怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 21ー

 

 

鹿児島市東半分、そして桜島をはさんだ対岸の垂水市全域は壊滅状態となっていた。プリニー式噴火と呼ばれる、凄まじいエネルギーが火口から一気に放出されたのだ。

 

18:47、大爆発を起こした桜島から発生した、高濃度の火山ガスと大質量の火山灰を含んだ摂氏927℃の火砕流は、時速140キロという猛烈な速度で桜島360度四方に放射状に広がり、途上に存在する建物や山林、田畑を焼き尽くした。

 

とりわけ桜島東部へ流れた火砕流は膨大だった。火砕流発生後わずか5分の間に、桜島東部から大正の大噴火で陸続きとなった垂水市が飲み込まれ、噴煙と火山灰に覆われた灰色の世界と化してしまった。市街地を囲むように広がる森林は一気にオレンジ色の炎を噴き上げ、黒く染まった市街地を不気味に照らしていた。

 

対岸の鹿児島市も被害は甚大だった。

 

もうもうと膨れ上がる火砕流は鹿児島市湾岸部をアッという間に嘗め尽くし、内陸まで達した。県庁所在地ということもあって建造物が多いことと、垂水市と違って比較的火砕流が小規模だったこともあり、錦江湾から内陸へ150メートルほどで火砕流の勢いは削がれたが、このうちJR鹿児島駅付近から、市内を南北に走る鹿児島市電の東側一帯は高熱の火山灰に埋め尽くされた。

 

噴火発生後、市民は通常の噴火とは様子が異なる状況を理解し、慌てて走り出す頃には噴煙が地を這い出した。ビルも家屋も、車両も人も、ごく短い時間で噴煙に呑み込まれてしまった。

 

また、鹿児島市側は溶岩が噴き出した火口から飛んでくる火山弾の被害が顕著だった。

 

摂氏1000℃を上回る溶岩の塊が、バレーボール大から4トントラック大のものまで無数に飛んできたため、辛うじて火砕流を免れた地域もあちらこちらで火災が生じた。

 

大混乱に陥った鹿児島市内に、容赦なく火山灰が降り注いだ。豪雪のごとく一気に40センチ積もり、重みに耐えきれず電線ははち切れてしまい、道路に積もった灰は市民の避難を大いに妨げることとなった。要請を受けた救急車や消防車両、パトカーも走ることができず、救援の見込みがないまま火山ガスによる窒息、熱傷で亡くなる市民はかなりの数に上った。

 

加えて19時過ぎから夕立が降り始めた。豪雨は火山灰と混ざってぬかるみ、移動しようともがく車両や市民の足にからみついた。ドロドロの火山灰は数歩で避難しようとする市民を困憊させ、水道や排水溝に流れ込んだ。

 

これにより、市内は電気・ガス・水道すべてのライフラインが使用困難となった。漆黒と灰色に染め上げられた鹿児島市内において、無事な人々は為すすべなく建物内に逃れ、復旧の見込みのない停電の中、時折聞こえる爆発音と地響きに震えるしかなかった。

 

建物内へ逃れることが適わず、熱傷と火山灰によって目と肺が傷つけられた人々は、目を覆ったまま血を吐きながら火山灰のぬかるみに倒れていった。

 

昨年5月の噴火はおろか、1914年、桜島を大隅半島とつなげた大正の大噴火を超える、有史以来最大規模の噴火となった。

 

 

 

 

 

・7月11日 20:07 鹿児島県鹿児島市平川町 鹿児島日赤病院

 

 

「痛ひいぃぃぃ!」

 

「目が、目が痛い!」

 

廊下いっぱいに集められた人々から悲痛な声が上がる中、病院の医師や看護師たちは急ぎ足で院内を駆け回っていた。

 

鹿児島市でも比較的南に位置する日赤病院は、火山弾や噴石、火砕流の被害を免れることができた。

 

それでも、噴火による地震で院内のガラスは砕かれ、停電によって照明も医療機器も機能しなかった。自家発電装置は稼働しているが、治療を優先するため、院内の照明は最小限にしぼられていた。

 

噴火からしばらくして、徒歩で駆け込んだ市民で院内は騒然としていた。最初の頃は車でやってくる患者が多かったが、やがて火山灰でタイヤがスリップし、国道220号線が果てしない渋滞となる頃には、車を捨てて病院を訪ねる人々ばかりとなった。

 

患者の大半は、火山灰を吸い込んだことによる体内損傷、皮膚や気道熱傷、あるいは火山灰が目に入ったことで、角膜や水晶体が傷つけられていた。

 

