怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 13ー

・7月11日 13:03 東京都千代田区永田町二丁目 

ザ・キャピタルホテル東急 日本料理「萬壽」

 

 

エレベーターを降りると、護衛のSPと望月が先に降り、瀬戸を促した。

 

すっかり憔悴しきった瀬戸は大きく息をつくと、上品に仕付けられた廊下を進んだ。

 

本来なら、12時から品川のホテルで中華料理をつつきながら、大橋経団連会長と会食の予定だったが、急遽キャンセルとなった。

 

通常、総理大臣といえど経団連会長との会合を土壇場でキャンセルするなどということはありえない。

 

だが昨夜発生した富山県における小型怪獣襲撃事件もあり、それを理由に頭を下げたところ大橋会長から苦言を呈されることはなかった。

 

実際は、大橋会長以上の大物と会食することが決まったからである。しかも、翌日の新聞に掲載される首相動静にも記載がされない、まったくお忍びの会食だ。

 

とはいえ富山の件もあるため、できることなら、瀬戸も国会と予算委員会以外は官邸に詰めていたいところだった。

 

今回は会食を誘った相手と、瀬戸、望月の三名のみ。他の閣僚は誰も同席することはない。瀬戸は離れの個室へ向かう間、固唾を呑んだ。

 

「失礼します。総理が参りました」

 

望月が障子越しに声をかけると、すべてを心得た体格の良い男が障子を開けた。

 

大澤蔵三郎、100歳を前にしてなお国家中枢の陰に鎮座する、総理大臣以上の権力者・・・巷の雑誌などでは、そう紹介されることも多い。

 

緊張した面持ちの瀬戸と望月に「よく来た。入りなさい」と大澤は声をかける。

 

すぐ食事ができるよう、焼物、揚物、煮物以外の料理は既に配膳されていた。

 

「料理をすべて出すように」

 

大澤の付き人が仲居にドスの利いた声で指示し、障子を閉めた。

 

「お誘いくださり、ありがとうございます」

 

瀬戸は恭しく頭を下げると、望月もそれに倣う。たしかに、瀬戸は日本国家の最高権力者である内閣総理大臣だ。だが何がしかの事情で総理大臣の座を降りた場合、最高権力者は他人に移る。瀬戸が前にしているこの老人は、総理大臣の椅子取りゲームを司ることができる、次元の違う権力者だった。

 

「富山の対応、ご苦労だね」

 

朗らかな声だったが、瀬戸は返事をせず頭を垂れた。まさか、対応をめぐり苦言でも呈してくるのだろうか。

 

瀬戸に限らず、歴代の総理大臣経験者も、この老人を前にしては誰もが自身の進退を念頭に置きながら対峙したことだろう。

 

「今日の昼前には、鎮圧できたときいたが?」

 

箸で香の物をつまみながら、大澤は訊いてきた。

 

「は。県警、及び自衛隊による合同駆除部隊によって、鎮圧は完了しております。幸い、銃弾を使用せずとも駆除できた例も多く、本日夕刻とした満了時間前に終了できました。ただ、駆除に当たった自衛隊員や警官にも少なからず犠牲が出た上、犠牲者が6千名を上回る事態となったのは、痛恨の極みです」

 

瀬戸は目を閉じ、顔を垂れる。大澤は瀬戸と望月に食事をするよう手で促すと、運ばれてきた天麩羅をつまんだ。

 

「その小型怪獣、人間の体液を吸い尽くしてしまうそうだな。おぞましい限りだ」

 

天麩羅はかなり上質で、衣を噛むたびに音がする。

 

「一説によると、ゴジラに何らかの影響を受けた生物だと聞くが?」

 

「目下、自衛隊と文科省にて調査中でございます」

 

望月が答えた。彼も緊張はしているようだが、瀬戸は望月に対しどこか胆の据わりを感じた。

 

「ふむ。あのゴジラが活動を開始したのかもしれぬか・・・」

 

天麩羅を楽しむのを止め、大澤は口を結んだ。

 

「さておいて、今日、君たちを呼び立てたのには理由があっての。本題はこれからなのだが・・・」

 

