2210年9月14日 フィリピンWDCアジア予選会場。
日本時間午後2時5分。
アジア予選決勝 日本vsカタール。
四季黒刀&二宮優ペアがフランク&イヴォペアを下し現在のスコアは2対1。
試合を終えた黒刀が控室に戻ってきた途端、早苗が抱きついてきた。
「センパ~イ!」
早苗は黒刀の首にしがみつく。
黒刀の首に負担をかけない絶妙な力加減で。
さすがの黒刀も避ける余裕は無い。
黒刀の胸板に柔らかな感触が感じられるが、
「暑苦しいから離れろ。」
黒刀は構わず一言。
「は~い!ごめんなさい♪」
早苗は反省する気など全くない笑顔で黒刀から離れる。
早苗の背後にいるチームメイトから視線を感じる。
特に女性陣の視線が冷たい。
『この女たらしが』とても思われているのだろう。
この空気を変える為に妹紅がベンチから立ち上がると黒刀の前に立つ。
「二宮は医務室か。」
「ああ。あいつもかなりのダメージを負ってたしな。」
「そうか。次、私だから…」
妹紅は右手を肩の高さまで挙げた。
黒刀はそれを見て察したのだろう。
同じように右手を挙げた。
「そんじゃ一番面倒そうな奴頼む。」
「おう!」
2人はハイタッチを交わした。
日本時間午後2時10分 医務室。
優は傷も顧みず、いち早く花蓮が眠る医務室に向かった。
今は今錬の眠るベッドの傍で椅子に座って見守っている。
「花蓮…勝ったぞ。もう安心しろ。」
花蓮の寝顔が微笑んだような気がした。
日本時間午後2時11分 カタール代表控室。
巨体のムハンマドがベンチから立ち上がった。
チームメイトの緊張感が一気に高まる。
ムハンマドはそれ程のプレッシャーを周囲に与えているのだ。
その力はナンバーズに匹敵するだろう。
「やはり私がこの順番にしたのは正解でしたか。この流れを切り彼らに絶望を与えるにはここしかない。」
ムハンマドは控室のドアへ向かう。
「キャプテン、ユセフやエメルソンとむかつくけどあの2人の仇を取って下さい!」
チームメイトの1人が懇願する。
「試合には勝ちます。ですが何故私が負け犬の為に闘わなければならない?」
ムハンマドから意外な答えが返された。
「え?」
チームメイトが唖然とする。
「私がカタール代表キャプテンとしてあなた達に求めているのは勝利です。それが出来ない彼らはこのチームに必要ない。」
「そ、そんな…ユセフとエメルソンは必死に闘ったし、フランクとイヴォだって…そりゃやり方は汚いところもあったけどそれでもカタール代表として闘っていたんだぞ!」
反論するチームメイト。
「勝者はあらゆる物を手に入れ敗者は全て失う。それがこの世界の真理です。」
ムハンマドは冷たい言葉を返して控室を出た。
「キャプテン、どうしちまったんだよ…」
チームメイト達はムハンマドが去った控室のドアを寂しげに見つめていた。
日本時間午後2時20分。
アジア予選シングルス3。
藤原妹紅vsムハンマド。
日本代表にとって本選行きが懸かった運命の一戦。
そして、ついに2人の選手がフィールドに入場した。
同刻 沖縄。
「輝夜さん、輝夜さん!妹紅さんが出てきましたよ!」
鈴仙が盛り上がっている。
ここは首里高校生徒会室。
「はいはい。分かったからそんなにバカみたいにはしゃがないでちょうだい。」
首里高校現生徒会長、蓬莱山輝夜が自分と鈴仙、そして海道修の合計3人分の緑茶を用意してテーブルに置く。
「そう言わないで下さいよ。兎は騒いでないと生きていけないような奴なんですから。」
海道は緑茶を一口飲んでからテーブルに戻してからジョークを1つ。
「ひ、酷いです!私をそんな泳いでいないと死ぬマグロと一緒にしないで下さい!」
鈴仙が抗議する。
輝夜は鈴仙の愚痴を無視してトレーをテーブルに置くとソファに腰かけてモニターウインドウに視線を移した。
「(妹紅…しっかりね。)」
高一からの相棒に心から応援する輝夜だった。
日本時間午後2時25分 フィリピン。
妹紅は軽く準備運動をする。
「貴様に勝機は無い。リタイアすることをおすすめする。」
ムハンマドから声をかけられる。
