怪獣総進撃2020   作:マイケル社長

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ーChapter 77ー

・7月27日 18:15 東京都千代田区永田町二丁目 ザ・キャピタルホテル東急 日本料理『萬寿』

 

 

「いやしかし、エラいことになったものだな」

 

供された冷酒をちびちびやりながら説明を受けた大澤蔵三郎は、苦笑気味に破顔するとカッカッカッと笑った。

 

俯きがちな瀬戸と望月に盃を勧めると、とっくりを持ちそれぞれに注いでやった。

 

「殊に、首相。まずは交通網の復旧がならんことにはいかんがね。どうかな、その辺りは」

 

そう訊かれ、瀬戸は軽く一礼すると口を開いた。

 

「国交省からの報告ですと、東北道、関越道、常磐道いずれも、開通は来月上旬となるそうです。国交省並びに警察庁といては、現在関西・北陸ルートを用いての交通路確保に全力を挙げておりますが、連日の交通渋滞が解消される見通しが立っておりません」

 

瀬戸の説明通りだった。ゴジラが新潟から利根川沿いに侵攻したことで、首都圏への交通網は軒並み寸断されていた。銚子から上陸したベヒモスに破壊された常磐道の復旧は比較的早かったが、肝心の東京外環道、首都高速湾岸線は千葉県北西部を中心としたゴジラとギドラ他の怪獣たちの激闘で復旧の見通しすら立っていなかった。

 

「首都圏の鉄道各線も、同様です。こちらも東京へ乗り入れる各線の運行再開は、早くとも来月下旬とのことです。壊滅的被害を受けた千葉県内の運行路線に至っては、復旧の目処すら立っておりません。また鉄道・道路の損壊によって成田空港の休港も、無期限の延期が決定されました」

 

傍らの望月が言った。軽く息を吐くと大澤は盃を飲み干し、キビナゴをつまんだ。すかさず瀬戸が酌に回り、盃になみなみと注いだ。

 

「交通網の復旧もだが、なにせ千葉県そのものを復旧させんとな。頭の痛い限りだ」

 

笑みこそ浮かべるが、大澤の言葉は深刻だった。ギドラ飛来による被害だけで千葉県中央部が甚大な被害を受けた上、千葉県庁に引力光線が直撃したことで早見千葉県知事以下自治体首脳が死亡したことで、総務大臣による暫定的自治管理が行われるという極めて異例の事態を引き起こした。

 

加えて船橋市から市川市、浦安市は怪獣たちの決戦場となったことでより被害が激しく、房総半島南部を残して文字通り千葉県は機能を失ってしまった。

 

ゴジラが侵攻した上に極大放射熱線に伴う衝撃波によって熊谷市が崩壊した埼玉県、またゴジラが最初に上陸しメガギラスと争い続けることで被害が拡大した新潟県、バラゴン出現による桜島の大噴火によって都市機能を消失させた鹿児島市を抱える鹿児島県の被害も極めて深刻だった。

 

無論、チタノザウルス上陸によって分断された三浦半島、またチタノザウルスが引き起こした津波被害を受けた愛知県、静岡県、ゴジラ由来のフナムシ襲撃を受けた富山県の被害も無視できず、すべての被害総額は60年以上前のゴジラ、アンギラス襲来、昨年のガイガンショックおよびギドラによる東海地方襲撃すべての被害総額に匹敵するものとなった。

 

「東京に被害がなかったのは幸いだった」

 

定例会見でこのようにのたまった柳農水大臣は、野党連合やマスコミ各社、世論から矢のごとき非難を受け、先日大臣職を追われることとなった。またチタノザウルスに海上自衛隊横須賀総監部、在日米軍司令部を破壊された責任を取る形で、高橋防衛大臣も当月を以って内閣を去ることとなり、政局も混迷を極めていた。

 

「諸外国の動きは、どうかね?」

 

大澤が盃を舐めた後、訊いた。

 

