8月18日 午後9時。
黒刀は携帯端末に妖夢から部屋に来てほしいとメッセージが送られてきたので嫌な予感がしながらも妖夢達の部屋の前まで来てドアの前で立ち止まる。
すると感の良いチルノが黒刀の気配を感じ取ったのか中からドアを開けて顔を出した。
「あ、黒刀来た!」
「声が大きい。」
黒刀は他の部屋の人に騒がれると困るので一旦チルノを落ち着かせてから大人しく妖夢達の部屋に入った。
中にいるのは妖夢、霊夢、魔理沙、チルノ、大妖精、早苗、真冬、それと黒刀を含めて8人だ。
「急に呼び出して何なんだよ?」
黒刀は不機嫌そうな声を出す。
「フッフッフ…」
すると早苗が笑いだす。
「何だその気持ち悪い笑い方。」
黒刀がキツイ言葉を浴びせる・
「ちょ、ひどいです!」
早苗が思わず返す。
「いいから何なのか説明しろ。」
黒刀は早苗のショックを気にせず説明を促す。
早苗は唇を尖らせる。
「何か最近私に対して厳しすぎませんか?…まあいいですけど。」
「(いいんだ…。)」
大妖精が心の中で呟く。
早苗は気を取り直して立ち上がる。
「私達にはまだやり残していることがあります!そう。それは…王様ゲーム!」
「おやすみ。」
早苗の宣言に対して黒刀は胡坐の姿勢から立ち上がって自室に帰ろうとする。
「「確保~!」」
早苗と真冬が背後から抱きついて止める。
「やりましょうよ~王様ゲーム。」
早苗が駄々をこねる。
「嫌だよ!お前らとやっても大惨事になる未来しか見えねえよ!」
黒刀は断固拒否する姿勢を取る。
「黒刀君がいないと面白くないの~!」
真冬もねだってくる。
「男が俺だけって男女比おかしいだろ!」
黒刀が反論する。
「大丈夫です!センパイは普段から女の子を侍らせてますから!」
早苗が決め顔をする。
黒刀は抱きつく早苗を引き剥がすと両手で早苗の頭を押さえつけた。
「どういう意味だ~!」
さらに左右からプレスをかける。
「ちょ…センパイ痛い痛い!脳が潰れちゃいますって!」
早苗が悲鳴を上げる。
たっぷりお仕置きした黒刀はようやく早苗を解放する。
「「「「「(やっぱり会長の弟なんだな…。)0」」」」」
一部始終を見ていた妖夢達は映姫と黒刀の共通点を発見した。
黒刀はこのまま大人しく帰れないと諦めた。
「しょうがねえ。1時間だけだぞ。」
時間制限付きで了承して胡坐をかけ直す。
「やった~!」
「復活早っ!」
一瞬で立ち直った早苗に魔理沙が驚く。
「クジはもう用意してあります。」
大妖精がクジを取り出す。
「さすが大ちゃん準備がいい~!」
チルノが褒める。
霊夢は1人だけ意気込みが違った。
「(黒刀先輩に引かれたらどんな鬼畜な命令をされるか分かったもんじゃないけどここで逃げるのも何か嫌だしやるしかない!)」
「(余は既に王だがな。)」
「(王様、ちょっと黙ってて。)」
黒刀の心の中でザナドゥ卿が頷いているのを引っ込ませる。
ルールは今も昔も変わらない。
クジを引いて王様が番号を指名して命令する。
たったこれだけのルールで人類は様々な場所であらゆる犠牲を払ってきた。
それは黒刀達も承知だが同時に早苗やチルノのようなお祭り気分が絶えない者もいまだに存在する。
全員クジを掴む。
『王様だ~れだ!』
一斉にクジを引いた。
「俺だ。」
黒刀だった。
「「(いきなりヤバい奴きた~!)」」
霊夢と魔理沙が心の中で叫んだ。
「じゃあ1番と3番が腕相撲して負けた奴はゲームが終わるまで猫耳を着けてもらう。」
「「うっ!」」
霊夢と魔理沙の体が同時にビクッと震える。
どうやら該当者のようだ。
「霊夢~魔理沙~王様の命令は絶対だよ♪」
チルノが楽しそうに茶々を入れてくる。
「「(あいつ絶対泣かす!)」」
2人は心の中で誓う。
テーブルに肘をつけて拳を握り合う。
「レディ~ゴー。」
黒刀が適当にスタートの合図を出すと霊夢と魔理沙は同時に力を入れる。
女子の腕相撲とは思えない程に。
「(霊夢なら黒、魔理沙なら黄色にしよう。)」
黒刀は暇そうに眺めながら既に猫耳選びを考えていた。
そんなことは露知らず霊夢と魔理沙はお互いに腕相撲に勝とうとしている。
「降参してもいいんだぜ…霊夢。」
魔理沙が押し始める。
「誰が…降参なんて…するもんですか。」
今度は霊夢が押し始める。
しかし魔理沙も絶対に猫耳は避けたい一心で結果…
霊夢の負けとなった。
そして霊夢が猫耳を着ける羽目となった。
