午後2時30分。
荷物を以てホテルに戻ろうと会場の廊下を歩いて日本代表一同は偶然、韓国代表一同と鉢合わせになった。
『あ。』
ついさっきまで敵同士だったので気まずい空気が流れる。
その沈黙を破ったのが黒刀におんぶされているチルノだった。
「何だ!まだやんのか!」
ガルルッと韓国代表…主にペ・ギョンとグ・ヨンに対して威嚇する。
手首と額に包帯を巻いている天子は黒刀の横に並んでいるが特に何も言わない。
すると、ペ・ギョンとグ・ヨンが頭を下げた。
「すまない。先程の試合中は熱くなっていたとはいえ君達に対して大変失礼なことを言ってしまったことを謝罪する。」
「許してほしいとは言いません。私達にはその資格もありませんから。」
謝罪の言葉を告げる2人にチルノはそれ以上強く言えず黙り込んでしまう。
黒刀はチルノの成長が嬉しくなって小さく笑ったその時。
黒刀の前にイ・サンが出てきた。
「私の負けだ。君の言う通り正義だけではどうにもならないことに気づかされた。」
「いいんじゃないか。正義の味方って奴がいたって。それとさっきからお前の
「…どういう意味かな?」
「自分に嘘を吐くなってことだよ。」
イ・サンは黒刀の答えに目を見開く。
「やれやれ…まさか
「お前が『孫悟空モード』になった時からだ。あれで確信した。お前が孫悟空の子孫だってことにな。」
黒刀が口にした衝撃の真実に日本代表のみならずユンスクとチャン・スウ以外の韓国代表メンバーも驚く。
「恐れ入ったよ。一体君は何者なんだ?」
「別に。ただの高校生だよ。」
黒刀はイ・サンの横を通り過ぎていく。
それに続くように日本代表メンバーも歩いていく。
妖夢も歩き始めたその時。
「魂魄妖夢。」
背後からユンスクに呼び止められた。
妖夢は立ち止まって振り返る。
「はい?」
「…次は私が勝つ。また試合をしよう。」
ユンスクは背を向けたままそう告げた。
「はい!私ももっと強くなってあなたに負けないように頑張ります!」
妖夢は綺麗に一礼してから黒刀の後を追った。
「フッ。あれ程真っすぐな心を持った剣士に出会ったのは初めてだな。」
ユンスクは嬉しそうにほんの少しだけだが…笑った。
午後3時 カタール代表宿泊ホテル。
日本代表の次の対戦相手カタール代表はホテルの一室で試合の録画映像を見ていた。
しかし、彼らが見ていたのは明日の対戦相手のインド代表の試合ではなく今日の日本vs韓国の録画映像だった。
つまりインド代表の対策は既に出来ているということだ。
カタール代表は明後日の対戦相手である日本代表を研究していたのである。
録画映像を観終わるとキャプテンであるムハンマドが皆の前に立つ。
「やはり要注意すべきは四季黒刀だろう。」
ここでも黒刀はマークされていた。
「別にそんな深刻に考える必要はないっしょ!」
お気楽な声が聞こえてきた。
声の主はカタール代表の赤髪ルーキー、フランク。
フランクの隣では青髪のイヴォが爆睡していた。
フランクの軽口に対して席を立ったのはユセフ(17歳)だった。
「フランク!そういう気の緩みがチームの敗北に繋がるんだぞ!」
ユセフは声を荒げた。
フランクは小指で右耳をほじりながら、
「あ~うるさっ。それじゃ頭の悪いお前らに俺が説明してやるよ。」
そう言って立ち上がった。
「この四季黒刀って奴は一言で言えばただのパワー押し野郎だ。確かにスピードも
自信満々に話すフランク。
「それが出来ていればインドも韓国も負けてないだろ!」
反論するユセフ。
「はあ~。だから出来てないんだって。あいつらはただ回避だけしかしていない。あんなもん回避出来て当たり前なんだよ。問題はその先。回避した後に中距離か遠距離攻撃に切り替える。
距離が離せない時は近距離で攻撃の隙を与えない連撃をかませばいい。『ガードブレイク』は攻撃にしか使えないんだからな。」
完全に上から目線で説明するフランク。
ユセフは黙って唇を噛み締めるしかなかった。