妹紅はちょうど終わった準備運動を切り上げて立ち上がる。
「本気で言ってんのか?」
「ああ。」
「燃えてきたぞ!」
妹紅が語気を強めた瞬間、全身から炎が溢れ出す。
「愚かな。」
そんな妹紅にムハンマドはただ一言呟くだけだった。
《3…2…1…0.デュエルスタート》
試合開始の機械音声が鳴り響いた。
先に動いたのは妹紅だった。
足に炎を纏わせてブースターとして床を蹴る。
そのままムハンマドに向けて拳を突き出す。
ムハンマドはMADに魔力を注入して土属性の防御魔法を発動して妹紅との間に岩の壁を展開する。
だが、妹紅の攻撃もこれで終わりではない。
両手の拳に炎を纏わせて交互に連続パンチを繰り出す。
「オラオラオラ!!!」
それでも岩の壁はビクともしない。
妹紅は舌打ちしてバックステップ。
ムハンマドの右側に駆けて回り込む。
そこから炎を纏った右足で飛び蹴り。
だが、これもムハンマドが再展開した岩の壁によって防がれる。
妹紅は真上に跳び上がると踵落とし。
「鳳凰の鉤爪!」
ムハンマドは頭上に岩の壁を再展開。
「無駄だ。貴様の攻撃は何1つ通用しない。」
ムハンマドは言い切る。
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
妹紅は叫び返して『鳳凰の鉤爪』を岩の壁に叩き込む。
ぶつかり合ったことで衝撃波が発生する。
さらに、なんとムハンマドの岩の壁に僅かだが亀裂が入った。
「何?」
ムハンマドが眉を顰める。
妹紅の攻撃はあと1歩届かず弾かれた。
後方に飛ばされた妹紅は着地すると…笑った。
「どうした?おかしなことでも起きたような面してるぜ。」
妹紅は構えると言葉を続ける。
「てめぇの世界はちいせぇんだよ。自分が最強とでも思っていたのか?だったらぶっ壊してやるよ!その壁もてめぇのちいせぇ世界もな!」
両足に纏った炎をロケットのように噴射して突っ込む。
「真正面とはやはり愚かだな。」
ムハンマドはさっきより強度を高めた岩の壁を展開した。
妹紅の右手の拳は既に殴る態勢に構えている。
激突は避けられない。
その時、妹紅の右肘から炎がブースターのように噴射した。
「何だ…こいつ闘い方がデタラメだぞ。」
ムハンマドは目を見開いて驚く。
「喰らえ!鳳凰の炎肘!」
妹紅の拳が岩の壁に叩き込まれる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
妹紅が雄叫びを挙げながら拳を押し込む。
岩の壁に亀裂が入ってどんどんそれは大きくなっていく。
「くっ!」
ムハンマドは苦悶の表情を浮かべる。
MADに魔力を注入して岩の壁の強度を高める。
だが、そんなことはお構いなしとばかりに妹紅の拳は岩の壁を破壊しようとしていく。
「どこに…そんな力が…」
ムハンマドは目の前の少女に改めて驚く。
そして、ついに岩の壁が完全粉砕された。
「あ、あり得ない!」
ムハンマドが珍しく声を荒げた。
妹紅は右手の拳に炎を纏わせてさらに一歩踏み込む。
「鳳凰の鉄拳!」
炎を纏った拳の右フックをムハンマドの頬に叩き込んだ。
「ぐっ!」
ムハンマドは後方に吹っ飛ばされて背中から倒れて床を滑る。
「引きこもり野郎にはちょうどいい一発だ。」
午後2時40分 試合開始から10分 日本代表控室。
「も、妹紅さんってあんなに強かったんですか?何か剣舞祭の時と比べ物にならないくらい強くなっているんですけど…」
千歳がおどけた口調で口を開く。
「あいつだけじゃない。どっかの誰かさんがロスに行ったせいで皆闘争心が沸き上がってんだよね。」
にとりはチラッと黒刀を見る。
当の本人はというとてっきり退屈そうに欠伸をしているのかと思えば真剣にモニターウインドウを見ている。
「まあ、とりあえず皆死ぬ程負けず嫌いってことだな。」
にとりはモニターウインドウに視線を戻した。
ムハンマドは殴られた頬を手で撫でるように触れる。
…痛い…
久しく感じていなかった感覚。
…痛い…
二度と味わいたくないと思っていた感覚。
