怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 35ー

・7月12日 10:45 大韓民国 仁川広域市中区 空港ゲートウェイブリッジ

※日本との時差は無い。

 

 

9時過ぎに首都ソウルのバスターミナルを出発し、多少の渋滞をかいくぐりつつ仁川国際空港へ向かうシャトルバスのハンドルを握る運転手のパク・ガンホは、先ほどまで通じていた無線から聞こえる不快な雑音に顔をしかめた。

 

今日は明け方4時前に出勤、空港発5時のバスでソウルへ向かった後、わずかな朝食休憩をはさみ折り返しの便で仁川へ戻り、正午には退勤するシフトだった。昨日は夜遅い便で上がったため、今日は早いところ乗務を終わらせて帰宅し、炎天下真っ盛りの中、缶詰めとマッコリで一杯やりたい気分だった。

 

ソウルから仁川へ差し掛かる高速道路上にて、防空サイレンが鳴ったのが10時ちょうど。この国では北朝鮮有事への備えとして、毎日決まった時間に訓練として防空サイレンが鳴ることになっている。その場合、高速道路上では路肩に停車、ないしは徐行運転することが推奨されている。

 

今日は様子がおかしかった。定時の警報から10分ほど過ぎた頃にもう一度、防空サイレンが鳴り響いた。規定に則り減速したが、それから10分ほど経過してさらに警報が鳴ったのだ。機械の故障で、こういうことは稀にあった。その都度パクを含めた人々は毒づきながら恨めしげに空を仰ぐものだ。

 

だがソウルにあるバスセンターからの無線は、明らかに尋常ではなかった。かなり慌てた様子で現在地を問い合わせてきた上、絶叫するような声とガラスか何かが割れる音が流れてきたかと思うと、無線が不通になったことを伝えるザーザーとした音が耳に飛び込んできた。

 

もう少しで空港なのだが、余計な仕事は増やさないでもらいたい、そう思いながら不快な音を発する無線を脇に掛け、運転に集中することとした。乗客は10名にも満たない。間もなく到着することを察したか、みな身を起こし、各々スマホに目を凝らしている。

 

『空港事務所よりパクさん、無線取れますか?』

 

再び無線を手に取り、迷惑そうに応答するパク。

 

『可能であればただちに停車して、乗客を避難させてください。緊急事態です』

 

空港事務所の運行管理、今日は若くてかわいいギュンホだ。いつもは今時の若者らしい口調で、自分の父親くらい歳の離れたパクをおじさん扱いする声はなりを潜め、真剣そのもの、というより切迫した様子で喋りかけてくる。

 

「なんダァ、北の将軍様が砲撃でもしてきたかぁ?」

 

おどけて返事をしたところ、ギュンホの雷が落ちた。同時に再度防空サイレンが鳴り、ジェット機の爆音が鼓膜を叩いた。

 

フロントガラス越しに、韓国空軍のF15Kが5機編隊で迫ってきた。続けて、在韓米軍のF15Eも同様の編隊飛行で向かってくる。

 

以前軍にいた頃、しょっちゅう目にした光景ではあったが、様子がおかしい。

 

周りの車も減速、中には路肩に停車する車両もあった。防空サイレンは訓練でなく本当に鳴っているのかと思ったとき、前から2列目に座るカップルの男性がスマホを持ったまま運転席に近づいた。

 

走行中は座っててくれ、と注意するパクを遮るように、若い男は「運転手さん、ソウルが、ソウルが壊滅したらしい」と言った。

 

何を言っているのかと振り返ると、他の乗客も色めき立っていた。状況が呑み込めない外国人たちは何があったのかと周囲に訊いている。

 

パクはバスを右手に寄せ、停車させた。他の車も続々と停車し、皆どこかへ電話をしたり、深刻そうにスマホに目を落としている。

 

運転席のモニターをテレビに切り替えた。KBSのアナウンサーが口泡を飛ばしながらしゃべっている。

 

『ご覧いただいているのは、現在のソウル市の様子です!江南地区を中心に大変な被害です!これを受けユ大統領は我が国全土に非常事態を宣言、中国に出現し北朝鮮より飛来した怪獣と思われる飛翔体に対し、全力をもって撃滅せよと命じました。現在、ソウルより南下し仁川へ達したと思われる飛翔体に、空軍機が・・・・』

 

背筋が凍る思いをしながら、パクは自分のスマホを確認した。同僚、妻、娘からの着信で埋まっていた。

 

空で爆音が響いた。3機編成のF15Kが2個編隊、仁川市街地へ向かっていくのだ。うっすらと白い雲が膜のように伸びる空に、赤と黒い丸が浮かんだ。続いて、打ち上げ花火のような腹に振動を与えてくる音。

 

鉄の塊がひしゃげ曲がるような音がした。全身が痒くなるような強烈な音だ。仁川市街地上空から、何かが向かってきた。明らかに戦闘機より大きい。そして、先ほどの鋭く不快な音を立てながら、パクたちがいる橋の上に羽ばたきながら停止した。

 

巨大な昆虫だった。尻尾のように伸びる胴体の先に、鋭く光る針のような尾。そして前脚は鋏のようになっており、大きな紫色の目は迫り来る戦闘機隊に向けられ、口元が嗤うように歪んだ。

 

