感)
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