・7月12日 21:04 三重県志摩半島沖南東60キロ海底
海上自衛隊第一潜水群第五潜水隊そうりゅう型潜水艦「はくりゅう」
艦内の揺れも収束し、榎並は「被害状況確認!」と幾度か叫んだ。
「左舷損傷、若干の浸水あり!」
「魚雷発射口、破損!修復中!」
続々と報告が上がるが、エンジンやローターに損傷は認められず、再浮上が可能であることは確認できた。
榎並は制帽を直しながら、忸怩たる思いを隠さず歯を食いしばった。
当初、九州南西海域から追跡してきた巨大生物は、大きさからゴジラかと思われる、と報告したことは間違いない。その報告がひとり歩きしたことは事実ではあるが、榎並自身、追跡する対象がゴジラであってほしかった。昨年、東京湾にてみすみすゴジラの東京上陸を許してしまった出来事が念頭にあったのだ。
だからこそ、志摩半島沖の駆除作戦にて決着を着ける思いで後を追ってきたのだ。だがゴジラが新潟県に上陸したという報せを受け、再度追跡対象の詳細調査を命じられたときは愕然とした。アレがゴジラでないのなら、一体なんだというのだ?ゴジラに匹敵するほどの怪獣だとでもいうのか?
それでも、志摩半島沖での駆除作戦は予定通り実行されることとなり、なおも追跡を続けたときだった。先方が急に速度を速めて東へ向かい始めたのだ。
艦の最高速度を以てしても追いつけない速さであったため、上空で作戦実行待ちの対潜哨戒機P-3C、そして駿河湾上で待機していた護衛艦はたかぜ、いずもに対し威嚇のための爆雷投下を要請した。
水中では地上以上に音と振動が伝わる。30キロも離れた場所で炸裂した爆雷群がこちらでも確認できたとき、猛烈な海流が確認された。
はくりゅうは突如巻き起こった海流に為すすべなく航行不能となり、海底に激突、これ以上の追跡は困難となった。
それでもはくりゅうは幸運だった。猛烈な海流は海中だけでなく海上にも巻き起こった。駿河湾に大津波が発生し、護衛艦はたかぜ、いずもが転覆。そのまま和歌山県、三重県、静岡県に津波が襲来したのだ。
だが・・・榎並は唇を噛んだ。目標がゴジラではなかった上、作戦展開上仕方がなかったとはいえ自身の要請で攻撃が行われた結果、護衛艦2隻が失われ、昨年の黄金龍による被災からようやく復興し始めた東海地方は希望の芽を摘まれることとなった。
そもそも、攻撃に反応して如何なる手段で大津波を引き起こしたというのだろうか。ゴジラではないとはいえ、いったい自分たちはどれほどの相手と相まみえているというのだろうか。我々の常識が通用しない相手だというのか・・・。
「艦長、横須賀の総監部からです」
副長の新島が話しかけてきた。
「爾後の追跡・攻撃は横須賀の第二護衛隊、並びに第二潜水隊群、厚木の第三航空隊が引き継ぐとのことです。当艦には、呉への帰投が命じられました」
目の前が暗くなった。固く目を閉じたまま、「わかった」とだけ答えるのが精いっぱいだった。
「再浮上後、当艦は呉へ帰投する。最後まで、諸君一層、気を引き締めるように」
目を開いた榎並は、自身に言い聞かせるように宣言した。
・同日 22:07 東京都千代田区永田町2丁目 首相官邸地下一階 官邸危機管理センター
「現在、巨大生物は旧浜松沖50キロ海中を東へ向けて航行中。横須賀の艦隊群と厚木航空隊にて対象の追跡を継続しております」
高橋の報告はいつもの淡々としたものではなく、焦りがいささか滲んだものだった。
「攻撃は?再度、行われるのか?」
瀬戸が訊いた。
「進行方向次第ですが・・・首都圏への接近が確実となれば、千葉県館山沖10キロの地点にて総攻撃を実施する方針です。横須賀の総監部に近く、いわばホームグラウンドでの迎撃となるため、同時多重攻撃によって撃滅を期すことを目的としております」
今度は荒川が答えた。
「とはいえ、相手は先の攻撃に反応してあれほどの津波を引き起こしたのだろう。もし東京湾にて同規模の津波が拡がった場合、湾内沿岸は壊滅的な被害を受けるはずだが」
瀬戸の懸念はもっともだった。ようやく機能が回復し始めた東海地方の自治体から寄せられる津波被害は、極めて深刻だったからだ。
「先はあくまで威嚇のための爆雷投下でした。今回は集中投下型の爆雷に加え、同時展開する潜水艦群からの魚雷にて対応します。また相模湾手前にて、対象の詳細を明確にすべく潜水カメラ、ソナー群での調査を行います」