「米国は我が国と同程度の怪獣被害を受けたことで、いまも浦安で活動を停止しているゴジラに対し核攻撃を加えるべきだとの強硬論も根強いです。またメガギラスによってソウルを壊滅させられた韓国ですが、我が国以上に政治も経済も混乱をきたしております。ここにきて数日前から、北朝鮮と中国による領空侵犯が激増しており、米軍の極東展開にまで影響が出つつあります」

 

「バトラによって攻撃を受けたロンドンも都市機能回復に時間を要しており、欧州全体の金融システムに支障が出始めています。FRB(米国連邦準備制度理事会)と日銀による資金供給でどうにか糊口をしのいでますが、財務省の分析ですとこのまま来月末まで状況が続いた場合、EU加盟国内でデフォルトを生じかねない上、米国と我が国の経済にまで悪影響が波及しかねません」

 

瀬戸と望月の報告を受け、大澤はまたも乾いた笑い声を響かせた。

 

「まともに機能しとるのは中国くらいなものか。いや、たまらんなこれは」

 

そう言って再び盃を舐めると、笑みを消し去り真顔になった。

 

「本題に入ろう。今日の話題は他でもない。その、中国のことだがね」

 

大澤は控える付人を促した。A4サイズに象られた写真が数枚、並べられた。

 

「彼らの動きは実に素早い。既にギドラを構成する例の青い石を解析し、見ての通り兵器化までもっていきおった」

 

おそらく中国内に存在する大澤の息のかかった政府関係者がよこしてきたものだろう、原子爆弾よりひと回り小さい程度の円錐形の爆弾が写されていた。

 

「矢野教授が偶然にも発見した技術から、ここまで作り上げたようだ。詳しい方法は不明だが、ギドラを構成するメタンや水素が極限まで凝縮された例の青い石を用いたものらしい。実際の威力はまだ未知のものだが、放射能を出すことなく原爆と同程度の威力を発揮できるらしい。そして既に実用化されているとすると、どういうことかわかるな?」

 

大澤の説明で、瀬戸は額に汗を浮かべた。

 

「核という最終兵器の一歩手前に、新たな手段が追加されたということだ。こうなるともはや対怪獣兵器の開発どころではない、我が国の安全保障が根本から覆されることになるな。だからこそ、我が国はメーサー兵器の開発を急いでいたわけだが」

 

大澤は盃をあおると、今度は男性の写真を見せてきた。

 

「稲村友紀、わしの子飼いだった男だ。知っての通り、怪獣たちが現れる少し前に変死体として発見されたがの。この男に、つくばにあるスマートブレイン社を探らせておった。そこで何が行われていたか・・・」

 

食い気味に顔を乗り出す瀬戸に、『途中経過』とだけ書かれた稲村の署名入りレポートを見せた。

 

「恐ろしい奴らよの。ギドラの細胞組織を研究し、兵器にもなり得る生物を作らんとしていたとはな」

 

レポートに目線を這わせる瀬戸と望月に、大澤は語りかけた。

 

「スマートブレイン社の主要株主になっているZAIAエンタープライズは、中国国有企業から多額の出資を受けていましたな」

 

望月が言った。

 

「左様。彼奴等め、我が国の怪獣復興資金を使ってな、去年日本海洋銀行からの融資を元にこの研究を進めよったのだ。追加融資を受ける前に、わしの団体が街宣活動したことで融資が滞り、この研究は進まぬままだったようだがの。いずれにせよ、生物兵器開発の成果は滞ったが、別の方向で中国は兵器開発にはこぎつけられたのだ。暗澹たる思いだが、これを補完するレポートを稲村から預かった男はいますこし身を隠しておいてもらう」

 

ふう、とため息をつき、続けて今朝の新聞をよこしてきた。

 

『難波重工、米国大手IT企業ガルファー社傘下に』

 

「千葉の京葉工業地帯にあった難波重工本社がギドラによって破壊されたことで、我が国における自力でのメーサー兵器開発は絶望的になった。かのガルファー社が参入することで開発そのものは進むのだろうが、わしは再び、敗戦を迎えた気分だがね」

 

