怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

13 / 83
ーChapter 11ー

・7月11日 9:57 東京都新宿区神楽坂6丁目

 

 

なんだかんだ、会社を出たのがギリギリになってしまった。

 

群馬県取材の成果を今朝8時までかかって仕上げ、仮眠と簡単な朝食を取ると、秋元は茗荷谷の編集部を出て、拓殖大前を通って神楽坂を下った。

 

戦前から変わらぬ路地の中、築50年は経過している木造の民家がある。ここが、三上の自宅だった。

 

「酒が飲める〜酒が飲める〜酒が飲め〜るぞ〜」

 

秋元は機嫌良く歌いながら、三上邸に辿り着いた。快晴の都内は、今日も皮膚を刺すような日差しが降り注ぎ、汗がどんどん吹き出す。

 

チャイムを鳴らすと、「どうぞ」と中から声がした。

 

「おはようございます。先生、秋元です」

 

声を掛けると、甚兵衛姿の男性が引き戸を引いた。

 

「さ、どうぞどうぞ」

 

ニンマリ笑うと秋元を居間へ通し、三上は茶碗を2つ、用意した。

 

「先生、お線香上げさせてください」

 

秋元はそう断ると、仏壇の線香2本に火をつけ、両手を合わせた。肩までの髪をわけて、にこやかに微笑む女性が仏壇の飾られている。

 

三上は神楽坂一帯に多く不動産を持つ地主であり、邸宅こそ質素で古いが土地の賃料だけでかなりの収入があり、それを財源に趣味であった考古学、民俗学の研究に没頭する毎日を送っている。

 

数年前に日本アルプスに棲息するとされる雪男の取材を通じて知り合って以来、三上夫妻は秋元を実の娘のように接してくれた。

 

だが昨年、三上が北海道のコロポックル伝承の取材に1人で出掛けた際、カマキラス騒動が発生、留守番をしていた妻の芳江は運悪く、新宿で買い物中犠牲になってしまったのだ。

 

居間に座ると、三上は一升瓶を取り出し、早速秋元の茶碗に注いできた。

 

「先日、福島の会津を訪れてね。南会津の銘酒、国権を思わず買ってきたんだ」

 

そう言いながら自分の茶碗にも日本酒を注ぐと、2人は茶碗を重ねた。喉元に熱いものが流れ去り、一気に身体中の血液が騒ぎ出した。

 

「今日も徹夜かね?」

 

「わかります?ちょっと、群馬県のダイダラボッチ伝説に熱が上がっちゃって」

 

三上は嬉しそうに頷くと、駆け付け3杯、即座に日本酒を注いできた。

 

「地域伝承家の、本間篤次郎先生が提唱してる話だね。榛名山に住むダイダラボッチは2体いて、兄弟で土地を守っていると」

 

「そうなんです。兄のダイダラボッチは榛名の山に、弟は榛名湖に住み、土地に危機あれば姿を現して怪力で皆を助ける、と」

 

うんうんと頷き、三上はさらに秋元の茶碗に注いだ。

 

「私は、榛名と赤城に分家した説を採ってるんだがね」

 

「先生、あまりお話をうかがうと、また群馬へ行かなきゃ行けなくなります」

 

2人は笑い、秋元は御返杯、とばかりに三上の茶碗になみなみと日本酒を注いだ。

 

「そうそう、先月の奄美大島の記事、すごく良くできていたよ。個人的にも、妻のことを書いてくれて嬉しかった」

 

「ありがとうございます!」

 

先月、三上からの情報を受け、奄美大島にある不思議な岩の取材に訪れた。

 

南国の深い森の中、落花生のような形をする巨大な岩があり、かつて遭難した営林署の職員がその岩影で休んでいたら傷が癒えた、とか、ハブ取り名人がしくじってハブに咬まれてしまった際、岩に咬まれた部分を当てていたら不思議と痛みが消え、後日病院へ向かったら毒が抜けていた等、地元でも『癒しの岩』として有名な場所だ。

 

三上自身、噂を聞いて妻の芳江と訪れたところ、芳江の持病だった神経痛が治ったというのだ。

 

秋元自身、特に持病もなく訪れたが、岩に近づくと不思議と心が安らぐのを感じた。三上は「まるで揺り籠の中の赤ん坊になった気分」と喩えていたが、その通りだった。

 

しばし思い出話をしたところで、「先生、酔わないうちに今日の取材に関して、教えてください」と、秋元は切り出した。

 

「おう、そうだったね」

 

7杯目をあおったところで、三上は書斎からやや黄ばんだ書物を出してきた。

 

「遠野物語は、秋元君も聞いたことがあるだろう」

 

「岩手県に伝わる民話、伝承ですよね」

 

「そう。河童伝説から、珍妙な婿殿の話、雪女になった母親と再会する働き者の息子など、レパートリーにこと欠かない。その中で、岩手県北部に語り継がれている、山の神伝説に関して詳しく聞いてみようと、花園学園大のサークルが話を持ってきてね」

 

さらに茶碗をあおると、三上は黄ばんだ書物を秋元に渡した。

 

だが、おそらく何十年も前に書かれたとおぼしき書物は岩手言葉で書かれており、秋元には到底解読不能だった。

 

「先生、ちょっとこれは・・・・」

 

「ハッハッハッ、酔ってなくてもわからんだろうね。どれ、私が話をしてあげよう」

 

明るく笑うと、三上は咳払いをして喉の調子を整えた。三上は民俗学者として研究、講義を行う一方、日本全国の昔話の語り部として、幼稚園や児童館を訪ねては語り聞かせる活動を行なっている。

 

難解な表現で書かれた古文も、三上の語り口で聴くとすんなり頭に入ってくる。

 

