戦術人形とおじさんと   作:佐賀茂

3 / 4
本編完結済みの番外短編は、無敵だ。何でも書けるからな。
はははは、どこからでもかかってくるがいい。


泡沫の時

 しくじった。

 現状に対し、脳裏を過った言葉がそれだった。

 

 

 左足の義足は跡形もなく破壊され、自力で立つことすらままならない。

 寝転んだ状況で四肢に力を入れようにも、全身に威勢のいいモノを喰らっているせいで上手く力が入らない。いつぞやと違って肺がやられていないのは幸運だな。痛みは凄まじいが、こうやって考えることも出来るし呼吸も出来る。

 だが、それだけだ。俺が独りでは動くことが出来ない事実は変わらないし、全身を覆う生ぬるい感覚が、俺の灯が残り幾ばくもないことを明確に伝えてくれていた。

 

 油断、はしていなかったと思う。少なくとも、戦場で必要以上に気を抜くようなことをしていては俺は今日まで生き残っていない。

 では、慢心か。そう自身に問うてみるものの、そこまで驕っていたとは思わない。全くなかったかと言われれば難しいところだが。

 

 間が悪かった。

 運が悪かった。

 俺のツキはここまでだった。

 

 そういう類の台詞で納得出来なくはない程度に、この結末に納得は出来ていた。

 たった一つだけの、ボタンの掛け違い。そんな些細な要素で戦場の優劣というものは容易にひっくり返る。俺自身、そういう場で戦っていることの自覚はあったから、常に俺に対して有利に働いてくれよ、なんて過ぎた願望は持ち合わせちゃいなかった。

 

 多分、こうなる前にもっと打てる手はあったのだと思う。

 忙しいからという理由で第一部隊を編成に組み込まなかったのも、敵勢力の規模とこちらの手駒を比較して、俺自身が偵察の任務に赴いたのも、第二部隊に後詰を任せて前線が手薄になっていたのも、俺の落ち度と言ってしまえばそうではある。

 

 ただ、繰り返すが油断はしていなかったし慢心もなかった。

 鉄血人形の量産型が持ち得る性能は俺だって十二分に把握していたし、マッピングやルーティングだってほぼ最善だったはずだ。少なくとも、第五部隊のヘッポコどもよりは俺の方がよほど上手くやれるだろう程度の自負はあった。

 

 だから、運が悪かった。

 それがたまたまなのか、鉄血側の策略なのかは分からない。分からないが、とにかく今日の俺は運が悪かった。自問自答を繰り返してみたものの、結局はその結論に帰結するのだ。

 

 

 ガシャン。

 腐るほどに聞き飽きた、量産型のファッキン鉄血クズ人形どもの足音が聞こえる。

 相変わらずバイザーが邪魔で、俺に銃を向けているクソ野郎の顔は分からない。まあ、たとえ見れたとしてもどいつもこいつも同じ顔だろうから、そう感慨もないんだろうけども。

 しかし、俺に奇襲を仕掛けてボコボコにしてきた奴はどこに行ったのだろうか。通常の量産型よりも二回りは大きかったから、多分あれもハイエンドモデルなのだろう。

 俺が知っているハイエンドモデルと言えば、スケアクロウ、処刑人、狩人、侵入者、ウロボロスの五体だけだ。他に見知らぬハイエンドモデルが居たとしても不思議ではない。鉄血商品のカタログとかどっかに落ちてないかな。そういうのがあればあいつが誰かも分かったかもしれん。

 

 まあ、どうでもいいか。事実俺はこうして全身血まみれで寝転がっているわけだし、独力でここからの逆転は不可能だ。

 部下を呼び寄せようにも、若干ながら距離がある。周辺の鉄血人形を蹴散らす程度造作もないだろうが、それを俺が死ぬ前に完遂するのは無理だろう。どう考えても時間が足りない。

 多分、俺を一方的に甚振ったハイエンドモデルは一通り満足して他の獲物を探しに行ったんだろう。見えたのは一瞬だが、実にサディスティックな表情をしていた。事実、今の俺に止めを刺すのであれば量産型で十分だ。わざわざハイエンドモデルがここに留まる理由もない。

 

 ふう。思い返してみれば割とあっけない幕引きだったなあ。グリフィンの地域代表指揮官なんて出世しているのかどうかイマイチ分からん肩書だったが、まあ全てを失ったおじさんにしては頑張った方じゃないだろうか。