さらにおまけで黒刀に尻尾を着けられた。
「く…屈辱だわ…。」
霊夢は顔を赤くして膝をつき呟く。
「さあ、次行こうか♪」
黒刀はニコニコ笑顔を浮かべながらゲームを再開させる。
霊夢はバッと顔を上げて猫目で黒刀を睨みつける。
「(絶対に仕返ししてやる!)」
リベンジを心に誓う。
それを横からニヤニヤ眺める魔理沙だった。
『王様だ~れだ!』
王様になったのは…霊夢だ。
「フッフッフ…。」
念願の王様となった霊夢は不敵な笑みを浮かべる。
「(怖っ!)」
魔理沙はそう思わずにいられなかった。
「2番が1番を抱きしめて耳元で愛を囁く!」
いくら王様ゲームであっても黒刀達は最低限の倫理観を持ってやっている。
それは霊夢も同じ。
霊夢の命令は確かに過激的だが最低限の倫理観は守られている。
運の悪いことに2番は…黒刀。
しかも1番は…神光学園では美少女として人気を集めている大妖精だった。
この命令に衝撃を受けたのは当事者の2人ではなく早苗と真冬だった。
口を挟もうとしたところを妖夢と魔理沙が背後から羽交い締めにして口を押さえる。
「ちょ、霊夢!いくら何でもそれは恥ずかし過ぎ…っ!」
大妖精が抗議しようとしたその時。
正面から黒刀に抱きしめられた。
「え、ちょっ…黒刀先輩⁉」
大妖精が顔を赤くして驚く。
黒刀は大妖精を自身の胸に抱き寄せると大妖精の耳元に顔を近づける。
「大妖精。」
「ひゃいっ!」
大妖精は驚きのあまり声が裏返ってしまう。
「俺はお前が入学した時から気になっていた(座学トップとして)。
お前は俺にとって必要なんだ(治癒魔法師として)。
これからも俺の傍にいてほしい(マネージャーとして)。
好きだよ…大妖精(後輩として)。」
黒刀はいつもとは違う息遣いで建前と本音を上手く織り交ぜて囁いた。
「はわわ…そんな…ぷしゅ~…」
大妖精は頭から煙を噴き出す勢いで目を回しながら気絶してしまった。
黒刀は大妖精を解放する。
「あれ…日頃の感謝を言っただけなんだけどな~。」
首を傾げて大妖精を横に寝かせる。
妖夢は顔を赤くして固まっている。
チルノと解放された早苗と真冬は口をポカーンと開けて固まっている。
霊夢は白けた目をしている。
「(自覚ないんだ…。)」
魔理沙は心の中でツッコんでいた。
大妖精が脱落したことにより参加者は7人となった。
別の危険性を悟った一同は次で最後の命令にしようということで手を打った。
『王様だ~れだ!』
最後の王様は…またもや黒刀だった。
「6番が厨房の冷蔵庫から人数分の缶ジュースを持ってくる。」
完全にパシリだった。
その6番は…
「あ…。」
声を上げた者がいた。
一目散に逃げようとしたそいつを後ろから肩を掴んで捕まえる黒刀。
「じゃあ行ってもらおうか…チルノ。」
「何故あたいだと分かった⁉」
驚くチルノ。
「あそこまで分かりやすい反応した上に逃げようとしたらバレるだろ。」
黒刀は冷静にツッコむ。
映姫のような目が笑っていない笑顔で命令する。
「行ってこい。」
「ちくしょ~!」
チルノはダッシュで厨房へ走って行った。
「さてチルノが戻って来るまで怪談でもするか。」
胡坐をかいた黒刀が軽いノリで言い出した。
「「え?」」
早苗と真冬の肩がビクッと震える。
「何だその嫌そうな態度は?」
黒刀が訝しげな視線を向ける。
「だって…センパイの怪談…めちゃくちゃ怖いですし…。」
早苗が目を逸らし、真冬も横で必死に首を縦に振っている。
「大丈夫だ。そこまで怖くないって。」
黒刀が笑顔で否定する。
「霊夢は大丈夫なのか?」
魔理沙が隣の霊夢に訊く。
「巫女が霊にビビッてちゃ仕事にならないでしょ。」
猫耳と尻尾を外した霊夢が真顔で答える。
「その理屈だと早苗さんは巫女失格っていうことになりますね。」
妖夢が苦笑い。
すると早苗の中で何かのスイッチが入った。
「やってやろうじゃないですか!」
巫女としてのプライドが早苗をやる気にさせた。
黒刀は手をパンと叩く。
「それじゃ…始めるぞ。」
5分後。
チルノが缶ジュースを両手に抱えて戻って来ると異様な光景が広がっていた。
大妖精が気絶しているのは変わっていない。
しかし黒刀と霊夢以外の全員が俯いて恐怖で体が震えている。
まるで何か怖ろしいものを見たかのように。
チルノが訊いても誰も答えてくれなかった。
黒刀は終始笑顔だった。
午後10時。