…痛い…
嫌だ…
…痛い…
戻りたくない…
…痛い…
弱い自分には戻りたくない…
あの頃のように…
7年前。
ムハンマドはスラム街で生まれた少年だった。
父親は物心ついた時にはいなくなっていた。
母親は病弱だったが1人息子のムハンマドを育てて可愛がっていた。
カタールという国は貧富の差が分かりやすくなっている国だ。
高層ビルが並び立つ大都会の裏側には貧しい人々が暮らすスラム街がある。
ムハンマドは病弱の母親を助けたいと思っていた。
しかし、当然治療費は持ち合わせていない。
スラム街に住む人間は一日一日を生きていくだけでも精一杯なのだ。
時には自分が生きていく為に養えなくなった自分の子供を売り飛ばしたり殺したりする外道もいる。
そんな世界にいても少年だったムハンマドの心はまだ希望があった。
彼はこう考えた。
勉強して医者になるか。
治療費を払える立派な大人になるか。
彼は後者を選んだ。
まずは知識を得る為に山のようなゴミ捨て場から参考になりそうな書物をかき集めて家に帰って読み漁り片っ端から頭に叩き込んだ。
ムハンマドの母親は彼の努力を優しく見守っていた。
彼の努力する姿は素直に嬉しかった。
このスラム街でこんなにも親思いの子がどれだけいるだろうか…
半年後。
ムハンマドはゴミ捨て場であるビラを見つけた。
少しすすけていたので手で軽く払うとこう書かれていた。
《WDCカタール代表候補生養成機関開設!年齢18歳以下であれば戸籍・経歴問わず募集中!カタールの代表として世界に挑もう!》
ムハンマドはこれだと思った。
これなら住所などの戸籍を持たないスラム街の人間でも問題ない。
戸籍を持たない人間は学校に入学することも出来ないのだから。
経歴も問わないということは学歴も含まれるはず。
ならば学生ではない自分もここに入ることが出来る。
経歴はともかく戸籍を問わない理由は見当もつかないがムハンマドはそんなことは気にせずチャンスだと思った。
WDCの代表になって勝ち続ければ有名になって何とかお金を稼ぐ機会が増える。
そうすれば母親の病気を治療する為の治療費を払うことが出来る。
大きな希望が見えてきたムハンマドは早速家に帰って母親にこの話をした。
最初は渋っていた母親だが自分の為、そして希望を持って前に進もうとしている息子の熱意についに折れて承諾した。
ムハンマドは自分がいない間の母親の世話を隣の家のおばさんに頼んだ。
おばさんは気の良い人で快く受け入れてくれた。
ムハンマドの母親は都会に旅立つ息子の為に新しく服を縫ってくれた。
スラム街のあり合わせの素材で縫ったものだがそれでも息子の為に心を込めて縫ってくれたものだ。
ムハンマドは感動して涙が溢れた。
ムハンマドの母親はそんな息子を抱きしめてこう言葉をかけた。
いってらっしゃい…私の愛する息子…
12歳になったムハンマドはスラム街を出てカタールの首都ドーハへ向かった。
ドーハに来てまず驚いたのは人口の多さとビルの高さだった。
高層ビルじゃスラム街からも見えていたが改めて近くで見るとその高さに驚く。
人も多くて棒立ちしていたら人の波に飲み込まれそうだ。
地図を頼りに養成機関の施設へ向かう。
養成機関の施設はドーハの中心地帯に建てられていた。
しかし、ここで1つ心配事があった。
いくら戸籍を問わないと言っても素性が知れない自分が果たしてこの施設に入ることが出来るのかと。
不安を抱えながらも入り口の警備室受付でここに入りたい旨を伝えた。
すると思いの外あっさりと入ることを許可された。
入る際に番号が記載されたシールを渡されて、それを貼るように言われたので服の上の右胸部分に貼って敷地内に入った。
施設の内部は真っ白な部屋がいくつにも分かれていてそれぞれ格闘術、剣術、戦術、魔法実技など分野が分かれている。
施設には自分含めて100人の少年少女がいた。
ムハンマドはこの頃、魔法は使えずその自覚も無いし、剣は使い方が分からないし、頭脳はゴミ捨て場で漁った書物からの知識しか無いので戦術も向かない。
