・7月13日 4:30 新潟県十日町市小出葵 十日町市立清津倉下小学校
『この時間は予定を変更して、東京半蔵門のスタジオから吉住紀美子がNFN、日本エフエムネットワーク報道特別番組をお送りしております。お伝えしております通り、昨夜新潟県新潟市に上陸したゴジラは、4:20現在新潟県十日町市付近を侵攻中。政府はゴジラと、争いつつ侵攻を続けるメガギラスに対し4:40を期して総攻撃を実施すると発表しました。こちらに関しては続報が入り次第お送りします。この時間の最新ニュースです。新潟県警察本部の発表によれば、昨夜上陸したゴジラにより、新潟市だけで犠牲者が5万人に及ぶとのことで、現在犠牲者の身元確認と負傷者の救助が夜を徹して行われております。ただ、ゴジラが発した放射能熱線により、市内中心部では高濃度の放射能汚染が深刻さを増しており、救助活動に著しい支障が生じております。続いてのニュースです。米国自然災害危機管理庁は、ユタ州イエローストーン自然公園噴火の兆候が一層高まったとして、ユタ州、ワイオミング州、アイダホ州全域に避難勧告を発令しました。続いて、インドネシア・西パプア州政府は、ニューギニア島山間部で発生した大規模火災が消火活動の甲斐なく今後さらに拡大するとし、西パプア州全域に非常事態を宣言しました。この火災は、放火による人為的なものであるとの情報も寄せられ、インドネシア政府は・・・・・・』
棚倉はラジオに耳を傾けながら、はやる心を必死に押し殺していた。豪雨の情報が気になり、児童たちを休ませてからもずっとラジオを聴き続けていたのだが、ゴジラが新潟市に現れ、県南地域に侵攻しているとのニュースが入ってからはより一層目が冴えた。
午前2時、ゴジラが越後川口から十日町方面へ向かい始めてからというもの、情報源がラジオしかないため気が気ではなかった。もし、この清津峡に侵攻してきた場合を考え、児童たちが休んでいる隙に外へ出て、避難路の確認に動いたのだが、普段児童たちの遊び場になっている裏山では土砂崩れがあちこちで起きており、のどかな遊歩道は完全に流出していた。
下流に注意を向けたが、清津川は濁流となって県道の橋すぐ真下に迫っていた。さらにその先では、県道が堤防ごと川に雪崩れ込んでおり、下流へ逃れることもできそうになかった。
夜半になって雨が上がったのは幸いだが、濁流がすぐに収まる保証もない。とにかくこうしてラジオに耳を傾け、ゴジラの進行方向に神経を集中させるしかなかった。
だが3時過ぎ、低学年の子どもたちがトイレに起き出してきた。子どもたちに余計な不安を与えぬべくラジオの音を極めて小さくはしていたが、棚倉はしばらくの間ラジオの電源を切り、夜のトイレに怯える子どもたちを励ましつつ用を済ませた。
その後も上空を何度か戦闘機が飛び交い、子どもたちが目を覚ましてしまった。そのたびにラジオを切り、話し相手になることで不安を和らげようとする。そのため満足にゴジラの進行状況が把握できない時間が続いていた。
海外のニュースも気になるが、とにかくゴジラの情報をもっと報じてほしかった。十日町に侵入したらしいことはわかったが、どこへ向かおうとしているのか。飯山方面へ抜けてくれるなら・・・だがどこへ抜けようとも、ゴジラが歩くだけで家が潰され、道路が踏み抜かれ、その後残留放射能に苦しめられる土地が増えるばかりだ。
昨年、大学4年の夏休みを利用してサークルの仲間たちとゴジラに蹂躙された北海道の厚岸町に災害復旧ボランティアとして行ってきたのだが、町の中心部は放射能除染が遅々として進んでおらず(東京の除染が優先されたため)、今後数年に渡り帰還困難区域となってしまっていた。復旧の手伝いどころか、仮設住宅で炊き出しの手伝いをするだけに終始してしまった。
『・・・いま入りましたニュースです。防衛省によれば、新潟県清津峡にて実行される予定だったB-02作戦、ゴジラ撃滅作戦を一部中止、指向性爆弾のみの攻撃とすることを決定しました。現在、作戦実行地点である清津峡にて、昨日の豪雨災害により孤立していた小学校に児童・教師が取り残されているとのことで、陸上自衛隊特殊作戦群による救出活動が行われる見通しです』
全身に衝撃が走った。同時に、昇降口から人の声がした。
「誰かいないかあー!」
