・7月13日 13:14 東京都千代田区永田町2丁目 首相官邸 危機管理センター
「流氷?この時期に?」
驚きで目を丸くする瀬戸に、佐間野は黙って頷いた。
「それも、宮城県金華山沖です。また岩手・宮城地方気象台は、両県太平洋側の気温が14℃と、この時期としては記録的な低温となっていると報告してきております」
「空自松島基地からです。三陸沿岸の海水温が8℃まで低下。上空との温度差により、三陸沿岸は著しい濃霧に見舞われているとのことです」
メモをつかみ上げた高橋が言った。
「海水温低下による濃霧は既に福島県北部にまで達しております。東京から常磐線を利用した避難行動が実施されておりますが、今後影響が出ることは必至の情勢です」
再び佐間野が言った。
「原因は、いったい何かね?」
瀬戸の疑問は、この場に会した全閣僚の総意であった。
「原因の特定には至っておりません。しかしながら推測で申し上げることを御赦しいただけるのなら、数日前にロシア・ムルマンスクより出現したマンモス型の怪獣による現象なのではないかと」
閣僚会議の席では、事実のみを告げ憶測でしゃべることは許されない。佐間野の言動は極めて異例なものだったが、さもありなん、と納得する閣僚は少なくなった。
「異常現象をなんでも怪獣に結び付けるのはいかがなもんかねえ」
柳のねちっこい独り言の後、氷堂が挙手した。
「仮に佐間野さんの言うことが正しいとなれば、首都圏にさらなる脅威が迫っているということになりますが」
氷堂の言葉を受け、佐間野は唇を真一文字に結んだ。高橋は同席している防衛審議官に三陸沖の調査・警戒強化を命じ、北島は東北の当該自治体に情報を上げるよう要請に走った。
佐間野の秘書がメモを持ってきた。内容を確認した佐間野は、挙手をして発言の許可を請うた。
「どうぞ、国交大臣」
望月が右手を差し出した。
「イエローストーン国立公園より出現した黄金の怪獣ですが、日本へ向かうのではないか、という話がTwitterで拡がりつつあるようです」
さすがにそれは、と、望月は怪訝な顔をした。
「ネット情報なので確証はありませんが、もしこのまま黄金の怪獣が我が国へ飛来した場合、どうなるか、真剣に議論すべきと考えますが、いかがでしょうか」
「まだ北太平洋だろ、どこへ行くかわかったもんじゃない」
そう毒づく柳だったが、高橋は米軍へ問い合わせ、北島はネットの動きを確認すべく指示を出した。
「ハワイにおける掃討作戦は失敗、オアフ島全域に甚大な被害が出たことで、米軍はグアム・アンダーセン基地の第36航空団を以てして新たな掃討作戦を実行中です」
高橋が言うと、続けて北島が挙手した。
「真偽はともかく、『UTOPIA』という雑誌の公式アカウントが今回大量に出現した怪獣の裏付けとなるような情報を流しているようです。黄金の怪獣が日本へ飛来する懸念も書き込んでいるようですね。また、『黄金の救い』教団が、教団本部のある富士山麓へ信者を誘導しているようです。避難行動に相俟って、かなりの人数が釣られるように向かっているとのことです」
「いずれもネット情報とはいえ、かつてない危機的状況だ、流される国民も多いようですね」
岡本が同調した。
「ある民間の研究者からですが」と、佐間野が再び口を開いた。
「このままゴジラ、そして黄金の怪獣が向かってきた場合、首都圏・・・それも東京都内で激突する可能性が高い、とのことです。そして他に出現した怪獣も、そこに集結するのではないか、とも話しております」
柳を筆頭に「混乱の中デマなのでは」「可能性だけで政府決定はくだせるのか」という声も多かったが、高橋は佐間野を睨むように見た後、2、3言荒川と言葉を交わした。
「防衛省としては、国内においては攻撃より避難誘導に注力しておりますが、外部より接近する怪獣に対しては、イージス艦の艦対空誘導弾並びに、第一・第四高射群によるペドリオットの多重攻撃を行うことは可能です」
「あの黄金の怪獣が日本に飛来した場合、昨年の名古屋において地下へ逃れた市民が多く生存していた事実、また時間的猶予の問題から、地下への避難が適切であるとされています」
高橋、北島が続けて答えた。
「確証はともかく、幾多の怪獣が日本・・・それも東京を目指していると考えられる状況です。政府としては、最悪の事態を想定した行動を為すべきと考えます」
そう答える佐間野に、新たなメモが届けられた。
