戦術人形とおじさんと   作:佐賀茂

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今回は、サマシュ様の作品「傭兵日記 / https://syosetu.org/novel/185223/」とのコラボレーション回となっております。


ハリケーン・ラヴコール

『……近々、お前宛に来客がある。準備はしておけ』

 

 ホログラフの向こうで、珍しく渋い顔を隠しもせずある事実を告げたクルーガー。だが、準備と言われてもこちらとしては誰がいつ来るか分からない以上、俺はそうですか、以外の返しを持ち得ていなかった。

 

 ていうか久々にヒゲから直撃の通信が飛んできて、かつ人払いをしろなんて言うもんだからちょっと身構えたらこれだよ。俺の気苦労を返せ。確かに俺宛の客が来るってのは珍事だが、だからって人払いするほどのイベントだとは思えない。準備をしろというのなら俺以外のメンバーも来客の事実を知るべきじゃないのか。

 

 んん? いや待てよ。ちょっと話の筋がおかしいぞゥ?

 

 そもそも、俺宛の来客ってのがあり得ない気がする。俺は対外的にはただの元傭兵の新人指揮官だ。いやまあ、ここに着任してからそれなりの期間は経っているから、新人ってのは違うかもしれないし、このT01地区の存在を秘密にしているわけでもない。

 しかし、だからと言ってそれは俺のコネクションが増えたとイコールではない。着任当初と比べて広がった知人の輪はT02とT03の若手指揮官、それとシーラくらいだ。前者は俺を訪ねるのにクルーガーを通す理由がないし、後者はそもそもやってこないだろう。俺と彼女の存在はそれくらいデリケートだってことは向こうも十二分に理解しているはず。だからこそペルシカリアに謀られて鉢合わせた時、連絡先も何も交換しなかったんだ。

 

 わざわざクルーガーを通し、更にその存在を俺以外に秘匿したい来客とは。

 嫌な予感しかしねえぞ。誰が来るんだよ。

 

 

『…………ジョン・マーカスだ』

 

 

 なんでだよ。キレそう。

 観念したかのように呟いたクルーガーに対し、一通りキレ散らかして汚い言葉を浴びせたい程度には、その来客の名は喜ばれる類のモノではなかった。

 

 

 ジョン・マーカス。

 正規軍時代、俺の同僚だった人間の一人だ。知り合った時期で言えば、クルーガーとどっこいどっこいといったところだろう。所属や率いていた部隊は全く別だったから、そう頻繁に直接のやり取りがあったわけじゃない。ただ、奴とは正規軍に入隊した時期も近かったもんで、新人時代には割と付き合いがあったやつでもある。

 しかし、俺の記憶が正しければマーカスの野郎は軍部のゴタゴタに勝手に口を挟んで、挙句どっかに左遷されてからさっさと退役したはず。当時は相変わらず直情馬鹿やってるなあ程度にしか思っていなかったが、何がどうなって今再びマーカスとの縁が紡がれようとしているんだ。まるで意味が分からんぞ。

 

『マーカスは今の俺と同様に一つのPMCを率いている。武器庫(Armoury)という名でな、ウチとは一応、業務提携関係にある』

 

 何それ。おじさんそんなの初めて聞きました。

 別にこのご時世、PMCの一つや二つと業務提携を結んでいること自体はおかしいことじゃない。むしろ共通の脅威に対応していかなければならない中で、仲良くできるところとは仲良くしておくに越したことはない。

 だけどお前、そこのトップがマーカスだと話は別でしょ。むしろ俺にこそその情報を流しておくべきじゃないのかよ。どうなってんだおい。

 

『マーカスと提携しているエリアはT地域からは遠い。弁明はしておくが、こちらからお前の所在を晒したことはない。……どこで嗅ぎ付けたのかは分からんが』

 

 うーん。イマイチ信用ならないが、まあ今回に関しては信用してやろう。というかそう思うしかない。クルーガーにとっても俺の存在が公になるのは色々とヤバいからだ。そこらへんの見極めを誤る男じゃないことは俺もよく知ってる。

 となると、どっかから俺のことを嗅ぎ付けたか。マーカスにそこまでの地頭があるとは思えない。そして俺の情報はちょっと探偵が調べました、程度で洗えるようなものでもない。それこそグリフィンかI.O.P辺りのデータベースに侵入くらいしないと無理だ。

 