消去法ではあるが格闘術の分野を選択した。
施設に入ったムハンマドを見て多くの物が訝しむような…まるでゴミを見るような目をしていた。
100人中スラム街出身はムハンマドだけなので余計目立つ。
何よりムハンマド以外の子供達はおろしたての綺麗な服を着ている。
4つの分野の他に分野を定めない実戦形式のエリートコースも存在する。
そこには当時10歳のフランクとイヴォもいた。
1対1でSDを持ち決闘を行う。
フランクの相手は国会議員の御曹司。
WDCで活躍すれば大きなキャリアにもなるのでここに入ったのだろう。
一方、フランクは10歳にして既に加速魔法『アクセル』を会得していた。
『アクセル』を発動して四方から相手を斬っていくフランク。
身体能力が並以下の人間と『アクセル』を使える人間には圧倒的な差がある。
「ハハハ!お坊ちゃまはダンスが得意ってか?」
フランクは相手をいたぶることを楽しんでいる。
10歳にしてこの性格である。
対戦相手の御曹司が膝をついて肩で呼吸する。
「おいおい。せっかく倒れないよう手加減してやってんだからさ!もうちょっとしっかりしろよな!」
相手を挑発するフランク。
さすがに堪忍袋の緒が切れた。
「お、お前…覚えてろよ…パパに言いつけてお前の親を無職にしてやる!そうすれば…お前も地獄行きだ!」
そう喚く御曹司に対してフランはニタリと笑うと胸ポケットから何かの機器を取り出した。
「は~い!これは何でしょうか?」
フランクがブラブラと揺らして見せつけたのは録音レコーダーだった。
再生ボタンを押すと先程御曹司が言った言葉がそのまま流れた。
再生が終わってからフランクは御曹司の前で録音レコーダーを見せつける。
「今言ったことは権力を悪用した脅迫罪に当たるんだよね~さて、国会議員の御曹司がこんなことを言ってるって世間に公表したらお前は………ゴミ捨て場行きだ!」
フランクは悪魔のような言葉を御曹司に吐いた。
ゴミ捨て場。
それはスラム街を指す言葉である。
御曹司の顔がみるみる青ざめていく。
「さてと…まずは~土下座しろ。」
「へ?」
御曹司が呆けた声を出した次の瞬間、フランクが御曹司の頭を掴んで床に叩きつけた。
御曹司の格好がちょうど土下座のような感じになった。
「はい!良く出来ました!」
フランクはパチパチと拍手してから部屋を出た。
一方。
ムハンマドは休憩時間に同じ格闘術クラスの少年10人に敷地内の庭に呼び出された。
ちなみにフランクとイヴォはこの中にいない。
そこでいきなり顔を殴られた。
ムハンマドは強烈な痛みを受けて尻餅をつく。
痛い。
これ程の痛みは生まれて初めてだった。
少年達を見上げると彼らはムハンマドをゴミを見るような目で見ていた。
「ゴミがこんなところにいるんじゃねぇよ!」
「ゴミはゴミ捨て場に帰ってろ!」
「このゴミが!」
「人間みたいに生きてんじゃねぇよ!」
少年達は罵詈雑言を浴びせながら、うずくまっているムハンマドを寄ってたかって蹴り続ける。
ムハンマドは視界の端にこちらを見る別の子供達を見た。
「た…たすけ…て…」
ムハンマドは倒れながらも必死に手を伸ばして助けを請う。
しかし、こちらを見ていた子供達は見てみる振りして立ち去った。
ムハンマドはショックを受けた。
1人の少年がムハンマドの顔を蹴る。
「ゴミが喋ってんじゃねぇ!」
そして罵声。
あらかたボコボコに攻撃した彼らはさすがに疲れたのか一旦攻撃を休めた。
さらに顔を一発殴って仰向けになったムハンマドに馬乗りになる。
「つーか何だ?このきったねぇ服!獣かよ!」
ムハンマドの服を破こうとする少年。
「や、やめて!それは母さんが…」
ムハンマドは少年の手首を掴んで止めようとする。
「触んな!」
腹を蹴られて抵抗空しくシャツがビリビリに破かれた。
ムハンマドの視界に破かれたシャツの破片が舞って映る。
自分が一体この少年達に何をしたというのか。
自分はただ家族を救う為、そして夢を叶える為に努力しているだけなのに。
なのに…何故奪われなければならない…夢も…希望も!
