ニューヨーク時間午後7時40分。
「チャーリー、俺達もホテルに戻るぞ」
「待ってくれアレックス!まだ俺の運命の人を見つけていない!」
チャーリーが周囲を見渡していると目に留まったのは桃色の髪に眼鏡をかけた少女。
その少女を見つけた瞬間、チャーリーは猛ダッシュで近づいた。
「そこの麗しきお嬢さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
ジャンプして空中縦三回転からの着地後、その少女の目の前で片膝立ちで右手を差し出してこう口にした。
「俺の花嫁になって下さい!」
プロポーズされたのは………七瀬愛美だった。
愛美は一瞬、何を言われたのか分からずフリーズした。
「はあ⁉」
徐々に状況を理解した愛美は顔を真っ赤に染めて大声を上げた。
「一目見た時からあなたに惚れました!」
「あ、あなた何を言っているのか分かっているの?冗談でも言っていいことと悪いことがあるわよ!」
「冗談なんかじゃない!俺はあなたのことが好きになったんだ!」
チャーリーはドストレートに言い放った。
愛美はかつてこれ程、直球に気持ちをぶつけてくる男を見たことが無かった為、困惑した。
今まで声をかけてきた男はほとんど『魅了』によって惑わされた男ばかりだった。
しかし、今の愛美は『魅了』防止の眼鏡をかけている。
この状態では『魅了』が発動することは無い。
つまり、チャーリー・ベルモットは七瀬愛美に本気で惚れたのだ。
「あなた、私の名前は知っているの?」
「いえ。知りません!」
「そう。私の名前は七瀬愛美よ…」
愛美はビビりながら名乗った。
「俺はチャーリー・ベルモットです!歳は17歳です!愛美さんですか…いい響きだ」
「あの…私16だからさん付けは結構よ。というか私が何者か知らずに声をかけてきたの?」
「はい!」
チャーリーは間髪入れず答えた。
愛美は呆れを通り越して驚いていた。
「(仕方ない。この手は使いたくなかったんだけど…)」
愛美はこういうナンパ紛いの行為の対策を用意している。
愛美は右手で伊達メガネを外した。
その瞳の美しさは男を惑わす。
「私の目を見て」
愛美の言葉にチャーリーは何の疑いもなく従った。
「私から離れて」
『魅了』には異性を惚れさせる効果とは別に相手を従わせる催眠効果も存在する。
「(これでこの男はもう私に近づけない)」
愛美はそう確信した。
だが、それは次の瞬間に打ち砕かれる。
「それは出来ない」
「え?」
チャーリーが口にした言葉を愛美は一瞬、理解出来なかった。
チャーリーは愛美に近づいて彼女の右手を両手で包み込むように握って顔を近づける。
「俺は君のその美しい瞳を見てますます好きになった」
チャーリーと愛美の顔の距離は僅か5㎝しかない。
あと少しでキスしてしまう距離だ。
「(どういうこと?『魅了』が効かない。前に黒刀にやった時も通じなかったけどあの時は状況が違う。この人は本気で私のことを………)っていうか顔近い!///」
「おっと失礼!」
チャーリーが顔を離すが手は握ったまま。
先程から愛美の心臓はドキドキしている。
だが、愛美は気づいた。
彼が握っている自分の右手。
今は指ぬきグローブを着けているがその下には呪われし『魔女の手』がある。
こんな汚れた手を彼は握っている。
彼が自分の正体を知ってしまったらきっと恐れ忌み嫌うだろう。
彼女は自分が傷つくことより彼を傷つけてしまう可能性を恐れた。
だから…
「何度でも言おう!俺は君が好きだ!俺の花嫁になって下さい!」
チャーリーの告白に対して彼女はこう返した。
「無理です!」
チャーリーの体が疑似石化した。
愛美はチャーリーから手を離して早足でその場を去った。
バスに戻ると左胸に右手を当てて必死に動悸を抑えようとする。
「はあ…はあ…はあ…これでいいのよ。これできっとあの人は諦めてくれる。『魔女』に呪われた私に誰かを好きになる権利も好きになってもらう資格も無いんだから」