 類稀なラッキーか、あるいは優秀な人員が居るのか。どっちにしろ碌なもんじゃないな。まったく面倒にもほどがある。

 

『……すまんな。ある程度の情報を把握された上で業務提携を楯に迫られると、こちらとしても一般的な指揮官情報程度を隠す理由がない』

 

 珍しく、実に珍しくヒゲから上辺だけではない謝罪が入った。というかグリフィンに務めてからは初めてじゃないのか。ほんまこいつ。

 ただ、言う通り俺――もっと言えば、タクティス・コピーの情報を隠す理由はない。グリフィンの前線指揮官として立派に雇用登録されている以上、俺という人間が居ること自体は公なのだ。そのバックボーンがめちゃくちゃ複雑なだけで。

 

 まあ、とは言え進んでしまった事態はどうしようもない。時は止められないし巻き戻せもしないのだ。マーカスが来るというのなら、それはもう受け止めるしかない。

 で、近々って具体的にいつ来るんだ。

 

『それは分からん。「待っていてくれ戦友(とも)よ。すぐに行く」などと言っていたからその通りなんだろう』

 

 あ、これ文字通りすぐに来るやつだ。そこらへん、付き合いのあるクルーガーも流石に分かっているな。あいつはやると言えばすぐにやる男だ。そこに余計な時間や猶予は設けない。

 

 さて、一応主だった面子には俺宛にむさ苦しい人間が訪ねてくる可能性が高い、くらいには伝えておこう。俺はしたくないが、まあ昔の話もするつもりだろうから戦術人形に同席させるのはちょっと控えたいところだな。その辺りも含めてそれとなく伝えておくか。

 

 しかしこの間のシーラの件といい、どうも最近俺に関するガード甘すぎじゃない? 困るのは俺よりお前らなんだぞ。もっとちゃんとしてほしい。

 ただでさえ管轄下の地区運営で忙しいというのに、余計な厄介ごとを勝手に引っかけられた気分だ。何事もなく終わってほしいものだが、マーカスが相手ではそれも期待薄である。いやだなあ、俺はまだ禿げたくないぞ。

 

 とりあえずクルーガーとの通信も終えたし、書類の山を片付けるか。やつが実際やってきたら仕事にはならんだろうから、殺せる負荷は今のうちに殺しておかなければならない。

 しかし来るとは分かっていても一体いつやってくるんだろうか。まあ短く見積もっても今日明日ということはあるまい。ヒゲだって、ほぼタイムロスなしで俺に通信を寄越したはずだしな。気楽に、というのは難しいが、あまり気負わずに待つとするか。間違っても喜ぶイベントじゃないけどさ。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな! ブリッツオウル!!」

「……どうも」

 

 

 いや、分かってたよ。マーカスがうちにやってくること自体は分かってた。それを今更どうこう言うつもりはないんだ。クルーガーから通信のあった翌日に来るのはちょっと予想外だったが、それでもこいつの性格を考えれば理解は出来る。

 で、その隣の奴は誰だよ。何で俺が知らない奴を連れてくるんだよ。意味が分からない。こいつ俺の立場分かってないだろ。キレそう。

 

 クソヒゲから情報を齎された翌日。文字通り直ぐにやってきたマーカスの訪問をカリーナが出迎え、基地内の応接室に通した後。少し気合を入れて応接室に顔を覗かせたところ、懐かしい顔と、まったく見覚えのない顔の合計二つが、並んでいた。

 

「相変わらず湿気た顔をしているな。まあそれも性分なのだろうが」

 

 見た目通りの豪快な挨拶を交わしたマーカスが続けて言の葉を放つ。俺のこの顔はポーカーフェイスと言うんだぞこの脳筋め。

 というか昔から思っていたが、どうにもこいつは俺のことを誤解している。正確に言えば紫電の梟(ブリッツオウル)というあだ名についてだ。これ別に、俺個人を指す名称じゃないんだよな。俺を含めた俺の中隊がそう呼ばれていただけである。部隊が全滅した今は逆説的に俺を指す言葉になっちゃったけど。

 

「久しぶりなんだ、そんな顔せずにこいつでもどうだ?」

 

 マーカスは言葉と同時、ドン、と何かを机に強く叩き付ける。

 おっ酒じゃん。上物のスコッチと見たね。こういうところがこいつの嫌いになり切れないところなんだよな、人付き合いの勘所をしっかり分かっている。俺の溜飲も少しは下がるというものだ。

 

 

