怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 29ー

・7月12日 6;43 鹿児島県沖永良部島沖合 

海上自衛隊第一潜水群第五潜水隊そうりゅう型潜水艦「はくりゅう」

 

 

緊張のため渇く口内を潤すべく唾を飲み込むと、艦長の榎並一等海佐は帽子をかぶり、操舵室に入った。

 

室内に詰めていた隊員たちが一斉に振り向き、敬礼を掲げた。同じようにして返礼すると、艦長代理である新島二佐が寄ってきた。

 

「お休みのところ、もうしわけありません」

 

榎並は右手を挙げて、頭を下げる副官を制した。

 

一昨日、日本の排他的経済水域に侵入した中国海軍の原潜はその後帰港して行ったが、海上自衛隊は引き続き警戒網を緩めることはなかった。

 

中国側の意図は相変わらず不明だが、沈没した豪華客船の遭難海域に出没したことは様々な疑念、議論を巻き起こしていた。

 

そんな中、昨夜鹿児島県の桜島が噴火したことで、中国海軍による威力偵察を目的とした領海侵犯が充分に想定されたことで、はくりゅうを始めとする潜水群は九州南西海域の警戒を厳と為せとする命令を受け、仄暗い深海を航行していた。

 

米軍と連携した探査システムにより、一昨日以降中国の軍港に不穏な動きは確認されていないが、国内で有事発生の際、近隣諸国による威力偵察は往々にして行われるものだ。近年では311震災、はたまた昨年のゴジラ、ガイガン出現による首都圏混乱時において、日本近海ないしは領空付近に中国及びロシアによる偵察が行われている。

 

非常時においても対応できると示すことが、相手国への牽制となりえる。

 

だがさすがに三日目になり、艦内にも引き揚げを要望する空気が漂い始めた。その折に榎並は規律を緩めることはしなかったが、海自上層部内でも出口の見えない警戒に疑問視の声が上がっている上、噴火した桜島を抱える鹿児島への支援を重視すべしとの意見も出始めた。

 

夜明け前、少し仮眠する旨を伝えた榎並は、陽が昇る頃には呉の潜水隊本部に申し入れを行うことを考えていた矢先だった。

 

「はくりゅう」の統合式ソナーに反応あり、本艦より南西方向へ15キロ、沖縄本島へ向けて潜水艦らしき物体が航行中、との報告がもたらされた。

 

「敵方の動向は?」

 

榎並は新島に訊いた。

 

「現在、沖永良部島と徳之島の間を航行中。対象の大きさは約90メートル。潜航深度150メートル、速度11ノットです。微弱ですが、レーダーにも反応があります」

 

榎並は口を結ぶと、右手の甲を押さえた。

 

「状況からして、再度中国艦による侵犯とは考えられません。米軍であれば信号があるはずですが、それとも異なる、というより、信号そのものの発信を認められません」

 

新島は報告しながら、榎並の表情が次第に固くなっていくのを察知した。この慇懃実直な指揮官は、何かお考えのようだ。

 

「目標、転進しました」

 

モニターに神経を集中させていた水測員が声を上げた。

 

「徳之島沖合、南東10キロ地点。北東・・・奄美大島方向へ12ノットで航行を始めました」

 

報告を聴いた榎並は咳ばらいをすると、新島に顔を向けた。

 

「どう考えるか?」

 

「私見ですが」と断りを入れた新島は、歯に衣を着せたような調子でしゃべり出した。

 

「我が方が敵方を察知したということは、当然敵方も同様のはずです。威力偵察であれば、我が国の排他的経済水域から離れていくのが一般的です。翻って、敵方はむしろ領海内深くに侵攻している。これは、我が国と戦闘状態を覚悟の上の行動、あるいは・・・人的思考では説明のつかぬ相手、ではないかと・・・」

 

「それは何であると考えるか?」

 

「・・・怪獣、であると、考えます」

 

榎並の眼光が鋭くなった。

 

「敵方の長さは90メートルと言ったな」

 

「探知の結果、そのように表示されました」

 

榎並はあごに生えた髭をさわった。去年6月、北海道、そして茨城を襲い、深刻な電力障害で機能破綻をきたした首都圏への侵攻が予想された、あの仇敵を連想していた。当時榎並は横須賀基地所属の護衛艦「たちかぜ」の副艦長を務めていた。

 

事実上、東京湾を封鎖する形で行われた水際作戦はしかし、無数のカマキラスが「渡り」を行う過程で発生したジャミングにより、すべての艦艇が機能を喪失。最新鋭の探知能力と攻撃能力を備えた艦隊群は、ただの巨大なイカダになり果てた。

 

そのタイミングを狙ったのかもしれない。「ヤツ」は水中潜航時発する強力な潜航波によって艦隊群を薙ぎ払い、易々と東京に上陸してしまった。

 

有明、豊洲、勝鬨、築地が瓦礫の山に変えられていく光景を、榎並たちは転覆寸前の護衛艦から歯ぎしりしながら眺めているしかなかった。カマキラスが発するジャミングの効力が失われ、艦が安定するころには、汐留、新橋を焼き尽くした後再び湾内へ戻った「ヤツ」が海を赤黒く染めながら湾外へ泳ぎ去っていくのを確認したにとどまった。エンジンが復帰し、スクリュ-が回転するころには、追跡不可能なほど距離が作られていた。

 

あの屈辱的な敗戦のリベンジを、榎並の険しい目はそう物語っていた。

 