 

 あー、意識がぼんやりしてきた。血が足りねえ。前回みたいに欠損こそなさそうだが、身体中の至る所が折れてるっぽいし、こりゃ万が一助かったとしても全治何か月になることやら。いやまあ、助かる見込みはもうないんだけどさ。

 

 うん。

 死にたくねえなあ。

 

 俺はまだあいつらに何も返せちゃいない。俺の命自体はどうでもいいが、あいつらをこのまま放って先に逝ってしまうというのは何とも締まりが悪い。足掻く手も足もないが、どうにかなってくれないかな。どうにもならないか。致し方なし。世はいつだって無情なのだ。

 

 

 

 

「どけぇぇぇぇぇぇぇえええあああああああアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 

 

 随分と俺に懐いてしまった鉄血人形の叫び声を聞き届けたのを最後に、俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おっと」

 

 ふと、目が覚めた。

 誰かの呟きを耳聡く拾って意識が覚醒したわけじゃないだろう。いや、どちらかと言えば意識を取り戻した俺に気付いたような声だ。起き抜けによくそこまで分かるもんだなと思いもしたが、耳に入った一言がひどく安心するような、そして聞き慣れた音色だったもので、ついついそういうところまで思考が及んでしまった。

 

 目に映るのは、見知らぬ天井。

 一組の蛍光灯だけがその光源を主張する、白を基調とした静かな部屋だった。

 

 

 うーん。うん? あー。なるほどね。完全に理解したわ。

 つまり、俺はまた生き延びたというわけだな。これが夢じゃなければそういうことだ。

 

 首がうまく回らないので頑張って視線を動かしてみるが、まあ数年前に陥った状況と概ね似通っていた。生き延びたという実感がふつふつと湧いてきて、同時に何故か懐かしさがこみ上げてくる。状況が似ているということもあるが、加えて登場人物も同じだしな。これであのクソヒゲがお出ましならそっくりそのまま過去のトレースになるんだが、まあそこまでは期待していない。というかどっちかと言えば来ないでほしい。

 

 で、それはそれとして。

 何故彼女がここに居るんだろうか。前回とは状況も立場も違うはずなんだが。

 

「目が覚めたようで何より。いやあ、今回は流石に死んだと思ったよ」

 

 そんな疑問に、俺の顔を覗きこむ彼女が答えてくれるはずもなく。目覚めた俺に対して一方的な感想を述べた後、その視線を外し、ギシリと椅子を鳴らして足を組み替えた。

 

 気を失う直前、処刑人が叫ぶ声は聞こえた。確かに聞こえたが、それだけだ。何がどうなって俺が助かって、今こうやって専門的な治療を受ける事態になったのかサッパリ分からない。前回みたいにペルシカリアが説明してくれれば話も早いんだが、さてどうだろうな。

 

「……ふふ、懐かしいね」

 

 何が、とは俺も問わない。多分、俺と彼女は今、同じ過去を思い出しているのだろう。

 当時の状況を思い出したのか、はたまた彼女の気まぐれか。同じように湯気の立つマグカップを啜りつつ、ぽつぽつと事のあらましを話してくれた。

 

 

 俺を助けに来たのは処刑人。それは間違いなかったようだ。つっても、あの時多少離れていたとはいえ俺と一緒に出撃していたのは第五部隊の面子だった。当たり前っちゃ当たり前か。第二部隊も連れ出してはいたが、あいつらはどっちかと言えば予備戦力だったからな、間に合いはしなかっただろう。

 

 で、ここからちょっと俺の想定外だった。駆け付けてきた処刑人だが、あいつどうやら俺をボコボコにしたハイエンドモデルを更にボコボコにしてこっちに突っ込んできたのだという。

 マジかよ。いや、処刑人の実力を疑っているわけじゃないが、あいつは正面きってのがっぷり四つ以外には滅法弱い。端的に言うと思慮が足りないからだ。敵が絡め手の一つでも打ってくれば容易に嵌まる。そして負ける。そういう奴だった。

 俺を瞬殺したハイエンドモデルは、相当の手練れだった。俺に気配を気取らせず、一瞬で接敵し、戦闘力を奪った。やられる瞬間に垣間見えた目つきだけでも相当にイカれた部類の人形だ。テレポートでもしてきたんじゃないかってくらい突然現れたからな。本当に成す術がなかった。

