・7月13日 14:42 東京都千代田区永田町2丁目 首相官邸 危機管理センター
「核爆発?」
もたらされた報告ワードに、瀬戸の声は甲高くなった。普段から冷静で落ち着き払っている声色で定評のある瀬戸らしからぬ声だった。
「いえ、正確な核爆発とは考え難い部分もあるのですが」
尋常ではない瀬戸の声色に、報告を読み上げる高橋は狼狽えた。
「宇都宮駐屯地所属の偵察航空隊によれば、熊谷市刀水橋付近、周囲3平方キロが完全破壊されましたとのことです。現在大宮化学学校所属の化学科部隊による調査が行われておりますが、えー・・・爆炎及び爆破現象こそ認められないものの、爆風と閃光による強力な衝撃波により熊谷市北部が壊滅。極めて高濃度の放射能汚染も記録されております」
瀬戸は血の気が失せた表情をし、ワナワナと震え出した。
「ぼ、防衛大臣。まさか、どこかの国がゴジラに核兵器を撃ち込んだのではあるまいな!?」
動揺を抑えきれないのは瀬戸ばかりではなかった。よりヒステリックな声で、柳が詰問するように訊いてきた。
「我が国の防空警戒システムには、飛翔体の接近、あるいは着弾などといった、そういった事象は確認されておりません」
強調するように声を張り上げる高橋だった。
「念のため現在、米国及び周辺国への調査依頼、事実確認を行なっております」
氷堂がここぞと言った。そんな彼の顔にも、汗がにじんでいる。
「関東地方複数の自治体からです。熊谷で核爆発と思われる事象が発生したとほぼ同時刻に、北西から南東方向へ伸びる極大の青い光の筋を目撃したという通報や問い合わせが各地の気象台や天文台、警察、消防に寄せられております」
北島が慌ただしく動き回る官僚から寄せられたメモを、慌てた口調で読み上げた。
「気象庁、米軍太平洋気象調査部からの情報です。ハワイ蹂躙後、マッハ1.5の速度で日本へ向かいつつあった黄金の怪獣ギドラの速力が著しく低下。その前後、犬吠埼南東沖合500キロの太平洋上にて、やはり核爆発と思しき大爆発が観測されております。爆発との関連は不明ですが、小笠原諸島各島において、潮位の上昇が確認されました」
佐間野は混乱と焦燥に包まれる中、ただ1人といって良いほど落ち着き払っていた。実際はいますぐにでも、羽田にいる檜山に電話をかけてやりたいところだったのだが。
「総理、これは状況証拠からの憶測ですが、熊谷市を侵攻中のゴジラは周囲を壊滅させるほどの極めて強力な放射熱線を放出したことで、南東海上のギドラに攻撃を仕掛けたと見るべきではないでしょうか」
いつもながら落ち着いた望月の言動だったが、かくいう望月自身、口の中はカラカラに渇いていた。
「そんなことが・・・」
傍らの岡本がつぶやいた。あるいは普段瀬戸や望月には物を申さない柳が「そんなバカなことが・・・」と口にするのが精一杯だった。多くの閣僚は、突拍子も無い出来事とそれを巻き起こしたであろう存在にただただ絶句するばかりだった。
「・・・それでいま、ゴジラはどうなっている?熊谷市の被害は?避難は、順調に進んでいたのか?」
ゴクリと喉を鳴らした瀬戸が、焦燥感そのままといったような訊き方をしてきた。
「未確認情報ですが」と、北島が断りを入れた。
「核爆発と思われる事象が発生した熊谷市北部では避難が完了しておらず、爆心地とされる利根川から四方約4キロメートル付近にて重傷者多数・・・おそらく、相当数の避難者が犠牲になったと思われます・・・・・」
言葉を詰まらせた北島。瀬戸は固く目を閉じた。
「熊谷駐屯地の陸上部隊より報告が上がりました。爆発により市内の消防・救急体制が機能しておらず、広範囲に渡る通信障害も発生している模様です。また今後発生し得るとされる、放射性物質を帯びた降下物・・・いわゆる死の灰による放射線障害に備え、現場判断で避難者を屋内へ退避させる処置も行われているそうです」