「それに~奴はテクニックが稚拙だ。こっちがスピードとテクニックで翻弄すればいいだけ。はい分かった?」
小馬鹿にするようにフランクは話した。
ユセフが我慢出来ずフランクに掴みかかろうと一歩踏み出したその時。
「そのくらいにしておけ。」
その場を鎮めるカタール代表キャプテン、ムハンマドの一言がかかった。
「フランク、意見を発言するのは構わんがある程度口は慎め。リラックスすることと緊張感を持たないことは違うということを覚えておけ。」
フランクを叱責するムハンマド。
「へ~い。」
フランクは座って背もたれに寄りかかると返事した。
ユセフはフランクを一瞬睨みつけた後、黙って座った。
「(何であんな奴らが代表なんだ!)」
フランクとイヴォの存在はカタール代表メンバーにとって嫌悪感を抱かずにいられなかった。
9月13日 午前10時。
今日は日本代表が試合のないオフだった。
だが彼らはホテルから会場へ向かう。
その理由はインドvsカタールの試合を観る為である。
だが抜けている人物がいた。
「あれ先輩は?」
妖夢が映姫に訊いた。
映姫はため息を吐いた。
「朝起きたらルーミアと一緒にランニングしてくるってメッセージが来てました。」
映姫は携帯端末の画面を妖夢に見せる。
「アハハ…先輩らしいですね。」
妖夢が苦笑い。
つまり黒刀はバックレたのだ。
「フフフ…帰ったらお説教ですね。」
映姫が恐ろしいことを呟いていた。
その頃。
黒刀はルーミアをおんぶして山道を軽快なステップで駆けていた。
「意外と広いなこの島。」
黒刀は息1つ切れていない。
「くろにい、はや~い!」
ルーミアは楽しそうに笑っている。
しばらく走っていると2人はビーチに辿り着いた。
「わ~い!海だ~!」
ルーミアは黒刀の背中から降りて裸足になると駆ける。
ルーミアにとっては初めての海なので興奮するのも無理はない。
そんなルーミアを黒刀は微笑ましそうに見ていた。
そんな時。
「何故お前がここにいる?」
横から声が聞こえてきた。
黒刀が横を向くと声の主は韓国代表キャプテン、ユンスクがいた。
他の韓国代表メンバーも揃っている。
どうやら朝の走り込みをしていて今は休憩中らしい。
「随分なご挨拶だな。俺がここにいてはいけないとでも言うのか?」
「気に障ったのならすまない。ただ朝出て行く時に日本代表が揃って会場に向かっていくのを見たのでお前もそちらに行ったのかと思っただけだ。」
「(この人、冗談通じない人だな。)」
黒刀は苦笑いして肩をすくめた。
「ところであの少女はお前の知り合いか?」
ユンスクが視線を向ける先には白いワンピースを着て、浅瀬でパシャパシャ音を立てて水遊びしているルーミアがいた。
「ルーミア、ちょっとこっち来い。」
黒刀がルーミアを呼ぶ。
ルーミアはキョトンとした顔をすると黒刀の元へ駆け寄ってその左腕に抱きつく。
「俺の妹だ。」
「四季瑠美亜です!ルーミアと呼んで下さい!」
黒刀の紹介にルーミアは黒刀の左腕に抱きついたままお辞儀した。
「(あの時の…)」
イ・サンは一昨日の出来事を思い出す。
『(か、可憐だ…)』
ルーミアのあどけない笑顔に韓国代表のユンスクとイ・サン以外のメンバーはそう思った。
それを察知した黒刀が一瞬視線で『手出したら殺す!』と警告する。
それを感じた彼らは後ずさる。
そんなやり取りが行われているとは露知らずユンスクがある提案をする。
「そういえばお前とは結局闘えずじまいだったな。良ければここで少し手合わせ願えるか?」
予想外の提案に韓国代表一同は驚いた。
「ユンスク、それは…」
「いいぜ。ただし真剣はなしだ。」
イ・サンが止めようとしたがそれより先に黒刀が答えを返した。
「四季黒刀!お前も乗らなくていい!」
イ・サンが制止しようとするがもはや収集出来ない事態に発展してしまっていた。
「チャン、彼に木刀を貸してやれ。」
