怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 61ー

・7月13日 11:42 神奈川県逗子市山の根1丁目 メゾングレープヴァイン 302

 

 

「うるせえなあ・・・」

 

目をこすりながら、市来龍弥はベッドから起き上がった。喧騒響く外を見ると、JR逗子駅からファミリーマートまで人だかりができている。

 

外は抜けるような青空だが、海水浴にも少し早い。そもそも、逗子海岸で遊ぶような格好ではない人ばかりだ。

 

「ああ、そうか・・・」

 

そういえば、始発で帰ってきた時耳にした。昨夜新潟に上陸したゴジラが首都圏へ侵攻を始めたとのことで、首都圏のJR各線が避難行動に利用されることになったとか・・・。逗子駅はダイヤにもよるが、横須賀線・湘南新宿ライン終点の駅だ。とにかく終着駅まで乗っかる人も多いのだろう。だが徹夜明けの市来にとっては、はた迷惑な話だ。

 

新宿にあるシステムメンテナンスの会社に勤める市木にとって、夜を明かした仕事は珍しくなかった。顧客となっている企業に赴き、オフィスのネット環境のメンテナンスをするわけだが、当然相手先が勤務中であれば仕事に取り掛かることができない。必然的に社員が退社した夜間に行うことになる。それも、日中は顧客への営業とシステムのプレゼンテーションをこなした上で夜間も業務を遂行する。夜勤明けは休みになるとはいえ、なかなかのブラックな職場環境だった。

 

しかも昨夜は、メンテナンスを請け負った大塚の企業へ向かう途中でゴジラが新潟に出現したことで、同僚の川村が「家族が心配だ」との理由で帰宅してしまった。

 

『川村は所帯持ちだからな。頼むよ、市来』

 

上司の畠中が電話越しに頭を下げてはきたが、渋々了承しながらも不貞腐れたまま市来1人でメンテナンスに取り掛かることにした。

 

2人でやれば日付が変わる頃には終わる量だったが、完了したときは空が明るくなっていた。おかげで行きつけのガールズバーにも行けず、ふくれ顔のまま疲労をまとって始発の山手線に乗り込み、新宿で乗り換えて帰ってきたのだ(そもそもガールズバーも、ゴジラが出たからといって店を休んだらしい)。

 

「ふざけんなよ、ゴジラが出たなんて北陸だろ。ったく・・・」

 

不機嫌が最高潮に達し、電車の中で独り言が出ていた。

 

そうして帰宅し、シャワーを浴び酎ハイを開けて就寝したのだが、外の喧騒にこうして目を覚まされたというわけだ。

 

避難してきたは良いが、どこへ誘導・収容するかといったところで問題があるのだろう。車道にまで溢れた人々、うち何名かは整理に出ている警官に喰ってかかっている。

 

ガラス戸を閉めて冷房のスイッチを入れ、冷蔵庫から酎ハイを出すとテレビをつけた。どこもかしこも、ゴジラやら怪獣やらの報道特番ばかりだ。アメリカにも怪獣が出たのか、大変な被害だーなどと報じている。

 

舌打ちをしてテレビ東京にチャンネルを合わせた。案の定、通常営業だった。

 

『それでは、今日横浜の南部市場からレポートでーす!南部市場の腹筋崩壊太郎さーん!?』

 

『はぁいど〜も〜!腹筋パワー!腹筋崩壊太郎でーす!今日はここ横浜南部市場から、美味しいレポートお伝えしま〜す!』

 

テレビで映される光景は夜勤明けにはキツイテンションだが、他のチャンネルで報道ばかりな中、贅沢は言うまい。そういえば昼どきなのだ。

 

背伸びをして酎ハイをあおると、外の喧騒が増してきていることに気がついた。ちょうど列車がホームに入ったところで、満員以上の乗客がドアから溢れるように降りてくる。この大勢の避難者、いったいどこに行くことになるのだろう。近所には小中高校とある。そちらへ収容するにしても、とてもまかないきれる人数とは思えない。

 

「ま、関係ないか」

 

そう独り言をつぶやいた。駅の向こうには逗子海岸、そして相模湾がよく見える。心なしか、先ほどよりも白波が立っているようにも思えた。

 

『うん、美味しいー!腹筋パワー!』

 

大袈裟なリアクションを取るレポーターの頭上に、テロップが入った。

 

【瀬戸総理会見 自衛隊による怪獣攻撃を断念 防衛出動から国民避難を目的とする治安出動に命令を切り替える】

 

【神奈川県西部に怪獣接近か】

 

前者はともかく、後者のテロップには首をかしげた。スマホを開いたが、群馬県を進むゴジラ関連の報道ばかりだ。ここには怪獣の影もないではないか。

 

「テキトーなこと言いやがって」

 

そう毒づいて酎ハイを飲み干した。ここ数日、世界各地で怪獣出現が続いているが、いま自分の目の前に現れたわけでもないため、いまいち実感も共感も湧かないのだ。

 

