怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 9ー

・7月11日 8:03 鹿児島県鹿児島市千日町 天文館サンシャインホテル

 

 

真っ暗な廊下の先に、ぼうっと灯りが見えた。

 

成城の自宅だった。玄関からまっすぐ通じるリビングまではしかし、不自然なほど暗い。

 

なぜか、自身は実働用の第三種制服を着用していた。このまま自宅へ戻ることはありえない。

 

どうして、自分はこんなことをしているのだろう。

 

檜山はとりあえず靴を脱ぐと、漆黒の廊下を進んだ。スリッパまで黒かった。

 

リビングに入ると、誰かがソファに座っていた。同じく、第三種制服だった。

 

「屋代、屋代なのか?」

 

そんなハズはなかった。だが呼びかけて振り向いたのは、たしかに屋代だった。

 

「課長、お元気そうで」

 

屋代は青白い顔をして、笑いかけた。

 

「屋代・・・すまなかった」

 

檜山は腰を90°に折り、首を垂れた。

 

「なんで、あやまるんですか?どのことに対する謝罪ですか?」

 

屋代は立ち上がり、頭を下げたままの檜山に上からしゃべりかけた。

 

「課長、いや檜山さん。あんたはオレのこと、なんもわかってなかった。あんたは悲劇のヒーローを気取ってるのかもしれないが、オレからすればね、部下のひとりも守れない無能な上司だ。いや、あんたが守れなったのは、オレだけじゃないけどね」

 

屋代の息が後頭部にかかる。生暖かったが、同時に冬の北風のように凍てついていた。おかしな感覚だった。

 

「おかえり」

 

懐かしい声がした。檜山は頭を上げると、キッチンから妻の美佐枝が顔を覗かせた

「美佐枝・・・」

 

「なんで帰ってきたって訊きたそうな顔ね。なんでだと思う?」

 

美佐枝は口元に笑みを浮かべた。白い歯がのぞいた。こういうとき、妻の内心は表情と正反対だった。

 

「ズルいよ、パパ」

 

思わず全身を振り向かせた。屋代の向かいに、娘の真希と真子が座っていた。

 

「ズルいってか卑怯だよね」

 

「嘘までついてあたしたちと離れて、それで何が残ったの?」

 

娘が二人で責めてくる。いつも優しい娘たちだったが、時折二人がかりで自身を追求してくることはあった。

 

だがそれは、うっかり頼まれてたデザートを買い忘れたり、授業参観に間に合わなかったときに双子ならではの連携で問い詰めてくる程度のものだった。今回の娘たちの表情、声色はいままで檜山が見たこともない、冷酷なものだった。

 

「自分だけ残って良かったじゃない。あなた、自分が傷つくのが一番イヤなんだものね。そのために、あたしたちにどんな苦労強いても知らんぷり。わかってるの?真希と真子、もうすぐ高校卒業するんだよ?」

 

美佐枝がキッチンから出てきた。

 

「一番大事なときに父親らしいことできてない。檜山さん、あんた見損ないました」

 

意地悪く、屋代が笑った。

 

「ねえパパ、何か言うことないの?本当のことだから何も言えないの?」

 

娘二人が、檜山を覗くように下から視線を差してくる。

 

「ち、違う。そんなことでは・・・」

 

だが四人は、疑いと蔑みの目を一斉に向けた。あまりの迫力に、檜山は言葉を失った。

 

「ま、仕事まで奪われることはなかったんだ。そこは感謝してほしい」

 

いつの間にか、リビングに佐間野が座って、ワインを傾けていた。

 

「そこまで奪ってしまったら、お前こそみずから命を絶ってしまいかねなかったからな」

 

檜山以外の全員が声を上げて笑った。檜山は視界がぐるぐる回り出した。いっそこのまま、地獄の底まで引きずり込んでくれ・・・!

 

 

 

 

 

 

次に目を開けると、クリーム色の壁紙だった。強烈な日差しがカーテン越しに差してきて、檜山は目を背けた。

 

奈落のような夢は、鳴り続ける電話によって醒まされた。部屋の電話が鳴っていたのだ。

 

「はい?」

 

寝起きを悟られぬよう、努めて声を張った。

 

「おはようございます、檜山調査官」

 

今回のあかつき号沈没事故に際し、調査官付として鹿児島海上保安部から付いてきた三島だった。

 

「おはよう。どうした、9時に迎えのはずだが?」

 

ひどく寝汗をかいていたようだ。檜山はタオルで首筋を拭った。

 

