三日月が浮かぶ闇夜の空を、金色の鱗粉を放ちながらモスラは上空へ滑空した。月の光に鈍い輝きを浮かぶ鋭い歯をギラつかせながら、ダガーラはモスラの後を追う。
飛行速度ではダガーラの方が勝るが、上昇によって空気抵抗が増してくる環境下ではモスラに分があった。翼の羽ばたきに力が入り、どうにか追いついて古くからの仇敵を嚙み殺そうとするダガーラ。
やがて大気圏ギリギリのところまでモスラは昇った。動きが緩慢になったモスラ目掛けてベーレムの霧を放とうとしたが、大気が薄いこの空間では上手く伝播されなかった。
モスラは身体を180度反転させると、思ったほど効果のないベーレムに困惑するダガーラの顔面に羽根を叩きつけた。全身がかたむき、一気に地表へ落ちるダガーラだったが、再度モスラ目掛けて上昇を始めた。鋭い歯がモスラに食い込む直前、モスラは急上昇してダガーラの犬歯を回避した。一瞬目標を見失い戸惑うダガーラに、再び降下してきたモスラが6本の脚で引っ掻いた。
翼に大きく裂傷が生じ、ダガーラは痛みに吼えた。自慢のベーレムの霧は地球上の如何なる生物をも倒す力があるが、空気の薄いここ大気圏では機能しないという弱点があった。
ベーレムの霧さえ封じれば、ダガーラは防御力を一挙に失う。モスラはそこを突いたのだ。
血を流しながらたまらずその場を離脱しようとするダガーラだったが、モスラはやや高度を上げてダガーラの真上に達した。そこで全身を激しく回転させながら、ダガーラに向けて降下した。
コマのように回るモスラとダガーラは、そのままミシガン湖畔へ落下していく。落下しながらも、モスラは羽根から鱗粉を放出している。一見無秩序に放たれた鱗粉は、回転に伴う気流に乗ってダガーラの身体あらゆる場所に付着していった。
地表に激突する直前、モスラはダガーラから離れた。シカゴ南部の森にダガーラは落下し、大きく穿たれた穴から顔を覗かせた。
真上に飛来したモスラは羽根を大きく広げ、ダガーラを挑発するように接近した。怒りに任せたダガーラの噛みつき攻撃をすんでのところで回避すると、モスラはシカゴ市街地の方向へ鱗粉を放ちながら飛行を始めた。
再び飛び上がったダガーラは、自慢の高速飛行でアッという間にモスラに追いついた。自身を傷つけた脚を喰い破るべく、犬歯を尖らせた。
ところが、今度は真下から何かが激突してきた。シカゴ市街地に降り注いだモスラの鱗粉は、大きく傷ついたバトラを即座に回復させたのだ。モスラの鱗粉を身に纏ったことでパワーが戻ったバトラは、ダガーラの腹部に頭突きしたまま回転を始めた。
高速回転でダガーラの腹部は出血し、たまらずその場を逃れたダガーラは、反転してくると猛然とバトラに迫り、肩口と翼からベーレムの霧を放出しようとした。
ところが、まったく出てこない。訝しげに肩口に目を向けると、モスラの鱗粉がギッシリと詰まり、放出口を塞いでいたのだ。モスラは先ほど落下しながら鱗粉を気流に乗せ、ダガーラ最大の武器を封じていたのだ。
慌てるダガーラに、バトラの光線が直撃した。白煙が破裂し、弾かれるように仰け反るダガーラ。
バトラは容赦せず、2波、3波と光線を放った。これまではベーレムによって酸素を奪われることで無効化されてきた攻撃が、初めてまともにダガーラに届いたのだ。
爆発に弾かれ、ダガーラは甲高い呻き声をあげる。バトラは攻撃を緩めず、光線を当て続ける。
ダガーラの胴体から火柱が上がった。飛行する力を失ったダガーラは、燃えながらミシガン湖へ落下した。激しく水柱が上がり、しばらく泡立った湖面は、やがて三日月を反映させられるほど穏やかになった。
モスラとバトラは顔を寄せ、邂逅の喜びを交わした後、湖面に注意を向けた。水面は穏やかで、ダガーラが浮上してくる気配がない。
バトラは高度を下げると、湖面近くを飛行し始めた。慌てたモスラが後を追い、バトラと共に警戒しながら湖面上を飛行する。