 俺から見るジョン・マーカスという人間の評価は微妙だ。好ましくもあるし、嫌いでもある。

 より正確に言えば、一人の男としては好感が持てるが、職業軍人として見た時の評価は低い。

 

 鈍感だったりいまいち空気を読まない時もあるが、マーカスは基本的に好い男だ。竹を割ったような気性と性格はいい方向に働いていて、人を引き寄せる魅力がある。統率する、というよりは、勝手に人が集まってくるタイプのカリスマ性を持っている。その一面だけで見れば、人の上に立つ素質は俺なんかよりも余程持ち合わせているのだろう。

 

 だが、こいつは命を投げ捨て過ぎた。武器と同じ感覚で兵隊の命をすり減らし過ぎた。無論、本人に悪意がないってのは分かっている。分かってはいるが、俺の性分柄、こいつとこいつの部隊の戦い方を容認することは出来なかった。

 一番被害の少ない部隊の長。一番被害の大きい部隊の長。俺たちの位置付けは対極だ。俺とマーカス、個人同士の仲が険悪というわけではないが、軍隊というビジネスの場において、俺とこいつは相容れなかったのも事実である。

 

 とはいえ、俺は別に過去のことや戦い方を引っ張り出してこいつと喧嘩をしたいわけじゃない。ここはマーカスの言葉に乗っておいて、真昼間からスコッチと洒落込むとしよう。

 

 で、その前に。そこのお隣さんは一体何処の誰だよ。先に言っておくが、面識のない人間と喋るつもりはないぞ。

 

「おお、すまんな。こいつはジャベリン。武器庫に所属している部隊長の一人だ。俺の肝入りでな、連れてきた」

 

 連れてきた、じゃないんだよ。キレそう。こいつやっぱ嫌いだわ。

 

「……初めまして、ブリッツオウル。俺は武器庫の槍部隊を任されている、ジャベリンだ。貴方の話はボスから聞いている、お会い出来て光栄だ」

 

 いや話を聞いてんじゃないよ。ていうか何を喋ったんだマーカスこの野郎。

 だが、一応いい歳した大人としては挨拶をされたからには返さねばならない。言葉と同時、差し出された右手を軽く掴みながら返答を紡ぐ。まあ今はタクティス・コピーなんですけどね。本来なら俺はマーカスと知己であってはならない。でもそこら辺を分かれっていうのはちょっと酷な気もする。頼むから余計なことを喋らないでほしい。

 ジャベリン、というのはコードネームか。黒髪であるところから恐らく日系の血が入っていることが窺える。マーカスの子供ってわけじゃなさそうだな、色々と似ていない。

 しかしこいつ、顔がいいな。身体つきも立派だしさぞおモテになることだろう。顔面偏差値が高いって男女関係なくずるい。別にムカつきはしないが、世の不公平を感じる。

 

 実際に握手を交わして分かったがこの男、場慣れもしている。何というか、見た目の年齢の割には落ち着きがすごい。多分、今この場で鉄血人形が乱入してきても即座に対応出来ると見たね。訓練か実戦か、マーカスの秘蔵っ子ということなら多分後者なんだろう。かなり鍛えられている印象だ。顔も含めていい部下じゃないか、殺すなよ。

 

「……タクティス・コピー……? ふむ……そうか、そうか……。ニコ――とは、呼ばん方がいいんだろうな」

「ニコ?」

「いい、ジャベリン忘れろ」

 

 だ、黙れこのポンコツゥー! お前今自分が何言ったか分かってんのかこの脳筋-ッ!!

 危ない、ジャベリンの手を全力で握ってしまうところだった。こいつ本当に俺の背景を全く分かってないぞ。ていうかクルーガーが説明しとけよそこら辺はよ。うちの人形が誰も同席してなくてよかったわマジで。

 

「いや、すまん。しかしブリッツオウルよ。お前、正規軍はなんで辞めたんだ?」

 

 マーカスが自前で持ってきたスコッチをグラスに注ぎながら、一言。この質問が出てくるってことは、俺のことは何も知らないということだな。うーむ、これ喋ったらいかん気がする。百歩譲ってマーカスはいいにしても、無関係であるジャベリンに聞かせていい話じゃあない。ジャベリンが同席している以上、その質問には答えられない。

 

「安心しろ、ジャベリンは口も堅い。万が一情報が漏れた際には、俺が責任を持ってこいつを処分する。それはジャベリン自身も理解していることだ」

「えっ」

 