昨年のカマキラス騒動時には福岡に勤務していたことで直接被害を受けたわけではない。その後東京へ転勤となってから、カマキラスが発したジャミングの修理に駆けずり回ることにはなったが、どうにも世間の怪獣被害を受けた流れには抵抗がある。

 

とにかくいまは、ぐっすり眠らせてもらいたかった。酎ハイをもっと開けようとしたが、冷蔵庫にあった最後の一本を飲み干してしまったようだ。

 

舌打ちすると、市来は財布を持ち、歩いてすぐのファミリーマートへ向かうことにした。酎ハイ数本と、昼飯でも買おうと考えてふいに海の方を見遣った。

 

白波が壁を作って迫りつつあった。強風でもないのに、と怪訝に思ったところ、スマホが何やら聞き慣れない音を発する。スエットのポケットから取り出そうとしたが、手を滑らせてしまった。床に落ちたスマホを拾おうと屈んだとき、市の防災無線が鳴り響いた。

 

【こちらは、防災逗子広報です。ただいま、政府より、当市に、怪獣接近に関する緊急事態が宣言されました。市民のみなさまは・・・】

 

市来は当惑し、窓の外に目を這わせた。逗子駅前の群衆は防災無線を聞いて不安げな表情を浮かべている。はるか先に白い壁が見えた。

 

相模湾一面に波の壁がそそり上がっていた。みるみるうちに逗子海岸が白波に打ち砕かれ、田越川から逗子開成学園付近にまで波が達したのがわかった。

 

ガラス戸を開け、その様子に目を凝らす。その頃から妙な地響きがしてきた。せり上がった海面が逗子海岸を呑んだ先に、再び白壁が盛り上がった。今度は津波のように、海一面に広がるものではなかった。そそり立った海面が割れ、赤い何かが現れた。

 

聞いたことのない、甲高い音が市來の元にも聴こえてきた。立て続けに聞こえるその音は、海面から出現した赤い存在から放たれていた。

 

象が鳴けばこんな感じだったろうか。赤い存在が岸に迫りつつあった。

 

二足歩行、やや細身の巨体に、胴体から首が長くそそり立っている。相変わらず甲高い咆哮を上げつつ、逗子シンボルロード辺りに足を踏み入れた。周囲の住宅街が踏み潰されたのか、水煙と土煙が巻き上がった。

 

逗子駅の群集が悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように道路に広がり出す辺りで、市来も我に返った。赤い存在・・・どう考えても怪獣と比喩することしかできない・・・それがこちらに迫りつつあるのだ。

 

財布とスマホをひっつかみ、サンダルをつっかけると慌ただしく玄関を開けた。ちょうど隣室の住人が廊下を走ってきたところで、開けたドアをぶつけてしまうところだったが、お互いそれどころではなかった。

 

エレベーターを待つこともせず、他の住人と共にアパートの外階段を駆け下り道路に出ると、住宅地と横須賀線の線路の向こうに怪獣の姿が仰げた。かなり近くまで上陸してきたようだ。とにかく走り出すが、逗子に避難してきた人々が交差点で立ち往生していた。突然の怪獣出現で混乱したのか、何人かが車に轢かれたまま放置されており、クラクションや悲鳴で埋め尽くされていた。

 

そんな混乱を貫くように、あの甲高い咆哮が近づいてくる。

 

「どけ!どけよ!」

 

群衆を必死にかきわけ、とにかく山の手、聖和学園の方向へ逃れようとしたが、勢い余ってガードレールに激突してしまい、派手に車道に転げ回った。

 

激痛に立ち上がれずいるところ、自分と同じことを考えた群衆が車道に溢れ出してきた。倒れている市来にもかまわず大勢の人々が必死に走ってくる。

 

全身を踏み付けられ、市来は息ができない。痛みと怒りで叫ぼうとするが、声が出ないのだ。腹をしたたかに踏まれ、何かが腹部から口に噴き出してきた。

 

殺到する人の波が収まってきた。咳き込みながらもんどり打ったとき、周囲が不自然に暗くなった。目の脇にできた擦り傷が痛むが、市来は顔を上げた。巨大な赤い存在が眼前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

・同日 11:57 東京都千代田区永田町2丁目 首相官邸1階 官房情報センター

 

 

ゴジラの関東地方侵入以後も、有識者として官邸に残りゴジラの進路を中心に検討を重ねていた尾形だったが、どうか教授も避難を、と告げられたときに、神奈川県逗子市に未知の怪獣出現という一報が入り、官邸はハチの巣をつついたような騒ぎになった。

 

用意されたテレビ、そしてモニターに映された赤く巨大なその怪獣を見て、尾形はふと思いつき、自身のスマホを取り出した。

 

『あ、ああ!尾形教授!』

 

しばらくコールした後、ビグロウ教授が電話に出た。

 

「良かった、たしか午後に出国でしたね」

 