ひとしきり辺りを飛んだが、ダガーラの気配はなかった。バトラがモスラに顔を向けたとき、水面が破裂してダガーラの犬歯がバトラを襲った。
右前脚にダガーラの歯が喰い込み、バトラは痛みに啼いた。ダガーラはそのままバトラを水中に引きずり込むべく、すべての体重をかけた。
身体半分が湖水に浸かったところで、モスラの脚がバトラの羽根を掴んだ。だがモスラとバトラ2匹よりも、ダガーラは体重で優っていた。2匹まとめて引きずり込もうと、両脚で湖水を掻いた。
バトラの脚から紫色の血が溢れ、湖水を染め上げていく。激しく波打つ湖面はモスラまでも呑み込み、モスラは精一杯羽根を振るった。
沈み込むバトラは、背後のモスラに顔を向けた。察したモスラはバトラから離れると、水中でバトラは身をよじった。
前脚がちぎれ、ダガーラの牙から逃れる。その一瞬、バトラはダガーラの顔面に光線を放った。湖面が大爆発し、立ち昇る水蒸気炎の中バトラは浮上した。失った右前脚からはおびただしい量の血が流れている。
弱々しく飛行し、ミシガン湖南部の森林に身体を落ち着かせた。追ってきたモスラは同じく地に身体を降ろすと、バトラの傷口に触角を当てた。次第に流血は収まっていき、バトラは力尽きたように頭を地に下ろした。モスラは額をバトラに当てた。黒いバトラの身体に金色の筋が走り、失った力が徐々に蓄えられていく。
その上空を、アメリカ空軍のF15編隊が飛び去った。ダガーラにバトラ、そして新たに出現した怪獣モスラを探索するためだが、闇夜の中、黒く深い森に身を委ねる2匹を視認するに至らず、またモスラの発する鱗粉は人間が産み出したいかなるテクノロジーの探知にも引っかかることはなかった。
・7月12日 1:07 アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ シカゴ市民総合病院
※日本より14時間遅れていることに留意
ダガーラがミシガン湖に沈み、黒い蛾の怪獣とふわふわした蝶の怪獣がどこかへ消え去ってから、スタントンは妻のシンディがいる病院へ急いだ。
怪獣たちの激闘でシカゴのダウンタウンは甚大な被害を受けていた。墜落した戦闘機群による火災は闇夜を焦がし、チャイナタウン周辺はダガーラの進撃による倒壊、そして市のシンボルともいえるウィリスタワーはちょうど真ん中から上層が崩壊し、周囲の高層ビル群もガラスや外壁が無残にも地に落下していた。
だが負傷者であふれ返る病院内は、不思議とスタッフも患者も笑顔があった。清掃の従業員が院内に流れ込んだ金色の粉を掃除しているが、鼻歌すら歌っている。
スタントン自身、あの粉を浴びたことに恐怖はなかった。むしろ、揺り籠の中のような安心感があったのだ。
早足で産科病棟へ向かうと、シンディの主治医であるベルセッティ医師と鉢合わせた。
「先生、妻は、シンディは大丈夫ですか!?」
スタントンが訊くと、ベルセッティ医師はニッコリ笑いかけ、スタントンを手招きした。
新生児室に入る前に防護服を着用し、招かれるままに入室すると、待機していた看護師たちから歓声が上がった。
「おめでとう!」
「今日から君もパパだ!」
拍手が起こる中、ベッドに横たわるシンディが目に入った。慌てて駆け寄ると、シンディが目を潤ませながらスタントンの手を握った。
たまらず泣き出したとき、ベルセッティ医師が防護用のカバーがかけられたカートを押してきた。
「かわいいかわいい女の子だ。とんだ一大事の中、君の奥さんもお子さんも、とても良く頑張ったよ。妻子ともに健康だ!」
ベルセッティ医師がそう言って肩をポンポンと叩く。感情がそのまま口から溢れてきた。周囲が拍手や口笛を鳴らす中、スタントンは産まれてきてくれた我が子、そしてシンディに抱きつき、嬉しさの嗚咽を漏らした。