その時、彼の中で何かが変わった。
少年の手を掴む手が強くなった。
「いって!」
少年は慌てて手を振り払って一歩下がる。
「こいつ!…ごみの分際で!」
再び少年が殴りかかり、残りもそれに続く。
ムハンマドの表情は俯いていて見えない。
10人の少年が殴りかかったその瞬間、ムハンマドの周囲に岩の壁が展開された。
全員の拳がその岩の壁に止められる。
「いってぇぇぇぇ!!!!」
思いっきり殴った為、少年達は悶絶してその場で腕を抑えてうずくまる。
「この野郎…っ!」
先程、ムハンマドのシャツを破いた少年が睨みつけようと見上げたその時。
背筋が凍りついた。
何故なら見上げたムハンマドの目つきや雰囲気が先程とはまるで別人のようで恐怖を感じたからだ。
「ま、待て…俺達が悪かった!」
「あ、ああ…悪ふざけが過ぎたよ!」
「俺は…こいつに命令されて…」
「何言ってんだ!俺じゃない!命令したのはこいつだよ!」
「お、俺じゃねぇよ!」
「な、なあ…俺達が悪かった…許してくれ…こんなことはもう二度としない…そうだ!俺の親父に頼めば…お前の将来も安泰に出来るぞ…どうだ…悪くないだろ?」
尻餅をつきながら許しを請う少年達。
それに反するようにムハンマドの魔力が溢れ出した。
「ひっ!」
顔が引き攣る少年達。
ムハンマドは高さ3mの岩の壁の展開してそれを少年達に射出した。
「いや…嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
悲痛の叫びと共に10人の少年達は岩の壁に激突し吹っ飛ばされた。
彼らはまだ生きていたが気絶していて骨折などの重傷だった。
ムハンマドの魔力がやがて収まっていくと彼は目の前の惨状を見た。
「(ようやく分かったよ…この世界は弱者が敗者になるんじゃない…敗者であることが弱者の照明になるんだ。…もう弱いのは嫌だ…負けるのは嫌だ………痛いのは嫌だ…この世界は勝つことが全てだ!)」
そんな彼を施設の2階の窓から眺める男がいた。
「ほう…『アクセル』の少年といい…あの少年といいなかなか面白い人材が揃ったな。」
男は嬉しさで僅かに口の端を吊り上げた。
この男こそが今回の『カタール人児童100人監禁立てこもり事件』を引き起こした犯人だったとはこの時誰も知る由は無い。
後日談だが事件発生時に施設の周囲に謎の結界が張られ誰も入ることは出来なくなり結界が解けたのは事件発生から4年後のことだった。
突如、結界が解けて施設には子供達以外誰もいないもぬけの殻だった。
原因はいまだに判明していない。
ちなみにこの事件はカタール国外に漏れていない。
当時のカタール大統領が国家の破滅を防ぐ為に情報統制を敷いたのだ。
児童100人全員に命の別状は無し。
その中の1人、16歳となったムハンマドは4年間でカタール最強の少年となっていた。
彼は心に誓った。
誰にも負けない。
勝つことでしか自分の存在価値を示すことは出来ない。
だから彼は勝ち続ける。
現在。
ムハンマドは床に右手をついて立ち上がった。
頬の痛みが彼にとって最も忌まわしい記憶を呼び起こした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
彼は雄叫びを上げてMADに大量の魔力を注入する。
高さ3mの岩の壁を展開して右手を前に突き出して岩の壁を高速で妹紅に向けて射出した。
「っ!」
妹紅は避ける余裕も無く、両手を前に突き出して受け止めた。
床を削って妹紅が岩の壁に押される。
「何だ…いきなり元気になりやがって!」
妹紅の全身に纏う炎の火力が上がる。
押されていた妹紅が止まった。
「ふん!」
妹紅は岩の壁を粉砕した。
だが息つく暇もなくムハンマドの攻撃は続く。
ムハンマドがさらに魔力をMADに注入して魔法を発動する。
妹紅の足元から床を突き破って長さ5mの三角錐の岩の柱が伸びる。
妹紅は咄嗟にバックステップで避けた。
岩の壁の押し上げ攻撃はあくまで防御の延長線上のものだったがここにきて彼は明確な攻撃魔法を使用してきた。