「鹿児島日赤病院に搬送されたあかつき号の生存者が意識を取り戻しました」

 

一気に悪夢の残滓と眠気が消し飛んだ。

 

「わかった。15分で下に降りる。救難隊への聞き取りは、管区本部の調査官に振ってくれ」

 

短く指示して電話を切ると、檜山はシャワーを浴びるべく浴室に入った。

 

 

 

 

 

40分後、三島の運転する車で、檜山は鹿児島日赤病院に到着した。

 

海上保安大学校時代に身につけた3分で全身を洗う技を駆使し、15分どころか9分で支度を済ませたのは良いが、朝から気温が高く、しきりに汗を拭う。

 

三島は気を使ってエアコンを強くしてくれたが、この汗は暑さのためだけではなさそうだった。

 

檜山は三島の案内で総合案内から入院対応へ向かい、自身の身分を明かして生存者への面会を求めた。だが病院の事務員は、なんとも言えない微妙な表情をするばかりだ。

 

「恐れ入りますが、少々お待ちくださいますか」

 

そう断り、病棟へ電話をかけ始めた。

 

個人情報保護法が施行されて以来、入院患者への見舞い、面会はややこしくなったが、檜山はれっきとした海上保安調査官だ。事故の聞き取り調査という正当な事由がある。意識こそ戻ったものの病状に難があるのかもしれない。

 

ちょうど隣では、髪の長い紺色のスーツを着た女性を筆頭に、やはり受付と問答している一団がいた。この暑さだというのに、お互いピッチリとスーツを着なくてはいけない。因果な商売である。

 

「あのう、誠にもうしわけありません。主治医の先生が出勤したので、先生のご意見をうかがいます。それからのお返事となりますが・・・」

受付の女性は遠慮がちに、檜山とスーツの一団に目配せをした。どうやら、目的は同じらしかった。

 

体調が思わしくないのなら仕方がない。檜山は主治医の判断を待つことにした。隣の女性も同様に、部下と思われる男女と何やら話し、書類の束をめくっている。

 

「あの、もしかして伊藤まさみさん、ちひろさんに面会の方ですか?」

 

一団のリーダー格と思われる女性が声をかけてきた。

 

「ええ。失礼だが、関係者ですか?」

 

檜山が訊くと、女性は名刺を差し出した。

 

「KGI損害保険の緑川と申します。今回のあかつき号沈没事故において、弊社の船舶保険をご利用いただいている上、救助された伊藤様お二人の旅行傷害保険も、弊社の商品でしたので」

 

檜山は名刺を受け取り、感心した。女性なのに、と言っては失礼だが、海損部部長とは、かなり役職が上だ。通常なら現場まで出てこないはずだが、今回のような重大インシデントの場合、部門の責任者が直接出向いてもおかしくはなかった。

 

「なるほど。事故の物証も証言も得られない状況では、生存者の証言に頼りことになりますからね。僕は運輸安全委員会調査官の、檜山です」

 

檜山は身分証明書を提示した。

 

「僕も、今回の事故調査において、あまりにも調査材料が少なくて難儀していたところです。ぜひ、お二人にお話をうかがいたいと思いまして」

 

「・・・でしたら、調査にご一緒させていただけません?差し支えなければ」

 

そう微笑む緑川の背後で、部下と思われる男性が「部長!」と窘めた。

 

「良いじゃない、お互いの利害一致してるんだし。それに、何度も事情を訊かれる方は負担も大きいんだから」

 

KGI損保といえば、日本でも1,2を争う規模の損害保険会社だ。にもかかわらず、良い意味でフランクな会社だと聞いている。この女性部長も様子を見る限り、合理的でさっぱりしている。

 

「かまいません。一緒に」

 

檜山が頷くと、緑川は一礼した。あとは面会の許可が下りるかどうかだ。

 

朝から診察を待つ人々の頭上には、大型のテレビが備え付けられている。昨夜、富山県一帯で発生した異変のニュース一辺倒であった。

 

富山県全域に沿岸から10キロ内陸まで避難指示が発令される中、夜が明ける午前5時を以て、自衛隊の普通科部隊と富山県警、及び隣県からの応援による小型の怪獣駆除が実行された。駆除作戦は順調に進んでいるらしい。

 

だが今朝になり、県内での死者が3千名を上回ることが必至と判明し、北陸地方では避難の指示や勧告が及んでいない地域まで自主避難する人や車両で混乱が起きていた。無論、過剰ともいえるこの反応は、昨年発生した一連の怪獣災害によるところが大きい。日本に植え付けられたトラウマは計り知れない上、いつまたどこに、ゴジラや黄金の怪獣が出現するかわかったものではない。