再び、大澤は箸を動かした。最高級のマグロの刺身を咀嚼する。その間、瀬戸はとても食事どころではなかった。いったいどんな内容の話題なのか、気が気でならなかった。

 

「米国を安心させる手立てはできたかね?」

 

ゆっくりとマグロを味わった大澤は、たっぷりと間を使って口を開いた。

 

「残念ながら・・・メタンハイドレート抽出技術が日米外に流出した事実は動かしようがない上、事故が起きたカムチャッカ沖はともかく、北海における抽出実験は順調とのことです。そのうえ、デリンジャー大使との会談を狙ったかの如き中国原潜による領海侵犯に、ホワイトハウスは深く失望している様子です」

 

口にするのも忌々しかった。瀬戸は自身の言葉で汚れた口の中を洗い流すように、緑茶を含んだ。

 

大澤はじっと瀬戸を見据えた。食事を楽しんでした好々爺然とした振る舞いは消え失せていた。

 

「瀬戸くん、君も重々承知しておろう。この国で総理の座を長く守る秘訣。それは秀逸な政策を実行することでも国民の篤き支持を得ることでもない。ホワイトハウスに気に入られるか否か、であるということだ」

 

いよいよきたか、瀬戸は唇をきつく閉じ、覚悟を決めた。

 

「良いかね、こういうときのため、手札は何枚も隠し持っておくことだ」

 

大澤は言うと、付き人から何かを受け取り、瀬戸に見せた。透明なアクリルケースの中に、透き通るように青く、極限まで研磨したような丸い石がある。

 

「これは・・・?」

 

宝石のようだが、トルコ石ともアメジストとも違う。翡翠、はたまた琥珀のようでもあるが、こんな青い色をしていただろうか。

 

「宝石や装飾の類ではないよ。いやいや、無論、ウランなど危険物でもない。このままではな。良いかね、この青い石こそ、我が国の生殺与奪を握る存在なのだよ」

 

そう言われても、瀬戸は何とも答えようがなかった。

 

「これは、ある宗教団体が標榜していることだったのだが、太古の昔、黄金の神が空より舞い降りた後、地の神と激しく争ったそうだ。そうして、黄金の神の傷から落ちてきたものが、見惚れるように美しい青い石だった。誰が唱えたかわからぬ、あるいは金を吸い寄せるために教祖が作り出した三文にもならぬ筋書きにしか思えぬのだったが・・・」

 

今度は、付き人から複数枚の写真を渡された。どこかの浜辺、あるいは瓦礫の中に、いくつか転がっている青い石の様子だった。

 

「・・・まさか、ここは」

 

顔を上げた瀬戸に、「左様」と答える大澤。

 

「いまで云う、浜名湾だ。昨年、ゴジラと黄金の怪獣が激しく争ったかの地で、この青い石が至る所で発見された。数こそ多くはなかったが、先の宗教に伝わる伝承が気になり、ちと集めてみようとしての」

 

今度は、数枚の新聞の切り抜きだった。

 

【国粋主義組織“真国の政”“水明会”被災した浜松市・湖西市にて炊き出し】

 

【民族団体“倭国隆盛団”災害支援NPO法人設立。旧浜名湖畔に】

 

国内の有力な右翼団体が、静岡県西部に続々と集まり災害復興支援に携わっている、という情報は、昨年来警察庁より報告を受けていた。この老人は、自身の手先を使って宝石拾いをさせたのだろうか。

 

「この石、こうして存在しているのみでは、せいぜい珍しい宝石だ。だが・・・先に話したはずだが、矢野教授による研究で、例の黄金の怪獣の肉片が燃え上がった件だ。矢野くんによれば、細胞組織さえ劣化しない限り、怪獣の肉片はとてつもなく頑丈で傷がつくことはないが、劣化によって細胞組織を構成していたメタンなどの可燃物が放出された結果、バーナーであぶったところ燃え上がったのだそうだが・・・」

 

次に、黄金の怪獣のものらしき金色の皮膚片の写真を見せられた。

 

