ゼロから始まる女子校生活   作:人工記念物

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ふわふわ魔法

 四限終わりのチャイムが鳴る。一足先に授業を終えた生徒たちは既に立ち上がり、昼食を取るグループを組んでいた。仲睦まじく談笑しているようで、その意識の数割は慶次に向いている。チラチラとお喋りの節目節目で彼の姿を横目に映す集団に、好奇心に駆られてかわざわざ彼の教室に来てまで談笑する者。教室にはいつも以上に視線が飛び交うが、声をかけようと動くものは未だ現れない。膠着した同調圧力、異性に対する不安と、思春期故の好奇心が教室中が埋め尽くしていた。

 

 慶次の名は瞬く間に校内に広まりきっていた。やはり第一印象の力は凄まじく、時折聞こえてくる噂話はどうやら彼を歓迎したものではない。さらに、生まれ付いた目つきの悪さやだらしなさが悪評に拍車をかける。

 

(にしても、たった半日でよくここまで嫌われたもんだ)

 

 慶次はそれらを他人事のように聞き流し、視線から逃げるようにリュックサックを漁る。自分が場違いである事は重々承知している。

 そもそも女子校に男子が転校するなど前代未聞の大ニュース。中等部からエスカレーター式に上がってきた彼女達が過剰な防衛意識を持つのは当然だ。

 だが慶次とてそれは同じだった。女子との接点と言えばたった一人の妹くらいで、前の学校も男子校だ。唯一の違いは仲間の有無。孤立無援のこの状況で優雅に昼食を取れる程、慶次の肝は据わっていない。

 

(そもそも、弁当買うの忘れた)

 

 リュックを椅子に座らせ立ち上がる。追尾する好奇の視線を背に、慶次は教室を後にした。

 

 

 

 

「へぇ、ここが屋上か」

 

 一人で落ち着ける場所を探して歩き回っていると、立ち入り禁止の文字が目に入った。使われて無い机や椅子が無造作に積まれた踊り場に、すりガラスが張られたドアがある。

 薄く埃をかぶった机を見るに、人の気配は無さそうだ。そう判断した慶次は一先ず胸を撫で下ろし、燻し銀のドアノブに手をかける。

 

「ん"っん"! よしっ! まんまるおやまにいろどりを! パステルぱれっーーきゃあぁ!!」

 

 ......何かいた。

 

 口をポカーンと開けた間抜けな表情を晒し、変なポーズのまま固まる一人の少女。桃色の二つ結びだけが、吹き抜ける風に揺れていた。

 

(人、いんのかい!)

 

 安息の地になる筈だった場所には、既に先客がいたようだ。両者の間に気まずい空気が流れる。だが既に疲れ果てていた慶次には一々気にする余裕もなく、肩を落としてひらひらと手を宙に遊ばせた。

 

「あー、すまんね。続けて」

 

 少女が動き出す前に少し低い声でそれだけ言い残すと、慶次は静かにドアを閉めた。だが、下に戻る気にもなれずたった一人を相手に逃げ出すのも癪で、埃をかぶって机の一つに腰掛ける。自然と何度目か分からないため息が漏れた。

 

「......なんかこんなことばっかだな、今日は」

 

 ようやく落ち着けた心は大分疲弊していたようだ。後ろ手を付いて天井を見上げると眠気と空腹が同時に慶次を襲った。

 

「そういや飯食って無かったな」

 

 小さく鳴いた腹をさすって空腹を誤魔化しながら、慶次は取り止めもなく視線を床に這わせた。段々と込み上げる眠気に逆らわず、緊張しっぱなしだった身体を弛緩させる。

 そこでふと、すりガラスの窓に影が差した。彼は重い首をもたげて煩わしげに横目を遣ると、「見つかっちゃった」とでも言いたげな気まずそうな顔が目に映った。

 

「あ、ご、ごめんね?」

「いや別に......邪魔だったか?」

 