それはムハンマドが本気になったことを意味する。
岩の柱が縦に連続で妹紅に襲いかかる。
妹紅は後方に回避し続けるが壁際まで追い詰められる。
「そこだ!」
ムハンマドが妹紅の前方と左右から岩の柱を伸ばして攻撃。
妹紅はバク転すると壁を蹴って飛び上がった。
右手の拳に炎を点火させるとムハンマドに殴りかかった。
「鳳凰の鉄拳!」
「舐めるな!」
ムハンマドの前にアーチ状の岩の壁が三重に展開される。
「くっ!」
妹紅は顔を顰める。
炎を纏った拳が岩の壁に激突するが先程のより強固かつ三重になっている為、簡単に破壊出来なくなっている。
妹紅は岩の壁に跳ね返され飛ばされる。
そこへ追撃とばかりにムハンマドが魔法で造形した岩の槍を妹紅に向かって放つ。
妹紅は両足に炎を点火し空中で後転して体勢を立て直して岩の槍を破壊しようと両手に炎を点火させたその時。
嫌な予感がして両手両足を上に向けて炎を噴射することによって真下に急降下した。
直後、岩の槍が空中で砕けてその破片が前方、上方、左右に分散した。
もしも妹紅が真下に回避していなければ直撃を受けていただろう。
「よく回避した。だがその先はどうする?」
ムハンマドは魔法で妹紅の真下の床から岩の柱を伸ばした。
妹紅は先程、岩の槍を回避する為に急激な方向転換をしたのでこれを回避することは出来ない。
岩の柱の先端が妹紅の背中に突き刺さる。
「ぐっ…ガハッ!」
妹紅は吐血する。
「まだ攻撃を緩める気は無いぞ!」
ムハンマドは岩の槍を造形して妹紅に向けて放つ。
妹紅が咄嗟に両手で受け止めた瞬間、岩の槍が爆発して妹紅は床を転げ回る。
「っうぐ!」
妹紅は呻き声を上げる。
《1…2…3…》
「やはり私が正しかった。」
「何の…話…だ?」
妹紅は問いながら必死に立ち上がろうとするがダメージが大きすぎて力が入らない。
《4…5…6…》
「他の人間の力など必要ない。必要なのは自分の力だけだ!それ以外の人間はゴミだ!」
ムハンマドは高らかに宣言した。
それを聞いた妹紅は床に拳を叩きつけて立ち上がった。
「何だ…それ…あいつらはてめぇの仲間じゃねぇのか?」
妹紅の問いにムハンマドは鼻で笑う。
「仲間?あの負け犬共にもはや価値などない。勝者は全てを手にし、敗者は全てを失う。それが闘いの…いやこの世界の真理だ!」
「だからてめぇの世界はちいせぇって言ってんだよ!仲間ってのは強さじゃねぇ!信頼で繋がってんだよ!」
首里高校生徒会室。
「全く相変わらず暑苦しい女ね。」
立ち上がって吠えた妹紅をモニターウインドウで観ていた輝夜は若干嬉しそうに呟いた。
午後2時50分 試合開始から20分 フィリピン。
「今更吠えたところで今の貴様には私と闘うだけの力は残っていまい。」
ムハンマドは降参を促した。
それを聞いた妹紅は両腕を胸の前で交差する。
「私の限界をてめぇが決めるな。今の私が闘えないどうかこれを見てから言ってみろ。
…モードチェンジ!」
妹紅は交差していた両腕を広げた。
全身を紅蓮の炎が竜巻となって纏わりつく。
炎はやがて形を変えていく。
足のつま先の炎は鉤爪のように鋭く。
胴、腕の炎は模様が鱗のようになり、背中の炎は1対の炎の翼を生やす。
頭部の炎は先端が前に伸びてくちばしのように変わった。
「バーニングフェニックス 改!」
(挿入BGM FAIRY TAIL メインテーマ)
藤原妹紅は小さな不死鳥と化した。
控室にいる日本代表とカタール代表、会場の観客、メディアを通して観ている視聴者達が試合の様子を固唾を飲んで観ていた。
地上の舞い降りた不死鳥…藤原妹紅は20m前方に立つムハンマドを睨みつける。
「ぐっ…」
今までのオーラの圧力と雰囲気が変わったことにムハンマドは一歩下がる。
だが、すぐにMADに魔力を注入して魔法を発動する。
妹紅の四方の床から岩の三角錐の柱が襲いかかる。
妹紅は炎の翼を羽ばたかせて上空へ飛翔し回避。
そのスピードはこれまでの倍はある。