そう言うと目を伏せ、大澤はしばし押し黙った。

 

「ガルファー社に関しては、現政権の佐間野国交大臣が窓口となり、旧遠州地域にガルファー社と連携した復興特区を造成して産業振興を図ることになっております。来月末の組閣で、佐間野くんはそのまま経済産業大臣兼復興担当特命大臣に横滑りすることが内定しております」

 

望月が神妙な面持ちで言った。

 

「また米国頼みの復興とはなりますが、現在の日本は、そうするより他に生き延びる術はありません」

 

瀬戸はそう言って頭を下げた。大澤は再びカッカッと笑い、顔を上げさせた。

 

「ダガーラによってGoogleもAmazonもマイクロソフトも倒産の危機を迎える中、彼奴等の食い扶持を奪うことで世界一の企業となるガルファーに魂を売る。情けない話だが、君らの言うことも事実じゃろうて。黙って軍門に下ろう」

 

国粋主義者の頂点であり、かつて戦った米国を憎み続けた大澤だったが、自身を納得させるように言うと2人に酒を注いでやった。

 

「こんな世になれば、好きも嫌いもない。今後また現れるやもしれぬ怪獣に加え、軍事的にも経済的にも脅威的な力を蓄えつつある中国と対峙するには致し方ない話だ。だがの、ひとつだけ言っておこう。国民を飢えさせることだけは絶対にあってはならない。それだけは、肝に命じておいてほしい」

 

一点を見据えた大澤の言葉に、瀬戸と望月は黙って頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

・同時刻 千葉県浦安市舞浜 旧東京ディズニーランド跡

 

 

夕暮れにも関わらず蒸し風呂のような熱気が漂う中、警視庁と自衛隊に護られた尾形とビグロウ教授は放射能防護服に身を包み、瓦礫と焼跡の中央に伏せている巨大な黒い生物に近寄った。

 

「空間放射線量が当初予想の倍近い数値です。予定を繰り上げ、10分だけの調査活動とさせていただきます」

 

傍らの官邸職員が告げてきた。言葉を発せず頷くと、尾形は防護マスク越しに横たわる黒い塊、ゴジラを見上げた。

 

「近くで見ると、これほど大きいのか」

 

感慨深げにつぶやくと、ガイガーカウンターをゴジラの口に向けた。空間線量以上の変動は観測されず、風量計にも反応が見られない。すなわち、ゴジラは呼吸をしていないことになる。

 

尾形はそのままゴジラの顎下まで歩んだ。

 

「先生!」「それ以上近寄らないでください!」

 

随行の政府関係者、警官から怒声が上がる。かまうことなく計測器をゴジラに向けるが、いずれも反応が見られない。半月近くにわたり炎上を続けたディズニーリゾートはまだその余熱を残しているらしく、防護マスクが汗の蒸気で曇り始めた。服内は循環扇が機能しているものの、手元の温度計は90℃に達していた。

 

「先生、お願いですから距離をとってください!」

 

大宮化学学校から派遣された年配の自衛隊員が尾形を連れ戻しにきた。自分の大声でゴジラが目覚めやしないか、と気が気でなく、強引に尾形の腕をつかんだ。

 

「放射線量に変化がありません。距離が近くとも平気ですよ」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

数値に基づき冷静な尾形だったが、色めきだった一行は大慌てで尾形を囲み、数名の自衛隊員が89式小銃をゴジラに向けつつ陣形を組んだ。

 

「せせ、先生、まるで神風ですな」

 

あきれたように待ち構えていたビグロウが言った。

 

「ゴジラに近接してデータを採取できる貴重な機会ですからね」

 

それだけではなかった。自身の、そして山根家の生涯テーマとも言えるゴジラ研究の上で、ゴジラを間近に接することができるだけでなく、生物学の常識を軽く超越する不可思議な存在への敬意、はたまた信仰にも近い衝動からの行動だった。

 

「し、しししかし、ゴジラはやはり生命活動を停止したと見るべきでしょうか?」

 

