9月24日 ニューヨーク時間午前7時。
ロシア代表戦当日となった今日、黒刀は欠伸しながら体を起こした。
隣に柔らかい感触を感じたので、そちらに視線を向けると、ルーミアが可愛らしい寝息を立てて眠っていた。
「(ロシア戦は午後6時からだったな。適当に時間潰すか…)」
ベッドから起き上がって、シャワーを浴びて、私服に着替えて、書き置きを残してから部屋を出た。
黒刀がホテルを出た時、それを向かいのホテルから監視する者がいた。
「さすが黒刀君、朝早いね~」
軽口を叩いているのは新大日本帝国軍第22部隊隊長の田中健太少尉。
「対象が外出した。追跡する」
《了解》
田中は仲間に連絡してからホテルを出て黒刀の後を追った。
ニューヨーク時間午前7時30分。
「え?先輩部屋にいないんですか?」
「ええ。朝一番に外出しました。書き置きもありました」
黒刀の部屋を訪ねた妖夢に映姫がそう答える。
「とは言っても書き置きが『外出します』とだけなのでいつまでどこへと言った具体的なことは書いていませんでしたが。…全くこっちの身にもなって欲しいです」
映姫が小言を呟く。
妖夢は苦笑いするしかなかった。
その時。
「センパ~イ!」
大声で早苗がこちらに走ってきた。
「こら早苗、ホテル内で走らない」
「は、はい!」
映姫に注意された早苗は黒刀の部屋の前で急ブレーキをかけた。
「アハハ…」
妖夢はまたもや苦笑い。
「騒がしいわ」
すると、隣の部屋から純白のパジャマを着た真冬が出てきた。
「真冬さん、おはようございます」
妖夢が挨拶する。
「おはようございます」
真冬も挨拶を返す。
その所作はまさに大和撫子。
「…黒刀君は?」
まだ眠そうな顔で真冬が訊く。
「外出中だそうです」
妖夢が答える。
「そうなんだ~」
さとりが口を開いた。
「ほんと困っちゃいますよね~………って誰⁉」
早苗が珍しくツッコミを入れた。
気が付けばさとりが妖夢の背後に立っていた。
「あ、お2人は初対面ですよね?先輩の幼馴染の古明地さとりさんです」
妖夢が横にズレて紹介する。
「よろしく~」
さとりがやる気のない挨拶をする。
「「先輩の幼馴染?」」
早苗と真冬が反応したのはそこだった。
「ん~幼馴染っていうか~結婚を誓い合った仲~」
「「は?」」
早苗と真冬が喧嘩腰気味に返す。
「な、何を言ってるんでしょうね~この天然ポット出キャラは~!」
「いきなり出てきて図々しいですね~!」
2人は笑顔だが目が笑っていない。
早苗の背後には炎が、真冬の背後には吹雪が幻視される。
「(2人共、試合の時より迫力がある…)」
妖夢は後ずさりして心の中でビビっていた。
「でも~黒刀に『小さいときに言ったことだから』って言われてこの前断られた~」
「…そうですか…そうですよね…センパイがこんな合法ロリっ娘に惹かれる筈がありません」
「心配するだけ損でしたね」
さとりの言葉を聞いた早苗と真冬は機嫌を直した。
「なので黒刀の愛人になる」
さとりが爆弾発言を投下。
妖夢は恐る恐る早苗と真冬が激怒しているのではないかと振り向く。
すると、もっと恐ろしいものを見てしまった。
「あなた達、いい加減にしなさい。ルーミアが起きていたら教育に悪影響です」
そう口を開いたのは目が笑っていない笑顔で腕組みをして仁王立ちしている映姫。
今にも『影姫』が出てきそうなくらいだった。
「妖夢、すみませんが朝食は先に済ませて下さい」
「え、でも…」
「ん?」
「い、いえ!行ってきます!」
妖夢は早歩きでその場を去った。
「そ、それじゃ私達も…」
早苗、真冬、さとりも立ち去ろうとしたその時。
早苗の左肩を映姫の左手が、真冬の右肩を映姫の右手が、さとりの両肩を影の手がガシッと掴んだ。
「あなた達はこれからお説教です」
笑顔の映姫の宣告に3人の顔が青ざめた。
それ以来、さとりも映姫のあの笑顔がトラウマになった。
同刻。
マンハッタン市を散歩していた黒刀は路地裏で5人の不良に絡まれている少年を見かけた。
「はぁ…」
黒刀はため息を吐きながら、見逃すのも後味が悪いので路地裏に入った。
「ハハハ!どうした?代表選手ってのはこんなもんか?」
大柄な不良が吐き捨てた。
「(代表選手?)」
