・7月11日 15:37 山梨県南都留郡鳴沢村大坂道
調査会社『斉田リサーチ』社長の斉田公吉は、富士山麓北側の高原道路を富士山方面へと車を走らせていた。
かつての同期であり、KGI損害保険の緑川から電話があったのは、今朝10時過ぎ。ちょうど依頼を受けた、江東区にある商店街のドブさらいを終えたときだった。
『昨晩沈没したあかつき号の生存者である双子の学生を調査してほしい。至急よろしく』
そんな内容だった。相変わらず緑川は無茶で忙しない依頼ばかりだが、同期のよしみもある上、KGI損保のような大手保険会社からの依頼は断ることはできない。そうでなければ、調査会社とは名ばかり、ひたすら炎天下の中公園の清掃やドブさらい、お祭りの手伝いなど、便利屋の如き仕事しか舞い込んでこないのだ。
依頼着手後、早速双子が通っていた城南大学へ向かい、友人たちへの聴き込みを行った結果、双子揃って最近勢力を拡張させている新興宗教団体“黄金の救い”に顔を出していることが判明した。
一昨日依頼を受けて手伝った、農産物マルシェを主催する目黒区の婦人会長が黄金の救いの信者であり、彼女を通じて教団への調査を申し込むことができた。そのため、こうして山梨県の富士山麓にある教団総本部へと向かっているのだ。
かつては広大なゴルフ場を擁するリゾートホテルだった教団総本部に到着した。イスラム教のモスクを思わせるタマネギ型のドームの頂点に、巨大な青い球が据え付けられている。あの青い球が、エネルギーを集める役割を果たしていると聞いたことがある。
白を基調に、金色の刺繍が施されたローブを着た教団関係者の誘導に従い、車を停車させる。
降りるなり、威圧感漂う体格の良い信者3名に囲まれた。
「あ、あの、目黒の梨元さんから紹介をされた斉田ですが・・・」
話が通じているのだろう、強面の男は頷くと、斉田を中へ案内した。広大なホールを抜け、学校の講堂を思わせる部屋には、青い球を祀った祭壇がある。100名は超えると思われる信者たちが、なにやら祈りの言葉を唱えている様は、圧倒的な迫力と不気味さを醸し出していた。
「こりゃあホント、カルト宗教だよ」
思わず口にしてしまい、強面の案内役に鋭い視線を向けられてしまった。
ホテル現役時代には小会議室だったと思わせる部屋に案内された。鼻腔がくすぐられるような、不思議な御香が焚かれ、斉田は緊張感が薄らいだ。
とはいえ、世間ではカルト宗教と揶揄される教団である。安心しつつも、意識ははっきり保っておく必要がある。斉田は両頬を叩き、深呼吸した。
「ようこそ、黄金の救いへ」
部屋に入ってきた男を見て、斉田は思わず立ち上がった。最近テレビや雑誌にもよく出てくる、黄金の救い教祖、三蔵院永光だった。黒に金の刺繍が施されたローブは、他の信者と一線を画す迫力があり、白髪の割合が多い髪をオールバックにしている。
教団の広報、あるいは総務の者が対応するだろうと考えていただけに、斉田は虚を突かれた。
「お座りなさい。目黒の梨元婦人から話は聞きました。伊藤まさみ、ちひろさん姉妹のことだそうで?」
眼鏡の奥から、鋭い眼光を向けて来る。
「は、はい」
「あかつき号沈没事故は本当にお気の毒だった。だが2人が生存者として救助されたのは黄金の神の思し召し。黄金の救いあれ」
三蔵院は目を瞑ると、二本指を額に当てる独特の祈りを切った。
「それで・・・・・伊藤姉妹の学友に聞いたところ、よくこちらの教団総本部、あるいは東京の祈祷本部に顔を出していたそうですね。彼女たちは、それほど熱心な信者だったのですか?」
斉田が訊くと、三蔵院は目を開けた。じっと斉田を凝視するその視線は、斉田を射るかのようだった。
「それを聞いて、どうなさる?」
「どうって、それは・・・」
「斉田さん、とおっしゃったかな。あなたはあかつき号沈没事故に関する調査をしていて、なぜ我が教団へ?当教団はあかつき号には何も関わっていない。まずそこは、はっきりさせておきたい」
三蔵院は声色強く言った。かねてから、カルトだ危険思想集団だと叩かれていることに、少なからずナーバスになっている部分があるのだろう。
「三蔵院教祖、本来これは調査対象のプライバシーに関わることなんですが」
斉田は意を決して言った。
「実は、2人とも意識は回復しましたが、深刻な記憶障害を患ってしまってるんです。2人から沈没の様子など、詳しい話を聞くことができない。一緒だったご両親は不幸にも発見されていないし、親族も少ない。そのため、手がかりとなるものにはとにかく当たってみる方向で進んでいるんです。大学での生活は話を聞けたので、今度は2人とも興味を持っていたこちらの教団について調べておきたいんです」