「せっかくだから肝試しでもするか?」
黒刀が話を切り出した。
「いや鬼か!」
魔理沙がすかさずツッコんだ。
「ん~何?」
そこで大妖精が目を覚まして体を起こし寝ぼけた声を出す。
「大ちゃん、大丈夫?」
チルノが前屈みになる。
「え、何が?」
大妖精は何のことか分からないと言いたげな顔をする。
妖夢は心の中で思った。
「(なかったことにしようとしてる。)」
結局、肝試しをすることになった。
一同は旅館を出る。
「大丈夫だよ。万が一何かあってもクマ吉が山の頂上から見張ってるから。」
「ライオンかよ…。」
魔理沙が気の抜けたツッコミを入れる。
「魔理沙がこんなに怖がりだったんですね。知らなかったです。」
妖夢がからかう。
「何だよ…ダメなのかよ。」
「いえ女の子らしくて可愛いと思いますよ。」
妖夢が笑顔で返す。
魔理沙は顔を真っ赤にして照れ隠しに霊夢の背中をバシバシと叩く。
「痛っ!痛いって!何なのよ!」
当然霊夢は怒る。
ただし魔理沙が照れ隠しにやっていると分かっているので表面上怒っているように見せているだけである。
黒刀は珍しく魔理沙をからかっている妖夢を見る。
「(お前もさっきまでビビりまくってたじゃねえか。)」
声に出さず心の中でツッコむ。
いつまでも魔理沙弄りを放っておくと話が進まないので黒刀はパンと手を叩いて皆の意識を自分に向ける。
「はい。じゃあ2人組になって浜辺まで歩く。これだけだからさっさとやるぞ。」
魔理沙が挙手する。
「何も仕掛けとかないよな?」
「さあ、あるかもしれないしないかもしれないな。」
黒刀は答えになっていない答えを返す。
これ以上聞くことを無駄と悟った魔理沙は黙った。
正当なクジ引きの結果2人組は…
霊夢と魔理沙。
チルノと大妖精。
早苗と真冬。
そして黒刀と妖夢の4組。
それぞれが1分おきにスタートして最後に黒刀と妖夢がスタートした。
森の中を歩いているとあちこちから悲鳴が聞こえてきた。
「アハハ!怖がってる♪仕掛けなんて何もないのにな。」
黒刀が笑う。
「ってないんですか!」
それを聞いた妖夢がバッと顔を黒刀に向ける。
「ああ。そんな時間なかったし雰囲気だけでも怖がるかなって。霊夢は霊感強そうだから意味ないけど。今頃、魔理沙をおもちゃにしているんじゃないか。」
「ふふ、そうですね♪」
妖夢は楽しそうに笑った。
「こっち。」
このまま真っ直ぐ進めば浜辺に着くのだが黒刀が妖夢の手を掴んで横道に逸れた。
「え、先輩?」
妖夢は呆気に取られる。
黒刀は振り返ることなく進む。
「いいものを見せてやるよ。」
「いいもの?」
妖夢は首を傾げる。
「まあ、楽しみにしてろって。」
2分弱歩いて辿り着いたのは海岸を一望できる丘の上だった。
黒刀は妖夢から手を離す。
若干、妖夢が名残惜しそうにしていたが黒刀は気のせいだと思い込んだ。
丘の上から浜辺を見下ろすと既に霊夢達が集まっていた。
黒刀と妖夢がまだ来ていないことに文句を言っているようにも見える。
「先輩、ほっといていいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。」
黒刀は軽く返して、携帯端末の時計を確認する。
「そろそろだな。」
それを聞いた妖夢が黒刀の顔を横から見て何かを言おうとしたその時。
海岸の方からヒュ~と音が聞こえて、直後に大きな爆裂音が響いた。
妖夢がハッと前に向き直ると視界いっぱいに広がったのは…大きな花火だった。
花火は次々と打ち上げられていく。
形は様々で桜、ひまわり、百合、薔薇、たんぽぽ。
これこそまさに花火と言いたげだった。
「わあ~!綺麗♪」
妖夢はキラキラした目で眺める。
そんな妖夢を見て黒刀は満足げに微笑む。
「(時間設定の遅延術式。成功してよかった。)」
海岸から打ち上げられる花火は旅館にいる者からも見えていた。
「(不思議なもんだな。こんな単純なものなのに人を魅了する力があるなんて。)」
黒刀は花火を眺めながら感動していた。
花火は30分程続き、終わった頃には午後11時となっていた。
あと1時間で日をまたぐというところで黒刀は携帯端末でモニター通信を浜辺にいる大妖精に繋いだ。
大妖精はコールを1回で出て黒刀のモニターウインドウに大妖精が映りその周りに霊夢達が映る。
繋がってすぐに色々問い詰められたが黒刀は適当に聞き流したりなだめたりしておさめた(?)
