怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 37ー

・7月12日 11:40 鹿児島県鹿児島市平川町 鹿児島日赤病院

 

「万理華、優里、しっかり!」

 

壁にもたれ項垂れる2人を、玲香は必死に励ました。だが万理華は虚ろな目をたたえたまま下を向き、優里は頭を抱え、声を上げることなく泣きじゃくっている。

 

夜明け頃から、病院に駆け込む患者が急に増えた。市域すべて停電したことに加え、降り続ける火山灰によって足元がおぼつかない中の避難を躊躇っていた人々だろう。いずれも病院から近いところに住む人々だったが、陽が昇ったことで病院へと足を向けてきたのだ。

 

また、市街地からここまで歩いて避難、あるいは藁にもすがる思いで、自家発電により灯りがともるこの病院を目指す人も多かった。

 

火山活動そのものは落ち着いてきたが、市街地南部にあるこの地区でも降り積もった火山灰は40センチにも達した。雪と違って溶けることも、増してや水で流れることもなく、非常事態にも関わらず身動きが取れぬ状況だった。

 

中には、山から降りてきた怪獣にやられたという人もおり、一様に重度の熱傷、骨折や捻挫といった怪我を負っていた。

 

病院目指して歩ける人でこの症状であるならば、歩けない人、深く積もった火山灰で動けぬ人たちがどうなるか、誰もが考えたくもなかった。

 

懸命に治療に当たる医師、看護師にも重い疲労の色が浮かんでいた。とりわけ万理華、優里、玲香の3人は疲労もあるが、救急医療を主目的とする赤十字病院の勤務内容についていくだけで精一杯だった。その上、やってきた患者の症状から治療の優先順位を咄嗟に判断し、場合によってはトリアージ、すなわち救命の見込みなしとされた患者に黒いタグをつける作業は救急病棟にでも勤めていない限り目にすることはなく、心の痛む決断を強いられる状況で精神が崩れていくのも無理はなかった。

 

陽が昇ってから3人は両親とはぐれたと訴える小学生の兄妹の治療に当たったが、火山灰によって傷つけられた角膜は回復の見込みがなく、兄妹揃って失明が免れない。院内を飛び回る眼科医の診断を聞いた万理華と優里は、とうとう心が折れてしまったのだ。

 

懸命に2人を励ます玲香も、励ますことすら放棄して病院を飛び出したい気分だった。看護師になる際、戴帽式で誓った献身の誓いも、この惨状を前にしては空虚で無力なものに過ぎなかった。

 

顔を上げない仲間2人を前にして、玲香も涙を滲ませたときだった。失明を宣告された兄妹の兄が玲香の裾をひっぱった。

 

「愛花がトイレいきたいって・・・」

 

両目に巻かれた包帯には、うっすらと血が滲んでいる。すべてを投げ出したい衝動を必死に押し殺し、玲香は壁に佇む妹に声をかけた。

 

「一緒いこ、おトイレ」

 

努めて明るい声を出すが、兄よりも包帯に付着する血液が多いうえ、涙の筋にも血が混じっている。早晩、視力を失うであろうことは、玲香にも理解できた。

 

「あんちゃん、目痛い」

 

近くに兄がいると思っているのだろう、弱々しい声は嗚咽混じりだ。どうすることもできず、兄の方も泣き出した。

 

「さあ、行こ・・・」

 

言いかけた玲香は、ふいに涙が止まらなくなった。このまま病院を飛び出し、大声で泣きたかった。兄妹はたとえ見えなくても、涙だけは流さないと決めた玲香の決意も、とうとう崩れ去ってしまった。

 

小規模な噴火が続くのだろう、大地が揺れ、院内でざわめき声が上がる。不安そうに天井や割れたガラス窓の向こうに見える桜島を見つめる人々、沈みきったようにうつむく人。

 

「おい、あれは何だ?」

 

玄関近くで声がしたが、玲香はそれすら気にならなかった。無力感と絶望感に涙が抑えられず、その場にしゃがみ込んでしまった。

 

院内が騒がしくなった。誰もが噴煙立ち込める灰色の空へ視線を向け出した。

 

「怪獣だ」「蝶の怪獣」

 

何人かが怪獣という単語を口にする。玲香は顔を上げた。ちょうど病院の真上に、極彩色の羽が拡がっていた。ふわふわと揺れる触角と体毛、そして全体を包むように金色の鱗粉をまとっていた。

 

怪獣という単語にたじろいたが、姿を見た人々は悲鳴をあげることはなかった。

 

「あったかい・・・」

 

手を繋ぐ妹が呟いた。

 

「怪獣、出たの?」

 

兄が訊いてきた。不思議なことに院内では誰一人怖がる様子もなく、中には姿を拝んで晴れやかな顔をする人すらいる。

 

何故だかわからないが、玲香の心にも暖かい灯火がついたような気がした。

 

「怪獣?」

 