 

「えーっと、緑川様、檜山様」

 

受付から声がかかった。

 

「主治医の先生から許可が下りました。T病棟の154号室へどうぞお進みください」

 

 

 

 

 

 

案内のあった病棟へ向かうと、白衣姿の医師が待っていた。松田と名乗り、すぐに病室へは向かわず談話スペースへ通された。

 

「お待たせして大変もうしわけない。それで、話を聞きたいのは山々でしょうが、どうしても私から説明しなくてはならない事情があります」

 

松田の眼鏡の奥の柔和そうな瞳には、疲労と困惑が見て取れた。

 

「もしかして、予後が思わしくないのでしょうか。それなら、また改めてうかがいますけど」

 

緑川が言うと、「いえいえ、違うんです」と手を大げさに振った。

 

「奇跡的に怪我も擦り傷程度で、意識を取り戻した後も血圧、バイタルともに異状は見られません。ただ・・・」

 

そこで松田は言い淀んだ。

 

「ただ、何ですか?」

 

檜山が身を乗り出した。

 

「意識障害というか・・・はっきりしないのですが、言語機能に問題がある上、空間認知能力に著しい障害が見られるのです」

 

そう言われても、檜山も緑川も何が何やら、さっぱりわからなかった。

 

「まるで、急に言葉の通じない外国に放り込まれたような感じで、こちらが申したことにも反応せず、どうして良いかわからない、といった様子なのです。私は外科医ですから、院内の精神科医や臨床心理士にも意見を求めましたが、こんな症状はごく稀だということで、はっきりとした診断ができかねていたところなのです。そのような状態でも、彼女たちに話をしてみる、とおっしゃるなら・・・」

 

檜山は考えあぐねた。事故による混乱なのだろうか。そうならば、あまり無理を強いるのは良くないかもしれない。

 

そう口にしようとしたとき、「かまいません。ぜひ、お話をさせてください」と緑川が言った。

 

「やれることはやりましょう」

 

反論しかけた檜山に、緑川ははっきりした口調で言った。

 

「それに、事故後に何らかの障害が残る場合、保険金支払い判断に大いに影響がありますから」

 

極めて現実的な理由もあったのか。檜山は立ち上がり、後に続いた。

 

「・・・ちょっと?誰か何か言った?」

 

緑川が訊いてきた。「いえ、何も・・・」と、部下たちは戸惑った。

 

「どうかしましたか?」

 

檜山が訊くと、不思議そうに「誰かに話しかけられたような気がしたんだけど・・・空耳だったみたいです。ごめんなさい」と緑川は苦笑いした。だがそんな緑川に向き直った松田は、真剣そのものな顔をしていた。

 

「ちょっと待ってください。何か聴こえたのですね?」

 

「ええ?ええ」

 

緑川は怪訝な顔をした。松田の勢いに、やや引き気味に身を逸らせた。

 

「・・・実は、患者が目を醒ましてから、院内で何か聞こえた、誰かが喋りかけてきたという看護師や研修医が何人かいるんです。どのように、聞こえましたか?」

 

「さあ・・・ただ、たしかに人の声だったように思うんですけど」

 

困惑しきりの緑川。檜山は薄気味悪さを覚えつつ、とにかく病室へ、と一行を促した。

 

病室では、2台のベッドに伊藤まさみ、ちひろがそれぞれ横たわっていた。目は開いており、こちらをパチクリと見てくる。

 

双子とは聞いていたが、紛うことなき双子だった。顔はもちろん、表情も仕草もウリふたつであった。

 

大勢が部屋に入ってきたことで、二人は身を起こした。明らかに警戒するような、怯えた表情をしている。

 

「気分はどうですか?」

 

松田が笑顔で訊いても、二人で顔を見合わせるばかり。まるで極度に人見知りの幼児のようだった。だが彼女たちは幼児などではない。大学一年生、立派な大人だ。

 

「初めまして」

 

今度は緑川が歩み寄り、頭を下げた。同じ女性だからなのか、松田ほど身を引かず、戸惑うような顔をしてきた。

 

「この度はご災難でした。大変でしたね」

 

緑川は顔を上げると、申し訳なさそうな、悲痛そうな顔で言った。この手の挨拶は相当慣れているのだろう。事務的な感じがせず、同情と誠意が伝わってくる。

 