モニターウインドウに映る大妖精達を一旦見つめると目を閉じて決心したように深呼吸して目を開けて口を開いた。
「皆…俺ロサンゼルスに行くことにしたんだ。」
「え?」
妖夢は声を出すことしかできなかった。
「どういうことですか?」
霊夢がギリギリ冷静さを保って訊く。
「ああ。実はな…」
黒刀は事情を霊夢達に説明した。
「何で黙ってんだよ?」
チルノがムッとした顔をする。
「せっかくのバカンスに水を差すのは気が引けたんだよ。今夜、話すのがちょうどいいと思った。それにこれは俺の問題だ。俺が1人で決めなくちゃいけないことだったんだ。まあ少しは悪いと思っている。」
黒刀はチルノに申し訳なさそうな顔をする。
それを見たチルノはそれ以上何も聞けなかった。
「いつから行っちゃうんですか?」
霊夢が質問する。
「大会の2日前には現地入りしておきたい。出発は23日だな。ロスに別荘はあるしな。」
さらに続ける。
「皆、分かってほしい。俺は今よりもっと強くなりたい。もっと高みを目指したいんだ。」
すると黙っていたチルノが大妖精の前に身を乗り出す。
「ならあたいも強くなる!強くなって帰ってきた黒刀に勝てるくらいに強くなる!」
「(全くこういう時は頼りになるよ。お前のそういう前向きさは。)」
チルノの言葉を聞いて黒刀は微笑む。
「私も強くなる!今度は皆の足を引っ張らない!」
チルノに感化されたのか魔理沙も言い出した。
早苗はうるっとした目をしていたが対して真冬は大妖精達の後ろからモニターウインドウに映る黒刀の顔を優しく応援するような目で見つめていた。
大妖精も泣きそうな顔をしている。
「それじゃそういうことで。」
黒刀はモニター通信を切った。
携帯端末をポケットにしまって妖夢を見るとその表情は黒刀がロサンゼルスに行ってしまうショックとどうすれば分からない困惑の感情が入り混じったものになっていた。
「たった12日間だ。何をそんなに落ち込んでんだ。」
妖夢の顔は俯いている。
「私は…これまで…先輩を目標に…頑張ってきました…私は…先輩が近くにいたから自分の成長も感じることができました。でも!」
その顔を上げると今にも泣き出しそうな顔だった。
「妖夢…。」
「先輩がいなくなったら私は一体何を目標に頑張ればいいんですか!」
妖夢は子供のように喚いた。
黒刀はそんな妖夢をあえて慰めようとしない。
「妖夢…離れていても繋がっているものがある。それが何だか分かるな?