火山灰は極小のガラス質で構成されており、体内に入った場合は呼吸器や上気道、食道に刺さり、目に入った場合は小さく細かい傷を作ってしまう上、除去は極めて難しい、厄介な物質であった。

 

日赤病院では病院を抜け出した伊藤姉妹の捜索に当たっていたが、桜島噴火後はそれどころではなくなった。担当医科に関わらず、全医師、看護師で殺到する患者の手当てに奔走していた。ベッドはすぐに満床となり、会議室や廊下に患者があふれ返った。

 

雨混じりの火山灰は、割れたガラス窓から容赦なく侵入してくる。医師たちは出来る限り患者を窓から遠ざけ、廊下や外に通じていない部屋へ収容する他なかった。

 

ちょうど展望台を下る際に噴火に遭遇した優里、万里華、玲香の3人は、近くにあったこの日赤病院に駆け込んだ。自分たちが看護師である旨を伝え、次々とやってくる患者の介抱に貢献していた。

 

とはいえ火山灰による怪我をした治療など、看護学校の教科書にほんのわずか触れてあった程度だった。最初は途方に暮れたが、鹿児島では噴火を想定した治療マニュアルが存在する上、地元の医師・看護師ともに知識が豊富であったため、指示通り処置に当たることができた。

 

ふいに地鳴りがして床が揺れ、どよめきや小さな悲鳴が上がった。

 

「まさか、また噴火するんじゃ?」

 

万里華が不安げに外を見て、言った。停電は鹿児島市全域に広がったため、ここからは一切の灯りが途絶えた市内と、真っ黒な錦江湾、そして地獄の蓋が開いたように空を赤く照らす桜島山頂付近が見えるばかりだ。

 

「いや、さっき大きくエネルギーを放出したんだ。少なくとも24時間は同規模の噴火が起こることはあり得ない」

 

そばにいた医師が、万里華の不安に応えた。どうやら地元の人間らしい。

 

「先生、電話かけられもはんか?」

 

噴火の仕組みを説明した医師、ネームプレートに「松田」と書かれた医師に、右手を火傷して優里に包帯を巻かれている老人が訊いた。さきほど優里に、娘夫婦と孫たちとはぐれてしまったと話していた。

 

「そやだめだ。噴火のせいで携帯もつながいない」

 

松田医師は地元の言葉で、老人に言った。言う通り、停電で普通電話は不能となっている上に、携帯電話基地局も破壊されたらしく、誰の携帯電話も圏外と表示されていた。唯一、緊急用の衛星電話が日赤病院にはつながっており、それによる電話は可能だったが、あくまで緊急用であるし、噴火の影響でドクターヘリも飛ばせず消防や警察の救援も期待できない状況では、赤十字本部への報告以外に用途がなかった。

 

再び地響きが起こった。どこかで何かが倒れる音がして、病院の看護師が駆け寄っていく。

 

痛む目をこすろうとする小学生くらいの男児を励まし、洗浄液で眼球をすすがせると、ふいに優里は外を見た。

 

「見て。雨が上がったみたい」

 

どうやら夏の時期特有のにわか雨だったらしく、チラチラと細かい雨粒が落ちる程度になっていた。火山灰混じりの雨がもっとも厄介だと、地元の医師たちは話していた。

 

立て続けに地響きが起こる。目を洗浄した男児が、優里にしがみついてくる。

 

「大丈夫だよー、もうちょっと我慢すれば目も見えてくるからねー」

 

優里は男児を励ましたが、実際のところは応急処置に過ぎず、詳しくは眼科医による診断と治療が必要だ。だがいまこの鹿児島で、この男児と同じような症状の患者がどれほどいるのかを想像すると、優里は暗澹たる気分になった。

 

「ねえ、ちょっと」

 

玲香が声をかけてきた。

 

「山から何か落ちてきてない?」

 

そう言われて、優里は桜島を見やった。流れ出る溶岩は山腹にまで達している。言われてみればたしかに、溶岩に照らされて何かが山を転がっているように見えるが・・・。

 

「何あれ?落石?」

 

万里華も気が付いたようで、顔を向けた。

 

「ちょっと待って、落石にしては変じゃない?」

 

「何か・・・落ちてくるっていうより・・・アレ、自分で動いてない?」

 

優里はじっと、赤く染まる桜島に目を凝らした。雨上がりの風が吹いてきて、顔を背けた。火山灰を含んだ風は危険だ。

 

地響きは断続的に鳴り、やがてシンバルを力いっぱい叩いたような音がした。

 

優里は風が目に当たらぬよう、左手で覆いつつも音が鳴った方を見た。噴煙とも違う煙が上がった。山から出てきた何かが、海に入ったためか、海水が一気に蒸発したようだった。

