1
完全に行き詰った。
思い浮かぶメロディーは、どれも聴いたことのあるものばかり。
新鮮なモチーフが、発想が、構想が、降りてこない。
「これはダメだわ」
独りごちて、力なくソファーに身を投げた。
海未の詞は出来上がり、その詞を元に、ことりの衣装もデザインされている。
メンバーはダンスのパートを考えたりしているが、音がなければ歌も踊りも練習できない。
「きっと経験が足りないのね」
他人事のように分析する。
ここでいう経験とは、曲作りの歴ではなく、人生経験のことだ。
新しい体験、挑戦、出会い、発見、驚き、そういったもので感性が磨かれ、それが曲に反映されていくのだ。
たぶん。
「私に足りない経験って何かしら」
改めて海未の歌詞を読んでみる。
一人の女の子が主人公で、憧れを歌った歌だ。何に憧れているかは明記されていない。先輩にも読めるし、男性とも解釈できる。
「男の人……恋愛、か……」
真姫は、恋愛をしたことがない。告白されたこともないし、特定の異性を好きになったこともない。興味もない。
それがいけないのだろうか。
女子高ということもあり、周囲でも恋愛の話はほとんど聞かない。しかし、自分たちを応援してくれる中には、男の人もたくさんいる。
彼らの心に響くメロディーを届けるには、恋愛感情の発達が不可欠なのではないか。
話が飛躍しすぎて、真姫は思わず自分で苦笑したが、とにかく今は立ち止まっている暇はない。
「恋愛をしてみましょう」
真姫は体を起こして、力強く頷いた。
俄然やる気になった。
机に向かうとノートを開き、そこにメンバー8人の名前を書いた。
ここから相手の候補を選び、真姫の恋愛ごっこに付き合ってもらう。
「まず、私が女か男かね」
二人とも女では、また違う世界になってしまうので、どちらかは男の役を担う。
真姫はすぐに、自分が男の役をやる案を捨てた。恋愛だけでも難しいのに、さらに男性役は無理だ。
「私が女なら……」
呟きながら、真っ先にことりの名前に×を付ける。どう考えても、ことりは彼氏という感じではない。
次に海未。厳格な性格に、凛々しさも備えた容姿は彼氏役にうってつけだが、海未はメンバー随一の乙女回路の持ち主だ。
花陽も彼氏という柄ではないし、凛ではギャグで終わりそう。
にこは役を演じすぎるところがあり、希はからかわれそうで少し苦手。
「まあ、この二人ね」
絵里と穂乃果。
穂乃果も大概恋愛は似合わないが、絵里がこの恋愛ごっこに付き合ってくれるイメージが沸かない。頼んでいる最中に、「イヤよ」と一蹴されそうだ。
穂乃果の名前に○を付け、真姫は大きくため息をついた。
「まあ、リーダーなんだし、たまには手伝ってもらいましょう」
前にメンバー全員で撮りっこした写真を見る。
穂乃果はいつも元気で明るい。どこまでもポジティブで、能天気だ。
たまに深く落ち込むが、すぐに復活する。基本的に何も考えていない。
真姫とはまったく異なるタイプで、理解できないところも多いが、だからこそ惹き付けられる。
「穂乃果となら、何か新しい閃きもあるかもしれないわね」
一抹の不安を胸に押し込め、真姫は無理に笑って頷いた。
2
翌日の放課後、真姫は穂乃果を中庭に呼び出した。
二人きり。少し秋めいてきた風が心地よい。
「話って何? 悩み相談?」
穂乃果がクリームパンをくわえながら、真姫の顔を覗き込む。とても悩み相談を受けようという人間の態度ではない。
「ええ。悩み相談。穂乃果にしか話せなくて……」
敢えてそう言うと、本当に予想外だったようで、穂乃果はリアルにクリームパンを地面に落として、慌てて拾い上げた。