そう答える荒川にも、若干の焦りと緊張が見られた。正直なところ、相手が未知数すぎるのだ。恒例の同時多重攻撃を敢行して撃滅できる保証もない。できることを精一杯こなすのだ、そう言外に聞こえてきた。
「津波の被害は、その後どうかね?」
瀬戸が訊くと、北島の背後からメモが渡された。
「22時現在、死者340名、負傷者・行方不明者は相当数に上っています。新宮市では熊野速玉大社まで浸水被害、旧浜松、浜名湾では建設会社の復興拠点が津波で複数流され、静岡県焼津市でも床上浸水が報告されました」
北島の報告で、深刻な嘆息があちこちから漏れた。
「作戦上とはいえ、自衛隊の攻撃で相手が怒り心頭となったわけだ。これは不可抗力だろうが、批判は今後大いに予想されますなあ」
柳が誰ともなくつぶやいた。高橋と荒川は目を伏せ、北島は冷たい視線を柳に向けた。
「ゴジラの状況は?」
瀬戸が空気を変えるように、高橋と荒川に訊いた。
「22時現在、見附市から長岡市へ達しました。上空ではメガギラスが旋回、ゴジラと小競り合いを繰り返しながら南下を続けています」
高橋が答えた。
「長岡市では避難に伴う混乱が発生。交通渋滞はもちろん、複数の事故と・・・駅前では群衆雪崩によりけが人が多数出ているとの報告です。現在近隣の消防、警察・・・予想進路外の柏崎や米山といった自治体ですが・・・応援を要請しているものの、引き続き混乱は避けられないものと思われます」
「現在、関越自動車道は新潟県内全域で通行止め、上越・北陸新幹線も運行を見合わせてます。避難誘導は信濃川沿いを中心に行われてますが、避難対象地域外でも自主避難を始める住人が多く、交通統制の徹底を図ることである程度の鎮静化を進めております」
北島、次いで佐間野が答えた。
「報告によれば、新潟市、長岡市はともかく、周辺自治体の避難活動は比較的順調と聞いておりますが?」
望月が北島に訊いた。佐間野が頷き、代わりに答えた。
「新潟県は道路交通網が他県に比べて発達してます。バイパスの多い国道・県道共に高規格である上、日本一ともいえる水田地帯を抱えるため、広域農道も多く郊外へ逃れやすい環境です」
「田中角栄に感謝すべきだな」
柳のつぶやきはさておき、高橋に新たなペーパーが届けられた。
「作戦B-02を実行すべく出動した特殊作戦群、第一空挺団が群馬県相馬原駐屯地に到着しました。これにより、ゴジラの進行方向如何での作戦実行地帯へ迅速に向かうことが可能です」
「折からの新潟県南部の豪雨災害により、既に陸上自衛隊高田駐屯地の第二普通科連隊が災害派遣で十日町・石打地域へ出動しています。ゴジラの進路を調査・分析するよう、現地行動隊に追加で命じました」
高橋と荒川が答えた。
「いずれにせよ、山岳地帯での作戦実行となるため、明日明け方に作戦開始となります。必要な装備・兵器はそろえておりますため、あとは飯山方面か、十日町方面かで実施個所の見極めを行うのみです」
荒川の言葉に頷くと、瀬戸は北島に向き直った。
「飯山・十日町地域は、豪雨によって既に避難活動が行われているが、ゴジラ接近による再避難への対応はどうなっているかね?」
「尾形教授が話された通り、ゴジラは信濃川沿いを進んでいるため、飯山・十日町各所において比較的河川に近い避難所はより内陸への避難を進めております。再避難場所の選定に手間取る自治体もありますが、今夜半には目処がつくそうです」
「わかった。なおも速やかな対応を頼みたい。自衛隊の作戦実施時、住人が逃げ遅れているといったことのないように」
瀬戸が言うと、北島は頷き、消防庁の担当者と短く打ち合わせた。
「これは私の素朴な疑問ですが」と、望月が口を開いた。
「ゴジラは何か、明確な意思を持ってどこかを目指しているのでしょうか?」
誰に訊いたわけでもなく閣僚たちは返答に窮したが、高橋が気を取り直して言った。
「ゴジラに意思はあるか、どこへ向かおうとしているのかは不明です。ですが、防衛省では今後、首都圏への侵攻を念頭に対応を図っております」
「国交省でも、ゴジラが新潟の防衛網を突破した場合を考慮して、総務省・警察庁と連携し首都圏における鉄道網・道路交通網を駆使した避難計画の策定・確認を既に行っております」
佐間野が言うと、縁起でもない、と言いたげに高橋と荒川が睨みつけた。