答えは…絆だ。チルノと魔理沙は自分で考えて前に進もうとしている。妖夢…お前はこのまま立ち止まっていていいのか?」
少し厳しげに問う。
その言葉に妖夢はハッと気づいて涙を指で拭う。
「嫌です…そんなの…私は誓ったんです!先輩を超える剣士になるって!」
決意を込めた目で言い放った。
黒刀は安心したように微笑む。
「それでこそ魂魄妖夢だ。」
それから2人は夜空を見上げた。
いつか届くと信じる高みを目指して。
旅館に戻る途中で黒刀は映姫とレミリアにロサンゼルスに行くとメッセージを送信した。
映姫は黒刀の様子の異変に気付いていた為、メッセージを見て納得した。
レミリアもさすがというべきか簡潔なメッセージを見ただけで理解した。
「咲夜。」
レミリアが呼ぶと既に咲夜は傍に立っていた。
「本島に戻ったらすぐに帰国するわよ。」
「かしこまりました。」
レミリアの短い命令に咲夜は頭を下げた。
レミリアは夜空を見上げる。
「あいつが高みへ上り詰めるというなら私はそれを超えるまでのこと。そろそろ決着をつける時がきたのかもね。」
8月19日 午前8時。
帰りの時間になり全員船に乗り出航した。
港からはクマ吉が大きく手を振って見送ってくれた。
天候も良好だったことにより2時間程で名古屋の停船所に到着した。
黒刀とにとり以外は紫の空間魔法で送ってもらった。
2人が残った事には理由があった。
「にとり。」
「分かってる。」
名を呼んだだけでにとりは理解した。
「あの子達に会いに行くんだろ?」
そう微笑むにとり。
「よく分かったな。」
黒刀が感心する。
「何年コンビ組んでると思ってんだよ。」
にとりは自慢げに胸を張った。
ここ名古屋にはある施設がある。
施設の名前は『帝国軍管轄児童保護施設』。
現在、ルーミア達が暮らしている場所だ。
黒刀は日本を発つ前にルーミア達に顔を出しておこうと思った。
旧ザナドゥ王国で起きたことはにとりにもある程度話してある。
にとりのフェラーリに乗って移動した。
午前10時30分。
保護施設に到着した黒刀とにとりは門の前のスキャナーにIDカードをかざす。
「認識番号『9610』四季黒刀。」
「認識番号『2106』河城にとり。」
パスワードと音声認識により門が開錠される。
そのまま施設の敷地に入っていく。
にとりは駐車場に車を停める。
「私はここで待ってるから行ってこいよ。」
「ああ。」
黒刀は短く返して車から降りて施設の中に入っていく。
受付で手続きを済ませてある部屋の電子ロックを解除して中に入る。
その部屋は温室並の広さを持ち床には人口芝生が取り付けられている。
部屋の中心では講師代わりの女性兵士が空間ウインドウを展開して一般常識を教えている。
そして、その生徒達が黒刀がここに来た目的だった。
「あ、くろにいだ!」
ルーミアが黒刀に駆け寄って胸に抱きつく。
「こらルーミア。まだ授業中だろ?」
黒刀は優しく微笑みながら軽く叱った。
すると講師代わりの女性兵士が声をかけてくる。
「構いませんよ
彼女も黒刀が帝国軍の兵士であることはもちろん知っているがそれなのに階級をつけて呼ばないのは黒刀があらかじめここに大将としてではなくただの四季黒刀として来たことを伝えていたからだ。いくら仲の良いルーミア達とはいえ軍事機密を簡単に明かすわけにはいかない。しかし軍用IDを使用していることに関しては矛盾があるともいえる。
だがそれもルーミア達にバレなければいいだけのこと。
黒刀は幽香の姿が無いことに気づいた。
「幽香がいないな。」
「風見幽香さんなら最初の3日に検査と手続きだけを済ませて四季桜様に引き取られました。」
女性兵士が説明した。
「そうか。母さんはスウェーデンで花屋をやっているもんな。確かに幽香にピッタリの場所だな。」
黒刀は納得した。
現在、この部屋で保護されているのはルーミア、さとり、こいし、お空の4人。
「皆、勉強の方はどうだ?」
「完璧。」
さとりはピースして自慢する。
「ん~難しい。」
お空は困った表情をする。
「なんとなく分かったよ♪」
「私も!」
こいしとルーミアは笑顔で答えた。
黒刀はルーミア達の元気な姿を見れて安心したように笑った。
「ほら差し入れのアップルパイだ。」
黒刀はカゴバッグを取り出した。
ルーミア達は喜んでアップルパイを頬張った。
「ん~黒刀は昔から料理が上手い。こっちの女子力に自信がなくなる。でも美味しい~。」