「あの黄金の怪獣、メタンや水素などが極限まで凝縮された体組織で構成されているらしいのだ。そして、この青い石だが・・・地球の大気に触れるとこのような個体となるが、黄金の怪獣の体内においては、血液のような役割を果たしていると考えられる。機関車に例えよう。メタン、水素が石炭だとして、この青い石・・・未知なる元素なのだが・・・これこそが、石炭を燃料として機関車を動かす炎なのだ、ということまで、矢野くんは解明していた。すなわち、あの怪獣の恐るべき能力、口から電撃のような熱線を吐き散らし、向かう先を灰燼と化してしまうエネルギーを生み出す源なのだ」

 

瀬戸は完全に箸が止まった。元より食欲はあまり沸いていなかったが、最初の報告とはまた違う内容に全神経が集中していた。

 

「最初の話と違う、という顔をしているね。そう、メタンを凝縮させる作用を持つ未知の元素は、あくまでこの研究過程に発見された副産物だ。この青い石の科学作用こそ、偶然とはいえ矢野くんが発見した成果なのだよ」

 

しばし、沈黙が訪れた。よその席からかすかに聞こえる談笑の声、そしてほのかなBGM以外、耳に入ってこなかった。

 

「あとは、この青い石を如何に作用させれば、あのような膨大なエネルギーを産み出せるのか。そこまで解明できれば、我が国は世界一のエネルギー大国となるばかりか、メ―サー兵器製造による軍事大国化も夢物語ではなくなる。だがこの研究を察知したのは、必ずしも我が国の利益に期する者たちばかりでもなかった。そこで、わしは矢野くんの行方をくらませるべく、しばらく着岸のしない豪華客船を隠れ蓑にして、いずれ追手を撒いてしまう算段を取ったのだったが・・・」

 

「しかし大澤先生、そのために追手は教授が乗り込んだ船もろとも葬ってしまったとは考え難いのですが・・・」

 

「左様。この際明言するが、中国による矢野教授拉致計画が存在したことはたしかなようだが、あかつき号の沈没は他に原因があったと考える方が自然だ。沈没の原因に関しては、わしにもわからんがな」

 

大澤は椀物に口をつけると、「食事を進めよう。あまり時間はないはずだ」と瀬戸と望月を気遣った。

 

「瀬戸くん、気を悪くしないでもらいたい。この事実を隠して、メタン抽出技術のみを政権に広めたのは、敵を欺く前にまず、という理由からだ」

 

「いえ、深く理解しました」

 

瀬戸は頭を下げた。そして瞬時に勘付いた。いま、大澤は『自分にだけ』気を悪くするなとしゃべった。隣の望月に目を向けると、望月はその視線で察したようで、目を閉じるとゆっくりと頷いた。

 

「瀬戸くん、君は宰相として良くやっているが、いま少し周囲にも気を配ることをしてもバチは当たるまいて」

 

カッカッカッ、と大澤は笑った。

 

「安心したまえ、望月くんは良い女房だ。一歩下がり、主人を出し抜くようなことはしないのを、きみ自身よく理解していると思うがね。それに、いまは政権交代よりもやるべきことが山ほどある。」

 

「総理、もうしわけはございません」

 

望月は目を開けると、軽く頭を下げた。だが目は鋭い光を湛えていた。望月という男、総理大臣の最側近として申し分はないが、いつ、寝首を掻かれてもおかしくはないこともたしかだ。

 

「君には話しておく。政権には時を見計らって話すことだ。わしが採取した青い石はすべて、京葉工業地帯にある難波重工の本社研究所に保管されている。矢野くんの論文を元に、お国の役に立てるべく研究が進められているところだ。そして青い石に関する矢野くんの論文だが、信頼できる民間人に預けられている。その人物は追手に追及されることのないように、わしの息がかかったある国へ逃れることになっている。問題は、メタンハイドレート抽出に失敗したことで、中国の一部勢力が、既に強硬な手を講じてきたとの情報が入ったことだ。矢野くんの生存は望めぬだろうが、彼周辺の人間に危害が及ぶことも充分に考えられる。無論表沙汰になることはないだろうが、幾人かの国民の生命が奪われてしまうことも、覚悟してくれたまえ」

 

瀬戸は無念そうに眼を閉じた。大澤がこう言うとなれば、既に手遅れな対象が存在するのだろう。

 

「止むを得ません」

 

言うと、瀬戸は緑茶を一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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