緑川には幾分心を許したのか、身体を背けることはしなくなった。ここは、緑川を通じて話を聞いた方が良いのかもしれない。檜山は一歩下がった。

 

「あの、ご気分はどうですか?」

 

さらに訊いたが、やはり反応はない。答えられない、しゃべることができないというより、本当に何を言われているのか、どうしているのかわからないようだった。

 

ふいに緑川の表情に変化があった。「まただ」とだけつぶやいた。

 

驚くべきことに、随行の看護師の1人も「あなたもですか」と訊いてきた。

 

檜山はもちろん、松田も緑川の部下たちも、何も聞こえないしわからない。

 

「伊藤さん・・・まさみさん、ちひろさん、あなたたちは何か聴こえましたか?」

 

緑川は膝を折り、二人に目線を合わせた。相変わらず答えはないが、じっと緑川の目を見てくる。あまりに強い視線に、緑川は目を逸らしたくなった。

 

「お名前で呼びかけても反応がないなんて・・・」

 

緑川は檜山に振り返った。ちょうどそのとき、別な医師がやってきて、松田に何か耳打ちをした。

 

松田は二人に近寄ると、自分の顔を指さした。

 

「マツダ。僕は、マツダ」

 

すると指を動かし、緑川を指した。

 

「ミドリカワ」

 

そうしてさらに指を移動させ、檜山を指す。

 

「ヒヤマ」

 

そのまま、伊藤まさみに指を向けた。

 

「・・・ミラ」

 

初めて言葉を発した。松田は若干怪訝な顔をしつつも、今度はちひろに指を向けた。

 

「・・・リラ」

 

全員が互いに顔を見合わせた。

 

「・・・ミラに、リラ?」

 

松田が指さして訊くと、二人とも頷いた。

 

「おかしい。記憶障害にしては妙だ」

 

精神科医だろうか、後ろで見守っていた男がつぶやいた。

 

今度は看護師が紙にニッコリと笑顔マークを描いてみせた。そのまま紙とペンをミラと答えたまさみに渡す。

 

二人は戸惑いつつも、何かを描いた。恐る恐る差し出す紙を、緑川は「ありがとう」と笑顔で受け取った。

 

とても大学生が描いたとは思えない、ひどく前衛的な絵だった。それも、何を現しているのかさっぱりわからない。

 

「外的あるいは精神的ショックのあまり、脳の機能が退化、または不全となる場合があるが、いずれにせよ心理的診察と治療をする必要があるな」

 

医師たちが打ち合わせを始める中、檜山は黙って絵を見続けていた。

 

「看護師さん、カラーペンを持ってきてくれませんか」

 

ふいに檜山は言った。

 

「どうかしたんですか、その絵?」

 

緑川が訊いた。

 

「いや、まさかとは思うが」

 

看護師がペンを用意すると、檜山はぐにゃぐにゃの線で描かれた絵の一部分を青く塗って、二人に見せた。

 

明らかに反応が違った。仕草こそなかったが、訴えかけたかった部分を突いたのだろう、檜山は自身のスマホを出し、グーグルマップを起動させた。

 

「絵はわかりづらかったが、世界地図に似ていたんだ。特にユーラシア大陸の海岸線が特徴的だったので、ピンときた」

 

そう言って、緑川は色がついた絵を見た。

 

「言われてみれば。でも、これ、日本がないし、南極がせり出てません?」

 

「そう。実はこの大陸分布、数十万年前の地形に似てるんだ」

 

興奮気味に言うと、檜山はグーグルマップを二人に見せた。世界全土が見える状態にしたところ、リラと自称するちひろがイギリス沖、北海を指さした。ミラと自称するまさみは、千島列島北部、カムチャッカ半島沖合を指さした。

 

「・・・ここが、どうしたの?」

 

緑川が訊いたが、二人はじっと目をみつめてくるばかりだ。

 

「おい、ここは・・・」

 

わきから檜山が口を開いた。

 

「今日、メタンハイドレート抽出実験が行われる場所じゃないか」

 

檜山は二人に視線を合わせた。それぞれを指さしたまま、彼女たちは険しい顔を作った。

 

そうしてペンを持ち、おぼつかない手つきで紙に何かを描いた。それぞれが緑川に紙を渡した。

 

「・・・これは?」

 

檜山が覗き込んだ。とても大学生とは思えない稚拙な絵だった。幼稚園児でも、もう少し上手く描くだろう。

 

「・・・犬?に、これ・・・蝶?蛾?こんな黒い・・・」

 

誰に見せても、それ以上の感想を得られなかった。

 

 

 

 

 

 

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