黒刀が首を傾げて囲まれている少年を見ると、その少年は身長150㎝前後でイギリス代表のジャージを着ていた。
彼のジャージはボロボロ。
彼は怯えて震えている。
「ハハハ!おいおい。情けねぇな!このまま小便漏らすんじゃねぇのか!」
「お前みたいに勝ち組気取ってる奴が俺らのシマに入ってくんじゃねぇよ!」
大柄な不良がそう吐き捨てて拳を振りかぶった。
「電光石火」
黒刀は高速で大柄な不良に接近してその顔を横から蹴り飛ばした。
「ぐはっ!」
蹴り飛ばされた不良が声を上げる。
「てめぇ、何なんだ!」
別の不良が怒鳴る。
黒刀は無視して、イギリス代表の少年の持ち物であろうSDが足元に転がっていたのでそれを拾う。
「ちょっと借りるぜ」
黒刀がSDを起動する。
少年のSDは細剣型SDだった。
蹴り飛ばされた不良が立ち上がる。
「クソ!てめぇ、ぶっ殺す!」
不良も斧型SDを起動して斬りかかった。
黒刀は腰を落として構える。
「ハッ!そんな棒切れみたいな剣で何が出来る!」
不良が吠える。
他の不良も同時に拳で襲い掛かる。
「四季流剣術 壱の段 一騎当千!」
黒刀が不良達を斬り飛ばす。
非殺傷設定でなければ不良達は今頃上半身と下半身が切り離されていただろう。
「まだやるか?」
黒刀が睨む。
「チッ。クソ!」
不良達は逃げていく。
「ほら」
黒刀は細剣型SDのスイッチを切って少年に返す。
「あ、ありがとうございます!」
SDを受け取った少年がお礼を言う。
「じゃ、俺行くから…」
黒刀が立ち去ろうとしたその時。
「あ、あの助けていただいたお礼をさせて下さい!」
「いや別にいらないんだけど…」
「そこを何とかお願いします!」
「…(受けないと面倒くさくなりそうな展開だな)分かった」
「ありがとうございます!それでは案内しますのでついてきて下さい」
「ああ。それと自己紹介が遅れた。日本代表の四季黒刀だ」
「存じております。僕はイギリス代表のシュミット・ブリウスです」
「お前もイギリス代表の選手なのか。だとしたらさっきは何故反撃しなかった?」
黒刀の問いに対してシュミットは愛想笑いした。
「反撃出来なかったんです。僕、一応イギリス代表ではありますけど…予選も本選も出られないくらい弱くて…未だに自分のスタイルを見つけ出すことが出来ていないんです…」
黒刀はシュミットの体格を改めて観察した。
身長は150㎝、小柄で細身。
「これは参考程度のアドバイスだが細剣型SDを使用しているならフェンシングの技術を取り入れた方がいいと思う」
「フェンシング…ですか?」
「ああ。スピードとテクニックを重点的に鍛えて、それとカウンターを極めたら脅威になるだろう。俺の知り合いにカウンターが得意な奴もいるしな」
黒刀の指す『カウンターが得意な奴』とは犬走椛のことである。
「まあ、カウンターを覚えるには反射神経が必須になるからそれは向き不向きがある。その場合はランニングで足腰を鍛えてステップをマスターするのもいいだろう」
「な、なるほど。勉強になります」
シュミットは感心していた。
到着したのはイギリス代表が宿泊しているホテルの前だった。
「っていうか他の代表選手が入って大丈夫なのか?」
「あ、そうでした!すみません。僕、確認してきますのでここで少々お待ちしていだたいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。大丈夫だ」
「すみません。すぐに戻ってきます!」
シュミットが足早にホテルに入って行った。
「(何で敵にアドバイスなんてしたんだろうな…。まあ、いいか)」
黒刀がニューヨークの空を見上げながら考えていたその時。
「あ、あなた!何故ここにいますの?」
叫ぶ声が聞こえたので振り向く。
そこにいたのはイギリス代表のマリー・アルハートだった。
マリーが黒刀に詰め寄る。
「まさか…わたくし達の偵察に来たのではないでしょうね!」
「誰がそんな面倒くさいことやるかよ(パリではやったけど)」
「何ですって!それはわたくし達が偵察の必要性も感じないほど弱いとおっしゃりたいのかしら?」
黒刀の動揺に気づいていないマリーが強い口調で言い返す。
「ちげぇよ。俺は基本面倒くさがり屋なだけだ」
黒刀は冷静に言い返す。
2人の言い合いが平行線になっていたその時。
