『そういえばさ。君の義足、もうそろそろメンテナンスした方がいいんじゃないの?』
とある日の昼下がり。午前中に今日の書類仕事に目処を付け、少し遅めの昼食をとった後。ちょいとした用事を思い出して16Labの主任研究員、ペルシカリアにコンタクトを取ったついでに言われた台詞が耳に染み入る。
あー。そういえばもうそんなタイミングか。ここ数ヶ月くらいは俺が直接動く機会がめっきり減ったもんで、あまり優先度高く考えていなかったな。忘れていたとも言う。
俺の左足、正確に言えば左の膝下からは義足になっている。
昔、グリフィンに就職する前にちょっとしたヘマと不運が重なって、足が吹っ飛ぶどころかあわや生命の危機という状況ではあったのだが、なんやかんやあって救出された。詳細は省く。そして今では元気に、時にイラつきながらグリフィン&クルーガー社の前線指揮官なんかをやっているわけだ。
この義足はペルシカリア謹製の戦闘機動にも耐え得る逸品だが、だからって長期間何もせずとも動き続ける道理はない。機械である以上メンテナンスは必要だ。
そして、彼女から伝えられているメンテナンスの期間は凡そ三ヶ月から半年のスパン。前回診てもらったのは軽く半年は前だから、そりゃ作った側としても気になる頃合だろう。俺としても特に不具合が出ていない分後回しにしてしまっていたのもある。近隣の情勢は昔よりは安定しているものの、だからと言って不具合が出るまで放置していたのではそれはそれで困る。今更車椅子生活に戻りたくもないしなあ。
と、言うことで折角のご好意でもある。ありがたく甘えさせてもらうとしよう。
最近は物資の輸送状況も安定してきているし、何か手土産でも持っていくのも悪くない。とは言ってもこいつに持っていくものって珈琲豆くらいしかないんだけどさ。
俺も相当だが彼女も物欲がなさ過ぎる。有り余る能力を自律人形の研究という一点のみに注ぎ切っている有様はいっそ美しくもあるが、もうちょっと何とかしようと思わんのか。折角綺麗な顔と身体をしているんだから勿体無い、と思ってしまうのは男性の悲しい性なのかもしれない。
『おっけー。私は空いてるから来るタイミングさえ伝えてくれれば君の予定に合わせるよ』
後半の感想は胸の奥に仕舞いこみつつ、彼女の好意に甘える形で返答を返すと、意外と暇そうなお言葉。まあ、こうやって俺との通信に応じている時点で詰まったタスクはないのだろうが、それならそれでもうちょっと目の隈とか気にしてほしい。本人はいつものことみたいな感じだが、見てるこっちからすると結構気になるんだよなあれ。見るからに不健康だし。
『それじゃ待ってるよ。よろしくねー』
さくっとスケジュールの調整を行い、通信を終える。
思い立ったが吉日ってほどじゃないが、こういうのは出来る時にやっておかないとついつい後回しにしがちだ。実際今の今まで後回しにしていたわけだからな。
さて、となると後は16Labへ向かう道すがらの護衛だが、どうするかなあ。
普段であればAR小隊の誰かがシチュエーション的にも実力的にも適役なんだが、生憎と彼女たちはべらぼうに忙しい。一般市民の流入も始まり、支部周辺の治安維持、新設支部の訓練なども同時に行わないといけなくなった昨今、戦術人形のニーズは非常に高いものとなっている。一昔前は鉄屑を屠ることだけを考えていればよかったが、今はそうじゃないからな。俺の個人的用事に付き合わせるのもちょっと悪い気がする。いやあいつらなら喜んで付いてきそうだけどさ。そういう扱いは俺が望むところではないのだ。
そうだな、手土産って意味も含めて第五部隊の連中を連れて行くか。
あいつらはあいつらで忙しい身だが、AR小隊のスケジュールに穴を開けるよりはまだ代えが利く。それにあいつら相手なら俺も遠慮せずに済むから丁度いい。いや、彼女たちを下に見ているわけではないしちゃんと信頼はしているのだが。
まあいいか。早速第五部隊を呼び付けておこう。今日はオフのはずだから多分予備宿舎でゴロゴロしているはずだ。昨日まで他支部の訓練相手に赴いていた連中をまた呼び戻すのはちょっと悪い気もしたが、あいつらなら暇を持て余すよりはマシだろ。
その間に俺は少しでも書類仕事を進めておくか。この書類の山、捌いても捌いても気が付いたら嵩を増している。最初は真剣に幻覚を見ているのではないかと疑ったほどである。戦術人形を増やす前に俺の補佐を増やせクソヒゲめ。
いや、うん、愚痴っても致し方なし。現実は変わらないのだ。つらい。出かける前に少しでも帰った後の負荷を殺しておくとしよう。
「うーん、久々に来たなァここには」
先程の時分から少しばかり時計の針を進めた頃合。今俺は第五部隊の連中とともに16Labの入口前へとその足を進めていた。そんな中、部隊の前衛を務める処刑人からふとした感想が零れ出る。