 「そんなことないよ!」と、テンパりながらも身振りまで付けて大袈裟に表現する彼女に、慶次は小さく口元を綻ばせた。

 

「あっ、わっ、私っ、丸山彩! よろしくねっ!」

 

 名刺交換でもする様に急に伸びて来た手を一瞥し、再び彼女を見上げる。

 

「さっきのやつ、やらねぇの?」

「え」

 

 まんまるおやまにいろどりを。なんとなく耳に残ったそのフレーズは自己紹介らしい。彼女の名前を聞いて、成る程と、慶次は喉につっかえた小骨が落ちるのを感じた。

 彩は意外そうな表情をすぐに引っ込めて、「や、やるよ!」と相変わらずの落ち着きの無さで2、3呼吸を整える。それから、少し離れて口を開いた。

 

「ま、まんまるおやまにいろどりを! パステルパレットふわふわピンク担当の、まりゅっ!」

 

 噛んだ。

 笑顔で手振りをしていた彩は、うぅーと悔しげに唸って顔を隠す。忙しない表情に慶次は思わず吹き出した。

 

「っふ!」

「笑われたっ!?」

「笑ってない」

「え? だって今『ふふっ!』って......」

「そりゃ気のせいだ、ふわふわピンク担とーーぶふっ!」

「やっぱり笑ってるよね!?」

 

 「いやぁ、ピッタリなネーミングだったもんで」と笑うと、彩は「そっかぁ」と何やらご満悦の様子。先程の影も見えない表情の変わりように、「こいつに皮肉は通じないようだ」と慶次は肩を竦めた。

 

「君は転校生だよね? 今私のクラスでも、ううん、学校中で噂になってるよ!」

「どうせロクな噂じゃねーよ」

「そんなことないよ! みんな本当は君とお話ししてみたいんだと思うよ」

「話すことなんてなんもないけどな」

 

 ぶっきらぼうに答えた慶次に、彩は「......あ、そういえば、名前、まだ聞いてないや」と少し緊張した面持ちになる。

 気分を良くすれば饒舌になって、緊張すると上目遣い。コロコロ変わる表情を前にするとどうも調子が狂う。慶次は素直に自己紹介していた事に、自分でも少し驚いた。

 

「そっかあ。じゃあ慶次くんって呼んでもいいかな?」

「別に何でもいいよ」

「じゃあ、慶次くん......は何で花咲川に?」

 

 反応を窺うように名前を試した彩は、早速核心に触れた。コテンと首を傾げる彩を覗く慶次の表情は渋い。

 

「さァなぁ? 皆目検討もつかねえよ......そもそも転校するっつわれたのも昨日の夜だし、夜通し準備して寝ずに来てみりゃ女子校だって? 一体何の冗談だ」

 

 最早愚痴でも聞かせるように吐き捨てた慶次に、さすがの彩も「そ、そうなんだ」とそれ以上踏み込んで来なかった。

 話題が途切れ暫しの沈黙が流れる。間も無くして、何やら彩がソワソワし始めた。わかりやすく緊張している顔だ。いや、不安と言った方が正しいか。

 

「あの......」

「ん?」

「私のこと、知りませんか?」

「あ? どっかであったか?」

「あ、やっぱりいいです......」

 

 今度は分かりやすく落ち込む彩。「もっと頑張らないと」と小声で囁いて握り拳を作る彼女を横目に、慶次は目を瞬かせた。

 

「眠そうだね。わっ、すっごい隈!」

「今更だな」

「ダメだよ、ちゃんと寝なきゃ。って、私も千聖ちゃんによく怒られるんだけどね。夜更かしは美容の大敵だって。あ、千聖ちゃんって言うのはねーー」

 

(本当に調子が狂う)

 

 楽しそうな彩を眺めていると、自然と頬が緩む。気付けば、今日起きた事も、不安も苛立ちも、全て無くなっていた。

 

(ふわふわピンクねぇ)

 

 何となく、分かる気がする。まるで魔法に掛けられたように、彼女の前では何故か気持ちが軽くなる。

 孤立した異文化の檻の中で、彼女だけが対等に話しかけてくれた。彼女だけが色んな一面を晒してくれた。彩だけが、笑顔を見せてくれた......