棚倉はラジオを切り、子どもたちが雑魚寝している教室へ急いだ。
「先生、誰か来たみたい・・・」
案の定、子どもたちは声に反応して全員が目を覚ましていた。恐怖で顔が引きつる子もいた。
「大丈夫、だからね」
そう言う棚倉も一瞬言葉が詰まった。
ドヤドヤと音がして、全員が身を強張らせた。ずぶ濡れ、泥まみれの男性2名が入ってきた。
「棚倉先生ですか?」
恐怖のあまり、声も発せず頷いた。子どもたちが怯えるように身をすくめたので、棚倉は守るように手を広げた。
「陸上自衛隊の者です。ゴジラが近づいています。一緒に来てください」
先に教室へ入ってきた男が声を上げた。よく見ると小銃を携行しており、顔は黒く塗られている。助けに来てくれたとはいえ、いままで自分たちしかいなかった空間に他人が入ってくるのは、いささかの恐ろしさがあるものだ。
「は、はい。でも、土砂崩れで逃げ場が・・・」
「大丈夫です。ヘリを要請しました。間もなく校庭に参ります。降りたらすぐ、乗ってください」
後ろの隊員が落ち着いた声で言った。
「・・・わかりました。みんな、支度して、行くよ」
「先生、ゴジラってどぉしたの?」
「ゴジラ、またきたの?」
子どもたちにはゴジラが迫っていることを話していないのだ。低学年の女の子が涙を流し始めた。
「こわい・・・ゴジラこわい」
「大丈夫だよ萌絵ちゃん。ゴジラが来る前に助けに来てくれたんだから、ね。みんな一緒だから、行こ」
棚倉が励ますと、高学年の子どもたちが「ほら、大丈夫だよ」「泣かないで」と一緒に励ましてくれた。
『T-01、こちらブラックホーク2号。メガギラスはF-15の誘導により越後川口方面へ向かった。ゴジラは西田尻付近を侵攻中。あと3分で現着予定。送れ』
隊員の無線が鳴った。
「T-01了解。児童・先生全員の無事を確認。校庭にて待機する。送れ」
『ブラックホーク2号、了解。終わり』
「さ、先生。お早くお願いします」
隊員に促され、棚倉は子どもたちと昇降口へ向かった。たしかに、ヘリの音がする。
「あの、ここでゴジラを迎え撃つってラジオでいってましたけど?」
棚倉が訊いた。隊員が県道の突きあたり、清津トンネル付近を指さした。
「つい先ほどまで、あの山の裏側から徒歩で侵入し、山の尾根伝いに爆弾を設置しました。ゴジラがあそこに足を踏み入れたが最後、強力な爆風でゴジラ抹殺を図るのです」
「もしゴジラが突破しても、さらに奥の尾根にて現在爆弾を設置中です。人工的に山崩れを起こし、ゴジラを生き埋めにしてしまうのです」
私たちが暮らす清津峡でそんなことを、と棚倉は非難しかけて言葉を飲み込んだ。複雑な表情の棚倉を察知した隊員2人は、軽く咳ばらいをして校庭に誘導した。
『至急至急、こちらブラックホーク2号!』
「至急至急、送れ」
『メガギラスが急遽転進、清津峡方面へ向かっている!救出を急ぐ・・・肉眼でメガギラスを確認!くそう、ここまで来て・・・!』
周囲に一陣の風が舞った。地面の雨粒と砂が巻き起こり、久しぶりに仰いだ夜明け近くの青空が一瞬霞んだ。
紫色の何かが上空を旋回すると、不快な音を立てて西田尻方面へ飛んでいく。しばらくしてまた頭上に飛んできたかと思うと、戦闘機の爆音が近づいてきた。
「こちらT-01、救出がまだ完了していない!上空での攻撃は・・・」
隊員が悲鳴のような声で無線に怒鳴ったとき、耳をつんざくような鈍い音がした。耳を塞いだまま目を開けると、真っ二つになったF-4戦闘機が川の向こうに墜落し、真っ黒な煙が吹き上がった。
頭上のメガギラスは、上空に滞留したまま挑発するように羽根を上下させている。背中がかゆくなるような啼き声を上げると、羽根の上下が激しくなった。
強風でゴールポストが倒れ、体育用具入れが軋み声を上げる。隊員に誘われ、校庭の隅に集まって身を低くした。
「先生―!」
子どもたちが叫ぶ中、棚倉は必死に子どもたちの肩を撫でた。
『こちらブラックホーク2号、校庭に接近できない!繰り返す、メガギラス接近により校庭に着陸できない!送れ!』
「こんちきしょう!」と短くつぶやくと、「こちらT-01、子どもたちを連れて退避する、終わり!」と無線に怒鳴り、「先生、山の向こうへ逃れる道はありませんか!?」と訊いてきた。
「大雨で裏山の道が寸断されてます!それに、あっちの山は土手が険しくて・・・とても子どもたちには・・・」