 いや絶対分かってない顔してるじゃん。今知りましたって顔してるじゃん。大丈夫かよ。

 何にせよ、そこが担保出来ないのであれば絶対に話せない内容であることは間違いない。ジャベリン君、そこら辺どうなの。

 

「……大丈夫だ、口外しないことを約束する。うちのボスに誓ってな」

 

 ちょっと間があったことは突っ込んじゃダメですかそうですか。ただまあ、詳細はともかくとしてマーカスが俺の居所を掴んでしまった以上、調べられればアタリも付く。元正規軍大尉とタクティス・コピー。この二つが結びついてしまった時点で負けだ。

 

 

「…………全滅、だと? お前の部隊が、か……?」

「マジか……」

 

 観念して俺が正規軍を辞めた――正確に言えば居られなくなった話を端的に伝えれば、返ってきた反応は驚愕だった。

 いやそりゃあんな奇襲喰らったら死ぬでしょ普通。どれだけ俺の部隊と俺の実力を神聖化してたんだお前は。俺だって本来はあそこで死んでいたはずなんだぞ。

 証拠とばかりに左足の裾をめくり上げてみれば、マーカスとジャベリン、両方の一層の驚きが手に取るように伝わってきた。

 

「……すまんな、何だか謝ってばかりだが。そんな話をするつもりじゃあなかったんだ。悪かった」

 

 言いながら、マーカスがスコッチを注いだグラスを俺の方へ寄せる。なみなみと注ぎやがってこの野郎。このご時世、ちゃんとした酒は間違いなく高級品だ。マーカスと言えどもここまでの品はそう簡単に手に入るものじゃない。中々に豪快なことをしてくれる。

 

「まあとにかくだ……。再会を祝って、乾杯」

「えー……俺は、そうだな……ブリッツオウルに会えたことを祝って」

 

 ジャベリン君、完全に蚊帳の外じゃん。秘蔵っ子なのは分かったが、それを加味したとしても何で連れてきたんだ。彼は彼でポーカーフェイスがそこそこ上手そうだが、どう見ても戸惑いが隠し切れていない感じがする。

 まあいいや。俺はもう知らん。今日はこの酒を味わうことに全力を注ごう。

 

 乾杯の音頭で、各々の持つグラスが小さく鋭い音を鳴らす。

 あー、美味え。いい酒だなこれマジで。俺も今度カリーナに言って仕入れてもらおうかな。めちゃくちゃ高いとは聞いたけど、俺の給料ならちょっとくらい大丈夫だろう。多分。どうせ他に使うことないし。

 

「ああ、そうだ。今日ジャベリンを連れてきたのには一つ理由があってな」

「えっあんの」

 

 大丈夫かよ、肝心の当事者が全く話を理解出来てないっぽいけど。

 ちまちまとスコッチを味わいつつ、断片的な会話を挟みながら慎ましやかな閑談に勤しんでいたところ。マーカスがふと思い出したかのように声を発した。

 

 

 

「ジャベリンにお前の戦い方のイロハってやつを少し叩き込んでやってくれないか。こいつは間違いなく優秀なんだが、一人で無茶したり大怪我をこさえることも多くてな」

 

「えっ何それ聞いてない」

 

 当然だけど俺も聞いてないですー。今聞きましたー。

 えっ、俺の左足見てそれ言う? マジで? ていうかもうアルコール入っちゃってるんですけど。何、お前ら今日泊まる気? 暇人かよ。

 

 まあいいや。少しだけなら付き合ってもいいだろう。マーカスがここまで褒める部下というのも気にはなることだしな。

 しかし、ただ単に労働するだけではどうにも割に合わないのも事実。このスコッチに加えていくつか酒も融通してもらうか。それくらいは許されてもいいよね。

 

 

「それくらいなら構わん。ジャベリンに後日用意させよう」

「えっ」

 

 よし、言質とった。頼んだぞジャベリン君。




※※秘匿情報の一部開示が許可されました※※

氏名:ニコ■・■■■■■■





マーカス社長からアツいラブコールを受けた気がしましたのでこんな感じになりました。

傭兵日記は語り手であるジャベリンのキャラクター、武器庫の人間や戦術人形なども非常に読みやすい作品ですので、皆様も是非読んでみてください。

そしてサマシュ様、改めておじさんを出して頂きましてありがとうございました。
好き勝手やっちゃいましたので、万が一問題がありましたら遠慮なくお申し出ください。

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