ランニングの後に打ち合いの特訓でもするつもりだったのかチャン・スウが背中に背負った木刀を黒刀に手渡す。
「壊れても後悔するなよ。」
黒刀が軽口を叩く。
「出来れば壊さないで欲しいかな。」
チャン・スウは苦笑いを返した。
「善処するよ。」
黒刀は木刀を握り締めると履いていたビーチサンダルを抜いた。
「よいのか?足場を悪くするぞ。」
ユンスクが指摘する。
「これでいい。」
黒刀は木刀を構える。
「なるほど…面白い男だ。」
ユンスクも黒刀と同じように靴を脱いだ。
「負けず嫌いだな!」
「お互いにな!」
黒刀とユンスクは同時に砂地を蹴って剣撃をぶつけ合う。
午前11時 インドvsカタール試合会場。
黒刀とユンスクの手合わせが始まった同時刻。
インドvsカタールの試合会場は異様な空気に包まれていた。
既にダブルス2の試合はカタールが勝利している。
現在はダブルス1の試合をなっているのだが、その試合はとても気持ち良く観戦出来る試合ではなかった。
「何か嫌だぜ…こんな試合…」
魔理沙が苦々しく呟く。
インド代表のダブルス1は前回と同じプロトン&シン・ルゥ。
そして、その相手がルーキーコンビ、フランク&イヴォだった。
観戦者が試合を楽しめない理由。
それは2人の戦法にあった。
「ほらほら!もっと踊れよ!」
「その程度で代表とかダッセ~な!」
フランクとイヴォはプロトンとシン・ルゥに対して近距離戦を挑まない。
ひたすら距離を取りながら遠距離爆撃魔法を仕掛けている。
プロトンとシン・ルゥも距離を詰めようとしているがフランクとイヴォは2人と全く同じスピードで後退している為、距離が全く詰まらない。
その上、遠距離爆撃魔法が2人の足元で炸裂して足止めも食らっている。
プロトンとシン・ルゥは遠距離どころか中距離の攻撃方法を持たない。
つまりフランクとイヴォの戦闘スタイルとは…
「相手が最も嫌がる戦法を取ること。それが彼らの戦闘スタイルです。」
雪村が分析したことを口にする。
「相手の弱点を突くのは闘いの定石だがあいつらはそれを突き詰めたような感じだな。」
仁が冷めた目で口にする。
雪村が眼鏡を吊り上げて続ける。
「おまけに彼らのIQは150あるそうです。勉強もせず国内の全国模試でツートップを取っています。」
「何それ羨ましいぜ!」
魔理沙が口を挟む。
「徹底的に相手を弄んでやがる…胸糞悪い連中だね。」
光が苦虫を噛み潰したような顔をする。
結局。
プロトンとシン・ルゥはフランクとイヴォに負けてしまった。
「ハハハ!国に帰って罵声を浴びせられるんだな弱虫共!」
フランクが高笑いしてイヴォがそれに続く。
彼らの侮辱にインド代表は何も言い返せない。
プロトンとシン・ルゥは担架で運ばれている途中に腕で顔を隠して悔し涙を流していた。
インド代表で1人だけ諦めていない男がいた。
「行ってきます。」
その男は立ち上がった。
「師範代!」
控えメンバーに呼ばれたのはインド代表キャプテン、ガンジー・コウ。
「私は私の全力を尽くすだけです。たとえ相手が誰であっても。」
それだけ言ってガンジーは控室から出てゲートへ向かった。
試合を終えたフランクとイヴォはゲートを歩いている。
「あいつらの悔しそうな面、最高だね!」
「ほんと!録画しておきたいくらいだ!」
そんな会話をしていると正面からカタール代表キャプテン、ムハンマドが歩いてきた。
2人は無言になると何かを企んでいるように笑うとそのままムハンマドの横を通り過ぎていく。
「勝っている限りはそれでいい。」
すれ違い際にムハンマドはそれだけ言った。
過酷な環境のカタールで生きてきた者だからこその言葉である。
ムハンマドは厳格な表情を崩さずそのままフィールドに入場する。
向かい側からガンジーも入場してきた。
口数が少なく体格の良い2人は傍目から見れば同じタイプの選手に見える。
だが、その考えは開始5分経過したところで覆された。