 

(バカバカしい)

 

 慶次は、それ以上考えるのをやめた。自分がそんな彼女に救いを感じていると認めるのが何となく癪で、彼の子供じみた意地は彼女を拒む。たまたまそういう機会が重なっただけだと自分を納得させ、慶次はいつものけだるげな表情に戻った。

 しかしそれでも、説明出来ない安心感だけは拭う事が出来なかった。

 

 

 

 

「ちょっ、ちょっとこころ! 待ってってば!」

「何してるの美咲! 早くしないとケージ? が逃げちゃうわ!」

「いやそんな、猫じゃないんだから」

 

 軽やかに階段を駆け上がる金髪少女を黒髪の少女が追う。黒髪の少女ーー奥沢美咲はやや疲れた顔で息を切らしながら、先を行く弦巻こころの肩を掴んだ。

 

「やめとこうって、ほら、迷惑かもしれないじゃん? ご飯食べてる最中だったりして」

「そうね! それならみんなで一緒に食べればいいわ!」

 

 こころの無垢な笑顔を見て、美咲は諦めざるを得ないことを悟る。いや、実はこうなる事は分かっていた。こころの暴走は今に始まった事では無かったが、今回ばかりは自分の意を汲んで欲しかった。

 同年代の男の人と話すなど、美咲にとっては未知の経験だ。どんな顔をすれば良いのか、何を話せば良いのか、変な娘と思われないか。考えれば考えるほど分からなくなってくる。しかし、目の前の暴走列車は心の準備をする暇など与えてはくれない。

 

(ああもうっ! 私は花音さんに会いに来ただけ、花音さんに会いに来ただけ......)

 

 それでも強く止められないのは、美咲自身興味があるから。顔が熱を持つのを自覚しながら、無意味な言い訳を心の中で唱え続ける。気付けば教室の目の前まで来ていた。

 

「ケージはいるかしら!」

 

 バンと勢いよく教室のドアを開け放つ。美咲はビクっと肩を震わせた。とうとう来てしまったと。覚悟などまるで出来ていない。心の中で彼の留守を祈りながら、半ばやけになって教室を覗き込んだ。

 しかし、このクラスにはこころの所業を許さない者がいる。美咲の視界にエメラルドグリーンが揺れた。

 

「弦巻さん、教室のドアは優しく開けてといつも言っているでしょう。それから、廊下を走ってはいけないとあれ程ーー」

「あら、沙夜じゃない? ケージを探しているのだけど、いるかしら」

 

 話を遮られた沙夜は美咲に目を向ける。どうやら既にこころのお目付け役として認識されているようだ。美咲がすいませんと苦笑いで返すと、沙夜はため息を一つ吐いた。

 

「新藤さんはここには居ません。昼休みが始まってすぐに出て行ってしまいました」

「そう。それは残念ね。それなら、また後でくるわ!」

「あっ! だから廊下は走らない!」

 

 沙夜の声を背にこころに引っ張られる美咲は、内心ホッとしていた。今はまだ時期じゃない。今すぐは流石に急すぎる。そんな言葉が流れる彼女の頭は、しかし、自分が少し残念に思っている事も見抜いていた。




暇だったんで書いちゃいました。

今回のヒロインは丸山彩ちゃんでした!
ふわふわピンクって、彼女にぴったりなフレーズじゃないですか?

そして初登場のこころと美咲。今後も少しずつキャラを増やしていく予定です。

不定期更新ですが、楽しんでいただけたらなと思います。

余談ですが、コロコロ表情が変わる娘って魅力的ですよね?
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