そう口に出しても彼女の脳裏にはチャーリーの顔と真っ直ぐな想いが込められた言葉がちらついて離れない。
首を左右に振って忘れようとする。
「忘れろ!忘れろ!忘れろ!」
必死にチャーリー・ベルモットという男を忘れようとする。
しかし、脳裏から彼の存在は消えない。
落ち着く為、一度息を吐いて伊達メガネをかける。
「もう寝よう」
バスの席に腰掛けて目を閉じる。
今はとてもパーティー会場に戻る気がしない。
数分後、彼女は眠った。
一方。
チャーリーはまだ疑似石化状態だった。
アレックスが歩み寄って肩をポンポンと叩く。
「まあ…そう気を落とすな。次があるさ」
その言葉でチャーリーの疑似石化状態が解けた。
「いや!俺はまだ諦めない!絶対に彼女を振り向かせて見せる!男が惚れた女を簡単に諦めるなんてしたくない!」
チャーリーはすっかり元気を取り戻した。
「そ、そうか。まあ…頑張れ」
とりあえず応援しておくアレックス。
「おう!任せておけ!」
サムズアップするチャーリーだった。
ニューヨーク時間午後8時 日本代表宿泊ホテル。
妖夢は自室のユニットバスでシャワーを浴びながら壁に右手をついていた。
頭に浮かぶのは圧倒的な敗北という事実とレオの言葉。
『君では黒刀君を超えられない』
その一言が心にいつまでも突き刺さっていた。
「そんなことない。諦めず…いつかはきっと…きっと…」
自分に言い聞かせるが次第に自信が無くなっていることが声から感じ取れる。
最近では急成長していく黒刀にどんどん離されている気さえしている。
「先輩…私はどうしたら…」
妖夢はそこまで口にしてかぶりを振った。
「ダメ…こんなことでいちいち先輩を頼っているようではいつまでたっても強くなれない…」
妖夢は両頬を両手でパンと叩いて気合を入れ直した。
「私は…諦めない!」
シャワーから上がってパジャマに着替えてベッドへ戻ると霊夢と魔理沙がベッドに腰掛けて待っていた。
「頭は冷えたようだな」
「元気が戻って良かったわ」
「うん。2人共心配かけてごめん。もう大丈夫だから」
ニューヨーク時間午後9時になって3人は眠った。
1時間後に他のメンバーも全員ホテルに戻るなり疲れ切ったのか就寝についた。
こうしてWDC本選の長い前夜祭が終わった。
9月23日 ニューヨーク時間午前7時。
黒刀が朝練からホテルに戻って来るとエントランスに見知った者達がいた。
その中の2人が黒刀を見つけるなり走ってきた。
「「黒刀~!」」
胸にダイブしてきた2人を黒刀は受け止める。
「さとり…お空…。お前ら何でここに?」
「皆の応援に来たの♪」
お空が黒刀の顔を見上げて笑顔で答えた。
「さとりもか?」
「うん…」
さとりは黒刀の胸に顔をうずめたまま頷く。
黒刀は少し離れた場所に八雲藍、犬走椛の姿を確認した。
「なるほど。教頭が連れてきてくれたのか」
「うん。藍先生、とっても優しい…」
「教頭は生徒思いだからな…」
黒刀がさとりの頭を撫でていると椛が近づいてきた。
椛はさとりの頭を撫でている黒刀を冷たい目で観察した。
「お前も撫でて欲しいのか?」
黒刀が先手を打つ。
「そ、そんな訳無いでしょ!」
椛は即座に否定した。
「(動揺し過ぎだろ)」
黒刀は心の中で楽しんでいる。
「黒刀!黒刀!私も私も!」
お空がおねだりしてくる。
「おう!よしよ~し!」
黒刀がさとりの頭を左手で、お空の頭を右手で撫で回していると、
「朝っぱらから何してんですか!この愚弟!」
映姫の怒号とドロップキックが黒刀の顔に飛んできた。
「ドゴッ!」
黒刀は数m後方へ吹っ飛ばされた。
ちなみにさとりとお空は直前で避難していた。
映姫はハアハアと息を荒くしている。
「今日は大事なエジプト戦だというのに何故あなたはこんなところで女の子とイチャついてるのですか!」
映姫は激怒していた。
