怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 3ー

・7月10日 15:23 東京都千代田区永田町2丁目3ー1 首相官邸5階 総理大臣執務室

 

 

国会を出る際、マスコミからの執拗な追撃をかわすのに時間がかかってしまい、高橋は遅れをとり戻せぬまま先に向かった閣僚を追うように官邸入りした。

 

「デリンジャー米大使との会談前に、話しておきたいことがある。総理執務室へ」

 

最後までヤジが収まらなかった衆議院を出る直前、望月に耳打ちされた。予定にはないことだったが、SPと秘書たちはそれでも都合をつけてくれた。

 

SPを先頭に早足で官邸の廊下を歩き、執務室のドアをノックした。

 

「高橋です。到着しました」

 

「どうぞ」と瀬戸の声がして、ドアが内開きに開いた。

 

執務室に入り、高橋は息を呑んだ。瀬戸、望月に、米沢首相補佐官、岡本文部科学大臣、氷堂外務大臣、そして大臣以下各省の事務次官、審議官、島村防衛装備庁長官、警察庁次長と公安局長、宮澤内閣情報調査室長、また瀬戸の向かいには、見慣れない男性2人が座っていた。見覚えはあるが、素性は思い出せない。

 

そして瀬戸の背後、年齢こそ重ねているが存在感と威厳に満ちた老人が、高橋を見据えてきた。瀬戸以外全員が立ち上がって高橋を迎える中、その老人だけはどっしりと腰を下ろしたままだった。この老人も見覚えがある。

 

「遅くなりまして、申し訳ない」

 

高橋が頭を下げると、「忙しいところすまない」と瀬戸から返事があった。

 

すかさず防衛審議官の村田が高橋に、瀬戸の向かいで頭を下げる男性2人を紹介した。三菱重工の菅原会長と、難波重工の浜岡社主取締役だった。

 

日本はおろか世界有数の重化学企業代表とはいえ、あくまで民間人である菅原と浜岡がここに居る意味を、高橋は図りかねた。

 

村田に促され着席すると、瀬戸は望月に目配せをした。望月は頷き、高橋を見やった。

 

「時間がありませんので、本題からお話します。我が国の安全保障、ひいては国家存亡に関わる事態です」

 

望月は口調こそ穏やかだが、えも言われぬ迫力を湛えた。

 

「高橋さんは、メーサーに関して説明は受けてますかな?」

 

一瞬面食らったが、「ええ」と短く答えた。すかさず村田からA4サイズに綴じられた資料が手渡された。

 

昨年10月、ゴジラ、ガイガン、そして黄金の三つ首龍襲来後、衆議院解散総選挙が行われ、与党が辛くも勝利した。その際、組閣が大幅に変更され、高橋は本来自身が歩んできた司法畑に則った席であった法務大臣に就任した。

 

だが先月、前任の大家防衛大臣が脳梗塞を発症して大臣職を辞したため、横滑りで高橋が防衛大臣に就任したのだった。

 

防衛省に席を着けて、最初の大臣レクの際、メーサーに関しては説明を受けていた。マイクロ波を増幅して誘導放出し、対象を破壊することができるとされる次世代兵器だ。有効射程が従来の砲弾、誘導弾よりも長い上、近来出現が相次ぐ怪獣に対して、絶大な効果があるとされている。

 

だが兵器試験をした結果、理論上放てるというだけで、実用化は困難とされているはずだった。放出されるレーザー光線状のマイクロ波を精製するには、膨大な電力を必要とする。防衛予算を度外視しても、そのような兵器は既存の発電所近くにしか展開できず、ゴジラなどの怪獣が都合よく展開場所へ現れない限り、移動もできず役に立たない上、日本国家全体が緊縮財政を強いられる中では、国民の理解は到底得られない、という結論となったのだが。

 

「うちの村田審議官からも説明を受けましたが、そのメーサーが、何か?」

 

すると望月は村田に目配せをした。村田はゴクリと唾を飲み込むと、高橋にクリアファイルを手渡した。最初のページには、痩せ型で白髪を七三分けにした、やや気難しそうな男性の顔写真が印刷されていた。