高橋の報告にも、瀬戸を始めとする閣僚は暗澹たる表情を隠し切れていない。
「ゴジラの状況は?」
目を真っ赤にさせた瀬戸が、気力を振り絞るように訊いた。
「立川駐屯地所属の偵察航空隊によれば、ゴジラは進行速度を低下させながらも利根川を東に移動中。間もなく群馬県館林市に達します」
「核爆発と思われる事象と前後して、先行するサンダ・ガイラの利根川南下により東北自動車道、国道4号、東北・山形・秋田新幹線と宇都宮線及び東武伊勢崎線は完全に通行止めまたは運行を停止。いずれ、ゴジラの侵攻により寸断されることは不可避の状況です。これにより東北地方への避難は不可能。またチタノザウルスによって横須賀線が大船以南への運行が困難となり、避難活動に著しい支障が発生しております」
高橋に続いて発言する佐間野は、気が滅入りそうな閣僚を見渡して咳払いした。
「現状を踏まえた上で、提案します。首都圏住民の避難方法を根本から変更する必要があると考えますが、いかがでしょうか」
全員が佐間野に視線を注いだ。
「どういうことだ?」
柳を皮切りに、閣僚がざわめき始めた。
「昨年のギドラ東海地方襲撃を思い起こしていただきたいのですが、地域ごとの指定避難所へ避難したとしても、ギドラの飛行に伴う衝撃波、並びに3つの首から放たれる稲妻状のエネルギーには、避難所ごと吹き飛ばされた事例が多数報告されました。今回も怪獣襲来に備えて当該地域からの退避を骨子とした避難行動を取っておりますが、避難経路が刻一刻と閉ざされつつある上、件のギドラが日本に到達するのも時間の問題となれば・・・」
そこまで佐間野が言うと、数人の閣僚が得心したように表情を大きく動かした。
「昨年の名古屋では、堅牢な建物もしくは、地下へ逃れた市民の生存率が高かったと報告があります」
北島が言うと、佐間野はひとつ頷き、ひときわ声を大きくした。
「幸い都内には地下鉄構内外、ビルの地下街などが多くあります。いまからでも、地下や堅牢な建造物への避難を呼びかけるべきです」
「ちょっと待て、そんなことをいまから発表したら、都民は余計に混乱するんじゃないのか!」
柳が慌てた様子で金切り声を上げた。
「このタイミングで避難方針変更しろというのか・・・」
氷堂も顔を覆った。
「ですが・・・佐間野さんの言うことももっともです。状況は変わりつつあります」
渋い顔をしつつも、高橋は言った。
「だがそれは、政府への非難となって後々の政権運営にも響いてきますぞ」
岡本の言葉に、閣僚は揺れた。
「現実問題、都内及び首都圏各自治体における防災無線、あるいはテレビ、ラジオ、インターネットなどによる呼びかけ、消防、警察による誘導でどこまで実現可能か、ですが」
そう言う北島に、官僚がいくつかメモを手渡した。
「首都圏各自治体へは、概ね10分で通達が可能です。特に甚大な被害が予想される都内に於いては、一刻も早い方針転換及び周知活動が必要だと考えられます」
「だがだね、問題はいまさら方針転換をして良いものかどうか、だぞ!野党に格好の政権批判要素を与えることにもなる」
柳の言葉に、幾人かの閣僚が頷いた。
「このままギドラが東京に飛来し、ゴジラと争った場合、政権運営どころではなく、我が国の存亡が問われる事態となります。いまは、いかにして都民国民を保護するか、そこへ重きを置くべきだと考えますが」
佐間野は冷静な口調を維持することに努めた。
「都内外に展開中の陸自各部隊は、地下及び建造物への避難誘導をただちに行えるだけの指揮系統、遂行能力を保持しております」
高橋の言葉に、氷堂と岡本は顔を背けた。
「しかしだよ!ギドラだかがやってくるまでに1千万の都民をすべて地下に避難させることなどできるものかね。ゴジラだっていつ南へ転進して都内に侵入するかわかったもんじゃないんだぞ!」
