・7月13日 17:37 東京都千代田区永田町2丁目 首相官邸 危機管理センター
「・・・間違いないんだね、氷堂君」
顔を強張らせた瀬戸が訊いた。閣僚一同、瀬戸のように息を呑むか、沈痛な表情で眉間を波打たせている。
「はい。あ、ただいま米国ローゼンバーグ国務長官より正式な通達が参りました」
氷堂は大慌てでメモを握った外務官僚からそれを受け取ると、メガネを合わせた。
「貴国において複数出現している怪獣群、とりわけ我が国イエローストーン国立公園より出現した怪獣ギドラに対し、米国議会は20〜30発の戦術核兵器を用いた一掃作戦を提案しオヘア大統領がこれを承認、米国東部時間13日午前10時を期して貴国内において作戦を決行する。ついては、当該地域の国民の避難誘導を徹底いただくよう・・・・」
「バカな!」
普段温厚な岡本が吐き捨てるように怒鳴った。瀬戸は深いため息をつき、北島は東部時間が日本時間で何時になるのか計算すべく宙を仰いだ。
「彼奴ら、また日本に原爆を落っことすつもりか!」
金切り声で書類を叩きつける柳。その激昂もどこか白々しく、同調する閣僚は少なかった。
「・・・本作戦は日米安保条約に基づく、両国間における毀損なき行動であること、貴国内に在住、滞在する多くの米国民保護に当たる行動であること、また何より、ギドラによってソルトレイクシティからサンフランシスコに至る広範囲とハワイ州が壊滅的被害を受け、またチタノザウルスの襲撃で横須賀の在日米海軍司令部並びに第7艦隊司令部を喪失したことに対する、正当な報復行動であること。以上3点を骨子として、作戦の実行を決定した次第」
反吐を出したくなるのを堪え、氷堂は淡々と読み上げた。
「在日米空軍司令部によれば、いまから10分前、フィリピンのパルオネオ基地から戦術核弾頭を搭載したB2爆撃機1個編隊5機が出撃、我が国首都圏を目指し飛行中とのことです。防衛省情報分析室の見立てでは、グアム・ヘンダーソン基地がギドラ余波により損傷を受けたため、フィリピンの第3航空爆撃隊に白羽の矢が立ったとしています。我が国到達まで5時間強・・・日本時間本日23時頃かと」
顔に油を塗ったように汗が滲むのもかまわず、高橋が告げた。ハンカチで汗を拭うと、深く項垂れた。
「あと5時間で完全に避難を完了させられるのか・・・第一、怪獣たちは動いているんだぞ」
誰にともなくつぶやくと、瀬戸は顔を上げた。
「千葉県内の避難状況は?」
「千葉県庁、千葉県警、兼消防本部いずれも連絡が取れません。正確な情報ではありませんが、船橋市役所によればギドラ飛来で千葉市が大きな被害を受け、いずれの機関も機能を喪失した可能性が高いそうです。現在、船橋市役所との交信も途絶えています」
北島が答えた。本来なら総務省が県庁を介せず直接市役所とやり取りするなど御法度なのだが、現状況下では従来の慣習に捉われる場合ではなかった。
「災派で出ている習志野と市川の陸上部隊から情報です。千葉県東部は極めて深刻な交通渋滞、あるいは怪獣出現による交通網破断によって避難活動が停滞中。また銚子市犬吠埼より上陸してきた怪獣ベヒモスが巻き起こしている寒波で降雪が確認され、これによってより避難が困難となっております」
「まさか7月にスタッドレスタイヤが必要になるとは」
高橋が答え、岡本がぼやいた。
「現在、南関東上空にこの時期では考えられないマイナス35℃の寒気が流入。元からギドラが巻き起こしていた積乱雲がそのまま雪雲となり、ご報告のような状態を引き起こしていると考えられます」
「みなさまのご報告をまとめますと、残念ながら首都圏の避難活動は順調どころか、避難状況の把握すら正確に機能せず、また避難徹底の見通しも極めて不透明、ということですな」
佐間野の報告を受け、全体を見渡した望月が言った。より沈痛な空気が閣僚を包んだ。
「緊急事態法22条に則り、当内閣も本センターから退避。優先順位により立川の政府予備施設へ政府機能を移管すべき事態ではありますが・・・」
淡々としゃべると、望月は高橋に焦点を当てた。
「木更津航空隊はギドラ余波と降雪により滑走路が使用不能。立川では降雪こそ確認されませんが、上空の温度差による激しい降雨でヘリの離陸が困難。え・・・宇都宮もしくは三島からならヘリが用意できますが、政府機能の移管先が、となれば、それは防衛省が判断できる範囲ではございません」
暗に決意を込め、高橋は答えた。それを汲んだように望月は頷いた。
「総理、逃れる場がないのは、国民も我々も同じです。ですが官邸地下シェルターであれば、仮に都心で戦術核が炸裂した場合でも耐えられるはずです。それまで1人でも多くの国民を逃すべく、ギリギリまでここを機能させるべき状況かと」
望月は静かに言った。
「わかった。みんな聞いて欲しいのだが、限られた中でやれることをやる他ない状況だ。シェルターの収容人数を把握し官邸職員の退路を確保した上で、最後までやり遂げてもらいたい」
瀬戸は覚悟を決めたように淡々と、しかし厳かに言った。幾人か顔を曇らせる閣僚こそいるが、全員が首を縦に振った。一拍おいて、防衛省の官僚が動いた。
「空自百里基地からです。房総半島沖合100キロ上空に、未確認の飛翔体2体を探知。高速度で首都圏を目指しています」
高橋が告げた後、間髪入れず次のメモが渡された。
「霞ヶ浦偵察航空隊からです。千葉県野田市、守谷市で大規模火災発生。これと前後し、利根川を侵攻中のゴジラが突如発光、移動速度を上げて進行を開始したとの報告です」
ややざわめいた後、情報収集に当たりながら北島は佐間野にささやいた。
「不謹慎かもしれないけどさ、怪獣同士争い合って同士討ちの共倒れになってくれれば、米軍機も大義名分失って帰っていくんじゃない?」
「だとしてもだ、どの道日本がメチャクチャになるのは避けられないだろ。引導渡すのが戦術核か怪獣かってだけで。第一、戦術核が怪獣にどれだけ有効なのか何の根拠もないんだぞ」
言いながら、佐間野は米軍の戦術核使用が決して怪獣掃討を目的としたものばかりではないであろうと思案していた。瀬戸も望月も把握しているだろうが、時間がない上にこの状況下とはいえ米国に抗議もしないところを見ると、彼ら首脳は既に【如何にして日本を立て直すか】の段階に進めているのだろう。