「気象庁、八王子測候所からです。東京都北部にて、震度1~2の地震が頻発しているそうです。震源が地下を移動しているという、極めて異例の地震です」
意思決定に不可欠な確証に欠けるのは違いないが、もはや誰もが、最悪の結果を想定していた。
「今後、国民への避難行動指示、報道発表を考慮し、各怪獣に名称をつけるべきと考えます」
佐間野が言った。
「名前などつけている場合か」
そう柳が口角を尖らせた。
「ゴジラには名前があります。これまで出現したアンギラス、ガイガンにも。いま、国内外に存在する怪獣にも名称がないと、避難への影響が必至です」
「そうだな、佐間野くんの言う通りだ」
瀬戸がそう言うと、柳は気まずそうに黙った。
「件の『UTOPIA』にて拡散している名称をそのままつけるのが早いと考えます」
続々と提案する佐間野。高橋は何も言わず、そんな佐間野に強い視線を向けていた。そこへメモが届けられた。
「米軍アンダーセン基地からです。ミッドウェイ島北西200キロの海上で、黄金の怪獣と2体の蛾に酷似した怪獣が交戦状態に入ったとのことです」
雷鳴と暴風が渦巻く黒雲は、北太平洋を日本へ向けて進んでいた。
中心に居座る存在が吐き散らす稲妻状の光線は、突き刺さった海面を吸い上げ、巻き込んだ大気を渦巻かせることで超大型で猛烈な台風となっていた。
ミッドウェー島は直撃こそしなかったものの暴風圏内に巻き込まれ、駐留の米国環境局職員がシェルターから出ると、ミッドウェー飛行場の施設が半壊している有様だった。
暴風雨の主、ギドラは進撃の最中、黒雲を割って接近してくる存在に気が付いた。
右の首がそちらの方向に顔を向けると、自身が放つ黄金の光とは異なる、強烈な光が現れた。
一啼きするとそちらへ口から稲妻・・・引力光線を放出する。一瞬雲が攪乱し、上空から金色の粉が降りかかった。
モスラだった。
この暴風では、攻撃手段である鱗粉も吹き飛ばされて効果が望めない。
引力光線を回避したモスラは、一度急上昇してから降下、自由落下の勢いをつけてギドラの眼前で急反転した。ギドラの3つの顔に鱗粉が叩きつけられ、わずかだが勢力が弱まる。
だがせいぜいがこけおどし程度の攻撃だった。進行方向へ先回りし、鱗粉の結界を張ろうとするも、ギドラを中心に発生する猛烈な低気圧には効果がなく、放たれた引力光線をかわすのに精一杯だった。
刹那、ギドラの背中に紫色の光線が炸裂した。上空から接近するバトラが急降下しながらプリズムレーザーを続けざまに放ってきたのだ。
ダガーラに大きくダメージを与えたバトラのプリズムレーザーも、ギドラはうるさそうに3つの首を唸らせるばかりだった。大きく翼を跳ね上げると上昇を始め、中央の首が引力光線で応戦した。
すんでのところで回避したバトラ。身体を回転させ、固い羽根でギドラの身体に斬り込む。だがその斬撃も効果がなく、転進したギドラが迫ってくる。
そこへ、高速で接近するモスラが3つの首に体当たりを仕掛けた。注意を逸らされたギドラがモスラに意識を集中させる。そこへプリズムレーザーを当てるバトラ。
ギドラの下半身、右の翼に命中するが、白煙が勢いよく爆発するばかりで、ギドラは再び西の方角へ進みだした。
後を追うモスラとバトラ。飛行速度はモスラ・バトラの方がやや速いのだが、ギドラが発生させている暴風にうまく飛ぶことができない。2体とも重量がないため、身体が安定しないのだ。
そこへ、大きく咆哮を上げながら何かが突進してきた。下から突き上げるように腹部を激突させられたギドラは苦痛の咆哮を上げた。
米国本土から飛来したバランだった。自身の3倍ほどもあるギドラにしがみつき、腹部に鋭い爪を突き立てる。
たまらずギドラは左の首を伸ばし、バランに引力光線を当てた。激しく火花が飛び散り、呻き声を上げるバランだったが、ギドラに刺した爪を離そうとはしない。
後尾から追撃するバトラがプリズムレーザーを放ち、バランの援護に回る。
2、3発の引力光線には耐えたが、真ん中の首も加勢して2筋の引力光線を当てられたバランはたまらずギドラから離れてしまった。全身から白煙を上げながら海上へ落下するも、海面へ激突する寸前で身を持ち直し滑空を始めた。
追撃するモスラとバトラは一度高度を上げ、そこから降下することでギドラに追いつくことにした。
その時点で日本列島まで述べ700キロ。だが出現後数時間でソルトレイクシティからハワイ沖まで進んだギドラにとっては、目標に到達するまでさして時間のかかる話ではなかった。