言いながら、棚倉は強風に混じり、地面が揺れるのを感じた。ズン・・・ズン・・・ズン・・・。不気味な鳴動が足元から鼓膜を揺らす。
「おい、オレたちが伝ってきた道は・・・」
「ダメだ。レンジャー課程修了したオレたちだから山越えできたんだ。とても・・・」
隊員2人は唇を噛み、絶句した。立っていてもぐらつきを感じる。
「先生!」
子どもたちがしがみついてきた。
「みんな一緒になって!大丈夫だから!」
焦りと恐怖で声が上ずったが、それでも棚倉は子どもたちを鼓舞した。
「先生、他に隠れられそうな場所はありませんか!?」
「そんなこと言われても・・・」
必死に頭を巡らせたとき、ふと思い浮かんだ。体育館には舞台袖から半分地下に埋まっている通路があり、その通路にある倉庫なら、あるいは・・・。
「た、体育館に地下通路があって、そこなら・・・」
迷っている暇はなかった。隊員2人は頷くと、「よし、子どもたちと一緒にすぐそこへ!」と動きだした。隊員たちにサンドイッチされながら、棚倉は子どもたちを連れて小走りに動いた。高学年の子たちも、顔が土色になっている。自身も恐怖で叫びたくなったが、唾と一緒に叫び声を飲み込んだ。
「みんな、大丈夫だからね。先生がついてるから!」
声をかけながら体育館に入ると、舞台袖に子どもたちと隊員を進ませて、倉庫の鍵を取りに舞台袖の用具室に急いだ。
ドンッ、という音がして、体育館の照明がブランブランと揺れた。子どもたちが悲鳴を上げるが、棚倉は悲鳴を押し殺した。
鍵を手に取り子どもたちの元へ戻ろうとしたとき、一層の揺れが体育館を襲った。そして揺れは一瞬だけではなく、ズズズズズ、と奇妙な地響きが聴こえた。
下流の先に、黒い巨体が姿を現した。建物が細かく揺れるほどの唸り声を上げつつ、こちらへ迫ってくる。
強風が体育館の屋根を叩いた。メガギラスがゴジラへ突進し、激しく競り合う。急ぐ棚倉は足がもつれ、前のめりに転倒した。
「先生!」
子どもたちが声を上げる。
「先生、しっかり」
隊員に助け起こされた。
「ありがとうござ・・・あっ」
全身に寒気が走った。体育館の上窓から、ゴジラの背後が青く発光しているのが見えたのだ。
ニュースなどで、何度も見た姿だった。隊員たちも、子どもたちも時が止まったように顔を強張らせた。
「伏せて、伏せろ!!」
隊員が怒鳴った。棚倉は子どもたちに覆いかぶさるようにしゃがんだ。ゴジラの光が強さを増した。絶叫を上げる子どもたちを強く腕で囲い、目を閉じた。
一瞬、強烈な青い光が体育館を照らした。だが、それ以上何も起こらない。
もしかしたら、痛みも感じる間もなく死んだのか・・・そう思って目を開くと、青い光ではなく、金色の光が周囲に溢れていた。
呆気に取られて顔を上げると、不思議と恐怖心がなくなった。金色の雪が絶え間なく体育館の外に舞っているのだ。その先では、全身から白煙を立ち昇らせたゴジラが唸り声を上げている。
ゴジラの背後向こうに、メガギラスが飛び去っていくのが見えた。そして、それを追うように飛んでいく、黒い羽根を持った怪獣。
子どもたちを見ると、恐怖が消え去ったように驚き、というより感心したように金色の雪を見ている。
「きれい・・・」
女子たちが口にする。甲高い、それでいて心地よい啼き声が体育館の真上から聞こえた。柔らかい風が舞い込み、ゴジラの頭上に何かが現れた。白と黄色、赤と黒・・・とにかく極彩色に彩られた全身から金色の雪を溢れさせる、蛾、というか、蝶のような怪獣。
ゴジラの全身が再び青く光った。一気に恐怖が蘇り身体を身構えたが、発せられた青い光の筋は一直線に伸びず、分散して四方八方に飛び散った挙句、次々とゴジラの身体に突き刺さった。
白煙が炸裂し、大きくうめくゴジラ。蝶の怪獣は急降下してくると、ゴジラの顔面に羽根をぶつけた。仰向けに倒れ込んだゴジラに地面が揺れ、棚倉たちはたじろいだ。
起き上がろうとするゴジラに、前脚で頭をひっかく蝶の怪獣。うざったげに咆哮を上げつつ、でんぐり返り清津川に転がるゴジラ。
「先生、いまのうちだ、早く倉庫へ」
隊員が言った。
「・・・よし、みんな、先生についてきて」
自分でも驚くくらい、力強い言霊を帯びていた。
「はい!」
児童たちが元気よく返事する様は、いつもの授業風景そのままだった。