ムハンマドは続けて魔法で岩の矢を100本放つが妹紅は上空を高速で飛び回って回避。
「チッ、ならば!」
ムハンマドは岩の壁を立方体に組み合わせて空中の妹紅を包囲した。
「これで逃げられまい!」
ムハンマドはさらに岩の立方体の内部に岩の槍を30個作り出す。
沖縄 首里高校生徒会室。
「妹紅…あなたはこの程度で諦める女じゃない…そうでしょ?」
輝夜はモニターウインドウを見つめて妹紅に届かないと分かっていながらも声をかけていた。
勝つことを信じて。
岩の立方体の内部に捕らわれた妹紅はまだ諦めていなかった。
「ここが正念場だ!」
妹紅は右手と左手の炎を合わせて直径10mの炎を生み出した。
「鳳凰の煌炎!」
妹紅は両手で『鳳凰の煌炎』を岩の立方体の真下に突き落とした。
爆発と共に岩の立方体の真下に大穴が空く。
妹紅が真下に急降下した1秒後、妹紅がいた場所に岩の槍が放たれて、ぶつかり合い衝撃波を生む。
妹紅はその爆風を活かして加速。
さらに炎の翼の火力を上げてもう一段階加速。
ムハンマドは上空から向かってくる妹紅に対して直径2m、長さ8mの巨大な岩の槍を作り出して放つ。
妹紅は停止することなくそのまま突っ込む。
岩の槍が目の前に迫った時、右手の拳を突き出す。
「鳳凰の鉄拳!」
岩の槍とぶつかり合い凄まじい衝撃波が生まれる。
やがて衝撃波が収まっていくと岩の槍が先端からパキッと音を立ててどんどん砕かれていく。
完全に岩の槍が砕かれると妹紅はその岩の破片を足場にして足先に纏う炎の火力を上げると思いっ切り蹴り猛スピードでムハンマドに迫る。
ムハンマドの顔に焦りと恐怖が表れる。
「まだだ…私はまだ…負けていない!」
ムハンマドは岩の壁を展開する。
気が動転していたのだろう。
本来、ムハンマドは相手の攻撃にタイミングを合わせて岩の壁で防御するスタイル。
しかし、今回は先に岩の壁を展開してしまった。
空中を自由に飛行できる妹紅にとってはこの岩の壁を回り込んで攻撃することなど造作も無い。
だが、妹紅はスピードを緩めることなく突っ込んだ。
妹紅は空中で飛び蹴りの態勢に入ると加速して岩の壁に突っ込む。
「鳳凰の鉤爪!」
『鳳凰の鉤爪』と岩の壁が激突する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
妹紅が雄叫びを上げて押し込んでいく。
岩の壁の中心から亀裂が入っていく。
そして、岩の壁を完全粉砕した妹紅は床に滑り込むように着地。
その状態から右手の拳に炎を二重螺旋状に集束させる。
ムハンマドは次の魔法を発動させようとするが間に合わない。
「滅悪奥義 紅蓮鳳凰拳!」
妹紅はムハンマドの腹に右手の拳を叩き込んだ。
同時に熱線が放たれムハンマドの腹を貫通する。
もちろん死傷ダメージは精神ダメージに変換される。
「ぐ…ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
「これが…仲間と気づき上げた力だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
妹紅は拳を振り抜いてムハンマドを吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされたムハンマドは床を転げ回り、仰向けに倒れて白目を剥いて気を失った。
《勝者 藤原妹紅》
「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
妹紅は『バーニングフェニックス 改モード』を解除すると勝利の歓喜を叫んだ。
それに呼応するように会場中が歓声により空気が震動する。
2210年9月14日 午後2時30分。
日本代表のWDC本選出場が決定した瞬間だった。
ED8 ヴァンガードG ギアーズクライシス編 Don't Look Back
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