・7月12日 7:28 鹿児島県奄美大島 国道58号線
6時前に着岸し、檜山は緑川を伴って下船しようとした。ところが伊藤姉妹がなかなか目を覚まさず、寝ぼけ眼の2人を連れて下船したときには、7時近くになっていた。
フェリーターミナルはす向かいにあるレンタカー店で受け付けを済ませると、檜山はレンタルした日産セレナのドアを開けた。助手席には緑川を乗せ、後部座席に伊藤姉妹を案内した。相変わらず2人は立ったまま寝ている様子で、足元も姿勢も覚束ない。
「ほら、きちんと目を覚まして、歩くんだ」
檜山はやや強めの口調で2人を促す。それを見た緑川は微笑んだ。
「おい、何がおかしいんだ?」
口を尖らせる檜山に、緑川はさらなる笑みを隠せず手を振った。
「だって、お父さんみたいで」
とうとう声を上げて笑い出す緑川。言われてみれば、と檜山は無意識のうちに自分の娘たちに声をかけるような口調だったことに気がついた。
苦笑いをしながら運転席に乗り込み、キーを回す。いまは手放してしまったが、離婚する前はやはり日産セレナに妻と娘たちを乗せ、貴重な休日にはよくピクニックへ行ったものだ。自身でも懐かしさと一抹の寂しさが込み上げ、微笑みながら車を発進させた。
レンタカーの受付に訊いたところ、目指す先の癒し岩へは途中道無き道を進むため、2時間はかかるはずだ、とのことだった。
焦らず行きたい上、伊藤姉妹の言う通りなら、自分たちはこれから眠る怪獣を目覚めさせる行為をしに行くのだ。内心、向かうのが憚られる気持ちもあった。話を聞く限り無害な怪獣だとはいうが、怪獣は怪獣だ。話と違い、破壊活動を始めてしまうことがないとは言えないだろう。
モニターに映るテレビでは、北米で争う3怪獣の最新情報を報じている。ロッキー山脈から飛び上がり、中東部の州へ向かい始めたらしく、米空軍は総力戦の用意を整えつつある、とのことだ。
助手席を見ると、緑川は俯いている。眠っているわけではなく、単純にアルコールの作用が苦しいようだ。
「ロンドンの同僚とは連絡できたのか?」
そう訊くと、緑川は首を横に振った。鹿児島にいる部下たちも未だ消息不明らしく、ストレスで着岸前に隠し持っていたウイスキーの小瓶を開けたため、檜山は小瓶を取り上げた。
神妙な顔で前を向いた檜山は、重たい雲から雨粒が降ってくるのを確認した。奄美大島は日本有数の降雨量を誇るとは聞いていたが、その通説を認識することになりそうだ。
「「檜山さん、緑川さん」」
ふいに背後から声がした。前方に注意しつつ後ろを見ると、伊藤姉妹が目を覚ましていた。どうやら意識もはっきりしているらしく背筋も伸びていたが、何よりこれまでと違い、発する声にも張りがあった。
「「ここまで、本当にありがとうございます」」
声を揃える姉妹に、緑川はアルコールのまどろみから覚醒したようだった。
「さっきまでと全然違う」
緑川は目を丸くし、檜山に言った。
「おい、2人とも記憶が戻ったのか?」
檜山が訊くと、2人は揃って首を横に振った。
「この時代の“言葉を介してコミュニケーションを図る”ということが、ようやく理解できたのです」
「いままで、よくわからないことばかりでお困りだったと思います。もうしわけありませんでした」
ちひろ、そしてまさみは続けて口にしたが、檜山も緑川もキョトンとするばかりだった。
「この時代の、て言ってたけれど、あなたたちは伊藤さん、じゃないの?」
緑川は息こそ酒の臭いがするが、シラフに戻ったようだった。
「私はミラ」
まさみの方が言った。
「私はリラ」
ちひろが続いた。
「要するに、本当に伊藤姉妹ではないということなんだな」
内心ふざけてるのか、と訊きたいところを自制し、檜山が訊いた。
「私たちは、いまから12万年前に存在した文明の人間です」
リラが言うと、ミラが続けた。
「私たちの文明はフツアといい、古来よりモスラという神を崇め、平和を祈り続けてきたのです。その頃の地球には、現在よりはるかに栄えた文明が多く存在し、時に手を取り合い、あるいは諍いながら、共存していました」
あまりにも常識外れな話だったが、嘘や作り話とは思えなかった。言葉を明瞭に話せるためか、より説得力が増したようにも思える。
「ところが12万年前、宇宙より破壊の神が舞い降りました。黄金の身体と三つ首を持つ、ギドラという神です」
「ギドラはわずか3日のうちに、栄華を誇った幾多の文明を滅ぼしてしまいました。我らが神、モスラとバトラ・・・雄のモスラで、戦闘力に長けたモスラです・・・地球を守るためギドラに立ち向かいましたが、力及ばず倒されてしまい、フツアの文明も危機に瀕することとなりました」
最初にリラがしゃべり、ミラが続くような法則らしかった。檜山も緑川も黙って聴き入っていた。
「フツアの大陸にギドラが及ぶ際、フツアの指導者は巫女としてモスラに仕えてした私たち姉妹の魂を、モスラの卵に込めました。肉体は滅んでも、魂はモスラと共に永遠に存在し、いつかまたモスラの下に平和な時代を築くように、と」
「私たちの魂が込められた直後、フツアの大陸はギドラによってそのほとんどが海に沈みました。ですが私たちはそこから2万年、モスラの卵と共に悠久の眠りにつくことで、滅びを免れたのです」