まあ君たち皆一回はここに来てるけど、逆に言えば最初にセーフティプログラムを埋め込んでからはこっちに来る理由がないからね。処刑人と狩人はこれで三回目、ウロボロスに至ってはセーフティを埋め込んで以来二回目の訪問である。
ちなみに当時こそ人目を憚ってこそこそと動いていた第五部隊ではあるが、まだまだ低いものの彼女たちへの認知も徐々に広まってきており、T地域とクルーガーを含めた本部、そしてこの16Lab程度なら比較的穏便にことを進めることが出来るようになっている。いつまでも抜くに抜けない懐刀では困るということだな。折角の戦力なのだ、使えるに越したことはない。
16Labに関してはここもペルシカリアの恩恵が大きい。彼女が鉄血製の戦術人形の鹵獲に一枚噛んでいるからこそ、大手を振ってお邪魔出来ているわけだ。彼女には本当に色々とお世話になっているので普通に考えたら頭が上がらないレベルなんだが、幸か不幸かペルシカリアはそこら辺も大層いい性格をしているようで俺としても助かっている。
「しかしやはり人間とは不便なものだな。指揮官は義体化はせんのか」
案内された先を歩きながら、狩人が問いかけてくる。いやお前らと一緒にすんな。出来るわけねーだろ。そりゃお前ら見てて便利だなあと思うシーンはあるが、俺はちゃんとした人間だしこれからも人間でいたいんですよ。
「はははは、それはいい。どうだ、ともに電脳の世界で永遠に戦いを痛ッだ!」
黙らっしゃい。調子付いたウロボロスに軽くチョップをお見舞いして返事とする。
さて、と。いつものラボ前に来たものの、普段なら入口までペルシカリアが出張ってくれるはずなんだが、どういう訳か今日はまだその姿を見ていない。今日のこの時間帯は彼女との通信で取り決めたスケジュールのはずなので、まさか忘れているだとかすっぽかしているだとか、そういうのはないはずだ。如何にもな見た目をしている彼女ではあるが、人との約束を、それも自分から言い出したものを反故にするほど馬鹿じゃない。
となると、スケジュールにない予定が入ったか、前の予定が長引いているか、トラブっているかのいずれかだな。
彼女の研究室はそれなり以上のつくりで、防音もしっかり機能しているため話し声などは一切聞こえない。このドアの一枚向こうには彼女が居るはずなのだが、さてはて勝手に入っていいものか、判断に悩む。
うーん、ここは紳士らしくノックでもしてみるか。言って高々研究室一つにドアベルなんかが付いているわけがないから、先ずはどうにかしてこちらの来訪を伝えなければ。
コンコンとゴンゴンの中間くらいの音を出しながら、俺はラボのドアをノックする。多分中指で小突いた程度では伝わらないと判断した。割と頑丈なつくりだし。
「……ったくペルシカ、アンタ宛の来客なんだから自分で……ッ! 鉄血!?」
てっきりペルシカリアがあの不健康な顔で出てくるかと思っていたら、ドアが開いた先、黒髪のポニーテールが眩しい快活な女性が視界に飛び込んできた。
そんな彼女はノックした俺と周囲の第五部隊に目配せをした後、その表情を瞬く間に厳しいものへと変え、腰のホルスターに手を伸ばす。
あぶねえなオイ! 見た感じベレッタかな、いきなり拳銃を抜き出すんじゃありません。このまま撃たれでもしたら本当に丸損なので俺は早々にホールドアップ。間違ってもここには戦いに来た訳じゃないのだ。それにペルシカと言っていた辺り目の前の彼女は来客なのだろう。制圧出来なくもないが、余計なリスクを背負い込む場面じゃない。
「てめ……ッ! やんのか!?」
落ち着けこのヘッポコめ。目の前の凶器を前にして、途端にヒートアップする処刑人をすかさず制する。
本当に危ない。こいつらの顔を見て即座に銃を抜く辺り、恐らく訓練を受けた者だと思うが、どちらが傷つくにせよこっちにメリットがなさ過ぎる。
「落ち着け。我々は争いに来ているわけではない。聞いていないのか?」
こういうところだと狩人の冷静さが頼りになるなあ。でも俺が喋りたいから黙ってて欲しい。
「指揮官!? 何事ですか!?」
処刑人と狩人をあやしているところで、ドアの向こうから更に新規キャラクターがエントリーだ。ていうか何人居るんだよ。ペルシカリアだけじゃないのかよ。おじさん訳が分からない。
拳銃を手にしている女性の後ろからせり出してきたのは、程ほどに伸ばした銀髪をサイドで結んだ女性。恐らく普段は非常に朗らかな表情をしているだろうその顔立ちは、戦時と見紛うほどに引き締まった表情を見せていた。
その手に握るのは特徴的なフォアグリップを持つ、コンバーチブル・ショットガン、フランキ・スパス12だ。
うわあ、ひっさびさにショットガン見たぞ。俺はほとんど使わないし正規軍時代でもうちの連中ではあまり持っているやつが居なかったから、実物を目にするのは本当に久しぶりだ。
うーん、多分この子戦術人形だろうな。先程拳銃を構えた女性のことを指揮官と呼んでいたし、俺と第五部隊みたいな感じの関係だろう。しかし護衛にショットガンってどうなんだ。有効射程が短過ぎる気がするんだけど。