文句を言いながらも食べ切ったさとりであった。
それからはルーミア達と遊んだり、黒刀が直々に講師をしたりと楽しい時間を過ごした。
気がつくと12時を回っていた。
「そろそろ帰るよ。」
「「「「え~!」」」」
ルーミア達が残念そうな声を出す。
「またすぐに会えるから。」
黒刀はそう言って部屋を出た。
「黒刀大将。」
同時に20代くらいの若い研究員に呼び止められた。
ルーミア達のいる部屋は防音性があるしドアもとっくに閉まっている。
「検査結果は?」
黒刀が訊く。
「はい。4人ともオーラ数値は平常レベルに達していました。」
研究員はデータが表示されたウインドウを展開して解説した。
黒刀はデータを見ながら歩き出す。
「特に霊烏路空に関しては十分戦闘できるだけの能力があります。古明地さとりと古明地こいしも日常生活に支障はありません。ただルーミアという少女なんですが…」
研究員がそこで言葉を切る。
「何か問題があるのか?」
「…ルーミアも日常生活に支障はありません…ですが彼女の場合これ以上の身体的成長が望めないのです。」
研究員が言葉を絞り出した。
「つまりルーミアは一生あの姿のままってことか…。」
黒刀には心当たりがあった。
恐らくは融合術式を発動した反動であると。
そして、それがどうしようもないことも分かっていた。
「分かった。あとはお空に基礎トレーニングをさせるように。」
黒刀はアドバイスした。
「了解!」
研究員も軍人なので黒刀に対して敬礼する。
黒刀も高校生とは思えないほど見事な敬礼を返す。
ルーミア達との面会を終えた黒刀は駐車場に戻ってきた。
にとりの車のドアを開ける。
「待たせた。」
「そんなに待ってない。プログラムで遊んでいたからな。」
社交辞令だと分かっているにとりはそう返す。
「そうか。」
それだけ言って黒刀はシートに座った。
にとりはエンジンを入れて車を出す。
その頃、妖夢は自宅でずっと考えていた。
帰った頃には幽々子は不在でリビングのテーブルの上に『食べ放題の店に行ってきます』とメモが置いてあった。
妖夢はベッドで仰向けになっていた。
黒刀がロサンゼルスに行くという事実は変わらない。
なら自分がすべきことは何か?
どうすれば1歩でも黒刀に近づけるのか?
いつものようにただ普通に特訓しているだけではダメだ。
ならばどうすればいいのか?
それがどれだけ考えても分からない。
仰向けになったまま天井に向かって右手を伸ばした。
空に手を伸ばすかのように。
「(先輩を超える。その為には…先輩より強い人に鍛えてもらうのが一番だ。
でもそんな人都合よくは…)」
そこまで考えて妖夢は気づいた。
黒刀より強くて近くにいる会おうと思えば会える強者を。
ベッドから跳ね起きて1階に駆け下りて玄関で靴を履いて家を飛び出して戸締りもちゃんとしてから賭け出した。
目的の人を求めて。
妖夢が辿り着いたのは商店街にある黒刀の自宅だった。
黒刀はまだ帰ってきていない。
妖夢はインターフォンを押す。
《はい》
「妖夢です。」
妖夢は名乗った。
《今行きます》
音声が切れて少ししてから玄関のドアが開く。
出てきたのは四季映姫だった。
夕飯の下ごしらえをしていたのかエプロン姿だ。
「会長に大事なお話があります。」
「とりあえず中に入って下さい。話はそれからです。」
映姫は妖夢を自宅に招いた。
リビングに入ると映姫は妖夢をソファに座らせるように促す。
妖夢は言われた通りソファに腰かける。
映姫は緑茶を入れてテーブルの上に置き、ソファに腰かける。
「それで話とは何ですか?」
映姫の問いに妖夢は深呼吸する。
「会長はもう先輩がロサンゼルスに行くことを知っているんですよね?」
「ええ。」
「こんなこといきなりで申し訳ないのですが…お願いします!私を弟子にして下さい!」
妖夢は立ち上がって頭を下げた。
映姫は緑茶を一口飲んでからテーブルの上に置く。
「やはりそう来ましたか。」
「え?」
妖夢が顔を上げる。
「あなたが黒刀を超えることを目標にしていることは知っています。だから黒刀が今まで一度も勝ったことが無い私にそういう話を持ち掛けることは予測がつきます。」
映姫が立ち上がると妖夢を真正面から見据えた。
その静かな威圧感に妖夢は息を呑む。
「いいでしょう。あなたを鍛えてあげます。ただし私の指導は厳しいですよ。」
映姫は承諾した。
「はい!」
妖夢は強く応えた。