黒刀はバッと跳ね起きる。
「別にイチャついてないって!ただ久しぶりの再会だからちょっとしたスキンシップを…」
黒刀がそこまで口にしたところで映姫が影で剣を造形して振り下ろした。
黒刀はそれを白羽取りで受け止める。
「何がスキンシップですか!昔も今もいろんなところで女の子に手を出してるなんて節操が無さすぎです!」
映姫が怒気を込めた声で言い放った。
そこで黒刀は気づく。
映姫が怒っている理由。
それは昨日の前夜祭でマリー・アルハートやリーナ・シリウスなどの美少女と知り合っていたという事実である。
「リーナは私も知り合いなのでまだ許せます。しかし!マリー・アルハートを誑かしていたことやフランちゃんにいやらしい視線を送っていたことは許せません!そして今も!」
映姫は怒りは増すばかりだった。
「いやいや!リーナの抱きつき癖は昔からだし!マリー・アルハートは紅茶大会で1回あっただけだし!フランはほら…剣舞祭のことがあるから心配で!さとりとお空は………兄妹同然ってことで?」
黒刀は最後に苦笑い。
「そんな言い訳で…納得出来るか!」
映姫がさらに押し込む。
その時。
「はいはい。2人とも姉弟喧嘩はその辺にして下さい」
藍が止めに入ると映姫は冷静さを取り戻したのか影の剣を消して身を引いた。
黒刀はホッと安堵の息を吐く。
「教頭先生、取り戻してすみませんでした」
映姫が藍に頭を下げる。
「いえ。喧嘩する程の元気があるなら今日の試合は問題なく勝てるでしょう」
「はい!必ず勝利します!」
映姫が強い決意を口にする。
「当然だ。俺は約束を果たす為にここに来た。誰が相手だろうが叩き潰す」
「黒刀、まずは目の前の相手のことを考えなさい」
映姫は黒刀がレミリアのことを考えていると読んで口を挟む。
「ああ。分かってる。と言っても俺が出るのはシングルス1ってミーティングで決まったから出る可能性は低いけどな」
「だからといって気を緩ませていい理由にはなりませんからね」
映姫が釘を刺す。
「ああ。それも分かってるよ」
黒刀は真剣な顔でそう返した。
「では私達は会場に行きます」
藍が口を開く。
「黒刀…頑張って」
「2人共、頑張って下さい!」
さとりが黒刀にエールを送って、お空が元気良く手を振ってホテルから出た。
「負けるんじゃないわよ!」
椛が黒刀の前に立って拳を突き出す。
「フッ、誰に言ってんだよ!」
黒刀も拳を突き出してグータッチを交わす。
それから椛も会場に向かった。
ニューヨーク時間午前9時。
WDC本選開会式1時間前の会場の観客席は既にほぼ満員状態だった。
「凄い人…」
最前列に座っているさとりが呟く。
「それはもちろん世界中の人が注目している大会ですから。特に本選の試合は予選に比べて選手もハイレベルなのでその分、盛り上がりも増しています。」
さとりの右側に座っている藍が説明する。
「確かに…前回優勝のイギリス、ベスト4のロシアとアメリカ。本選に勝ち上がってきた国はどこも強豪になるのは当たり前と言えば当たり前」
さとりの左側に座っている椛が冷静な口調で補足する。
「でもでも…黒刀達もとっても強いです!負ける筈が無いです!」
椛の左側に座っているお空が反論する。
「別に信じてない訳じゃないわ。ただ相手もそう簡単に勝たせてくれる程、弱くないってことを言いたいだけよ」
椛がフォローを付け加える。
「なるほど~ところで椛先輩はそんな詳しいのに何で代表に選ばれなかったの?」
お空は椛が気にしていることをサラッと聞いた。
椛は項垂れて落ち込む。
「仕方ないじゃない…私の剣舞祭の戦績は芳しくない…選ばれない理由なんて私は一番分かってますよ…」
椛は何かブツブツ呟いている。
椛の剣舞祭の戦績は去年の団体戦は本選2回戦敗退、個人戦は予選落ち、今年は団体戦と個人戦ともに予選落ち。
客観的に見れば代表に選ばれないのも理解は出来る。