「ご、ごめん。うん、何? 穂乃果で良ければ、なんでも言って!」
まさか自分に悩み相談だとは思っていなかったのだろう。穂乃果がやにわに真剣な顔をした。
真姫は思わずくすっと笑い、それから切り出す。
「作曲で行き詰ってるの」
「うん。それはなんとなくそう思ってた」
「だから、穂乃果、ちょっと男の子になって、私とデートをして」
何それ、意味わかんない。
と、自分なら言うだろう。さしもの穂乃果も頭の上にクエスチョンマークを7つほど浮かべて、しばらく真姫の言葉を反芻するように黙り込んだ。
やがて、困ったように口を開く。
「ちょっと、意味がわからないけど。穂乃果、ほら、バカだから」
真姫は首を横に振った。
「いいえ。わからないのは穂乃果がバカなせいじゃないわ。言ってる私にもよくわからないんだけど、いいからとにかく、次の土曜日、私とデートして。なるべく男の子の格好で」
「あっ、うん。わかったよ」
真姫の勢いに押されてか、穂乃果は二度ほど頷いて了承した。
やはり単純だ。これがもし海未だったら、納得できる説明をするまで頷いてはくれないだろう。
「助かるわ。デート代は私が持つから、穂乃果は何かデートのプランを考えてきて。男の子は、女の子をエスコートするものよ」
「デートなんて、穂乃果、したことないよ」
困惑気味に穂乃果。真姫は余裕の表情で手を振った。
「私だってないわ」
「どうして偉そうなの?」
「別にそんなんじゃないし。とにかく頼んだわよ。あと、このことはみんなには内緒ね。上手く説明できるほど、私もこの方向性で合ってる自信がないから」
それだけ言って、真姫はもう用は済んだと背中を向けた。
そんな真姫を、穂乃果が先ほどより低い声で呼び止める。
「ところで、真姫ちゃん」
「何?」
「さっき、穂乃果のこと、バカって言わなかった?」
「……言ってないわ」
意外と細かいニュアンスに気が付くのだと、真姫は感心した。
3
土曜日、大きな駅のコンコースにある時計の下に、真姫は待ち合わせ時間の30分前に到着した。
本によると、女の子は先に着いていて、遅れてきた彼氏の「待った?」という質問に対して、「ううん、今来たところ」と答えるのがセオリーらしい。
形から入るのは重要である。
今日の格好は、スクフェスのクリスマス編SRカードの上下。大人しい色遣いだが、服の星柄が年相応の子供っぽさを演出して、可愛らしい。
「穂乃果、ちゃんとデートのプラン、考えてきてくれるかしら」
難しい顔で宙を睨み、小さく首を振った。
考えて来るわけがない。そんな時は、「もう、しっかりしてよ。大丈夫、今日は私が考えてあるの」と言おう。
考えてないが。
デートの作法を調べるのに手いっぱいで、それどこではなかった。
待つこと30分。待ち合わせ時間通りに穂乃果が現れた。
「ごめん、真姫ちゃん。待った?」
「待ったわよ。30分も」
間違えた。
穂乃果はチェックのシャツに紺のジーンズ。下ろした髪の上に、洒落っ気のないキャップをかぶっている。
ちゃんと男の子してきてくれたのは嬉しいが、今まで見たこともない服装に、真姫は少し焦った。
「その服、もしかして今日のために買ったの?」
「ううん。出てきた」
「どこから?」
「家から。真姫ちゃんの服、可愛いね」
穂乃果は楽しそうだ。いつも楽しそうなので、特別今日のデートを楽しみにしていたわけではないだろうが、とにかく楽しそうで真姫は安心した。
「穂乃果、今日は真姫って呼んで。そっちの方が彼氏っぽいわ」
言いながら恥ずかしくなって、そっぽを向く。
穂乃果は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で頷いた。