妖夢が映姫に連れられてやった来たのは黒刀の自宅の地下トレーニング場だった。
「こんなところが…。」
妖夢が言葉を漏らす。
「黒刀がわざわざトレーニングセンターに行くのも手間だから地下に作っちゃおうと言ったんです。」
映姫が歩きながら説明する。
「先輩もここを使っているってことは私達の特訓も先輩にバレるってことになるのでは…」
「心配ありません。黒「とはここのトレーニングメニューを全てクリアしています。ですからここに来ることはありません。」
それを聞いた妖夢は安心の息を漏らす。
映姫が立ち止まったのはバッティングセンターのような部屋だった。
「さて、まずはこれをやってもらいます。」
映姫が指差したのはまるでガトリング砲のような装置だった。
「えっと…ここで…一体何を?」
妖夢は何をするのか理解できなかった。
「『楼観剣』と『白楼観』を渡しなさい。」
映姫に言われた通り妖夢は二本の剣を手渡した。
代わりに渡されたのは二本の竹刀。
「え、会長?」
妖夢は呆気に取られる。
映姫は装置の後ろに立つと起動した。
すると、装置の砲口からゴムボールが発射された。
その速さは時速160㎞。
「へ?うわっ!」
妖夢は慌てて避けた。
「こら、避けない!」
「いやいや!こんなのどうすればいいっていうんですか!」
「そんなの竹刀で弾くに決まっているじゃないですか。」
映姫は真顔で返した。
「へ?」
「どんどんいきますよ。」
映姫はシステムを操作する。
またもや豪速球が発射された。
妖夢はまたもや体をひねって避ける。
「だから避けない!」
そしてまた映姫に怒られる。
「どうやら一度痛い目を見ないと分からないようですね。」
映姫はシステムを操作してマシンのレベルを1から5に上げた。
さっきまで1発ずつ発射されていたゴムボールが今度は本物のガトリング砲並の連射速度で発射された。
地下トレーニング場に妖夢の哀れな悲鳴が響いた。
妖夢は仰向けに倒れる結果となった。
そんな妖夢を映姫は上から見下ろす。
「だらしないですね。この程度、まだ序の口ですよ。」
「こ…これが…。」
妖夢はなんとか起き上がって返す。
「仕方ありませんね。少し脇で見ていなさい。」
映姫は竹刀を1本手に取って妖夢を離れさした。
「マシンレベルを5から10に変更!」
映姫の音声をシステムが認識してマシンからさっきの倍の数のゴムボールが発射される。
映姫はそのボールを全てほぼ同時に斬って弾いた。
それを当然のように繰り返している。
ボールは1個も映姫の後ろに落ちていない。
「動き出しと軌道が分かっていれば簡単なことです。それは剣士でも同じことです。これは分かりますね?」
さらに映姫はボールを弾きながら説明してきた。
妖夢は一瞬、映姫の剣技に見とれていた。
「はい!」
僅かに遅れて返事した。
妖夢が映姫にしごかれていた頃。
魔理沙は博麗神社の境内で魔法の特訓をしていた。
「なあ霊夢。私の魔法と二宮さんの魔法って似ていると思わないか?」
「確かにそうかもね。規模と質は誓うけど。」
霊夢は縁側でお茶をすすった後、一言余計に口を出す。
「ぐっ。」
痛いところを突かれた魔理沙はミニ八卦炉を構える。
「…だからもし『マスタースパーク』に空間魔法を組み合わせたらそれなりの武器になるんじゃないかと思ってさ。」
自信を持った口調で言った。
「でもあれは空間把握能力と演算処理能力が高くないと出来ないはずよ。あんた、そんなの出来ないでしょ?」
霊夢の指摘に魔理沙は不敵に笑う。
「一発くらいなら出来ると思うぜ。私だって『剣舞祭』が終わってから何もせずに遊んでいたわけじゃないぜ。魔法実技の資料を学校で読みまくったからな。」
そう口にして胸を張る。
「へえ~。」
霊夢は興味なさげな声を出す。
魔理沙は霊夢に背を向けてミニ八卦炉を構えて術式を展開する。
「マスタースパーク!」
そして、空間魔法の術式を発動した状態で砲撃魔法を放った。
だが放った本人は反動で後方に倒れるし、魔法の照準は狙った場所からかなり逸れている。
逸れた場所はなんと霊夢の正面だった。
「ちょ、危なっ!」
霊夢はいきなり飛んできた砲撃魔法に慌てて防御結界を展開して弾く。
尻餅をついていた魔理沙は立ち上がって砂埃を払う。
「わりぃ、ちょっと失敗しちゃったぜ。」
頭を掻きながら謝る。
ただし笑いながら。
「あんたね~。ここに来てるんだから魔法の特訓をすることは察してたけどせめて最初は低レベルの魔法で慣らしなさいよ!いきなりマスパをぶっ放すなんて安心してお茶も飲めないじゃない!」