なおも噛み付く柳だったが、北島がテーブルを強く叩いた。
「すべて避難できるかどうかじゃなくて、1人でも多く避難させるしかないでしょう!時間がないんですよ!」
北島の迫力に気圧され、柳はたじろいた。北島の一喝が答えと踏んだ望月は、「総理」と瀬戸に顔を向けた。
「・・・たったいまより、避難方針を転換させよう。都民は地下・建造物への避難誘導。自衛隊、警察消防、各自治体には速やかに行動してもらいたい。すべての責任は、私が取ろう」
瀬戸が宣言すると、北島と高橋の界隈は慌ただしくなり、柳を筆頭に今後の再選の可否に頭を抱える者もいた。その折に、気象庁予報課長の島崎が血相を変えて佐間野にメモを渡してきた。
「たったいまの報告です。東京東部から千葉県にかけて、震源が移動する群発地震が数分のうちに発生。また千葉県銚子市で・・・・降雪を確認しました」
・同時刻 千葉県銚子市西芝町 JR銚子駅
「嘘だろうが」
駅長の坂田のつぶやきに、助役の小森は坂田の視線を追った。数十分前から不自然なほどに気温が下がってきたことは気になっていたのだが、我が目を疑う、とはこういうことなのか。
空から降ってくる白いものは、明らかに雪だった。しかも時を追うごとに量は多くなり、地面にうっすらと積もりつつある。
「信じられない・・・」
他の駅員も呆然としている。半袖では我慢できず、ロッカーに駆け込みジャケットを羽織る者が続出した。
「駅長、ダメだあ!」
路線保守担当の井関が飛び込んできた。黄色いヘルメットにも雪がまとわりついている。
「電線の積雪量が4センチになってる!線路も余山辺りまで埋まってきてる!」
井関の言葉が意味することは、総武本線、成田線の運行を停止しなくてはいけない、ということだった。
駅の外には、都内から避難してきた溢れんばかりの人々が逃げ場なく雪と寒さに凍えている。
「運行本部に連絡する。総武線も成田線もダメだ」
どの道、続々とやってくる避難者に対応しきれず、銚子の街はパンク状態だったのだ。だが高崎線、宇都宮線が避難に利用できなくなったとなれば、常磐線、中央線、東海道線くらいしか逃れられる路線がない。しかもこの季節外れでは説明がつかない降雪が広がれば、常磐線もどうなるかわかったものではない。
意を決して運行本部への直通回線を押したとき、地響きと共に人々の悲鳴が聞こえてきた。駅前大通りいっぱいに人が広がり、利根川河口から放射状に逃げてきている。雪に足を取られ、転倒する人も多く、阿鼻叫喚の騒ぎになっていた。
坂田と小森以下、職員たちは目を疑った。駅前大通りの向こう、利根川を巨大な何かが闊歩していた。
「なんだありゃ・・・」
「マンモス・・・?」
逃げ惑う人々には目もくれず、マンモスと思しき巨大な生物は氷を巻き上げながら利根川を上流に向けて進んでいた。寒さが一層強くなり、駅舎の窓に霜が張り付いた。
・同時刻 千葉県柏市柏5丁目 柏市広域消防本部
「いったいどういうことだ?」
消防司令室長の田中は、ここ数分で続々と寄せられる119番通報に困惑していた。柏市も他聞にもれず首都圏の避難活動による混乱に巻き込まれていたが、数分前から市内東部で火災通報が相次いでいた。
「さっきの地震と何か関係があるのか?」
そう訊いたが、司令部主任の遠藤も首を大きく傾げるばかりだった。
「震度4ですから、火災の原因とは考えられません。避難活動による副次的被害だとしても、ここまで件数が多いのも不自然です」
ヘッドホンを外し、頭を掻く遠藤。そこへ、千葉県消防本部より大規模災害発生を告げるサイレンが鳴った。一瞬にして、司令室は今まで以上の緊張に包まれた。
『消防本部より各局。柏市手賀沼付近地下より、怪獣と思われる巨大生物が出現。怪獣自身が発する高熱により広範囲に火災が広がっている模様。県防災ヘリによる上空からの消火活動を骨子とする消化態勢を・・・・・』