怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 4ー

・7月10日 17:24 ロシア連邦 クリル列島 ボーフジェーディ島

(日本名:千島列島 神子島)

※日本より2時間進んでいることに留意

 

 

ボーフジェーディ島が見えてきました、との報告を受け、尾形はロシア科学アカデミー所有観測船『ラートカ』の船内から灰色の空の下に見える景色を感慨深く仰いだ。

 

海岸線は周囲7キロに満たず、千島列島に数えられる島の中では小さいが、海岸線から急にそびえる双頭の山が特徴の島は、薄く漂う霧の向こうにはっきりと姿を見せてくれた。

 

かつて船から、そして空から観測したことはあっても、上陸だけは叶うことがなかった。学術的調査の理由でもロシアからの上陸許可が下りなかった上、ある意味でチェルノブイリ、あるいはフクイチ以上に人類が近づくことが憚られる土地であった。

 

この1年、北方領土開発や極東地域と日本との経済交流など、外交的に軟化の姿勢を取り始めたロシア政府が、とうとう旧神子島への上陸を許可してくれたのだ。文科省の担当者の話では、日本政府とロシア政府とで極秘の取り決めが交わされたともっぱらの噂だったが、外交的な駆け引きはこの際どうでもいい。

 

尾形は防寒着を羽織ると、デッキに降りた。大型の漁船クラスであるこのラートカ号は、乗り心地はお世辞にも良いとはいえず、尾形は何度も食事を逆流しかけた。まあ、観光船ではないのだ。贅沢は言うまい。

 

夏だというのに湿気た冷たい風が、尾形をまとった。温度計をたしかめると、わずか8℃。風速は4メートル。体感的には5℃を下回るだろう。

 

この凍てついた空気とは裏腹に、尾形は湧き上がる熱い期待を抑えきれずにいた。

 

「これはこれは、少年のような瞳をしておいでですな」

 

観測船の責任者であり、ロシア科学アカデミーのアガフォノブナ・グラーニン博士が厚いコートに身を包んで現れた。傍らには、防弾衣のようにいかついコートを着用した兵士が2名。いずれも、軍の御目付役だ。

 

「船酔いも吹き飛びましたかな?」

 

グラーニン博士は流暢な英語で問いかけてくる。外務省からロシア語に精通したロシア課の職員も通訳として随行してはいるが、グラーニン博士との会話は英語で事足りた。

 

「いやはや、お恥ずかしい。どうも船に弱くて」

 

照れ笑いを浮かべる尾形。グラーニンは豪快に笑い、懐からステンレス製のスキットルを取り出した。

 

「ロシアでは、船で酔う前に酒に酔ってしまえば大丈夫と云いましてな」

 

そう言ってひと口ウオッカをあおると、「教授もいかがです?」と薦めてきた。

 

「いえ、結構です。ありがとうございます」

 

グラーニンは少し不満気にスキットルをしまった。酒は好きだが、ウオッカは苦手なのだ。

 

「先にお話しましたが、ゴジラが出現してから、島の中央に存在していた氷の層はすべて溶けてます。昨年はこの辺りでも珍しく、昼の気温が25℃にも達する日が続きましてな。おそらく60年ぶりでしょう、氷に閉ざされないボーフジェーディ島は」

 

だんだんと近づいてきた島へ視線を向けたまま、グラーニンは言った。

 

「ところで教授、我が国の頑固な政策によって調査がままならなかったとはいえ、なぜ今になって島の現地調査を?日本政府たっての希望とはうかがっているが」

 

グラーニンが訊いた。ウオッカで温まっても、寂しい頭は別なのだろう、暖かそうな毛糸の帽子をかぶった。

 

「仮死状態にあったとはいえ、ゴジラはこの地で60年あまり存在したのです。ゴジラの生態に関する謎が少しでも解けるかもしれない。その上、かねてより、不思議に思えてならないことがあるのです」

 

やはり島へ視線を向けたままの尾形はそう答えた。二の句を継がない尾形を、グラーニンは怪訝に見つめた。

 

「あの無敵ともいえるゴジラの数少ない弱点は、低温です。生態活動から、ゴジラは恒温動物と考えられますが、それでも、極端な低温下では動きが鈍ってしまうのは、65年前の神子島爆撃で証明されています。果たしてゴジラはなぜ、大阪襲撃後自身にとって過酷な環境である神子島を目指したのか。私の長年にわたる疑問でした。その答えが解けるかもしれない」

 

「ほう。さしずめ、ゴジラをシベリア以北の永久凍土まで誘導できれば、活動を封じることができそうですな」

 

「実は似たような案を、日本政府と自衛隊に提出しています。もし、この神子島にゴジラを惹き寄せる何かがあれば、65年前と同じ作戦でゴジラを再度凍結させることが充分可能です」

 

だんだんと語りが熱くなってくる尾形に、グラーニンは口元を歪ませた。

 

「まわりくどいことをせず、私なら、ゴジラ討伐に戦術核兵器の使用を提案しますね。まあ、核を持たぬ貴国ならではの発想ですか」

 

グラーニンは軽い皮肉のつもりだったが、尾形の顔は険しくなった。

 

「それだけは、絶対にしてはならない」

 

語気が強まったのがわかり、グラーニンは背を正した。

 