 

「矢野健成、城南大学の生物科学科教授。この方とメーサーと、何の関係が?」

 

高橋は村田に、そして列席の閣僚、官僚全員に訊いた。

 

「現時点で、メーサーは実用化は困難と、私は大臣レクの際申し上げたと思います。この矢野教授は、つい5日前ですが、メーサーを兵器として実用化できる理論を解かれたのです」

 

驚いた、というより、すぐさま疑問が浮かび上がった。

 

「この矢野教授は生物学が専攻だそうだな。それがなぜ、物理化学であるメーサーに関連づいてくるのだ?お門違いでは・・・・」

 

言いながらページをめくると、答えに辿り着きそうなことが記載されていた。

 

「未知の元素によるメタンハイドレート抽出・・・・?」

 

元々弁護士から政界入りした高橋は、学生時代から法務学が専門であったため、物理化学の分野に明るいわけではない。それでも、矢野教授の論文を官僚が噛み砕いた資料は、素人にも充分理解できる内容となっていた。読み進めるほど、高橋は食い気味にページを開いていく。

 

「これは、本当、なのですか?」

 

再び、揃いの全員に向けて訊いた。望月が静かに頷いた。

 

「記載の通りです」

 

望月が言うと、岡本文部科学大臣が補足した。

 

「高橋さんもお耳にしたことはあるでしょうな。メタンハイドレート、通称燃える氷のことを」

 

岡本はねっとりとした口調で、上半身を高橋に向けた。

 

「主に海底、永久凍土に存在する、メタンガスが氷結した固体でしたな。次世代のエネルギー源として期待される一方、常温では気化してしまうため、技術的に実用化には壁がある、とは聞いてましたが」

 

「その通りです。そして我が国近海には、日本全体の電力消費量、延べ90年分に相当するメタンハイドレートの埋蔵が確認されている」

 

頷きながら補足する岡本に、「それが原因で、中国や台湾が南沙諸島の領有権を主張していることもご存知ですな」と、氷堂外務大臣が口を挟んだ。

 

「・・・・どうやら見えてきました。この矢野教授は、経緯は不明だがメタンハイドレートを気化させず採取し、エネルギーとして使用できる方法をつかんだ、ということですか」

 

全員が頷いた。高橋は興奮が抑えきれず、ファイルを置く手が震えた。

 

「これは世紀の発見と言えますね。我が国のエネルギー問題が一挙に解決するばかりか、生産国としてだけではなく、資源国としての発展が見込める。ゴジラ、ガイガンによる被災からの復興にも大いに貢献できますね。だが・・・この雰囲気では、なんらかの由々しき事態となっているのですね?」

 

そこから先は、渡された資料にも書かれていないことだった。

 

「矢野教授ですが、現在消息不明なのです。昨日、福岡に寄港していた豪華客船へ乗船したまでは把握しているのですが」

 

宮澤情報調査室長の言葉に、高橋は募る期待をかなぐり捨てられた気分になった。

 

「まさか、その豪華客船とは」

 

「そうです、昨晩沈没したあかつき号です」

 

得心がいった。ここに警察上層部、内調の重鎮が顔を揃えているのは、それが理由だったのだ。

 

「矢野教授は、この論文を学会ではなく、うちに寄越してきたのです」

 

岡本が言った。

 

「ノーベル賞よりも、国家に寄与したい、とね。それが5日前でした。そこからの動きは目まぐるしかった。極秘且つ壮大な計画です」

 

岡本の話を聞き及び、高橋は村田に向き直った。

 

「わからんのは、なぜ防衛省がこの話に乗っかったのかね?」

 

すると村田はもうしわけなさそうに唇を噛み、「なにぶんにも極秘事項ですので、コンセンサスが得られてから大臣にご説明をと考えたのですが」と前置きした。

 

「確証は得られないが、この新元素はメタンハイドレートの抽出を可能にするばかりでなく、メタンハイドレートをさらに凝縮させ小型化できる可能性が大きいと、矢野教授はおっしゃいました。使用できるエネルギーはそのままに、例えば、10の大きさが3にできたとすると、自動車や航空機の燃料に大革命が起きるばかりでなく・・・・戦車に搭載した場合、メーサーを主砲として運用することも可能という結論に至ったのです」

