・7月13日 7:47 東京都千代田区永田町2丁目 首相官邸地下一階 官邸危機管理センター
「それは、事実なのだね?」
急遽設けられた防衛省・国家安全保障局による総理レクの場で、瀬戸は緊張した面持ちで高橋に訊いた。
「間違いないようです」
瀬戸に劣らず、高橋の表情も強張っている。
本来は個別省庁による総理レクどころではないのだが、防衛機密に抵触する内容であることと、閣僚とはいえ全員には聞かせられない内容であるため、5分と時間を限って行われることになった。瀬戸と望月、そして防衛省と同様に案件の所管官庁となる外務省からは氷堂外務大臣と審議官以上の役職が同席することとした。
今朝7時過ぎだった。アメリカ国防情報局DIA、並びに中央情報局CIAからそれぞれ防衛省、外務省北米局に情報がもたらされた。
一昨日、九州南西海域に現れ日本の排他的経済水域を侵した中国海軍の潜水艦が、日本領海内で怪獣と思われる巨大生物と接触していたこと、その際にわずかながらも対象の撮影に成功しており、体長こそ似通ているものの、ゴジラとは明らかに異なる赤い皮膚が確認されたというのだ。
「防衛省からの報告を受け、うちの北米局でも確認を取りましたところ、アメリカ国務省より同様の回答が寄せられました」
氷堂が前のめりに報告した。
「だがなぜ、中国は警告を発しなかったのだろうか」
瀬戸が揃いの面々に目を寄せながら訊いた。高橋は氷堂と目を合わせたが、そちらでどうぞ、と顔で示した。
「もし我が国にありのままを警告した場合、中国艦船が日本の領海を侵犯していながら、接近する巨体を感知できなかった、あるいは感知に手間取ったとこが明るみに出ます。さすれば中国海軍は海中での索敵能力が粗末であると宣言するようなものです。また我が国、ないしは米国がこの件に問い合わせたとしても、中国は否定するでしょう」
高橋が答えると、瀬戸は強く目をつむった。
「この赤い皮膚を持つ怪獣が、昨夜東海地方に津波をもたらし現在伊豆半島、下田沖を航行している巨大生物と同様である可能性が高いです。もしも中国からあらかじめ警告が為されていた場合、志摩半島沖での作戦展開含め考慮の余地はあったものと思われますが、いまとなっては結果論です」
さらに高橋が言うと、瀬戸は強く閉じた瞼を開いた。
「腹ただしい限りだが、いまは中国を責め立てるよりも、ゴジラを含め国内に出現している怪獣への対応を協議するべき、だろうね」
顔を洗うように両手で顔を覆う瀬戸。周りの望月らは首を縦に振った。
「まずは、いまそこにある危機への対処ですな」
望月の言葉に瀬戸は頷くと、高橋に顔を向けた。
「例の、メーサー兵器に関しては、開発はどうなっている?」
「現在、防衛省兵器開発室と共同で、京葉工業地帯にある難波重工本社で開発が進められております。試作機の完成は早ければ近日中に・・・」
答えながら、高橋はCGプリンタで印字された戦車画像を瀬戸に見せた。
「現時点の仮称ですが、メーサー攻撃車と呼称しております。陸上自衛隊の16式機動戦闘車をベースに、キャタピラではなくタイヤ走行にて進行することにより、最大時速60キロで走行可能。砲身が長いためバランスが取りづらく、悪路走行はさらなる研究を要しますが、こと関東平野においては、移動に関して問題はないと考えられます」
「願わくは、この兵器が必要となる前にゴジラ掃討を果たしてもらいたいものだがね」
瀬戸の言う通りだった。近日中、と高橋は言ったが、仮に完成まで1週間程度要するとして、その間ゴジラが暴れ回ったとすれば、被害は計り知れない。