「潜水隊司令に報告。徳之島沖に正体不明の航行物体。本艦はこれより追跡を開始する。取り舵一杯、両舷前進第二戦速ヨーソロー!」

 

 

 

 

 

 

・同日 7:02 東京都千代田区永田町 首相官邸5階

 

 

昨日午後から始まった安全保障会議は、昨夜半にそのまま桜島噴火対応に当たる緊急災害対策本部へと移行、瀬戸ら閣僚、そして各省庁の担当職員たちは文字通り一睡もせず、情報収集と対応協議に追われていた。

 

極度の眠気と緊張で苛立ち始める閣僚も少なくなく、さらには早朝にもおかまいなしに、国民行動党を始めとする野党連合からはすっかり中断したままになっている予算委員会、臨時国会開催を催促する声が矢のように放たれた。

 

幹事長ら党執行部に野党対応は任せ、夜が明けたこと、そして桜島の噴火が小康状態となったことを受けて、本格的な救助・支援体制構築のため討議を始めた頃だった。

 

大気中の火山灰が飛行制限レベルを下回ったため、具体的な被災状況把握のため鹿屋にある航空基地から陸上自衛隊隷下のヘリコプター3機が飛び立ち、映像が送られてきた。閣議は一時中止となり、全閣僚は重たい瞼を我慢しつつ、映像に見入った。

 

「これは・・・」

 

望月が最初に声を上げた。

 

「溶岩流にしては、軌跡がおかしい」

 

瀬戸が頷きながら言った。

 

降灰と火砕流で一面灰色に染められた鹿児島市内だったが、鹿児島港から天文館付近まで、著しい建物の倒壊が確認できた上、当該地域からは激しく燃え上がる炎と、墨のような黒煙が立ち昇っているのだ。

 

「総務大臣、もう一度、先ほどの詳細をおっしゃっていただけますか」

 

望月は北島に向き直った。北島は頷くと、半信半疑のまましゃべり出した。

 

「地元消防、各行政区からの報告によれば、大噴火から一時間ほど後、4足歩行の巨大生物が市内を蹂躙。大火災を巻き起こしながら市街地を荒らしまわった末、土砂をかき分けるようにして地中へ潜ったのを見たという市民の証言が複数、寄せられています」

 

「まさしくその証言を裏付ける映像だな」

 

隣の佐間野は腕組みをしたまま、言った。ちょうどヘリの映像は天文館付近を映しており、炎の軌跡の先に、まくり上げられた土砂が散らばる中心に空いた、巨大な穴が確認できた。

 

「市民の証言、そしてヘリからの映像から考えると、噴火による被害の上、出現した怪獣によって市内が破壊され、当の怪獣は地中に潜った、と見るべきでしょうな」

 

想定外の状況に心底うんざりするように、望月は目をつむった。

 

「我が国にも、新たな怪獣が出現したのか。しかも、火山活動によって我々は存在すら察知できなかったとは・・・」

 

瀬戸は額に手を当てた。

 

「総理、厄介なことに、鹿児島に現れた怪獣は地中に逃れました。空や海と違い、自衛隊は地中を探知する術を持ち合わせておりません」

 

なおも悪い情報をもたらすのは気がひけたが、高橋は言った。

 

「なんだ、それじゃどこに顔を出すかわからないということか」

 

良くも悪くも裏表のない柳は、苛立ちを隠さず高橋をなじった。

 

「地中を移動となれば、地震計に反応があるはずです。気象庁との連絡を密に、警戒に当たる外ないと考えます」

 

高橋は気分に左右される柳ではなく、瀬戸と望月、そして管轄省庁である佐間野を見遣った。

 

ちょうど、防衛省の担当者がメモを持ち、高橋に駆け寄った。鹿児島の被災状況で新たな情報が得られたのかと思ったが、内容を確認した高橋は血の気が引く思いがした。

 

「え、まったく別の新たな情報です。九州南西海域を警戒中の潜水艦「はくりゅう」が、徳之島近海に正体不明の航行物体を探知、追跡中とのことです」

 

場の半数が驚嘆の表情となり、柳を筆頭にもう半分はうんざりした様子でため息をついた。

 

「また中国の潜水艦か?こんなときに、まったくもって不愉快だ!」

 

吼える柳に、高橋はジッと視線を向けた。

 

「潜水艦ではない、長さ90メートルの物体、との情報です」

 

キョトンとする柳だったが、勘の良い閣僚は意味を理解し、顔が青くなった。

 

「現在、追跡中のため詳細は爾後。ただしソナー、音紋探知の結果、巨大な生物と思われる。現場では、そう報告を、上げてきております」

 

張り詰めた空気が漂い始めた。巨大な生物、とは言われたが、誰もがあの「怪獣」を連想していた。

 

望月は瀬戸に視線を向けた。瀬戸は緊張のあまりえづきそうになるのを堪えた。

 

「総理、現状では潜水艦群は追跡・調査しか行うことができません。それ以上の行動となれば、総理のご判断をいただく必要がある状況です」

 

望月は促すようにしゃべりかけ、瀬戸はやがて大きく頷いた。

 

「九州南西海中に現れた怪獣と思われる存在に対し、海上警備行動、並びに防衛出動準備命令を発令する。防衛大臣、ただちに必要な部隊・装備を動員し、事態に当たってもらいたい」

 

「承知しました」

 

固唾を呑んだ高橋は頷き、背後の官僚たちと話し始めた。

 

有事法制発動により、閣僚たちは自身の職務範囲において確認・打ち合わせを行う中、佐間野は時計を見遣った。そろそろ、部屋を出るタイミングになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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