見る間に戦闘機が発射したサイドワインダーが幾筋か巨大昆虫に走り抜け、一気に爆炎が空を包む。今度は音だけでなく、衝撃波がバスを揺らした。悲鳴をあげる乗客たちがバスの入り口に殺到し、パクも運転席から飛び降りる。だがここは橋の上だ。どこにも逃げ場がない。

 

第二陣の攻撃が行われ、巨大昆虫に命中した。橋の上の人々は為す術なくしゃがみ、気休めに過ぎないが手で頭を覆う。混乱の中、パクは不可解なものを目撃した。

 

サイドワインダーは間違いなく巨大昆虫に命中したはずなのだが、爆炎を尻目に、巨大昆虫は突き出た岬の上空にいた。

 

目をこする間、次の攻撃が命中する。だが今度は、橋を挟んで反対方向の海上にいるのだ。まるで、瞬間移動でもするかのように。

 

大きく啼いた巨大昆虫は、先ほどから攻撃を加えてくる敵に接近すると、上空に鎮座した。残像が残るほど素早く羽を動かしている。すると空気に波のような筋が見えた。

 

空気の波に巻き込まれたF15は一気に粉砕され、地上にある高層アパートメントが崩れた。ほぼ一瞬にして建物全体に亀裂が入り、みじん切りされたようにコンクリート造りの団地群が崩壊していく。

 

灰色と茶色の粉塵が舞い上がり、なおも発せられる空気の波動は海面を激しく泡立たせた。その状態のまま、半島と空港を繋ぐ橋の上空に達した。立っていられないほど橋は大きく揺れ、パクと乗客たちは必死にアスファルトにへばりついた。進行方向先に伸びる橋梁は粉々に砕かれ、揺さぶられた車両や人が海へ落下していった。

 

下降する波動は橋の先にある仁川国際空港にも広がり、ガラス張りの第1ターミナルが吹き飛んでしまった。追撃する戦闘機隊を嘲笑うかのように大きく吼えた巨大昆虫は、一気に上空へ羽ばたくとより南を目指して飛んで行った。

 

舞い上げられたガラスやコンクリート片が降ってくるのが収まり、パクは顔を上げた。昆虫が上空を通過しただけで、これから進もうとした橋梁、そして目的地である空港がミンチになっていた。呆然としつつも、空港事務所のギュンホらが無事であることを祈った。

 

 

 

 

 

 

・同日 10:58 東京都千代田区永田町2丁目 首相官邸地下1階 官邸危機管理センター

 

 

中国吉林省に出現した昆虫型の怪獣が北朝鮮を蹂躙後、韓国へ飛来したことを受け、瀬戸を始めとする閣僚は5階の総理大臣執務室から地下1階にある危機管理センターへと移動した。

 

既に外務省から高田アジア大洋州局長、防衛省からは蓮城防衛審議官、そして森本統合幕僚長が待ち構えていた。この布陣から、瀬戸はこの場で何をすべきなのか悟った。

 

「現在、ソウル市は広範囲に渡り建造物倒壊が確認され、市内交通網に著しい混乱を来しているとのことです。また詳細は不明ながら、中国国境沿いを中心に北朝鮮でも被害が出た模様です。我が国の在韓大使館には、韓国在住・在留の邦人保護に全力を尽くすよう、指示を出しました」

 

氷堂外務大臣がメモを読み上げた。

 

「カナダに居る京都大学の尾形教授によれば、被害をもたらした昆虫型の怪獣は古代に繁殖した昆虫と類似しており、仮の学名であるメガニューラに基づき、メガギラスと呼称することを提案しております」

 

待ちきれんとばかりに、岡本文科大臣が口を開く。さらに発言の機会をうかがっていた高橋が挙手した。

 

「韓国国防省からの情報です。10分前韓国空軍、並びに在韓米軍の航空隊による誘導弾攻撃が仁川市上空にて敢行されました。効果は認められず、また対象は・・・仮称、メガギラスですか・・・戦闘機の機動性を大幅に上回る能力を有する上、飛行に伴う衝撃波のような空気振動で攻撃機を撃墜しました。副次的被害として、仁川国際空港が機能を著しく損失したとの報告です」

 

高橋はじっと、瀬戸を見据えた。瀬戸は報告を聴くことに神経を費やすべく、目を瞑っている。

 

「新たな情報です。メガギラスは仁川市から京畿道水原市に達しました。韓国空軍、在韓米軍による攻撃が続けられています」

 

「すなわち、南下しているということですなあ」

 

望月が口を出した。

 

「また九州南西海域に出現した巨大生物ですが、潜水部隊、及び対潜哨戒機による威嚇に反応するかの如く、行動を開始しました。現況では、これ以上の作戦展開は実施不可能です」

 

畳み掛けるように告げる高橋。言外に、為すべきことを瀬戸に伝えるような口調だった。

 

「総理、自衛隊は九州南西、並びに日本海上においての作戦展開は同時並行可能です」

 

トドメの言葉を放った。今すぐにでも発令してもらいたいのは山々だが、慎重の上にも慎重を期すのが総理大臣の役割だ。

 

「総理」

 

望月はじっと、瀬戸に顔を向けた。

 

「・・・九州、及び朝鮮半島より迫る怪獣に対し、防衛出動を命じることとする」

 

意を決して目を開いた瀬戸は、重々しくも大きな声を発した。全閣僚が頷き、危機管理センターに雷撃のような緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

 

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