「では・・・むがす、あっだずもな・・・」

 

枕詞のみ、実際の岩手言葉で喋り出すと、三上は滔々と語り出した。

 

 

“今の岩手県八幡平市辺りに、民衆想いの殿様が治める国があった。

 

その国では老若男女、皆働き者で、皆兄弟親子のように仲良く暮らしていた。

 

だがある日、余所の国が攻め入ってきた。元々争いを好まぬその国はアッと言う間にせめたてられ、殿様は殺され、新たに殿様が入ってきた。

 

新しい殿様は横暴で乱暴者だった。逆らうものは容赦なく首を刎ね、年貢である米や野菜の取り立ても厳しかった。

 

男衆は一揆を起こして殿様を倒そうとするも、兵法に長けた殿様の兵隊たちには敵わず、謀反人として老人たちを皆殺してしまい、残った若い者はさらに過酷な労働に駆り出された。

 

寒く雪が降る季節が去る頃には、ほとんどの男衆は身体を壊し病に倒れてしまい、殿様は年端もいかぬ男児たちを新たな働き手としてこき使い出した。

 

ある時、新しく城を建てるために、殿様は山を切り崩せと命じた。男児ばかりでは足りず、病に伏す男衆や女たちもけしかけた。

 

ところが山を崩したところ、大きな山の神が眠っているのが見つかった。

 

山の神には矢も刀も歯が立たず、とうとう殿様は山ほどの稲藁を集めさせると、城を造るのに邪魔になるとうそぶき、山の神を焼いてしまおうとした。

 

必死に反対する国の祈祷師たちを殺してしまい、殿様は兵に命じて稲藁で山の神を覆ってしまうと、火を放った。

 

ボウボウと燃える中、山の神は目を覚ました。

 

燃える姿を見て酒盛りをしていた兵たちを踏み潰すと、様子を見ていた殿様に襲いかかった。

 

兵たちは矢を雨のように放つが、山の神にはまったく刺さらない。男衆が何人でかかってもかなわなかった兵たちは山の神に蹴散らされ、殿様は頑丈な城の中に逃げていってしまった。

 

ところが山の神は城も崩してしまい、逃げ回る殿様を見つけると、丸太のような爪で突き殺してしまった。

 

山の神はそれでも怒りが収まらなかった。女子供しかいない村を壊しても、大事な田や畑を荒らしても、暴れ続けた。

 

そんな中、村の若い娘が山の神に参った。

 

山の神様、どうか、私を食ってください。食ってお怒りが収まるなら、どうか食ってください。もう、私のばあちゃんたちもおっかさんたちも、妹たちも踏み潰さんでください。

 

娘の祈りが通じたのか、山の神は娘を食うと、怒りが鎮まったように大人しくなり、山へと帰っていった。

 

それから残った国の者たちは、一生懸命になって国を興しながら、山の神と娘を奉り、絶やすことなく祈祷を捧げたそうな・・・・・”

 

 

「どんど晴れ」

 

聴き入っていた秋元は、ふうっと大きく息を吐いた。

 

「山の神、ですか。どんな姿をしていたのでしょう?」

 

「はっきりとはわからないが、花園学園大のサークルが調査したところによれば、鬼のような姿だったとか、獅子のようだった、とか、様々な形で伝わっているそうだ」

 

「もしかして、今で云うところの、怪獣だったのでは?」

 

「だとすれば、非常に面白いね。この物語に限らず、日本各地には怪獣と表現して良いような生き物の伝承が存在している。ゴジラやアンギラス、ガイガンが現れるずっとずっと前から、この国には怪獣が存在していたのかもしれないね」

 

三上は口を潤そうと、日本酒をぐいっとあおった。

 

「今回は、その山の神伝説の掘り起こしですね」

 

「そう。現地の民話作家や、伝承家から話を聴いてみるつもりだ。気になるのは、いま見せたその書物。江戸時代から伝わる話を太平洋戦争中に書き起こしたものらしいんだがね、そのときの語り部いわく、江戸時代前、先祖代々語り継がれてきた内容だそうだ」

 

「ですよね。統治者が殿様なのに、藩じゃなくて国、という表現が気になってました」

 

「うむ。もしかしたら、江戸時代よりはるか以前、それこそ鎌倉や平安、いや奈良時代から伝わっていたのかもしれん。攻め入って来た殿様というのは、奥州藤原氏を討ち滅ぼした源氏方かもしれないね。あるいは、蝦夷平定に訪れた大和朝廷の坂上田村麻呂かもしれない。実際にあった出来事にいろんな話が肉付けされていった結果かもしれないのが、昔話の面白いところだよね」

 

酒の力もあるのか、三上は饒舌になってきた。いずれも想像でしかないのだが、こういうときの三上のはるか昔をまなざすような輝く瞳が、秋元は好きだった。

 

「そうそう。花園学園大のサークルリーダーが、今朝になって新たな説を見つけたとメールしてきたのだよ。この山の神伝説の裏付けとなるような信仰が、岩手県の北上郡に伝わっているそうだ」

 

そう言うと三上は、 iPhoneを手繰ってみせた。

 

「これは・・・・?」

 

メールに添付された画像には、険しいような、滑稽なような表情の像が写っていた。この像が鳥居の手前、まるで狛犬のように鎮座しているのだ。

 

「北上山地深くの集落にある神社だそうだがね、この地域に伝わる山の神を祀った祠のようなんだ。婆羅蛇魏さま、あるいは、婆羅蛇魏山神という名で崇められているらしい」

 

「バラダギ、さま・・・・」

 

秋元はつぶやいた。少し回ってきた酔いが醒めるような、神秘性を感じる名前だった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。