『そそ、そ、それが、羽田がとんでもなく混んでまして・・・そ、そそ、それに、新たに怪獣が出たってニュースで、も、も、もっと大騒ぎですよ。し、しかも羽田に近いところに出たらしいですから』

 

ちょうど情報センターのモニターに、逗子に出現した未知の怪獣が横須賀市に達したこと、併せて羽田空港の滑走路閉鎖の情報が表示された。

 

『ま、まあ、そ、祖国は蛾の怪獣によってけっこうな被害を受けてますし、ぼ、ぼくもパリまで飛ぶのがやっとだったところですから・・・』

 

「そんな中もうしわけない。ビグロウ教授、先ほど三浦半島に現れた怪獣ですが、先日あなたがお話なさっていた伝説の怪物なのでは、と思ってお電話をしたんです」

 

『え、ええ、ええ。僕も空港のテレビで観ましたが、ま、まま間違いないでしょう。タイタヌスと呼ばれる、海の神でしょう』

 

「タイタヌス・・・。お話をうかがった通り、恐るべき怪物のようですね。映像で見た限りだが、地上建造物と対比して計算したところ、身長は90メートルほど。ゴジラに肩を並べる大きさです。教授は、これまでにもこのタイタヌスをご覧になったことが?」

 

『そそ、そそりゃあ実物は見たことないですよ。でもね、東南アジア、ポリネシアに伝わる伝記、おとぎ話に描かれる姿によく似ていますから。それに、ひとたび怒れば大いに海が荒れたと伝わってますが、きき、昨日の津波は彼が巻き起こしたものらしいですね。ああ、そそ、そうだ。パラオやフィジーなどには、“荒ぶる龍神”“恐龍”などといった呼称で伝わっているとか』

 

「わかりました。教授、私はいま日本政府の意思決定の場におります。政府首脳にその情報を伝えますから、わかっていることをもっとお伝え願えませんか?」

 

『ななななな、なるほど!ええっと、そうそう。フィジーでは“TITANO DRAGON ”とか呼ばれてるそうで・・・。でで、でも、あれはdragonというよりは・・・適当な訳語をつけるとすれば・・・』

 

 

 

 

 

 

・同 官邸地下1階 危機管理センター

 

 

「JR及び京急電鉄は、未知の怪獣が三浦半島に上陸したことでそれぞれ大船、能見台以南への運行を停止しております。横須賀線利用の避難者は大船にて東海道線への乗り換えを案内してますが、既に殺到する避難者で破綻をきたしている状況です」

 

佐間野は暗澹たる感情を隠し、淡々と告げた。

 

「逗子、横須賀の各消防本部からです。現地では怪獣の進行に伴う避難で多数の死傷者が出ているとのことです。都内からの避難者が殺到しているところに怪獣が現れたことで、住人の避難を想定した避難行動が役に立たない、との声も上がっております」

 

次いで北島も焦りを呑み込むように言った。

 

「現在、怪獣は横須賀市田浦地区に侵攻。このまま進めば、東京湾に達するものと見られますが、その進路上には海上自衛隊横須賀総監部、そして在日米軍横須賀海軍基地が位置しております。当該怪獣に対する防衛作戦は継続中ですので、横須賀で保有する火力を以っての攻撃は可能ですが、人口密集地である上、作戦展開まで時間がなさ過ぎます」

 

苦渋の表情で、高橋が言った。

 

「防衛大臣、すると横須賀においては攻撃よりも避難に尽力すべきと判断して良いものか」

 

黙って聴いていた瀬戸が訊いた。

 

「・・・誠に遺憾ながら、そうすべきだと考えます」

 

閣僚が一斉にため息を漏らした。

 

「在日米軍横須賀基地においても、軍事作戦行動の準備は行われておらず、基地内の隊員には非常退避命令が告げられたとのことです」

 

氷堂が挙手して言った。

 

「我が国も米軍も、横須賀という軍事上の要衝を放棄せざるを得ないのか」

 

瀬戸はそう言うと、下を向いた。

 

文科省の役人が動きを慌ただしくしたのは、ちょうどそのときだった。

 

「総理、尾形教授からです。来日中のケンブリッジ大学、ベン・ビグロウ教授が、逗子に現れた怪獣に関して情報を寄せてくれたそうです」

 

全員の視線が、岡本文科大臣に注がれた。

 

「どんなことでも良い。教えてほしい」

 

「はい、っと、名前が・・・えー・・・」

 

官僚が寄越したメモが細かかった上、アルファベット表記であったことで、岡本は手元の老眼鏡をかけた。

 

「名前は、何だね?」

 

瀬戸に催促され、岡本は慌て気味にメモに目を落とした。

 

“TITANO SAURUS”

 

「チタノザウルス、チタノザウルスというそうです」

 

慌てたことで大声で宣言する岡本。ローマ字読みでなくタイタノザウルスです、と、文科省の官僚が訂正する遑もなかった。

 

 

 

 

 

 

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