「だが人類が保有する兵器では、核兵器以外にゴジラに通用する兵器はないこともたしかでしょう。ゴジラを海上誘導の後、原潜からの戦略核弾頭にて公海上で駆逐する作戦は、ロシア軍でもたびたび議論されています」

 

「あなた方は、核兵器が使われた後の恐ろしさを知らない」

 

尾形は語調だけでなく、視線も強めてきた。これ以上は怒らせてしまうだろう。グラーニンは口を結んだ。

 

「それに、私はゴジラを倒そうなどとは考えていません」

 

「どういうことです?」

 

尾形の意図がわかりかね、グラーニンは訊いた。

 

「厚い氷に閉ざすことで、ゴジラを倒すのではありません。元の場所へ、還してやりたいのです」

 

ますますわからなくなり、「元の場所とは?」と訊いた。

 

「深い眠りです。人類が核を使わなければ、ゴジラは太古の地層で眠り続けたはずなのです」

 

グラーニンは首をすくめた。事前のレポートは読んだが、噂通り、やや変わった思考の持ち主のようだ、この尾形という男は。

 

そういえば、本来この調査に混ざるはずだったオックスフォード大学のビグロウ教授も、似たような主張をしていた。幸か不幸か、ムルマンスクで発見されたマンモスの調査に駆り出されてしまったが、もしこちらへ参加していたら、変人だらけの調査団となるところだった。

 

 

 

 

 

 

到着後、ロシアと日本の調査団一行はただちにゴジラが眠っていた氷河跡を歩いた。残留放射能はすでに問題のないレベルまで低下していた。

 

「放射能防護服が無駄になったのは良いことだ」

 

グラーニンはそうぼやくと、海岸線から急に角度がきつくなる坂を登り出した。

 

日没前までのおよそ2時間にわたり、氷河跡の調査が行われた。だが、氷が溶けた山の谷間は荒涼とした土と岩の世界だった。時折、神子島爆撃の際に犠牲となった日本の戦闘機の残骸が見つかる程度だった。

 

「特段、目新しいものはないな」

 

グラーニンはそう結論づけた。骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだろう。こんな場所を調査したいなどと、日本政府と尾形は相当なもの好きだ。

 

調査の後、尾形たち日本の調査団はここからウルップ島へ移動、ウルップにあるセベロスコフ飛行場から専用機でアメリカのアラスカを目指すらしい。そろそろ飛行機の時間も考慮すべきだ。ここに長居は無用。

 

「博士」と、随行している科学アカデミーの職員が声を上げた。

 

「何だねそれは?」

 

グラーニンは職員が手にする、人の顔程度の大きさの物体に目を剥いた。

 

「わかりません。虫にしては大き過ぎます」

 

見た目以上に重量があるらしく、支える手が震え、顔が歪んでいる。

 

「こんな昆虫、見たことないですね」

 

随行の兵士が職員に手を貸した。

 

「いや昆虫ではないな。とはいえ魚介でもない。甲殻類、むしろ、ゴキブリか・・・」

 

皆が首をかしげていると、日本の調査団員も同じ物を持ってきた。

 

「あちらにもありました。これ以外にも数体。すべて死んでいるようですが」

 

ロシア語で説明する日本の職員だが、やはり正体をつかみかねているようだった。

 

「まあ、本国へ戻り研究してみよう。して、尾形教授は?そろそろウルップへ向かわないと」

 

グラーニンが訊くと、日本の職員たちは気まずそうに背後を向いた。

 

はるか先、山の尾根に佇む尾形の姿が見えた。

 

「まったく、何を時間喰っているのやら」

 

やや憤慨気味につぶやき、「尾形教授!」と大声を張り上げた。好奇心は学者に必要不可欠なものだが、度が過ぎるのも考え物だ。

 

しばらくして尾根を降りてきた尾形は、写真に収めた画像をグラーニンに見せた。

 

「博士、この尾根の反対側。ここは、元々これほど急な断崖でしたか?」

 

そう言われ、グラーニンは目を近づけた。

 

「むむう、なんとも。これが、どうかしましたか?」

 

「これほどのがけ崩れ、気候によるものとしては不自然ではありませんか?」

 

ロシア側はもちろん、日本側の調査団も不思議そうな顔をした。この画像にではない。尾形の言動にだ。

 

「この辺りは海流も激しく、強い波で島が削られることは珍しくありません」

 

随行の兵士がロシア語で答えた。外務省の職員は忠実に通訳し、尾形に伝える。

 

だが尾形は得心がいかぬらしく、首をかしげるばかりだ。

 

「この島の地形を観測したデータがあれば、よりわかりやすい。データはありますか?」

 

今度は尾形の言葉を、グラーニンがロシア語に通訳して兵士に話した。

 

「そりゃあ、エトロフとウルップの観測所で撮影したものが本国に転送されてますが・・・」

 

いい加減尾形の意図がつかみかね、不機嫌そうに答える兵士。尾形はかまわず、画像に見入るばかりだ。

 

陽が落ちてきたのか、ただでさえ曇り空の神子島は薄暗くなってきた。暗くなる前にウルップへ、と船を出航させたが、ウルップまでの航路及び、アラスカまでの飛行中も、尾形は顔が晴れないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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