 

高橋は息を呑んだ。そうか、それで重化学工業の大家が2人、この場に居合わせているのだ。

 

「この仮定を基に算出した結果、メーサー射出機を搭載した戦車は、およそ23億円で製造が可能という見積もりを当研究所が弾き出しました。戦車としては極めて高額ですが、最新鋭戦闘兵器としては、画期的なものとなるのです」

 

難波重工の浜岡社主が、興奮気味に言った。

 

「陸自の主力である10式が1台でおよそ10億円です。2倍強ですが、1台でも保有した場合のメリットは計り知れません」

 

村田が付け加えた。これほどの新発見に、誰もが浮き足つのは理解できた。

 

「米国の介入は免れないとしても、日米及び同盟国で共有できれば防衛面ではもちろん、産業としても画期的すぎる。その上、ゴジラやアンギラス、はたまた、あの黄金の怪獣へ太刀打ちも期待できる。これは、同盟国以外にも、垂涎且つ脅威ですな」

 

望月が言った。これは、これから会談するデリンジャー駐日米大使に顔を合わせたくなくなる。高橋は額に汗を浮かべた。

 

「あかつき号の事故は原因が不明、生存者は2名だけ、と聞いてます。矢野教授の消息もですが、事故原因にもきな臭さを感じますね」

 

なぜ身柄を拘束してでも、矢野教授の行動を制限しなかったのか、非難の視線を警察庁次長に向けた。米沢首相補佐官が立ち上がり、今朝の新聞を持ってきた。

 

【中国、北海・カムチャッカ半島沖合にてメタンハイドレート抽出実験】

 

いよいよ、全身から汗が噴き出してきた。

 

「ひとつ、お訊きしたい」

 

警察、あるいは文科省、官邸の不始末はこの際槍玉には上げまい。高橋は全員を見回した。

 

「こんな奇跡のような物質、矢野教授はどこでどうやって発見したのです?」

 

おいそれと口にできないのだろう、『あんたが言えよ』そんな無言の押し付け合いが始まった。

 

「すべては、学者としての好奇心から、じゃったんだろうなあ」

 

おもむろに、瀬戸の後ろに座る老人が口を開いた。全員の視線を集める老人は、一気にこの密室で繰り広げられる緊張感溢れる即興劇の主人公となった。

 

「去年、浜名湖・・・今で云う浜名湾か。そこで採取した、あの黄金の怪獣の破片から発見されたそうだ。人類にとって毒にも薬にもならない、宇宙由来の体組織。研究を重ねた結果、そう結論付けられた細胞組織は、半ば捨て置かれるように保管されていた。まあ、あの頃は研究よりも、この国が被った災いをどうするか、皆、必死だったからな。先刻、たまたま、矢野くんが保管室から取り出し、暇つぶしに金色の体組織をバーナーで炙ったところ、ガスが気化することによる発火をしたそうだ。あの黄金の怪獣、果てのない宇宙を旅する中、虚空に漂う様々な元素を付着させていたのだろう。真っ先に電話を寄越したワシに、勢いのまましゃべり出したなあ」

 

まるで孫に昔話をする老人のような口調だったが、高齢に似合わず言葉尻ははっきりしている。高橋はどこかで、この威厳ある喋りを聴いたことがあった。

 

あっ!と声が出そうになった。

 

大澤蔵三郎、今年96になったはずだが、政界を引退した今でも、与野党はおろか日本の中枢に隠然たる力を誇る老人だ。昨年の浜名湖決戦以来、消息がわからないと言われていたはずだが。

 

米沢の電話が鳴った。短く応答すると、瀬戸に耳打ちした。デリンジャー米大使との会談時間が迫っている。

 

ほぼ同時に、岡本の秘書官も電話口で少し言葉を交わした。やはり岡本に耳打ちしたが、ヒソヒソ声は苦手なのか、他者に聴かれても問題ないのか、丸聞こえであった。

 

「尾形教授が、ボーフジェーディ島へ到着されたそうです」

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