掌底、正拳、裏拳、蹴り上げ、踵落とし…
ガンジーはこれらを組み合わせた連続体術攻撃を仕掛けた。
だが、それらの攻撃は全てムハンマドが土属性防御魔法で作り出した岩壁によってことごとく防がれた。
恐るべきは展開速度とその強度である。
二宮優を追い詰めたガンジーの攻撃を以てしても岩壁に傷1つつけることは出来ない。
しかも、ムハンマドは腕輪型MADに魔力を注入しているだけであり、腕を組んだ状態で仁王立ちしている。
ガンジーは歯噛みした後、一旦距離を取る。
「なるほど…あなたが『絶対防御』という異名で呼ばれる理由が分かりました。並の攻撃では通じない。それなら…」
そこで言葉を切るとガンジーは気力をさらに高めた。
「はあああああああああああああ!モードチェンジ!千手観音!」
ガンジーが強く詠唱すると全身が光り姿を変えていく。
やがて全長20mに達すると光がパアッと弾けて『千手観音モード』に変身した。
ムハンマドはガンジーを見上げるが眉1つ動かさない。
「動じませんか。しかし、これなら!」
ガンジーは1000本の手でムハンマドを殴り続ける。
ムハンマドは動かない。
凄まじい勢いで殴っている為、土煙でムハンマドの姿は見えない。
どれだけの時間を攻撃し続けただろうか。
ガンジーは『千手観音モード』を維持出来なくなって元の姿に戻り片膝をつく。
「はあ…はあ…」
ガンジーは肩で呼吸する。
視線を前に向けて土煙が晴れるのを待つ。
そして、土煙が晴れたその瞬間、会場にいるほとんどの人間が驚愕する。
なんとムハンマドは全くダメージを受けていない無傷の状態だった。
岩壁に僅かな亀裂が入っている程度。
ガンジーの全身全霊の攻撃はムハンマドに届かなかった。
ムハンマドはただ一言。
「それだけか?」
「っ!」
ガンジーは素早く立ち上がり床を蹴った。
「閃光拳!」
高速の正拳を繰り出した。
だが、それもムハンマドが作り出した岩壁によって防がれてしまう。
「くっ!」
ガンジーが声を上げた直後、ムハンマドは腕組みを崩し右手を前に突き出すとMADに魔力を注入して魔法を発動した。
岩壁が勢い良く前に押し出されガンジーをフィールドの壁まで押し込んでいく。
「ぐ…あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ガンジーは絶叫の後、フィールドの壁と岩壁の間に挟まれサンドイッチ状態となる。
そして、倒れ試合はカタール代表の勝利となった。
ムハンマドは倒れたガンジーに声をかけることもなくフィールドを去っていく。
狡猾に場を掌握するフランク&イヴォ。
『絶対防御』のムハンマド。
試合を観た日本代表一同は誰も言葉を発さなかった。
その沈黙を最初に破ったのは席を立ちあがった優だった。
「くだらねぇ。IQ150だろうが俺達が臆する理由にはなんねぇだろうが。」
そう言い放った。
それに続くように仁も立ち上がる。
「ああ!やる前に諦めるなんて俺達らしくねぇぜ!」
他の皆も続々と立ち上がっていく。
勝ちたいという想いはさらに強くなっていると示すように。
その時だった。
強烈なオーラの衝突がここまで肌に伝わってきた。
それはムハンマドも一度足を止めて伝わってきた方角を見る程だった。
「海岸の方からですね。」
雪村が冷静に言った。
「師匠、これってやっぱり…」
妖夢が隣の映姫に顔を寄せて声を潜めて話しかける。
映姫は肩をすくめてため息を吐く。
「ええ。こんなことをしでかすのはあのバカしかいないでしょう。」
カタール戦を控えた9月13日午後0時30分。
2210年のWDCの波乱はさらに強くなっていった。
本選出場をかけたカタール戦開始まであと24時間30分。
ED8 ヴァンガードG ギアーズクライシス編 Don't Look Back
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