アレッ待って。戦術人形ってショットガン扱えるやつ居るの? おじさんそんなの知らない。マジかよ、使う使わないは置いといてちょっと欲しいぞ。後でペルシカリアに聞こうかな。
「……説明してくれる?」
拳銃の構えは解かないまま、視線は鋭く。ポニーテールの女性が問いかけてくる。
うーん、説明と言われても。俺はペルシカリアとの予定があって、こいつらは俺の護衛である。それ以上の説明のしようがない。そりゃまあ確かに鉄血人形を連れているおじさんなんて不信感以外の何物もないと思うんだが、言うてどうすりゃいいんだよこれ。
とりあえずこちらとしても拳銃を向けられている以上、両手は挙げざるを得ない。お前らも変な動きするなよ、勝手に動いたらぶん殴るからな。
ていうかペルシカリアが出てきてくれれば一番話が早いんだが。居るのならさっさと出てきて欲しい。あいつ絶対笑ってるでしょこの状況。
「ふっふふ……ッあっはっはっは! 大丈夫だよシーラ、その人たちは敵じゃない」
とか思っていたら予想通りだった。もう堪え切れんといった様相の笑い声がドアの向こうから木霊し、ペルシカリアがひょっこり顔を覗かせる。ほんまこいつ。キレそう。
「……はあ。後でちゃんと説明してよねペルシカ。シバくわよ。SPASも銃を下ろして」
「……了解しました」
ようやっと拳銃を下ろしてくれた彼女は、その視線と口先をペルシカリアへと向けて愚痴を一つ。うん、気持ちは分かるぞ。諸々の事情を一切加味しなければ、俺の中でいつか絶対にしばき回してやる人間ランキングの一位と二位はヒゲとこの女だ。
目の前の彼女はどうやらシーラという名の女性らしい。恐らく20代だろうな、随分と若い印象を受ける。女性らしい体つきではあるが、要所要所はしっかり引き締まっている辺り、先程の反応もあわせてただのお飾りってわけじゃなさそうだ。
視線、そして殺気の鋭さは、いくら訓練を受けていたとしても20代女性の放っていいそれではない。年齢の割に、そこそこの修羅場も潜ってきているな。
優秀かつ、負けん気の強い若手。そんなイメージだった。
……うん? ちょっと待って。何かこの子見た事ある。グリフィンに入るよりもっと前にどっかで顔を見た記憶があるぞ。
「……何か?」
俺の視線に目聡く気付いた彼女は、棘の抜け切らない声色で疑問を飛ばす。
――思い出した。思い出してしまった。マジかよ。顔自体の記憶が随分昔のものであること、記憶に残る表情と今の表情が随分違うこと、名前を覚えていなかったことなどから気付くのが遅れたが、こいつスイートキャンディじゃない? えっお前正規軍辞めたの? マジで?
「…………それを、何処で?」
思わず零してしまった呟きを拾われた。うわあ、また一段と視線が鋭くなったぞ。いやまあ、今ここに戦術人形と居るってことは多分こいつもクルーガーに引っこ抜かれたクチだろうが、俺だって過去のことを持ち出されるのはしんどい。声に漏れたのは失策だったな。
いやあ、すまんなスウィーティ。ついつい懐かしい顔を見て隙が出来てしまった。間違っても嬉しい再会じゃないんだけどさ。
ただ、事故とは言えこっちだけ正体を分かっておいて、向こうに情報を渡さないのは不公平ではある。彼女はスイートキャンディなのだから、過去正規軍に居たのは確定だ。調べられたらいずれバレるだろうし、彼女もそこまで抜けちゃいないだろう。
今はタクティス・コピーとしか名乗ることは出来んが、まあ
「……えっと。……えっ。まさか、特殊作戦群の……?」
わあ、知られてたっぽい。ちょっと恥ずかしい。好き好んで名乗っていたあだ名じゃあないが、この名前でそこそこ通っていた事実っていうのは、四十路を越えたおじさんからするとちょっとしんどいものがある。
「あの、指揮官?」
「SPAS、ちょっと黙ってて」
シーラの隣で呆気に取られているスパス。ちょっと可哀想。すまんな巻き込んで。
「おや? なんだ、君たち知り合いかい?」
ドアの向こうでことの成り行きを面白おかしく見守っていたペルシカリアが口を挟む。元はと言えばお前のせいじゃろがい。ほんとしばくぞこいつ。
「なァ指揮官、なんだこの状況」
知るか。俺が聞きたい。
俺はただ義足のメンテナンスに来ただけなのに。どうしてこうなった。
本章内で言及されている作品は下記の通りです。
「女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん」 笹の船 様
笹の船様、ありがとうございました。
ぼくはね、ずっとシーラさんと会いたかったんです。
でも絶対におじさんが会おうとしないのでこうなりました。
今後、筆が乗ればですがこういったおじさんの世界観でお遊びしていきたいなと思います。
よろしければお付き合いの程、宜しくお願い致します。