しかし、それで納得出来る程、椛は穏やかな性格ではない。
「あ、でも椛先輩が強い人ってことは皆知ってますよ!」
椛のネガティブ発言を聞いたお空が慌ててフォローを入れる。
「…よりにもよって後輩にフォローされるなんて…最悪…」
だが、椛の傷口をさらに広げてしまう。
お空はなんて言葉をかけたらいいか分からず困ってしまった。
すると、椛は急に立ち上がる。
「ちくしょ~!あいつら、負けたら承知しないんだからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
幸いにも観客の盛り上がりが激しかった為、椛の叫びに反応する者はいなかった。
「何か悪寒が…」
開会式の入場待ちのゲート前で待機している日本代表。
その中の黒刀がブルッと体を震わせて呟いた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ。何か…怨念みたいなものを感じたけど…多分、気のせいだ…多分」
「(自信ないんですね…)」
妖夢は苦笑い。
そんな会話をしているとフィールドから入場開始を知らせるファンファーレが鳴り響いた。
先頭に立って『日本代表』と書かれたプラカードを持っている女性スタッフの横でにとりが黒刀達の方を向いた。
「よし!お前ら、行ってこい!」
その言葉が皆の背中を押した。
全員が頷いて、プラカード係の女性スタッフ先導のもと、にとりの横を通り過ぎて入場していく。
その瞬間、会場から震度3の地震でも起きそうな程の大きな歓声が沸き上がる。
反対側のゲートからはイギリス代表が入場してきた。
レオはこちらに笑みを浮かべた後で正面に向き直り、マリーはあからさまに目を逸らし、リーナとフランとチャーリーは観客席に向かって元気良く手を振り、アレックスとレミリアはただ静かに歩いている。
日本代表とイギリス代表が整列し、続いて入場してきたのはエジプト代表とロシア代表。
エジプト代表はアヌビスを筆頭に身長2mのヤハラ、黒髪ショートで褐色の肌を持ち150㎝という低身長で女子のような童顔的な見た目をしているストゥム・ルー。
ストゥムが入場してきた瞬間にはその見た目に観客席の女性陣から声援が飛び交う。
残りのメンバーは何故か全員ローブを纏っている。
規定上問題は無いが怪しさを感じさせる雰囲気を持つ。
ロシア代表からは雪を操るC級魔法師レティ・ホワイトロック、ボサボサの桜色の髪につり目男のソロモン・シェバ、黒髪黒服男のシモン・マグヌス、茶髪ストレートパーマ女のエレナ・パウロヴナ、黒髪で身長152㎝韓国系ロシア人の女のミラ・リーン、そして銀髪碧眼のA級魔法師ウルヴァリン・イリイチ・レーニン。
観客席の最後列に田中健太が腰掛けた。
「さて…どうなるかな?」
続いて入場してきたのはアメリカ代表。
全員が男性。
黒人スキンヘッド身長175㎝ジョナサン・ブライアン、白人青髪身長180㎝マイケル・ウィリアムズ、黒人スキンヘッド身長170㎝ジェームズ・ショーンズ、白人スキンヘッド身長190㎝マイク・グランツ、白人スキンヘッド身長195㎝ビリー・ザイン、黒人黒髪ロングの細身でシルクハットを被っている身長180㎝コービー・バイスマン、
そして黒人スキンヘッド身長2mボビー・コング。
その他の強豪と言える選手達が続々と入場している。
そして、ついにこの場にWDC参加選手全員が整列した。
会場から大きな歓声と拍手がさらに沸き上がる。
開会式の挨拶はディラン・スペンサーの挨拶、ルールの再確認、この後の試合スケジュールの確認など選手にとって退屈な時間が過ぎていく。
彼らとしては今すぐにでも闘いのだ。
この開会式は選手というより観客に向けての行事と考えた方がいいのだろう。
ED9 鋼の錬金術師 扉の向こうへ
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