 

「なに、あれ」

 

思わず優里はつぶやいた。溶岩に覆われた山容以外は漆黒の闇夜なのだが、それでも溶岩の灯りでわずかに見える限りだが、噴気が上がりながら、移動を始めたように見えるのだ。

 

 

 

 

 

・同日 20:21 鹿児島県鹿児島市山下町 鹿児島宝山ホール

 

 

東野は咳き込みながら、大ホールの扉を開けた。

 

日赤病院から戻り、あかつき号の乗客関係者の応対に追われていたとき、大轟音の後、猛烈な暴風と粉塵が建物を包んだ。

 

幸いにもほとんどの関係者は大ホールに詰めており、観音開きの扉を閉めたことで室内まで粉塵は侵入しなかったが、一瞬で照明が落ちてしまい、悲鳴とどよめきが起こった。

 

建物の自家発電装置が稼働したのか、非常灯がついたことである程度の視界は確保できたが、外から聞こえる暴風が収まるまで扉を開けることはできなかった。

 

暴風の音が落ち着き、何かが焦げるような音と臭いがホールを包んだ。意を決して扉を開けると、ホールの職員らしき年配の男性と若い女性が廊下に倒れていた。全身が埃まみれになっており、低い唸り声を上げている。

 

東野は部下と関係者で職員二人を介抱したが、粉塵が呼吸器を侵したらしく、上手くしゃべることができない上、女性の方は目から血が滲んでいる。

 

「いったいどうしたんだ?」

 

「地震か?」

 

ホールでは集まった人々が口々に状況を探ろうとしている。東野は外の様子をうかがうべく、玄関へ向かった。

 

ロビーのガラスはすべて砕かれており、熱気を帯びた灰が一面に広がっていた。紙が焦げる臭いがする。どうやら思った以上に、この灰は高温らしい。

 

どうにか玄関へたどりつくと、灰と闇に染まった市街地の向こうに、真っ赤に染まった桜島が仰げた。革靴から熱が伝わってくる。ここに長居は危険のようだ。

 

東野が踵を返したとき、中華鍋で炒めるような音が聞こえてきた。音と共に煙が上がっているようで、ひときわ目立つ桜島が霞んで見える。

 

「部長、反対側の職員通用口の方は、安全そうです。どこかへ避難した方が・・・」

 

部下の久我が息を切らせてやってきた。

 

「まあ待て。周囲の様子も何もわからん。はっきりするまで、ここで待機した方が・・・」

 

そのとき、再び轟音が耳を叩いた。重たい何かが勢いよく崩れるような音と、内臓を揺らすような、重く耳障りな音だった。

 

何かが崩壊するような音は続けて聞こえる上、振動が足元を揺らす。そしていま一度、あの重たく奇妙な音がする。

 

東野はどこかで、こんな音を聞いた気がした。今年の春先、得意先の接待で北海道へ添乗したとき、クマ牧場で似たような音を聞いた。ヒグマの鳴き声を何倍も大きくしたような・・・少なくとも、声帯を介した音であることは間違いない。

 

ホールに再び粉塵が流れ込んできた。東野と久我は思わず顔を手で覆った。すぐ近くで何かが崩れた。というより、破壊されたようだった。

 

そして灰色の風の向こうに、赤く燃える炎が見えた。地響きは激しくなり、天井から蛍光灯が外れかかってぶら下がる。

 

熱い足湯につかったような足元にかまわず、よろめきながらも東野は玄関を出た。交差点をはさんだ向こう側には、鹿児島東郵便局がある。その郵便局から湯気が上がるのが見えた。

 

刹那、郵便局は熱に耐えきれぬかのように突然発火した。高熱の空気は宝山ホールにも迫ってきた。物が焼ける臭いが鼻にまとわりつき、東野は後ずさった。

 

また、あの声がした。燃え上がる郵便局が弾け飛び、瓦礫が燃えながら飛び散った。自身の数メートル先にコンクリート片が落ちてきても、東野は微動だにしなかった。崩れ去った郵便局はより激しく炎上し、炎に照らされた「それ」と目が合った。

 

紅蓮の炎の中で、尖ったものが黄色く光った。それは「それ」から生えた、角のようだった。角の後ろに、巨大な耳が見える。そして炎に照らされる表皮は負けじと赤く、その中で異様に白と黒の目がギラついているように思えた。

 

紛れもない、怪獣だった。大きく吼えたその怪獣は、四つ足で南の方角へと歩み出した。進みながらビルをなぎ倒し、そして何もかもが燃え上がる。まるで溶岩がそのまま怪獣となり、突き進んでいるかのようだった。

 

 

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