「おっしゃる通りです。先ほどの閣議で申し上げたように、ゴジラが今後いずれかの方向へ侵攻したとしても、対戦車ヘリ部隊と陸上部隊が連携した集中攻撃を骨子とする作戦を既に準備中です。その場合の基幹部隊となる宇都宮駐屯地では、いつでも出動できる態勢を整えております」
高橋が話し終えると、望月が「そろそろお時間です、閣僚ルームへ」と促した。
一方総理レクの間、その他の閣僚が所管官庁と打ち合わせる中、佐間野は檜山からのメールを見返していた。
かねてより、檜山が行動を共にしている双子姉妹の予言は気になっていたが、今後首都圏が戦場となるなどといった話にはこれまで懐疑的だった。だがいまは予言をなぞるかのように現実になりつつある。ゴジラと2匹の蝶怪獣(モスラとバトラなどと呼ばれているらしいが)が争った結果、土砂崩れでゴジラは身動きが取れず侵攻が妨げられているが、急遽入った総理レクの前、ゴジラの侵攻再開は時間の問題と報告を受けていた。そして、清津峡を抜け群馬県へ達する可能性が高い、とも。
ゴジラが出現する前に行っていた、首都圏における避難活動での交通規制のシミュレーションがここに来て役に立った。日付が変わる頃には、ゴジラ首都圏侵攻を想定しJRおよび私鉄各線、NEXCO東日本とのコンセンサスは得られていた。あとは、首都圏全域を対象とした怪獣災害緊急事態を宣言するのか、具体的な避難対象地域をどのように決定するのかさえわかれば、実行に移すのみだ。
ふいに肩を叩かれた。
「先に確認だけど、首都圏全域に緊急事態が宣言された場合、鉄道での避難はどうなるの?」
隣席の北島が訊いてきた。
「群馬県においては、上越線と両毛線を利用することになる。上越新幹線は高崎から上りのみ運行する。侵攻具合にもよるが、東京、上野、大宮での乗り換えを用いて避難誘導に当たることとなる。避難誘導には地元県警、JRが共同で請け負うことになっている」
「新幹線の運行は何分単位?」
「当面、高崎折り返しで最大25分間隔だ。緊急事態が宣言され次第、改札を行わず非常時運行体制が実施される」
「去年のカマキラス騒動の際に、当時の神奈川県知事が独断で行った避難体制が基準になっってるんだっけ?」
「ああ、そうだ」
佐間野は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「緊急事態とはいえ、よくも好き勝手やってくれたと言いたくなる。事態が収束して直後、うちの鉄道局が激怒してな。あれやこれや、策略や圧力を行使して知事を辞任に追いやってやったよ」
「でも、あの判断で助かった人も多かったんでしょう?」
「そうだな。個人的には、大いに評価してるんだが」
立場上表立って賛意を示すわけにはいかなかった。現に背後の国交官僚たちは気が気でなさそうに佐間野に視線を送っている。
ちょうど、瀬戸と望月が高橋と氷堂を伴ってセンターへ戻ってきた。閣僚たちは背筋を伸ばし、あちこちで咳払いが聞こえた。
瀬戸らが着席したとき、防衛省の役人が高橋に何かを耳打ちした。高橋の眉間に皺が寄った。あまり嬉しい報せではなさそうだ。
「ゴジラ哨戒中のヘリ部隊から報告です。山体崩壊により崩れた土砂を押し退け、ゴジラが行動を開始しました。間もなく群馬県境に侵入するそうです」
「総理・・・」
望月は表情を変えず、最小限の言葉で瀬戸に下駄を預けた。しばし沈黙があった後、瀬戸は小さく、しかし力強く頷いた。それはすなわち、首都圏全域への非常事態宣言発令を意味していた。望月は静かに目を閉じ、高橋は指を組む力を強めた。
8:18 ゴジラ、群馬県に侵入。
8:34 猿ヶ京温泉郷との連絡が途絶える。
8:46 水上町にて大規模火災が確認される。