 そんなブッ飛んだ人形を、処刑人がぶっ飛ばした。無論、狩人やウロボロス、ナガンのサポートもあったのだろうが、それを加味しても大金星である。

 

 というか、そもそもだ。今になって冷静になったから分かるが、俺めっちゃ慢心してたな。

 如何なる理由があったとしても、敵対勢力が潜んでいるエリアに生身の指揮官である俺が単身で偵察に赴くなど正気の沙汰じゃない。百点満点で慢心である。なーにが紫電の梟(ブリッツオウル)じゃい。泣きたくなる。

 

 勿論、それなりの言い訳は出来る。第五部隊の連中は隠密行動が不得手だ。そもそもが目立つ部類だし、狩人やウロボロスなら多少上手くやるだろうが、それでも経験と知識がある俺の方がまだ上手くいく。

 それに、当時ハイエンドモデルが近場に現れたという情報も無かった。T02やT03の戦力ではその情報は確実とまでは言えないが、逆に言えばそんな戦力しか揃っていない地域でハイエンドモデルが現れたとなれば形勢は一気に傾く。作戦時にはドローンも飛ばしていたし、俺が深入りする手前までのエリアは第五部隊が索敵もしていた。それでも目立ったターゲットが見つからなかったからこそ、俺が出張ったのだ。経験と知識に勝る俺が。

 

 だがまあ、所詮は言い訳だ。現にこうして瀕死の重傷を負い、情けない姿を露わにしている。世の中結果が全てだからな、俺がしくじったという事実に変わりはない。

 

 で、ギリギリのところで救助された俺だが、当然ながら意識がない。折角指揮官を助けたというのに、指示を仰ぐべき相手が使い物にならない。誰もがヤバイ、とは思ったそうだが、かといってどうすればいいのかが分からない。

 

 そこで動いたのがナガンだ。

 しかし、如何に彼女とて状況を打破する手立てを持っていたわけではない。クルーガーとのホットラインを持ってはいるが、それは何時でもどこでもあのヒゲと相互通信が出来る類のものじゃないというのは、俺も把握している。

 

 だから彼女は、指示を仰いだ。唯一指揮管制モジュールを搭載している、M4A1に。

 

 そこからの動きは早かった、のだそうだ。第五部隊には俺を連れて16Labへ直行させ、同時にペルシカリアへの通信を試みた。勝手に司令室の通信機を使ったらしいが、まあそれは責めるべきところではないだろう。しかし、クルーガーやヘリアントスではなく、ペルシカリアを第一手に選ぶ辺りは流石である。

 

 

 で、なんやかんやでこうなった、と。

 俺は無事一命を取り留め、こうして意識を取り戻した。

 

「……君はあれかい? もしかして肝心なところで馬鹿なだけじゃなくて、実は阿呆で死にたがりな側面でもあったのかな?」

 

 一通り説明し終わったペルシカリアが、大仰な溜息とともに言葉を紡ぐ。

 

 いや、そんなご無体な。誰が好き好んで死ぬというのか。と、声を荒げて反撃したいところだが、何も言い返せない。つらい。彼女の言葉を否定する理論を構築する前に、現状という事実が重くのしかかる。まあ、少なくとも死にたがりではないはずだが、馬鹿で阿呆ではあるのだろうな。俺に出来ることは、弱弱しい苦笑いを浮かべることだけだった。

 

 ん? いや待てよ。そもそも何でここにペルシカリアが居るんだ。

 

 恐らくここは医療施設だろう。それはほぼ間違いない。それに、M4A1がペルシカリアに助けを求めたのが事実であれば、グリフィン、あるいはI.O.P社の息がかかっている所へ運ばれたのだろうことも予測は出来る。

 だが単純に、重傷を負った俺の意識が回復するまで看病を続ける理由が彼女にはない。

 無論、たまたま様子を見に来たタイミングで俺が目を覚ました可能性はあるんだろうが、それにしたって足しげく俺のところに通う理由も同時にないはずだ。来るなら第一部隊や第三部隊、第五部隊の連中の方がまだそれらしい。いや、第五部隊は門前払い食らいそうだけど。

 

「……ここはうちのラボに併設されている病院だよ?」

 

 そんな疑問を口に出せば、返ってきたのは呆気ない言葉。

 そりゃそうか。昔同じようなことになった時も同じような感じだったしな。

 

「それに」

 