「お待たせしました~!」
シュミットが戻ってきた。
「おう。どうだった?」
「部屋はダメでしたが屋上のテラスなら問題ないとのことでした!」
シュミットが大きな声でそう答えた。
「シュミット!」
「は、はい!」
マリーが突然怒鳴るように呼んだのでシュミットは思わず姿勢を正してしまった。
「どういうことか説明しなさい!」
「は、はい!僕が路地裏で不良に絡まれているところを彼に助けていただいたので何かお礼は出来ないかと考えホテルへ案内しようと今さっき彼の入室許可を監督からいただいてきました!」
「分かりましたわ。あなたは部屋に戻りなさい」
事情を一通り聞いたマリーが堂々した態度で命令する。
「いえ、しかし…僕は彼に助けていただいた恩義があります」
「(そんなもんいらん)」
黒刀が心の中で横槍を入れる。
「僕はまだまだ若輩者ですが恩義を尽くせぬようでは騎士の恥です!」
シュミットが言い返す。
「ではあなたのその役目、わたくしが預からせて下さい」
マリーが頭を下げる。
強気で言い返したシュミットにも驚きだが、普段強気なマリーが格下のシュミットに対して頭を下げたことに黒刀は驚いた。
「分かりました!分かりましたからどうか頭を上げて下さい!」
ここまでされてはさすがのシュミットも食い下がれない。
「ありがとう」
マリーが頭を上げてそう返す。
「あなたにそこまでされたら僕は引き下がります。それでは失礼します!」
シュミットはホテルに戻った。
「それじゃ俺は帰…」
しつこいシュミットがいなくなったので踵を返そうとしたその時。
黒刀の襟首を後ろから掴んだマリーが無理やり止めた。
「あ・な・た・が帰ったら意味が無いでしょう!」
「え~」
「え~、じゃありませんわ!ほら行きますわよ!」
マリーは襟首を掴んでいた手を離して代わりに左手首を掴んでホテルに入っていく。
エレベーターに乗って屋上に到着する。
屋上のテラスは人口芝生の中央に白いテーブルが1つと椅子が3つ置いてある。
「ったく。どういう風の吹き回しだ?」
黒刀は不機嫌を全面的に出しながらマリーに訊く。
「話がしたかった…というのもありますがまずは…わたくしが淹れた紅茶をあなたに飲んでいただきますわ!」
黒刀の機嫌の悪さを気にも止めず、マリーはそう宣言した。
椅子に座らせられ、目の前にティーカップが置かれ、マリーが手慣れた手つきで紅茶をティーカップに注ぐ。
「(さすが一流貴族だな。…いや、これは偏見だな。マリーだからこそか)」
一切の無駄が無いマリーの所作に黒刀は感心した。
マリーは紅茶を注ぎ終えると黒刀に飲むように促す。
黒刀はティーカップを手に取って音を立てないように紅茶を飲む。
「ダージリン。しかも香りが強すぎず弱すぎないちょうど良さ。香りが強いダージリンでここまで微調整出来たのは凄いな。そして、何より…絶妙に美味い」
黒刀は絶賛する。
それを聞いたマリーは誇らしげに胸を張った。
「当たり前ですわ!わたくしがどれだけ修行してきたと思っていますの?」
「ああ。本当に文句なしに美味い」
黒刀がもう一度褒める。
「あなたこそ紅茶のマナーがしっかりしていますのね?」
「音を立てて飲むのはマナー違反だからな。それくらい心得ている」
「あなた、本当は日本人ではなく英国人ではなくて?」
「いやいや!俺は日本人だよ!」
黒刀は慌てて否定した。
「(本当は外国生まれだけど…)」
その一言を黒刀は飲み込んだ。
正確には旧ザナドゥ王国生まれでスウェーデンと日本育ちである。
そんな会話をしていたその時。
「楽しそうだね。僕も混ぜてもらおうかな?」
声が聞こえた。
振り向くと屋上の入り口にマリーの兄、レオ・アルハートが立っていた。
「お兄様⁉」
マリーが驚く。
「酷いじゃないかマリー。黒刀君が来ているなら僕に知らせて欲しかったよ」
こちらに歩いてきながらレオがそう口にした。
「そんな!こんな男をお兄様に会わせるなんて!」
黒刀を指差すマリー。
「(酷い言われようだな)」
黒刀は心の中でため息を吐いた。
「黒刀君、マリーはこう言っているが彼女は君に会えることを心待ちにしていたんだよ。君がダージリン好きだということをメモに書いて肌身離さず持っていたぐらいだからね」
レオが微笑む。