「なるほど・・・まあ、良いでしょう。彼女たちはここ1カ月、我が教団に入信、というより勉強をしによく訪れていたのです。ギドラについて」
「ギドラ・・・」
斉田は思わずつぶやいた。この教団が本尊、あるいは神と位置付ける、昨年東海地方を襲った黄金の三つ首竜。幾度と聞いた単語ではあったが、やはり教祖の口から聴くとなんとも言えぬ迫力を感じる。
「我が教団は、本部の頂上にあるような青い球を神聖な存在としてます。彼女たちはその青い球を持って現れたのです。いわく、去年壊滅した浜松で採取したそうで。我々は神聖なる球を持ち込んだ彼女たちを歓迎し、教団の原典である黄金の書を見せました」
三蔵院は懐から、ハガキサイズの分厚い書物を取り出した。
「本来入信者以外には明かさないのだが、あなたも情報を開示してくれたのだし、他ならぬ伊藤姉妹に関わるならば特別に赦しましょう」
三蔵院から受け取った書物は、アラビア語にも似た言語に日本語訳のルビが振られていた。中身は理解できないが、どことなく聖書を思わせる文体だ。
「この文字は・・・?」
「古代ヘブライ語。1947年、いまのパレスチナにある洞窟で発見された文書のひとつに混じっていたものだ。聖書とも関わりがなく、当時のキリスト、ユダヤ教研究者の目に止まらなかったものらしく、テルアビブの図書館にある民話コーナーに置かれていた。当時キリスト教の神父をしていた私は、古代キリスト教研究に没頭していてね、他の神父なら適当に読み飛ばすような古代文書にも熱心に目を通した。そうして、この文書に出会った」
三蔵院の説明を聴きながら、斉田は文書を読み飛ばすような速さでめくっていたが、どことなく物語めいた構成になっていることはわかった。
「小説、というか、日記、みたいですねえ」
「諸説あるが、私はこれは記録書だと解釈している。すなわちかつて、旧い時代、ギドラは地球にやってきていたのだ」
話も文書も半可だったが、文言の中に『ギドラ』という単語が現れたことに、斉田はギョッとした。
「驚いたようだね。そう、ギドラとは私たちが勝手に付けた名前ではない。その文書に記されていたことなのだ」
あるいは信者獲得の為捏造したものでは、そう邪推したくなった。そしてさらに、破壊の限りを尽くしたギドラは地球の守り神と戦った上、傷を負った箇所から青い球をいくつもこぼしたと記載がある。
「どうかね、私たちの教義は、少なくともその黄金の書を基にしているということがわかってもらえただろうね」
それはそうだが、かといってこの話を純粋に信じてしまうこともできない。荒唐無稽もいいところだった。
「そんなバカな、と言いたそうな顔だね」
ズバリ言い当てられ、斉田は大きく手を横に振った。
「だが我々は信じています。いずれこの世は、ギドラによって滅ぼされる。そのとき滅びを嘆くことしかしないのか、滅びを受け容れ、より高次元の意識を以ってそのときを迎えるのか、私は後者を取った。そうして、昨年本当にギドラが現れたことで、この教えを広めるべく活動を始めたのだ」
三蔵院の御高説はわかるが、滅びの前には欲など無用と、入信者からお布施として財産を巻き上げる辺りはどうなのかと問い質したかった。
教団を出た斉田は、運転しながら緑川への報告を脳内にまとめていた。
伊藤姉妹が黄金の救いを懇意にしていたのは、教団が神聖視する青い球を持っていて、その青い球が何なのか、教団の教義から探り当てようとしていたのだろう。
すると伊藤姉妹はその青い球をどうやって入手したのか。浜松で採取したというが、ゴジラの発した放射能の影響により、立ち入りが制限されている浜松でそんなことが可能なのか。
ひとまず東京へ戻り、もう一度姉妹の交友関係を調査してみることにした。斉田はラジオをつけると、河口湖を仰ぎながらアクセルを踏み込んだ。
『この時間はCFM“紀美子の時間”パーソナリティの吉住紀美子です。ここでCFMニュースです。今日午後、山梨県鳴沢村の山林で「男性が倒れている」と通報があり、警察と消防が駆けつけたところ、男性の死亡が確認されました。所持品などから、男性は東京都在住の文筆業、稲村友紀さん33歳であると判明、遺体に暴行を受けたような跡があることから、警察では稲村さんの周辺でトラブルがなかったか、捜査を進めています。続いて、中国吉林省、長白山で、古代の昆虫と思われる化石が発見されました。化石は直径が10メートル近くに及ぶ大きさで、吉林省の学術部によれば現在判明している昆虫に該当するものがなく、さらなる調査が必要ということです。ねー、先日はロシアで氷漬けのマンモスが発見されるし、古代からのメッセージでしょうかねー。時刻は間もなく、午後4時50分でーす』