・7月11日 18:20 カナダ連邦ブリティッシュコロンビア州ビクトリア市
ビクトリア国際空港
※日本より16時間遅れていることに留意
ようやくウトウトとしかけたところで「間も無くビクトリア空港です」と官邸職員に声をかけられ、尾形は目を開けた。
太平洋時間で午前中一杯、アメリカ・カナダ全土で航空機の飛行禁止令により身動きが取れなかったが、ダガーラを含めた怪獣同士の争いは太平洋岸からアメリカ中西部へと移ったため、カナダのみ「臨時チャーター便限定」で航空便の運航を再開、激しく損壊したバンクーバー空港に代わり、ここ州都ビクトリアにて運用が開始されていた。
北米全土に発令された飛行禁止令を受け、同空港に着陸していたシンガポール航空機が真っ先に引き返しを決定した上、給油のため成田空港を経由するとあり、日本とシンガポールの外務省同士で協議の結果、尾形らVIPの帰国に目処がついた。
通常ならバンクーバーから3時間かかる道のりも、渋滞と途中経由するフェリーの遅延で5時間以上要することになったが、興奮と鳴り続ける電話への応対で気が休まらず、ようやくひと息つけると思ったタイミングであった。
文科省、及び官邸の危機管理室からは「九州南西海域に巨大な生物と思われる航行体発見」に伴い、尾形への意見を伺う電話が長引いた。いずれも、航行体はゴジラではないかといわんばかりの問い合わせだった。
だが尾形は日本海側に漂着したフナムシの件から、ゴジラは九州南西ではなく、日本海に潜伏している可能性を挙げた。そしてこうも続けて巨大フナムシの発生から、さらなる活動活発化を危惧していた。
車は空港正面に横付けされ、真っ先に飛び立つ臨時便に乗る人々、そして人数に対し圧倒的に足りない上に時間のかかる後発の臨時便に並ぶ人々でごった返していた。職員の案内で列を外れ、クルー、職員用の検査場へ通される。溢れる人々の中には当然日本人もおり、行列を尻目に裏口を利用する尾形らに敵意の眼差しを向ける。
保安検査を終え、表の喧騒とはかけ離れた搭乗口へ案内された頃、電話が鳴った。搭乗待合室のアダプタにコンセントを差し、電話に出た。
『お、お、お、お、尾形先生』
相変わらず興奮と落ち着きのなさに支配されたビグロウ教授だった。
「ビグロウ教授、ニュースを聞きました。中国にて発見された化石が動き出したそうですね」
『そそそ、そうなんです。わ、私もいまから飛行機に乗るところだったんですけど、きゅ、急遽取りやめました』
「それも、急激に成長して吉林省の都市を壊滅させたと?」
『ええ、え、ええ。昨日のベヒモスといい、ま、まま、まさかこんなことになるとは!もう世界中怪獣だらけ、まさしく怪獣総進撃ですよ』
「しかし、どうにも解せませんね。マンモス・・・ベヒモスといい、化石状態だった古代昆虫といい・・・なぜこうも急速に成長を遂げたのか」
『そそ、そうなんですよ。いえ、私が直接見たワケじゃないんですがね、先遣隊として向かったうちのスタッフによれば、卵から孵るように表面の化石を破り、みるみる大型化したとか。あ、そうそう、まるで意思を持ったかのように、東の方向を睨みつけてから飛び立ったそうなんです。ところが、残像が見えるくらい羽根を高速で羽ばたかせたかと思ったら、麓にあった街並みが一気に吹き飛んだとかでね・・・っもも、もう、とんでもない化け物だと話してましたよ』
「その昆虫、先にお話したように、かつて日本の学者が仮説を立てたメガニューラと呼ばれる存在かもしれません。追って、メガニューラ説を唱えた先生に連絡します。ところでそれとは別に、ビグロウ教授にご意見をちょうだいしたいことがありまして」
電話の向こうからも、キョトンとするビグロウの顔が浮かんだ。尾形は日本の南西海域に現れた怪獣と思われる存在を、日本政府はゴジラと推測していること、自身の仮説ではゴジラは日本海に潜伏しており、では南西海域に現れたのは何者だろうか疑念が残る旨を説明した。
『そのニュース、ぼぼ、僕も観ましたよ。僕は何がゴジラなのかよくわからないですが・・・。これは生物学ではなく、僕の趣味である古代からの伝承に立脚した仮説なんですけど、たたた、多分ですよ、太平洋に伝わるタイタヌスという生物じゃないかとおお思うんですけど』
「タイタヌス・・・?ですか」
『ええ、ええ、海を守る巨大な神で、温和で大人しいが、ひとたび怒り出すと海を割って大暴れする、自分の棲家を荒らした交易船に怒り、島ひとつ滅ぼした・・・。東南アジアに伝わる伝承ですよ。まま、まあ、だからといって根拠はないんですけれどね、そうかなあ、と』
おとぎ話と一蹴できないことは、ダガーラの出現で証明されている。尾形は息を呑んだ。
ひとまずビグロウとの通話を終え、尾形は京都にいる剱崎に電話をかけた。
『尾形先生、お早く日本にお願いしますよ。いつのまにか私まで怪獣学の権威になってしまって、取材が多くて研究がままなりません』
さも迷惑げに第一声を上げる劔崎だった。
「もうしわけない、例のビグロウ教授が、中国で復活したメガニューラに関して意見をいただきたいそうです」
『そんなことなら、さっきもオカルト雑誌のUTOPIA に答えましたよ。と言いたいところですがね、権威あるケンブリッジ大学の教授に敬意を表して。尾形先生、アレはもはや、メガニューラとはいえない』
「どういうことです??」
『中村教授によれば、メガニューラはせいぜいが10〜15メートルの体長だったといいます。翻って、いま中国を荒らし回っているメガニューラはいかがです?少なくとも体長40メートルはあろうかというほどですし、数少ない中村教授の資料と照らし合わせても、姿形が異なるんです。まるで進化だ。もはや怪獣・・・そうですな、アンギラス、カマキラスに倣い、メガギラスとでも名付けてはいかがでしょうかな』
「メガギラス・・・・・。名前はともかく、そこまで急速に進化した理由とは、何だとお考えでしょうか?」
『そんなこと私がわかるワケないじゃありませんか。ああ、しかしですよ、昆虫というものは概して、自身の天敵に対抗して攻撃的に進化する場合がある。もしそんな原則に当てはまるのなら、メガギラスは天敵となる存在を嗅ぎつけたのではありませんかな?とにかくねえ、何でも良いですから、日本へお戻りください。まったく霞ヶ関もマスコミも、良い大学出ているのに自分たちで考えることをしない!』
そのための私たちではありませんか、と劔崎を窘め、尾形は電話を切った。官邸職員が焦り顔でそばに寄ってきたのだ。
「尾形先生、大変申し訳ありません。臨時便の出発が無期延期となりました。中国に出現した巨大昆虫が、北朝鮮を南下して韓国上空に達したことで、政府より我が国を含めた極東アジア全域飛行禁止が通達されました」
仕方がありません、と尾形は頷いた。メガニューラ・・・メガギラスの猛威は日本にも及ぶのだろうか。
アッ!と声を出しそうになった。
自身の仮説通り、もしゴジラが日本海に存在したとすると、劔崎の言う通り天敵に対抗するために急速な進化を果たしたとすれば・・・・・。