 独り納得していると、ギシリ。椅子の音が鳴る。

 

「私だって一応は感情を持った人間だよ。見知った顔の安否くらい、気にしてもいいじゃない」

 

 そう呟いて、彼女は俺の額へと手を当てた。ひんやりとした熱と細長い指が、僅かに動く。

 

「……心配したさ。人並にはね」

 

 その手は微かに、震えていた。

 

 

 うーん。思った以上に心配されていた。すまん。俺、反省。

 半ば彼女の手に覆われた視界から覗くペルシカリアの表情は、優れない。よく見れば、普段より隈もちょっと深いように見える。不健康そうなのはいつものことだが、今は輪にかけて危うく思えた。それが体調的なものなのか、心理的なものなのかは分からないが。

 

「……ふふっ。君がくれる珈琲豆で挽いた珈琲は、美味しいんだ。数少ない私の楽しみを、勝手に消さないでほしいよ」

 

 冗談めかして、彼女は笑う。どこか気の抜けた、力のない笑みだった。

 

 

 

 ペルシカリアは、俗に言う金持ちだ。少なくとも、前線指揮官とかいう超ブラックな職業に就いている俺なんかよりは相当貰っている。戦術人形の価値を押し上げた第一人者だ、こいつが金を持っていなければこの世の中で誰が持っているのかというレベルである。

 

 珈琲豆くらい、いつでも最高級のものを、いくらでも買える。

 

 だが、ペルシカリアは。

 彼女は。自分で珈琲豆を買わない。

 いつも、クソ不味い珈琲色の泥水を啜っている。

 そのくせ、ドリッパーを持っている。

 最近買ったんだよ、と、何かのついでで耳にした記憶が蘇った。

 

 

 いやあ、顔面偏差値が高いってずるいよな。俺が後10年若ければ、マジで話が変わっていたかもしれない。俺的いつか分からせてやるランキング二位に輝く、時にどうしようもなくムカつく女だが、顔が好みだという事実は覆しようがないのだ。

 

「……そういう台詞は、10年若返ってから言うものじゃない?」

 

 彼女の左手に、自身の右手を重ねる。ひんやりとした熱が、右手を伝わった。ぶっちゃけ右手を動かしただけで全身ハチャメチャに痛かったが、入魂のポーカーフェイスを貫く。ここはオトコノコが頑張る場面だ。

 

 惚れている、かどうかは分からない。別に俺だって女性経験がないわけじゃないし、そこそこの人数は相手にしてきたと思う。断じてチェリーボーイじゃあない。しかし、この感情が果たしてどういう定義に当て嵌まるのか、いまいち掴みかねていた。

 第三者的評価として、彼女がいい女かどうかは、多分否である。顔がいい事実と、俺の好みである事実は彼女の為人をなんら保証しない。趣味趣向はぶっ飛んでいるし、人を揶揄う言動も多い。いわゆる女子力とかいうやつも皆無だ。

 

 ただ、どこか惹かれる女ではある。

 それに俺が惹かれているのかは、分からない。

 分からないが、今この場において、確かに俺は彼女を意識していた。

 

 重なる右手に、少しだけ力を入れる。赤子が握るような弱弱しいパワーだが、それでも何となく、そうしたかった。うーん、多分俺もこの重傷で相当参っている気がするな。普段ならこんなこと絶対にしないはずだが。まあ、それはペルシカリアも同じか。

 

 しばらく無言の時間が続いた後。

 彼女の顔が、少し近付いた。

 しばらくそうしていると、また少し、彼女の顔が近付いた。

 

 幾度かそんなやり取りを繰り返した時間の果て。

 ほんの一瞬。

 それこそ羽毛が掠める程度の接触が、俺と彼女との間で起こった。

 

 

「……ふふっ。生憎私は、そんなにサービス精神旺盛な人間じゃないんだ」

 

 居心地の悪くない沈黙を破ったのは、そんな彼女の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「指揮官、失礼しま…………は?」

 

 後にも先にも、あそこまで感情を露にしたペルシカリアを見たのは、終ぞその瞬間だけであった。いやあ、さっきのイベントも最高に良かったが、これはこれで眼福だな。謎の猫耳も相まって、実に可愛らしい表情だった。

 

「や、やあM4! ついさっき、彼が目を覚ま」

「指揮官?」

 

 あかん。これ俺もヤバいやつや。

 助けてペルシカリア。




たすけて
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。