霊夢は怒っていた。
だが付き合いの長い魔理沙は霊夢が本気で怒ってないことが分かっていた。
「まあ無事だったんだからいいじゃねえか。それよりお前は修行とかしねえのか?」
「霊術っていうのは工夫次第で戦術が広がるものなのよ。私は博麗の霊術はほぼマスターしているからすることがないのよ。」
そう答えてお茶を飲む。
「うわ、何てチート。」
魔理沙はそう呟いた。
黒刀が自宅に着いたのは午後5時だった。
「ちょっと遅くなっちゃったな。」
「そりゃお前が、どうせなら名古屋名物の料理を食べたい、って言い出すからだろうが。」
にとりはジト目を向ける。
「ありがとうな。送ってくれて。」
黒刀はにとりのツッコミに動じず感謝の言葉を伝えた。
「ああ。」
にとりも黒刀がスルーしたことには特に気にしていない。
こうしたやり取りは5年もコンビを組んだからこそできるものである。
にとりはアクセルを踏んで去った。
黒刀は玄関のドアを開けて中に入ると、ちょうど妖夢が玄関で靴を履き終わったところだった。
「あ、先輩。お邪魔してます。」
丁寧に挨拶する妖夢。
「おう。何ならうちで食っていくか?」
「いえ。今日は帰らせていただきます。」
黒刀の誘いを妖夢は丁寧に断った。
「そっか。それじゃあな。」
黒刀はほんの少しだけ驚いたが挨拶して靴を脱ぐ。
「はい。お邪魔しました。」
妖夢も玄関のドアから帰って行った。
黒刀がリビングに入るとテーブルには既に映姫が作った料理が並べられていた。
その中には黒刀の大好物の唐揚げも含まれている。
「お、姫姉の唐揚げだ。久しぶりだな~。」
喜ぶ黒刀。
映姫はエプロンを外す。
「ロサンゼルスに行く黒刀のお祝いです。」
映姫は笑顔でそう口にした。
「姫姉の唐揚げは格別に美味いからな。」
黒刀も笑顔になる。
映姫は黒刀に妖夢を弟子にしたことを話さなかった。
黒刀も薄々感づいているだろうと思ってあえて口にすることではないと思ったからだ。
それに笑顔で楽しそうに話している黒刀との時間を大事にしたいとも思った。
8月23日 黒刀ロサンゼルス行き当日。
黒刀は『八咫烏』を空港に預けて航空便でロサンゼルスに送ってもらうように手続きを済ませると携帯端末だけ持ってほぼ手ぶらでロビーで時間まで待っていた。
見送りに来たのは映姫、妖夢、霊夢、魔理沙、チルノ、大妖精、小町の7人。
「手ぶらで大丈夫か?」
小町が訊く。
「ロスにも別荘はあるから大丈夫。」
黒刀は真顔で返す。
「(出たよ。ブルジョワ発言。)」
魔理沙は心の中で悪口を呟く。
そんな中、映姫は黒刀をなにやら疑う目で見る。
黒刀はそれに気づく。
「姫姉、大丈夫だって。確かにアメリカは犯罪とか多いけど心配ないって。」
笑って手を振る。
映姫はジト目を向ける。
「むしろ黒刀が首を突っ込まないか心配なんですが?」
「いや、ないない。」
黒刀は首と手を横に振って否定する。
そんなことをしているとアナウンスが流れて出発の時間が来てしまった。
黒刀が『動く歩道』に乗ろうとする。
「ほら妖夢。何かエール送ってあげなさい…よ!」
霊夢が妖夢の背中を押した。
黒刀は『動く歩道』に乗る直前に振り返ってぶつかりそうになる妖夢を抱きとめた。
「あ…すみません!」
妖夢は顔を真っ赤にして黒刀から離れる。
後ろで霊夢が意地悪な笑みを浮かべているのがなんとなく伝わってくる。
黒刀が可笑しそうに笑う。
「また転ぶのかと思ったぞ?」
「もう…先輩、意地悪です!」
妖夢はプイッと顔を背ける。
黒刀は右手で妖夢の頭を撫でて優しく微笑む。
「無理して何かを言う必要なんてない。いつかお前と剣を交えた時にきっと分かるからな。」
さっきまで機嫌を損ねていた妖夢はすっかりご機嫌になりお返しに精一杯の笑顔を送ることにした。
「頑張って下さい!先輩なら勝つって信じてますから!」
それだけ伝えた。
黒刀はその言葉を受け取って前に向き背を向けたまま手を振って『動く歩道』に乗る。
妖夢達は黒刀の姿が見えなくなるまで見送り続けた。
黒刀が選んだ1つの決断が周囲の人間に影響を与えていく。
そして、それにより少年少女達は新たなステージを進むことになるのだった。
夏島編完。
DOG DAYS′ 夏の約束
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