「お、お兄様!わたくしは別にこの男に会うことを期待していません!」
マリーが顔を赤くして否定する。
だが、黒刀は別のことに気づいた。
「あれ?俺、お前にダージリンが好きだって言ったっけ?」
すると、マリーがジト目になる。
「はぁ?7年前に言いましたわよ」
「へぇ、そうか(全然覚えていない。そんな細かい記憶覚えてねぇよ)」
「黒刀君、相席してもいいかな?」
「ご自由に」
「それじゃ失礼して」
レオが椅子に腰掛ける。
いつの間に用意したのかマリーがレオの前にティーカップを置き、アールグレイを注いだ。
「ありがとう」
「どういたしまして♪」
レオのお礼に対して、マリーが笑顔で応える。
「折角だからマリーも座ってくれ」
「はい。お兄様♪」
マリーが椅子に腰掛けてレオに寄り添う。
端から見れば恋人と勘違いする距離だ。
「そういえば言い忘れていた。1回戦突破おめでとう」
「ああ。どうも」
黒刀は興味無さげに返す。
その態度が気に入らないマリーが割って入る。
「ちょっと!お兄様が褒め称えているのですからもっと喜びなさい!」
「ストレート勝ちした奴に言われても嬉しくないし、何より機能の試合は俺にとって通過点の1つでしかない」
「レミリアとの約束かい?」
「っ!…あいつから聞いたのか?」
黒刀は一瞬動揺したが冷静さを取り戻し訊き返した。
「まあね」
レオは短く返す。
「あいつ…」
黒刀は左手で額を押さえて呟く。
「どうして君達は…」
レオが掘り下げようとしたその時。
「それ以上は野暮だぜ」
黒刀が遮った。
その眼には強い決意が込められていた。
「分かった。でも僕も君と闘いたい…この気持ちは変わらないよ」
黒刀の眼を見たレオはそう言って微笑んだ。
「しつこい奴だな。どうしてそこまで俺に拘る?」
その問いにレオはフッと笑った。
「僕は君を感じたい…この身で」
「「え?」」
黒刀とマリーが思わず呆けた声を出す。
「どうかしたのかい?」
レオが首を傾げる。
「(こいつ、天然で言ってるのか。大妖精とあっきゅんが発狂しそうなことを言ってたぞ)」
黒刀は冷や汗をかいた。
対してマリーは口をパクパクと動かして面白い表情をしている。
「さて、そろそろお暇するよ」
黒刀が立ち上がり、お茶会はお開きとなった。
「ああ。そうだね」
レオとマリーも立ち上がる。
そして、レオは黒刀に右手を差し出す。
「僕達と闘うまで負けないでくれ」
「当然だ」
そう言い合って2人は握手を交わした。
それから手を離したその時。
「あ~!クロトはいるデス!」
声が聞こえた。
「げっ!」
黒刀は今、レミリアの次に会いたくない人物の登場に思わず声を上げる。
その人物とは…リーナ・シリウスだった。
「クロト~!」
リーナが黒刀に向かって飛び掛かる。
「そう何度も捕まってたまるか!」
黒刀が横に跳んで避ける。
だが、リーナは踏み込んで方向転換して黒刀の頭に抱きつく。
「ぐふっ!」
黒刀は床に背中を打って、リーナは覆いかぶさるように黒刀の頭を抱き締める。
「う~ん!やっぱりクロトは抱き心地サイコーデス!」
黒刀は今にも窒息死しそうだ。
「ちょっ!リーナ、離れなさい!」
マリーが何とかリーナを引き剥がす。
「ぷはっ!死ぬかと思った。ありがとうマリー。助かったよ」
黒刀は素直にお礼を言う。
「とか言いながら役得と思っているのではないでしょうね?」
マリーはジト目で黒刀に疑いの眼差しを向ける。
「んな訳ねぇだろ!こんなんで死んだら笑えねぇよ!」
黒刀は全力で否定した。
「必死に否定するところが怪しいですわ」
「どうしろってんだよ!」
2人の言い合いがヒートアップする。
ちなみにリーナはなおも黒刀に抱きつこうと両手を伸ばしているがマリーが襟首を掴んで抑えている。
「はぁ…もういいですわ。お兄様、見送りをお願いできますか?わたくしはこのおバカを相手にしていないといけないので」
マリーが折れてレオに頼む。
「ああ。構わないよ。それでは行こうか。黒刀君」
「ああ。じゃあなマリー」
黒刀とレオは屋上から去って行く。
「バイバ~イ!」
リーナは元気よく手を振っていた。
ED9 鋼の錬金術師 扉の向こうへ
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