見えない分、恐怖もあるのだろう、全身をすくめる妹の手を、兄が握った。

 

「大丈夫、あんちゃんが守る」

 

静かな、しかし強い口調だった。

 

「看護師のお姉さん、愛花のことは僕守る」

 

玲香は全身に電撃が走ったような感覚になった。

 

「大丈夫、お兄ちゃんも妹ちゃんも、守るから」

 

考えるより早く、言葉が口に出た。

 

ふわあ、っとした風が院内に流れた。蝶のような怪獣は羽を上下させ、対岸の大隅半島へ飛び去った。

 

「「玲香」」

 

万理華と優里が声をかけてきた。

 

「さっきはごめん。あたしも頑張る」

 

「あたしも。なんか、急に元気でてきた」

 

2人とも先ほどまでとは打って変わり、看護師の顔に戻っていた。

 

院内もにわかに活気が出てきた。廊下に溢れる患者は皆顔を上げ、疲労困憊だった医師や看護師たちも動きに張りが戻ってきていた。

 

何とも言えない不思議な気分だった。まるであの怪獣に温かく励まされたような、そんな気がするのだ。

 

「ようし、この子たちトイレ連れてったら、血圧測定手伝おう。あたしたちもできることやろう!」

 

玲香は自分に言い聞かせるように言った。万理華と優里は力強く頷き、腕まくりをした。

 

 

 

 

 

 

・同時刻 東京都千代田区永田町2丁目 首相官邸地下1階

 

 

「攻撃はするな、だと?」

 

絶え間のない官僚からの説明に合間を作り、気になって仕方がない相手に佐間野は電話をかけていた。

 

『ああ。モスラは味方らしいんだ。いまから北米へ向かい、ダガーラと戦うらしい』

 

檜山が答えた。奄美大島から新たに出現し鹿児島市に達した怪獣に対し、築城基地のF15Jがスクランブル発進したと、たったいま報告されたところだった。

 

「そうは言うが、相手は怪獣なのだろう。いま防衛出動の範囲を拡大して、そのモスラなる怪獣への攻撃を検討する準備に入ってるんだぞ」

 

『だから・・・いやまあ、無理もないよな。ただ、モスラを止めることはできないと話しているぞ』

 

檜山、そして予言者となっている双子の姉妹にも詳しく話を聞きたいところではあったが、こんなときに危機管理センターを抜け出す国交大臣に、官邸職員と国交省の役人が恨めしげな視線を浴びせてくる。

 

『佐間野、それと、たしか今年の通常国会で、再度怪獣が国土上陸した場合の避難に関する法律が可決してたよな?』

 

「ああ。有事にはJR、私鉄各線を徴用して対象区域の住人を避難させるやつだろう。うちの役所の負担が大きくて困る」

 

『その法律の適用条件をよく確認してほしい。例の2人、物騒な予言をしたものでな』

 

「何だ、それは?」

 

『東京、あるいは首都圏が戦場になる、モスラがそう予言したらしい。もし的中した場合を考慮すると・・・』

 

「おいふざけるな。首都圏全人口を避難させろと言うのか?その予言を根拠に」

 

『検討ぐらいはしておいてほしい』

 

タイムリミットだった。電話を切った佐間野は「簡単に話してくれるものだ」とつぶやいた。

 

危機管理センターに入ると、総理レクの間を利用してほぼすべての閣僚が官僚たちとの打ち合わせをしていた。国交省にさきほどの話をすることはできないが、首都圏全域の避難運用の場合のシュミレーションくらいはできるだろうか。だが根拠となる情報がない以上、大臣の気まぐれになってしまう。通常ならともかく、この騒ぎの中では困難だった。

 

「奄美大島より飛び立った怪獣は現在、室戸岬沖を和歌山方面へマッハ3で飛行中。潮岬上空にて広域警戒中のE767より映像、きます」

 

危機管理センターのモニターに、蛾とも蝶とも思える怪獣が映し出された。おお、という感嘆の声が、あちこちから漏れた。

 

「きれい・・・」

 

隣の北島が思わず口にし、周囲の視線に気づいて口を手で覆った。

 

だがこの巨体は威圧感も恐怖感も感じさせなかった。北島の言葉通り、本当に美しいのだ。檜山の言うように、人類に友好的な怪獣だとも思えてしまう。

 

「スクランブル発進した築城のF15、目標をロストしました。レーダーに反映されません」

 

「百里よりF35上がりました」

 

「在韓米軍より報告、朝鮮半島を南下するメガギラス、日本の排他的空域に侵入確実。作戦通りイージスシステムによる米軍・韓国軍との同時多重攻撃に移ります」

 

続々と報告が挙げられる中、佐間野は国交省の審議官に「首都圏に怪獣が出現した場合の詳細な避難シミュレーション」を要求した。もし今後も檜山の言う通りになった場合、そのシミュレーションが役に立つかもしれない。

 

 

 

 

 

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