ビグロウが訊いた。呼吸が停止しているということは、生物学の常識に当てはめればすなわち死を意味する。

 

「そうとは言えません。腐敗が見られませんし、そもそも神子島で雪崩に封じられた際も、呼吸にあたる行動が見られなかったとされています」

 

「で、でででも、でもですよ、当時のソ連がそこまで精緻な観測を行えたかについては異論もあるんです。それにここ、今回はギドラに相当量のエネルギーを奪われた上、ここここ、構造こそ不明ですが、怪獣やディズニーリゾートを原子レベルで消失させるようなモスラの攻撃もあったんです」

 

ビグロウの言う通りだった。文字通り完全に焼き尽くされたギドラは別として、モスラが身を賭した攻撃は倒れた怪獣たちを建造物ごときれいさっぱり分解してしまっていた。従って同時多発的に出現した他の怪獣たちを研究することがかなわずじまいとなってしまった。

 

「ですが、確実にゴジラが死に至った。そのような確証もありません。ゴジラの活動サイクルに関しては、謎が多い」

 

尾形の言葉に、ビグロウは肩をすくめた。

 

「時間です、お戻りください」

 

アラームに反応した自衛隊員が声を張り上げた。一刻も早くこの場を逃れようと、自衛隊員と警官たちは尾形を船へ戻るよう促す。名残惜しそうに尾形はゴジラを向いたまま、船に乗り込んだ。

 

怪獣たちの戦いで東京都から浦安へ向かう交通路はすべて破断したままだ。小型のクルーザーによく似た警視庁の船舶はけたたましくエンジンを蒸し、少しでもこの恐ろしい土地から離れようと操舵手は舵を強く握った。

 

尾形は舞浜の対岸、葛西臨海公園に展開している陸上自衛隊特科連隊に目を馳せた。0式貫通弾頭(通称フルメタルミサイル)や、3式回転弾頭誘導弾(通称D03削岩弾)といった対ゴジラ兵器群が、ディズニーリゾートに眠り沈んだままのゴジラが目覚め次第集中砲火できるよう、鋭く標的に向けられている。

 

沈む夕陽に照らされたフルメタルミサイルの弾頭が鈍く輝くが、向けられる殺気などまるで知らぬとばかりにゴジラは動きを見せない。

 

「ここ、今回はとんだ日本訪問となな、なりました」

 

ビグロウが言った。

 

「怪獣たちが暴れた現場に接して、今後の研究にお役立ちになれれば何よりですが」

 

防護服を脱ぎながら、尾形は答えた。

 

「もも、もうたくさんです!いつ怪獣たちが東京に侵攻してくるか、心配でしばらく寿司も喉を通りませんでしたから。そそそ、祖国イングランドも手酷くやられましたが、故郷へ戻れることになってひと安心ですよ」

 

ビグロウは忌々しげに頭を振った。今夜羽田空港から出発する臨時便で、ロンドンへ戻る手筈となっている。

 

尾形も明後日29日、ロシア科学アカデミーと共同で再度ゴジラが眠っていた神子島の現地調査に参加すべく、今夜のうちに羽田空港から北海道の稚内へ向かう予定だ。

 

「ややあ、相変わらず見事ですな」

 

ビグロウがお台場から先のビル群を仰いだ。怪獣たちの激闘から2週間。いまだ避難先から戻れない者も多いが、夕景に浮かぶビル群に灯りがともり始めたのだ。

 

「尾形先生のお望み通り、いい、い、いつまたゴジラが目覚めるかもわからないのに、東京の人々は豪胆ぞろいですな」

 

半ばあきれ、そして感心したようにビグロウは言った。

 

「私たち日本人の美徳であり、欠点ですよ。だからこそ、これまで何度東京を壊されてもへこたれずにやってこれたと考えてます」

 

尾形が言った。ゴジラはあのまま動かないのか。動き出したときは、今度こそ人類に牙を剥き日常を取り戻した東京を焼き払うのかもしれぬのか・・・。

 

複雑な胸中を落ち着かせるように、尾形は大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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