「あくまで今日はデートなんだね?」
「そうよ。私もいつもの穂乃果じゃなくて、自分の彼氏のつもりで行くから、穂乃果もそうして」
「わかった。じゃあ、ほら、行くよ、真姫」
無造作に、穂乃果が真姫の手を取り、軽く引っ張った。
ドキッとする。穂乃果に手を握られたことなど何度もあるのに、今日はいつもと全然違った。
「今日はどこに連れてってくれるの?」
「内緒。真姫が好きかはわかんないけど、私は大好きな場所!」
「それ、自慢げに言うこと?」
何気ない会話をしながら、手を繋いで歩く。
男の子っぽい服を着ても、穂乃果は可愛いし、体にも丸みがあるので、周囲から本当の男女だと思われていることはないだろう。
果たして傍目にはどう見えているのか。
「ねえ。今、私たち、どう見えてるかしら」
聞いてみた。
穂乃果はきょとんとしてから、やはりいつものように明るく笑った。
「仲のいいカップルじゃない? リア充?」
「でも、残念だけど、やっぱり穂乃果は女の子にしか見えないわ」
「そう? でも、穂乃果は今日は、真姫のこと、世界一可愛い彼女だと思ってるよ?」
穂乃果がいきなり、真姫の目を真っ直ぐ見ながらそう言って、真姫は思わず顔を背けた。
「バ、バカ! 何恥ずかしいこと言ってんのよ」
「あはは。可愛いよ、真姫」
穂乃果が真姫の髪を撫でる。
ダメだ。
この人選は正しかった。
穂乃果が思いの外、ちゃんと彼氏役をしてくれて、真姫はなんともむず痒い感覚のまま、穂乃果の手をぎゅっと握った。
4
穂乃果が真姫を案内したのは、小さな水族館だった。
大して面白い展示があるわけでもないが、入場料は安いし、人も少ない。のんびり仲良く熱帯魚を眺めるのも悪くない。
「綺麗。グッピー、可愛い」
水槽に張り付きながら、穂乃果。すぐ隣で同じようにして、真姫も魚の動きを目で追いかける。
「どれがグッピー?」
「カラフルなやつ」
「全部カラフルじゃない」
「じゃあ、赤いヤツ」
「テキトーね」
ふと隣を見ると、すぐそこに穂乃果の顔があった。視線に気が付いた穂乃果も真姫を見る。
穂乃果が柔らかく笑った。
「真姫も綺麗だよ」
「!!」
真姫は思わず顔を離し、それからしどろもどろになりながら言った。
「な、何それ! 世の中のカップルは、そんなこと言ってるの!?」
「さあ、知らないけど」
しれっと答えて、何事もなかったように歩き出す。
今日の穂乃果は、妙に大人びて見える。先輩だからか、男役だからか、それとも、真姫が穂乃果を彼氏として見ているからか。
よくわからないが、生まれて初めての緊張感は、当初の目的通りだ。こういうのを求めていた。
穂乃果が彼氏役をきちんと努めてくれているなら、真姫も正しい彼女役を演じなければ。
少し迷ってから、真姫は穂乃果の手を取り、そのまま腕を組んでみた。
「真姫?」
「えへへ。こういうのは、イヤ?」
真姫が上目遣いに言うと、穂乃果が間髪入れずに噴き出した。
「ぷっ! 真姫ちゃんがえへへだって!」
「な、何よ!」
「似合わないよ! 似合わないよ、真姫ちゃん!」
穂乃果が大笑いする。真姫は恥ずかしさで顔が熱くなった。
「な、何よ! 何よ! いいじゃない!」
「いいよ。いいんだけど……あははははっ!」
「もう知らない!」
真姫が怒った振りをして先に行くと、すぐに穂乃果が追いかけてきた。
そして勢いよく真姫の腕を抱え込み、笑いすぎて涙の滲んだ目で言った。
「照れた真姫も可愛いよ」
真姫はもう一度赤くなって、しっかりと腕を絡めたまま、ふんっとわざとらしくそっぽを向いた。