少しだけ後ろを振り返ると、2人とも真剣そのものな表情で語っている。檜山は敢えて問い掛けることなく話を聞いていたが、質問してみたくなった。
「すなわち、君たちは古代文明の人間、ということなのか」
「「そうです」」
返事が揃った。オレの娘たちもこんなときあったな、と檜山は思い出した。
「で、フツアだったか。滅んでから2万年眠ったと話したな。いまから10万年前、また目覚めたのか?」
檜山が訊くと、リラが頷いた上で話し出した。
「いまから10万年前、卵から孵ったモスラと共に、私たちの魂も目覚めました。そして今回と同じように、死に瀕した双子の姉妹に身体を借り、2万年ぶりに肉体を得たのです」
「モスラは、ギドラとは別の危機を察知し、未熟のまま産まれました。私たちはそこで、ギドラ襲来後再び栄えた文明群が、滅び去ろうとしている光景を目にしたのです」
「ギドラ・・・その頃には、破滅の王という意味でキングギドラと呼ばれ、いまのみなさんが使う“言語を介するコミュニケーション”を用いる文明が多数派になっていました。再興した文明は、また現れるであろうキングギドラに備え、自分たちの力で神々を創り出していました。いま現れている、バラン、バラゴン、そういった存在です」
「ところが、恐るべき力を持つギドラに対抗せんと焦るあまり、自分たちの手に負えない存在まで作り出してしまったのです。それが、ダガーラとメガニューラです」
ダガーラ・・・北米西部に甚大な被害をもたらした、致死性の赤い霧を発する怪獣がそう呼ばれていることは、檜山も緑川も報道で知っていた。だがメガニューラとは、初めて耳にする単語であった。
「ダガーラを産み出した文明レムリアは、母なる地球に漂う大気とはまったく異なる、ベーレムという大気を以ってしてギドラに対抗せんとしました。ですが、同じ文明内でダガーラを危険視する部族と衝突し、それは他の文明にも伝播しました。皮肉なことに、人類を守るため産み出した神々を用いて、人類同士が争い始めてしまったのです」
「ダガーラはベーレムを無尽蔵に作り出す機能を備えており、地球の大気組成を変えてしまうことも可能だったのです。多くの神々がダガーラによって屠られ、あろうことか守る神を失った文明に対し、レムリアはダガーラを繰り出して勢力を拡大し始めたのです。ですが、ダガーラはやがてレムリアの祈りが通じなくなりました。己の意思で、レムリアを滅ぼし始めたのです」
「ダガーラは保持する能力は脅威的ですが、根本的には、ギドラのように地球にとって脅威となる存在を駆逐すべく造られた存在です。果てしなく略奪と侵攻を進めるレムリアこそ、あるいは人類こそ、地球にとって脅威となる存在とみなしたようです。その頃には地球最大の文明を築いたレムリアにベーレムを撒き散らし、人々を滅ぼさんとし始めました」
「モスラは、助けを求めてわずかに残ったフツアの大陸を訪れた双子の姉妹に呼応するように目覚めたのです。そして、私たちも力尽きたその姉妹に魂を憑かせました。ですが、孵ったばかりのモスラではダガーラに対抗などできず、時を同じくして目覚めたバトラが、やはり不完全なまま成虫となり、ダガーラを討つべくレムリアへ向かいました」
「私たちはモスラに祈りを捧げ、モスラが身体を補完する時を待ちました。ようやく成長し羽根を得たモスラですが、その能力は不完全でした。それでも、戦い続けるバトラを助けるべくダガーラに立ち向かいました。それでも力及ばず、ダガーラとは相打ちとなってバトラは地に伏し、激しい争いによって地殻変動を起こしたレムリアと共にダガーラは沈んでいきました」
「激しく傷ついたモスラは、北の文明が産み出した神、ベヒモスにダガーラとバトラの封印を頼んだのです。ベヒモスはその能力によって多くの荒ぶる神々を眠りにつかせたことで、“調停者”とされていました。ベヒモスによってダガーラとバトラは厚い氷の下で眠りにつき、自身の必要がなくなったことでベヒモス自身も眠りについた頃には、またも荒廃した文明とわずかばかりの人類、そして傷を癒すべく眠ろうとするモスラが残されました」
ちょうど、朝のワイドショーで昨夜ロシア北部に雪を降らせたマンモスの話題を取り上げていた。急遽出演したイギリスの著名な学者が『あれはマンモスではなく、ベヒモスという北欧神話の神である』と持論を語っているところだった。
「多くの命と文明が失われてしまいましたが、そんな人類に追い打ちをかけるように、砂の大陸で産み出された神が暴走を始めました」
「メガニューラ。暴れ続けるダガーラを討つべく、個体能力ではなく数によって勝るとされた存在が、生き残った人類に襲いかかってきたのです」
「大きさこそモスラにははるかに及びませんが、1万にも2万にも達した群れとモスラは戦いました。辛くもモスラはメガニューラの群れを屠りましたが、元々手負いの身体は限界を迎え、フツアの神殿に戻ると、自身を繭で包み、再び悠久の眠りにつきました。傷を癒し、そしてギドラに備えるため」
「「そして、いま私たちがいるこの島こそ、モスラが眠るフツアの神殿跡なのです」」